夢想は甘き鎧となる~ダンジョン世界でおカシな仮面ライダー!?~ 作:妄想めっちゃ代理人
カーテンの隙間から差し込む朝日が、静かに部屋を照らしていた。
悠斗はゆっくりと目を開ける。
「……朝か」
枕元に置いたスマートフォンへ手を伸ばえる。画面には『6:02』の文字が表示されていた。社会人時代の癖なのか、休日でもこのくらいの時間には自然と目が覚めてしまう。もう一度布団へ潜ろうかとも思ったが、不思議と眠気はない。
「せっかくだし、起きるか」
ベッドから降り、大きく伸びをする。
昨日は本当に色々ありすぎた。異世界へ飛ばされて、ダンジョンで魔物と戦い、仮面ライダーへ変身し、全国へ向けてライブ配信までして──そしてアルカディアのみんなに迎え入れられた。
夢だった、と言われても納得してしまいそうな一日だったが、こうして見慣れない部屋で目覚めたことで、それが現実なのだと改めて実感する。
「……喉、渇いたな」
部屋を出て静かに廊下を歩く。まだ朝が早いためか、家の中はしんと静まり返っている。
陽奈ならまだ夢の中だろう。詩織もこの時間なら起きているかどうか。
階段をゆっくり降り、リビングへ向かう。冷蔵庫から水でも貰おう……そう思って扉を開けた、その時だった。
スゥゥゥ……
呼吸音のような、ごく小さな音。
「……?」
リビングの大きな掃き出し窓。その向こう、朝日に照らされた庭で、一人の女性が静かに棒を構えていた。
「奏さん……?」
奏だった。
動きやすいトレーニングウェア姿の奏は、訓練用のメイスを模した棒を両手で握っている。
長さは普段彼女が握っているメイスほどある。先端は丸く加工されており、明らかに訓練用の道具だった。
奏は悠斗が来たことにも気付かないほど集中し、その棒をゆっくりと持ち上げる。
息を吸い。重心をわずかに沈める。
そして、ゆっくり……本当にゆっくりと、まるで水の中で動いているかのような速度で棒を振り下ろした。
シィィィ……
息をゆっくり吐きながらゆっくりと動く。その緩やかな動きに不思議と目が離せない。
速さも派手さもない。それなのに一切の無駄が感じられない。振り下ろし切った姿勢でぴたりと静止し、数秒そのまま呼吸を整える。やがて再び奏はゆっくりと棒を持ち上げる。華奢に見える体つきとは裏腹に、肩から腕にかけては女性らしいしなやかさを残しながらも、探索者らしく引き締まった筋肉が備わっていた。棒を振り下ろすたびにその筋肉が静かに収縮し、無駄なく力を伝えていく。その動きには一切の力みがなく、長年積み重ねた鍛錬だけが生み出せる美しさがあった。その一連の動作は、流れるようでありながら、一本の糸の上をなぞるように正確だった。
「……すごい」
思わず声が漏れる。奏がゆっくりと振り返った。
「あ……」
少し驚いたように目を丸くし、それから柔らかく微笑む。
「おはようございます、悠斗さん」
「お、おはようございます。朝早いんですね」
「習慣なんです」
そう答えると、奏は手にした棒を軽く見せる。
「毎朝少しだけ、体を動かすようにしているんです」
「毎日ですか?」
「はい。探索者は、少し油断しただけで命を落とす仕事ですから」
言葉は穏やかだった。けれど、その一言には探索者として積み重ねてきた年月の重みが滲んでいる。悠斗はもう一度棒へ視線を向ける。
「でも……さっきの動き、すごくゆっくりでしたよね」
「ええ」
奏は頷いた。
「速く振ることよりも、正しい体の使い方を忘れないことが大切なんです」
そう言うと、構え直す。
「ゆっくり動くと、ごまかしが利きません。少しでも姿勢が崩れると、自分でもすぐ分かるんです」
言葉のあと、再び静かに棒を振る。ほんのわずかな重心移動と足の裏で土を踏み締める感覚。腰から肩へ、肩から腕へと、力が一本の線になって伝わっていく。
悠斗は武術の経験などない。それでも、この鍛錬が長い年月をかけて積み上げられたものなのだということだけは理解できた。
奏は最後まで振り切ると、小さく息を吐き、悠斗へ微笑む。
「まだ皆さん寝ていますし、よかったらお水を飲みながら少しお話ししませんか?」
「はい」
悠斗は頷き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。静かな朝のリビングには、窓から差し込む柔らかな陽射しと、穏やかな空気が流れていた。奏は訓練用の棒を壁際のスタンドへ立て掛けると、首に掛けていた白いタオルで額の汗をそっと拭った。
激しく動いたわけではない。それでも額にはうっすらと汗が浮かび、朝日に照らされて小さく光っている。
「ふぅ……」
深く息を吐くと、先ほどまでの探索者としての鋭い空気は和らぎ、いつもの穏やかな笑顔へ戻っていた。
「すみません。少しだけお待たせしてしまいました」
「いえ、全然。……というか、見入ってしまってました」
「そうですか?」
奏は少し照れたように笑う。
「派手な鍛錬ではありませんから、見ていて退屈だったかもしれません」
「そんなことないです」
悠斗は首を横に振った。
「むしろ逆でした。あそこまでゆっくり動いてるのに、何というか……すごい迫力があって」
「迫力、ですか」
「はい。武術とかは全然分からないんですけど、『ああ、この人は本当に強いんだな』って思いました」
一瞬だけ、奏はきょとんと目を瞬かせた。それから少し困ったように笑う。
「そんな風に言っていただけると嬉しいですね」
タオルを畳みながら、窓の外へ視線を向ける。
「でも、私もまだまだです」
「いや、あれだけできれば十分じゃ……」
「上には上がいますから」
その言葉に気負った様子はない。ただ事実を述べているだけ。だからこそ、悠斗は探索者という世界の奥深さを感じた。
奏はキッチンへ向かい、ケトルに水を入れ始める。
「コーヒーはお飲みになりますか?」
「あ、お願いします」
「ブラックは大丈夫ですか?」
「はい。会社員だった頃は毎日飲んでました」
「ふふっ、やっぱり社会人の方なんですね」
お湯を沸かす間、二人はカウンター越しに向かい合う。
「昨日はよく眠れましたか?」
「思っていたよりは」
悠斗は苦笑する。
「緊張して眠れないかと思ったんですけど、気付いたら朝でした」
「それなら安心しました」
奏は本当にほっとしたように微笑む。
「昨日は色々ありましたから」
「ありすぎましたね」
二人で思わず笑ってしまう。
「昨日のまでは普通に会社へ行って、帰ってと普通の一日を過ごすつもりだったんです」
「そうでしたね」
「それが気付いたら異世界で、仮面ライダーになって、全国配信までして……」
肩をすくめる。
「今思い返しても情報量が多すぎます」
「確かに」
奏もくすりと笑った。
「私も昨日は人生で一番慌ただしい一日だったかもしれません」
「奏さんでもそうなんですか?」
「もちろんです」
奏は少し悪戯っぽく笑う。
「異世界から来た方と出会うなんて、一生に一度あるかないかですから」
「それもそうですね」
ケトルが静かに湯気を立て始める。奏は慣れた手つきでコーヒーを淹れながら、不意に口を開いた。
「悠斗さん」
「はい」
「今日からは少しずつ、こちらでの生活にも慣れていきましょう」
カップに注がれる琥珀色の液体から、香ばしい香りが広がる。
「急がなくても大丈夫です」
「……はい」
「探索者のことも、この世界のことも、一度に全部覚える必要はありません」
奏は湯気の向こうで穏やかに笑った。
「分からないことがあれば、私たちがいますから」
その言葉は昨日も聞いたはずなのに、不思議と胸へすっと染み込んできた。
「ありがとうございます」
悠斗が素直に頭を下げると、奏は少しだけ照れたように笑いながらカップを差し出した。
「では、まずは朝の一杯から始めましょうか」
リビングにコーヒーの香りが広がる頃。トントン、と二階から軽やかな足音が聞こえてきた。
「ふわぁぁぁぁぁ……」
大きなあくびと共に階段を降りてきたのは陽奈だった。寝癖のついた髪を片手で押さえながら、まだ半分眠っているような目をこすっている。
「あ、おはよー……」
気の抜けた声で挨拶すると、そのままソファへぽすんと倒れ込んだ。
「まだ六時半なのに二人とも早すぎるよぉ……」
「おはよう、陽奈」
「おはよう」
奏と悠斗がそれぞれ挨拶を返す。
陽奈はソファに突っ伏したまま片手だけをひらひらと振った。
「おはよー、悠斗くん。昨日はよく眠れた?」
「はい、おかげさまで」
「それならよかった!」
そう言って笑う陽奈だったが、その直後にまた小さなあくびを漏らす。
「でも奏ちゃん、また朝練?」
「うん、いつものやつしてた」
「真面目だなぁ……」
陽奈は感心半分、呆れ半分といった表情で笑った。
「私はあと一時間は寝られる自信あるよ」
「そう言いながら毎日この時間には起きているじゃないですか」
階段から新たな声が聞こえた。
三人が振り向くと、詩織がゆっくりと降りてくるところだった。
寝間着姿のままではあるものの、髪はきちんと整えられており、その表情にも眠気はほとんど感じられない。
「おはようございます」
穏やかな声で一礼する。
「おはようございます、詩織さん」
悠斗も頭を下げる。
「おはよう、詩織」
「おはよう~」
奏と陽奈もそれぞれ挨拶を返した。
詩織はリビングを見回し、小さく首を傾げる。
「珍しいですね。悠斗さんが一番早く起きているとは思いませんでした」
「社会人時代の癖みたいなものでして」
悠斗は苦笑する。
「目が覚めたら二度寝できないタイプなんです」
「なるほど」
詩織は納得したように頷いた。
「探索者にも朝型の方は多いですね。規則正しい生活は集中力にも影響しますから」
「ほら見て、陽奈」
奏が微笑みながら言う。
「規則正しい生活は大切だよ」
「分かってるよー」
陽奈はソファに寝転がったまま唇を尖らせる。
「でも眠いものは眠いんだってば」
そう言った直後。
「チョコ♪」
どこからともなくチョコドンがぴょこんと現れ、陽奈のお腹の上へ飛び乗った。
「わっ!」
「チョコ♪」
「あはは、チョコドン、おはよー」
陽奈が優しく頭を撫でると、チョコドンは嬉しそうに身体を揺らす。その様子を見ていた悠斗は、思わず笑みを浮かべた。昨日出会ったばかりだというのに、チョコドンはすっかりアルカディアの一員になっている。その光景が、どこか温かくて心地よかった。
奏は四人分のカップをテーブルへ並べながら、穏やかな笑顔で口を開く。
「それでは、皆さん揃いましたし、朝食の準備を始めましょうか」
「はーい!」
陽奈が元気よく手を挙げる。賑やかな一日の始まりを告げるように、リビングには和やかな笑い声が響いていた。 四人がダイニングテーブルを囲み、奏が手際よく用意した朝食をいただく。焼きたてのトーストにスクランブルエッグ、サラダ、ベーコン。そして温かいスープ。探索者という仕事柄か、朝からしっかりと栄養を考えられた献立だった。
「美味しいです」
「ありがとう」
奏は嬉しそうに微笑む。
「簡単なものばかりだけど」
「いや、十分ですよ。こういう朝食、久しぶりかもしれません」
「え?」
陽奈が顔を上げる。
「会社員って朝ご飯食べない人多いの?」
「人によりますけど、俺はギリギリまで寝ていたかったので……」
「あー、分かる!」
陽奈が勢いよく頷く。
「あと五分だけって思ってたら十五分くらい経ってるやつ!」
「まさにそれです」
二人が顔を見合わせて笑う。その様子を見ていた奏と詩織も小さく笑みを浮かべていた。食事が一段落したところで、奏がカップを置く。
「じゃあ、今日の予定を確認しよっか」
自然と三人の視線が奏へ集まる。
「まず午前中は探索者協会へ向かうよ」
悠斗も姿勢を正した。
「昨日も少し話したけど、今日は悠斗さんの正式な探索者登録をします」
「よろしくお願いします」
「登録手続きのほかに、魔力測定、それから探索者として必要な説明も受けることになるね」
「結構あるんですね」
「最初だけだから安心して」
奏は頷く。
「それと、協会の訓練場で簡単な実力確認もあるかもしれない」
「実力確認ですか」
「うん。悠斗さんの能力は配信である程度知られているけど、正式な記録はまだないから」
「なるほど」
詩織が補足する。
「能力を把握しておくことは、適切な依頼を斡旋する上でも重要です。危険度の高い依頼へ誤って送り出さないためでもあります」
「そういう理由なんですね」
探索者という職業が、思っていた以上にしっかり管理されていることに悠斗は感心した。
奏は続ける。
「登録が終わったら、お昼を食べてから装備を見に行こう」
「装備?」
「うん。今後探索者として活動するなら、自分の装備は必要になるからね」
「そうですね」
悠斗も頷く。
「もちろん、最初から高価なものを買う必要はないよ」
奏は安心させるように微笑む。
「悠斗さんに合うものを、一緒に探そう」
「ありがとうございます」
陽奈が元気よく手を挙げる。
「私、おすすめのお店知ってるよ!」
「陽奈は店員さんと仲良しだからね」
「えへへ」
得意げに笑う陽奈。すると詩織が静かに付け加えた。
「時間に余裕があれば、その後に低階層ダンジョンを見学するのも良いかもしれません」
「見学ですか?」
「ええ」
詩織は頷く。
「実際に探索するのは別日でも構いませんが、現地の空気を知るだけでも大きな経験になります」
「そうだね、まずは見学からにしよう」
奏も同意する。
「今日の目的は、悠斗さんにこちらでの生活に少しずつ慣れてもらうことだから」
「はい」
悠斗は自然と笑みを浮かべた。昨日までは、何が起こるか分からず流されるままの一日だった。
けれど今日は違う。やるべきことがあり、それを支えてくれる仲間がいる。そんな当たり前の予定表があるだけで、不思議と心は落ち着いていた。
「じゃあ決まり!」
陽奈が勢いよく立ち上がる。
「今日は悠斗くんの探索者デビュー準備の日だね!」
その一言に、悠斗は少し照れくさそうに笑いながらも、力強く頷いた。
「よろしくお願いします」
新しい世界で迎える新しい日常に、少しだけ胸が踊るように気分が高揚した。