夢想は甘き鎧となる~ダンジョン世界でおカシな仮面ライダー!?~ 作:妄想めっちゃ代理人
切腹という悠斗のあまりにも重すぎる誓いに、リビングはしばらく笑いに包まれていた。コメント欄も、先ほどまでの緊張が嘘のように軽やかな言葉で埋め尽くされていた。
『腹は切るなw』
『命が軽いんだか重いんだか分からん』
『真面目すぎるだろこの人』
『悪い人じゃないのは伝わった』
『むしろ心配になってきた』
『誰か切腹は禁止って教えてあげて』
「分かりました……」
悠斗はしょんぼりと肩を落とす。
「今後は、もっと普通の方法で誠意を示します」
「それがいいと思います」
詩織が深く頷く。
「少なくとも、ご自身の命を担保にする必要はありません」
「ほんとだよー」
陽奈もソファの背もたれへ寄りかかりながら、まだ笑っている。
「悠斗さん、たまに考え方が極端すぎない?」
「そんなつもりはないんですけど……」
「自覚ないんだ」
「ありませんでした……」
悠斗の返答に、再び笑いが起きる。奏は目元に浮かんだ涙を指先で拭いながら、配信画面へ視線を戻した。
「ふふっ……少し話が逸れてしまいましたね」
コメント欄には、まだまだ大量の質問が流れ続けている。
異世界から来た青年。
謎の変身能力。
意思を持って動く小さな存在。
視聴者にとっては、何を聞いても新しい情報になるのだろう。
『質問してもいい?』
『異世界のこともっと知りたい』
『悠斗さんに聞きたいこと山ほどある』
『質問コーナーやって!』
『今日はどこまで答えられるの?』
詩織が流れていく文字を目で追いながら、静かに口を開く。
「個人情報や協会の調査に関わる内容にはお答えできませんが、差し支えない範囲でしたら、いくつか質問を拾ってもよいかもしれませんね」
「そうだね」
奏も頷いた。
「せっかく皆さんに直接お話しできる機会ですし」
「じゃあ質問コーナー!」
陽奈が元気よく両手を挙げる。
「悠斗さん、覚悟してね。コメント、めちゃくちゃ来てるから!」
「お、お手柔らかにお願いします」
悠斗が苦笑しながら頭を下げる。頭の上ではチョコドンが、何を勘違いしたのか同じようにぺこりと頭を下げた。
「チョコ」
『チョコドンもお辞儀した!』
『かわいい』
『礼儀正しい』
『もう完全にマスコットだろこの子』
陽奈は楽しそうに笑いながら、コメント欄を眺める。
「じゃあ最初は……これ!」
指先で一つのコメントを拡大表示する。
『異世界って、どんな世界だったんですか?』
読み上げられた質問に、悠斗は少しだけ目を伏せた。
「どんな世界……ですか」
いざ聞かれると、説明が難しい。
自分にとっては、ごく普通の世界だった。朝になれば電車が走り、会社員や学生が駅へ向かう。コンビニには商品が並び、街中には車が行き交い、休日には多くの人が買い物や娯楽を楽しむ。
空に魔法陣は浮かばない。道端でスマホを浮かせて持つ人間もいない。ダンジョンの入口が街の中心に存在することもなければ、魔物を素材にした製品が店頭へ並ぶこともない。
それでも、そこは確かに日本だった。
「ええと……」
悠斗は慎重に言葉を選ぶ。
「異世界って言っていますけど、国自体は同じ日本なんです」
『同じ日本?』
『どういうこと?』
『別のところから来たんじゃないの?』
『異世界にも日本あるの?』
『確かに名前は日本人っぽいしな』
コメント欄が早速ざわつき始める。悠斗は少し困ったように頭を掻いた。
「自分のがいた世界でも、日本に住んでいました。言葉も同じですし食べ物や習慣も似ています」
「なので……」
一度、奏たちへ目を向ける。三人も興味深そうに彼の話を聞いていた。
「異世界というより、パラレルワールド……っていうんでしょうか」
悠斗は自信なさげに首を傾げる。
「多分」
『多分w』
『本人も分かってないのか』
『そりゃ分からんよな』
『異世界人本人に分類を求めるなw』
『同じ日本が別世界にもあるってこと?』
陽奈がぱちぱちと瞬きをする。
「パラレルワールド?」
「似た世界が、並行して存在しているという考え方ですね」
詩織が説明する。
「歴史や文化に共通点がありながら、どこかで異なる発展を遂げた別の世界、といった意味合いでしょうか」
「多分、そういう感じです」
悠斗は頷く。
「こちらの日本と自分のいた日本は、名前や文化がかなり似ています。でも、大きく違うところもあります」
「大きく違うところ?」
奏が尋ねる。
「はい」
悠斗は正面のカメラへ向き直った。
「自分のいた世界には、魔法がありませんでした」
一瞬、誰も言葉を発しなかった。その沈黙を破ったのは、陽奈だった。
「……本当に?」
「本当です」
「一個も?」
「一個もです」
「火をつけたり、水を出したりも?」
「普通のガスライターとか水道です」
「身体強化術も?」
「ありません」
「回復魔術も?」
「ありません」
質問を重ねるたび、陽奈の顔から表情が抜けていく。
「じゃあ……どうやって生活するの?」
「普通に生活してましたけど……」
悠斗が答えると、陽奈は信じられないものを見るような目を向けた。
「魔力なしで?」
「魔力なしで」
『ええええええ』
『魔法がない!?』
『生活できるの?』
『すごい不便そう……』
『じゃあ骨折とかも自然回復?信じられねー』
『ダンジョンもないの?』
「ダンジョンもありませんでした」
悠斗が付け加えると、コメント欄の勢いがさらに増す。
『ダンジョンもない!?』
『探索者いないじゃん』
『魔物素材も手に入らないの?』
『魔石も採れないよな』
『魔石エネルギー無いってことは普段どうしてるの?』
『むしろそっちの方が異世界感ある』
奏も、わずかに驚いた様子で尋ねる。
「では、今私たちが使っているような魔導具もなかったんですか?」
「ありませんでした」
悠斗は部屋の中を見回す。
浮遊する撮影用ドローン、空間を拡張して武具を収納するドレッサー、魔石によって温度や照度を自動調整する照明。
どれも、元の世界には存在しなかったものだ。
「では、生活に使う機械はすべて電気式だったんですか?」
「はい。ほとんどは電気や燃料で動いていました」
その答えに、三人が揃って目を見開く。
「今でも?」
詩織が確認するように尋ねた。
「今でもです」
「魔石式へ置き換わっていないんですね」
「そもそも魔石が存在しませんでしたから」
「なるほど……」
詩織は納得しながらも、強い興味を宿した目で悠斗を見る。
「電気式の機械そのものは、こちらにも存在します。ダンジョンが現れる以前には、それが主流でしたから」
「そうなんですか?」
今度は悠斗が驚く番だった。
「はい。現在でも古い建物や保存施設には残っていますし、歴史や基礎工学の授業でも扱います」
奏も頷く。
「私たちの祖父母くらいの世代なら、電気式の家電を実際に使っていた人も多いと思います」
「うちのおばあちゃんも、昔の洗濯機の話してたよ」
陽奈が思い出したように口を挟む。
「水を入れて、自分で細かく操作してたんだって。今みたいに魔石を入れれば全部自動じゃなかったって」
「それでも、この数十年で魔石式や魔導式への置換が急速に進みました」
詩織が説明を続ける。
「魔石は小型でも多くのエネルギーを蓄えられますし、魔法術式と組み合わせれば、単なる動力源以上の機能を持たせられます。だから現在では、電気式は旧式技術として扱われることが多いんです」
『懐かしいな電気式』
『じいちゃんの家に古い電気ストーブあったわ』
『博物館で見たことある』
『今でも地方だと一部残ってるぞ』
『異世界では旧式じゃなく現役なのか』
『魔石なしで文明維持してるのすごくない?』
悠斗は流れていくコメントを見て、少しだけ目を見開いた。
「こちらにも電気文明の時代があったんですね」
「ええ」
詩織は頷く。
「ただし、悠斗さんの世界では魔石も魔法もないまま、電気技術を発展させ続けたのでしょう」
「こちらでは途中から魔石文明へ枝分かれし、そちらでは電気文明のまま進んだ」
奏が考えをまとめるように言う。
「そう考えると、本当にパラレルワールドみたいだね」
「そうですね」
悠斗も頷いた。
「自分の世界にはスマートフォンや自動車、飛行機もありました。ただ、空間収納やプロペラの無いドローン、回復魔法のようなものはありませんでした」
「魔石式の自動車じゃなくて、燃料や電気で走るんだよね?」
陽奈が確認する。
「はい」
「それを今でも世界中で使ってるの?」
「使っています」
「すごいなあ」
陽奈は感心したように息を吐いた。
「こっちでは燃料式の車なんて、もう趣味か保存目的くらいでしか見ないのに」
「技術が劣っているというより、発展した方向が違うのでしょうね」
詩織が静かに言う。
「魔法が存在しないからこそ、悠斗さんの世界では電気や機械技術を、私たちの想像以上に細かく発展させている可能性があります」
『確かに』
『魔石なしでスマホ作ってるんだろ?』
『電気式を極めた世界か』
『古い技術じゃなくて別系統の技術文明なんだな』
『ちょっと見てみたい』
悠斗は小さく笑った。
「きっと、自分から見ればこの世界が不思議で、皆さんから見れば自分の世界が不思議なんだと思います」
その言葉に、奏が柔らかく目を細めた。
「同じ日本でも、歩んできた歴史が違うんですね」
『なんかいいな』
『どっちも相手から見れば異世界か』
『魔法なしの日本、想像できん』
『でもちょっと見てみたい』
『こっちと同じ食べ物あるのかな』
『また別の配信で異世界文化教えてほしい』
陽奈は画面を見ながら、嬉しそうに頷く。
「これ、次回以降も絶対質問来るね」
「そうですね」
詩織も同意する。
「一度にすべて説明するのは難しいでしょうし、少しずつ紹介していただくのもよいかもしれません」
「自分に説明できる範囲であれば……」
悠斗が答えると、コメント欄には早くも期待する声が流れ始めた。
『異世界雑談配信してほしい』
『食文化知りたい』
『魔法なしでどう生活してたか聞きたい』
『元の世界のゲームとか知りたい』
そんな中。
一つのコメントが、陽奈の視線に留まった。
「あ……」
先ほどまで楽しげだった声が、わずかに落ち着く。陽奈は読み上げるべきか迷うように、奏へ視線を向けた。奏もコメントを確認し、少しだけ表情を改める。
悠斗は二人の反応に気づいた。
「どうしました?」
「えっと……」
陽奈は一瞬ためらったあと、画面へ目を戻す。
「こういう質問も来てる」
『元の世界には帰りたいですか?』
その言葉を聞いた瞬間、悠斗の表情が止まった。先ほどまで流暢に答えていた口が、わずかに開いたまま動かない。
「…………」
帰りたいか、単純な質問だった。だからこそ即座には答えられなかった。
故郷だった。
生まれ育った日本。
家族がいた。
知人がいた。
慣れ親しんだ街があった。
使い慣れた部屋があり、休日になれば好きな動画を見て、ゲームをして、菓子を食べながら一日を過ごした。
自由だった。
誰かに行動を決められることもない。
何を食べてもいい。
何時に寝てもいい。
休日をどう使ってもいい。
ある程度の金もあり、欲しい物があれば、自分の範囲で買うこともできた。
不自由ではなかった。
けれど。
朝起きて、会社へ行く。
言われた仕事をこなし、誰かの作った数字のために働く。
失敗すれば怒られ、上手くいっても、それが当然として一日が過ぎる。
感謝されることは、ほとんどなかった。
仕事を終えれば、一人で帰る。
買ってきた食事を一人で食べる。
画面の向こうから流れてくる笑い声を聞きながら、自分も笑う。
けれど、動画を閉じれば部屋は静かだった。
誰かに嫌われていたわけではない。
誰かから迫害されていたわけでもない。
ただ、自分がいなくても、世界は何も変わらないような気がしていた。
毎日を生きていた、けれど生きていると実感する瞬間は、どれほどあっただろう。
今日一日、ほんの一日だけだった。
それでも。
奏は、自分を信じてくれた。
陽奈は、遠慮なく笑いかけてくれた。
詩織は、何も分からない自分へ丁寧に説明してくれた。
チョコドンは、当然のようにそばへいてくれた。
そして今日。
自分は誰かを助けた。
命を救った。
奏たちは何度も礼を言ってくれた。
大勢の視聴者が、画面の向こうから自分へ「ありがとう」と言ってくれた。
たった一日で。
元の世界では、ずっと得られなかったものに触れてしまった。
「悠斗さん」
奏の静かな声が、思考の底まで届く。
「無理に答えなくても大丈夫ですよ」
責める声音ではなかった。急かす気配もない。
ただ、待ってくれている。
陽奈も、いつものように口を挟むことなく悠斗を見つめている。
詩織も、黙って彼の返事を待っていた。コメント欄にも、少しずつ気遣う言葉が流れ始める。
『答えにくいよな』
『無理しなくていい』
『今日来たばっかりだもんな』
『いきなり聞くことじゃなかったか』
『家族いるなら帰りたいよな……』
悠斗はゆっくりと息を吸った。
「……帰れる方法は、見つけたいです」
静かな声だった。けれど、聞き取れないほど弱くはない。
悠斗は視線を上げる。
「あちらには、自分が生まれ育った故郷がありますから」
元の世界を嫌いだったわけではない、捨てたいと思っていたわけでもない。帰る方法を探すことすらしないで、この世界に残ると決めるのは違う気がした。
「家族もいますし、知っている人もいます。何も言わずにいなくなってしまったので……自分が無事だということだけでも、伝えたいです」
奏が静かに頷く。
「そうですよね」
「はい」
悠斗も小さく頷き返す。だが、それで答えを終わらせることはできなかった。胸の奥に、まだ言葉になっていないものが残っている。
「でも……」
悠斗が続けると、奏たちの視線が再び集まる。
「帰れるようになったとして、本当に帰るかどうかは……」
一度、言葉に詰まる。正直に話せば、薄情だと思われるかもしれない。たった一日で故郷を捨てるのかと、責められるかもしれない。それでも、嘘はつきたくなかった。
「その時の自分に聞いてみないと、まだ分かりません」
コメント欄が、わずかに静まる。
悠斗は膝の上で手を組んだ。
「元の世界では、ある程度自由に暮らしていました。好きなものを見て、好きなものを食べて、休日も自分の好きに過ごしていました」
その暮らしは楽だった。
安定していた。
危険な魔物もいない。
命懸けで戦う必要もない。
「でも……何となく毎日を過ごしていたような気もします」
言葉を選ぶ。
「誰かに必要とされているとか、誰かの役に立てたとか、そういうことを感じる機会はあまりありませんでした。一人でいることにも慣れていたつもりでしたけど……」
そこで、少しだけ笑う。
「もしかしたら、ずっと孤独だったのかもしれません」
陽奈の表情が、ほんの少しだけ曇る。奏は何も言わず、ただ彼の言葉を受け止めていた。詩織も目を伏せる。
「今日、自分は皆さんに助けてもらいました。それから、自分も誰かを助けることができました」
悠斗は、奏たちへ目を向ける。
「ありがとうって言ってもらえて、一緒にいていいと言ってもらえて……」
頭の上のチョコドンが、小さく身じろぎする。
「チョコ」
まるで自分もいると伝えるような声だった。悠斗は思わず目元を緩める。
「この子にも懐いてもらいました」
「チョワヨ!」
今度は元気いっぱいの返事が返ってくる。その姿に、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
「だから」
悠斗は再びカメラへ向き直る。
「帰れる方法は探したいです。でも、帰るか残るかは……これからこの世界で過ごして、いろいろなものを見てから決めたいと思っています」
それが、今の悠斗に出せる正直な答えだった。コメント欄には、すぐに言葉は流れなかった。
数秒。
やがて、最初の一つが流れる。
『それでいいと思う』
続いて。
『今すぐ決めなくていいよ』
『今日来たばっかりだもんな』
『帰りたいのに帰れないより、選べるようになるのが一番だ』
『故郷が嫌いじゃなくても、ここに居場所ができることはあるよ』
『無事だって伝えたいよな』
『家族心配してるだろうな……』
『でもアルカディアと会えてよかったな』
『一人じゃないよ』
最後の言葉を見た瞬間、悠斗はわずかに目を見開いた。
『一人じゃないよ』
たった六文字。それだけなのに、胸の奥へ真っすぐ突き刺さった。
「……ありがとうございます」
声が少しだけ掠れる。悠斗はそれを誤魔化すように、深く頭を下げた。
「まだ一日目ですけど、ちゃんと考えます」
「慌てなくていいんだよ」
奏が穏やかに言う。
「帰る方法を探すことも、この世界で過ごすことも、どちらか一つしか選べないわけではないから」
「そうそう」
陽奈も明るく頷く。
「見つかるまでは、ここにいればいいじゃん。その間に、こっちの楽しいこと全部教えてあげるよ!」
「陽奈さんの場合、楽しいことの基準が少し偏っていますけれど」
詩織が静かに付け加える。
「えっ、どこが?」
「食事と娯楽と買い物ばかりではありませんか」
「全部大事じゃん!」
二人のやり取りに、悠斗は思わず吹き出した。先ほどまで胸の奥に溜まっていた重いものが、少しだけ軽くなる。
陽奈はその反応を見て、満足そうに笑った。
「よし。じゃあ次の質問いこっか」
あえて深刻な空気を引きずらないようにしてくれているのだろう。悠斗も、その心遣いに甘えることにした。
「お願いします」
「じゃあ……これ!」
陽奈が次のコメントを選ぶ。
『結局、ライダーって何なんですか?』
「うっ」
悠斗の顔が引きつった。先ほど勢いで名乗った謎の役割。避けては通れない質問だった。
『本人も忘れてたなw』
『ここは答えてもらおう』
『新しい探索者ロールなの?』
『バイク乗る人ではないんだよね?』
『変身する人のこと?』
陽奈がにやにやしながら悠斗の顔を覗き込む。
「ついに説明する時が来たね、ライダーさん」
「その呼び方、もう定着してませんか?」
「してるね」
「してますね」
奏と詩織まで即答する。
「そんな……」
悠斗は肩を落とした。だが、ここまで来た以上は説明するしかない。
「自分の世界には……」
一度、咳払いをする。
「『仮面ライダー』という特撮ヒーローがありまして」
三人の頭上に、揃って疑問符が浮かんだように見えた。
「とくさつ?」
陽奈が首を傾げる。
「特別な撮影、と書くんですけど……映像作品の一種です」
「ドラマですか?」
詩織が尋ねる。
「近いです。ただ、怪人や怪物と戦うヒーローの物語で、変身したり、特殊な力を使ったりします」
「それって……」
陽奈が悠斗を指差す。
「今の悠斗さん、そのものじゃない?」
「……そうなんです」
悠斗は少し恥ずかしそうに頷く。
「自分が持っている力も、その仮面ライダーの一人と同じもので」
「えっ?」
奏が目を瞬く。
「同じ?」
「はい」
「つまり悠斗さんは、その作品のヒーローと同じ姿に変身できるということですか?」
詩織の問いに、悠斗は頷いた。
「そうなります」
コメント欄が、再びざわつく。
『作品のヒーローと同じ力?』
『どういうこと?』
『創作が現実になったってこと?』
『異世界転移より意味分からんぞ』
『その世界では実在してなかったの?』
「実在していませんでした」
悠斗はきっぱりと答える。
「少なくとも、自分の知る限りでは」
『じゃあ本当に映像の中だけ?』
『テレビのヒーロー?』
『それがこっちで本物になったの?』
『謎が増えた』
『協会が頭抱えてそう』
「実際、協会の方もかなり困っていました」
悠斗が苦笑する。
「自分も、なぜこの力を使えるのか分かっていません。でも、変身した時に流れていた音や姿は自分が見ていた作品の仮面ライダーと同じなんです」
「それで、ライダーと名乗ったんですね」
奏が納得したように頷く。
「はい」
悠斗は少しだけ気まずそうに視線を逸らす。
「三人がそれぞれ役割を名乗っていたので、自分も何か言わないといけないと思って……」
「それで憧れのヒーローを?」
陽奈が聞く。
「……はい」
悠斗の返答は小さかった。
一拍。
『かわいい』
『憧れのヒーロー名乗っちゃったのかw』
『成人男性の少年ハート』
『気持ちは分かる』
『ていうかチョコのヒーローとかいるんだな』
『本物になれたなら名乗りたくもなる』
『でも説明なしでライダーは分からんw』
『厨二病では?』
『あの強さなら許される厨二病』
「ち、違います」
悠斗は慌てて否定する。
「厨二病ではありません!」
「でも、少し憧れてたんでしょ?」
陽奈が畳みかける。
「それは……」
悠斗は詰まる。
「憧れてはいました」
「ほらー!」
「子どもの頃から見ていた作品なので!」
必死の弁明に、奏がくすくすと笑う。
「いいと思いますよ。誰かを守るヒーローに憧れて、その力で本当に私たちを助けてくれたんですから」
その一言に、悠斗は言葉を失った。からかわれることは覚悟していた。だが、真正面からそう言われると、どう返せばいいのか分からない。
「……ありがとうございます」
結局、照れくさそうに頭を下げる。コメント欄も、少しずつ優しい言葉へ変わっていった。
『確かに本当に助けたもんな』
『ヒーローじゃん』
『ライダーでいいと思う』
『むしろそのまま名乗ってほしい』
『アルカディアのライダー、ありだな』
『ちょっと格好よく聞こえてきた』
『実際かっこよかったぞ!ライダー!』
「良かったですね、ライダーさん」
詩織が微笑む。
「やっぱりそれで定着するんですか?」
「もう遅いんじゃない?」
陽奈が笑う。
「諦めた方がいいかもしれませんね」
奏まで穏やかに追い打ちを掛ける。
「そんなぁ……」
悠斗の情けない声に、再びリビングが笑いに包まれた。
その時。
「チョコ」
頭の上にいたチョコドンが、悠斗の前髪を小さなボディでぺしぺしと叩く。
「どうした?」
「チョコ!」
何かを訴えるように胸を張る。
コメント欄には、ちょうどチョコドンに関する質問が増えていた。
『チョコドンは何食べるの?』
『やっぱりチョコ?』
『食事必要なの?』
『お菓子だけで生きてる?』
『ゴチゾウの生態知りたい』
陽奈がそれを見つけ、ぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ最後はこれにしよう!」
『チョコドンは、何を食べるんですか?』
読み上げられた質問に、三人の視線が一斉に悠斗へ集まる。
「えっと……」
悠斗は言葉に詰まった。考えてみれば、チョコドンの食事について詳しく確認したことはない。こちらへ来る前も、ゴチゾウたちは菓子や食材に反応することはあった。
けれど、何を主食にしているのか。そもそも人間と同じように定期的な食事が必要なのか。いや、劇中では散らばったグミ装甲とか壁のチョコ弾痕とか食べて(?)たよな……?
分からないことだらけだった。
「そういえば……」
悠斗は頭の上のチョコドンを両手で抱き下ろす。手のひらへ乗せ、目線を合わせた。
「チョコドンは、何を食べるんだ?」
「チョコ!」
迷いのない返事だった。陽奈が即座に吹き出す。
「チョコしか食べないの!?」
「いや、今の返事だけでは分からないと思います」
詩織が冷静に指摘する。
「質問の意味を理解した上で、好物を答えた可能性もあります」
「じゃあやっぱりチョコなんじゃん!」
「好物であって、主食とは限りません」
「チョコ!」
チョコドンは何やら得意げに胸を張っている。悠斗は困ったように笑った。
「多分、何でも食べるんじゃないかな……?」
『多分w』
『飼い主も分かってない』
『さっきから本人の回答に多分多すぎるw』
『異世界初日だから仕方ない』
『チョコは確実に好きそう』
『チョコドンだもんな』
『今度食事配信して』
陽奈はチョコドンの前へ指を一本差し出す。
「お肉は?」
「チョコ!」
「野菜は?」
「チョコ!」
「魚は?」
「チョコ!」
「お菓子は?」
「チョコ!」
すべて同じ返事だった。
「何でもチョコじゃん!」
陽奈が笑いながら天を仰ぐ。
「全然分かんない!」
「語彙が一種類しかないので、判別は難しいですね」
詩織も珍しく困った顔をしている。
「ですが、声の調子には違いがあるようにも聞こえます」
「本当?」
「少なくとも今の四回は、少しずつ抑揚が異なっていました」
「分かるの?」
「なんとなくですが」
奏もチョコドンへ顔を近づける。
「じゃあ、嫌いな食べ物はある?」
「……チョコ」
先ほどより明らかに低い声だった。
奏が目を瞬く。
「今のは、何かあるみたいですね」
「えっ、本当に分かるの?」
陽奈が驚く。
「雰囲気だけだけど」
チョコドンは何かを思い出したのか、ぷるぷると小刻みに震えたあと、両手を大きく上下させた。
「チョコー!」
「嫌なものはあるみたいですね」
悠斗が苦笑する。
「でも、それが何かまでは……」
『今後の研究課題だな』
『ゴチゾウ博士が必要』
『詩織ちゃんもう研究始めそう』
『食べ比べ配信待ってる』
『チョコドンの嫌いなもの探し』
「嫌いなものを探す配信って、少しかわいそうじゃない?」
奏が苦笑する。
「じゃあ好きなものを探す配信にしよう!」
陽奈がすぐに言い換える。
「お肉、お魚、お菓子、果物、全部並べて!」
「食べさせすぎには注意が必要です」
詩織が釘を刺す。
「生態が分からない以上、人間にとって安全な食品でもゴチゾウに有害な可能性がありますから」
「そっかぁ」
陽奈は少し残念そうに肩を落とす。
「それなら、協会の人にも相談しながらですね」
悠斗が言うと、チョコドンはよく分からないまま元気よく片手を挙げた。
「チョコ!」
『いい返事』
『絶対分かってないw』
『でもかわいい』
『チョコドン健康診断も必要だな』
『大事にしてあげて』
悠斗は手のひらの上にいるチョコドンを見つめる。
「うん」
小さく頷き、その頭を指先で優しく撫でた。
「ちゃんと調べような」
「チョコォ~♪」
チョコドンは気持ちよさそうに目を細める。その姿に、奏たちも自然と笑みを浮かべた。和やかな空気が流れる中、詩織が時計を確認する。
「そろそろ、配信を始めてから一時間になりますね」
「えっ、もうそんなに?」
陽奈が驚いて時計を見る。
「本当だ!」
質問はまだ尽きていない。
コメント欄には、今も異世界について、悠斗について、チョコドンについて尋ねる言葉が次々と流れている。
だが今日の四人は、ダンジョンで激戦を終えたばかりだった。特に奏たちは、戦闘の疲労もまだ完全には抜けていない。悠斗にとっても異世界へ来て最初の一日、配信を続けるより、まずは休むべきだろう。
奏は名残惜しそうにコメント欄へ目を向けたあと、カメラへ向き直った。
「皆さん、まだまだご質問をいただいていますが、今日の配信はそろそろ終わりにしたいと思います」
『もう終わりかー』
『一時間早すぎる』
『もっと聞きたい!』
『でも今日は休んで』
『アーマーベア戦のあとだもんな』
『無事な姿見られただけで十分』
奏は温かなコメントを見て、ゆっくりと頭を下げる。
「今日は本当に、たくさんご心配をおかけしました」
「戦闘中も、救援を呼び掛けてくださった方や、最後まで見守ってくださった方が大勢いたと聞いています。皆さんのおかげで、私たちは無事に帰ってくることができました」
陽奈も、いつもの明るい笑顔を浮かべる。
「ほんとにありがとね! 次はもうちょっと平和な配信にしたいなー!」
『フラグ立てるな』
『次は平和で頼む』
『雑談配信でいいから』
『装備ショップ配信して!』
「装備ショップ!」
陽奈が食いつく。
「それいいかも!」
「陽奈さん」
詩織がたしなめるように名前を呼ぶ。
「まだ決定していませんよ」
「分かってるってば」
口ではそう言いつつも、陽奈はすでに次の配信企画を考え始めている顔だった。詩織は小さく息を吐いたあと、カメラへ向けて優雅に一礼する。
「本日は最後までご覧いただき、ありがとうございました。今回の件については、探索者協会から改めて正式な発表が行われる予定です。不確かな情報や憶測に惑わされず、公式の情報をご確認いただければと思います」
『了解』
『協会発表待ってる』
『変な噂広めないようにするわ』
『詩織ちゃんしっかりしてる』
『お疲れ様!』
最後に、奏が悠斗へ視線を向ける。
「悠斗さんからも、一言お願いします」
「はい」
悠斗は少し緊張しながら姿勢を正した。配信が始まった時とは、気持ちが違っていた。最初は何を言われるか怖かった。異世界人など信じてもらえないと思っていた。変身する力を気味悪がられるかもしれないとも考えていた。けれど、画面の向こうから届いた言葉は、想像していたよりずっと温かかった。
「今日は、自分の話を聞いていただいてありがとうございました」
深く頭を下げる。
「まだこの世界へ来たばかりで、分からないことだらけです。自分がどうしてここへ来たのかも、この力をどうして使えるのかも、まだ分かっていません」
チョコドンが手のひらの上から、じっと悠斗を見上げている。
「でも、少しずつこの世界のことを知っていきたいと思っています。探索者としても、一人の人間としても、頑張ります」
一度、息を吸う。
「これからよろしくお願いします」
悠斗は、もう一度頭を下げた。
『よろしく!』
『応援してる!』
『頑張れライダー!』
『悠斗さんファイト!』
『アルカディアの新しい仲間だな』
『無理しないでね』
『一人じゃないぞ』
『チョコドンもよろしく!』
その言葉に応えるように、チョコドンが両手を高く挙げる。
「チョコワー!」
『かわいいいいい!』
『最後まで持っていったw』
『チョコドンおやすみ!』
『またねー!』
『次回も絶対見る!』
陽奈が大きく手を振る。
「じゃあみんな、またねー!」
奏も柔らかな笑みを浮かべる。
「おやすみなさい」
詩織も一礼する。
「皆様、どうぞ良い夜を」
悠斗も少し遅れて、ぎこちなく手を振った。
「お、おやすみなさい」
チョコドンは誰よりも大きな動きで、全身を使って手を振る。
「チョコ! チョコワ!」
陽奈が配信終了のボタンへ指を伸ばす。
「それじゃあ──配信終了!」
軽い電子音が鳴った。画面の端に表示されていたコメントが消える。撮影用ドローンの赤いランプが、ふっと消灯した。宙に浮かんでいた球体は静かに高度を下げ、待機状態へ移行する。つい先ほどまで全国へ繋がっていたリビングが、急に小さな一室へ戻った。
誰も、すぐには口を開かなかった。
わずかな沈黙。
その静けさの中で悠斗の肩から、すべての力が抜けた。
「…………終わった」
絞り出すように呟く。そのまま、ゆっくりとソファの背もたれへ体を預けた。
変身もさせたいけどぉ……こういう世界観ごとのギャップと反応が好きでぇ(ろくろ回し)