夢想は甘き鎧となる~ダンジョン世界でおカシな仮面ライダー!?~ 作:妄想めっちゃ代理人
「まずは基本中のきほぉん」
九条は壁際に置かれた大型の測定装置を指差した。円状に光っている場所があり、そこを中心に半円状のパーツがついたアームが左右から囲んでいる。
「全身測定から始めるわよぉ」
「そこに入ればいいんですか?」
「そうよぉ。痛くも痒くもないから安心してぇ」
悠斗は小さく頷き、装置の中へ入る。測定装置が起動し、淡い青白い光が悠斗の体表面ををゆっくりと走った。
ピピッ、ピッ。
規則正しい電子音が響く。九条は端末へ視線を落としながら、楽しそうに笑みを浮かべる。
「身長、体重、筋肉量、骨密度ぇ……全部正常ぉ。健康そのものねぇ」
「……」
悠斗はそれを聞きながら背中の傷のことを思い出していた。やはりこちらに来た時に綺麗に完治しているようだった。
真理亜が言う測定結果を聞いた隊長が苦笑しながら答える。
「身体そのものには異常は見当たらなかった」
「だから余計に不思議なのよぉ」
九条はモニターを指先で操作する。次の瞬間、画面いっぱいに人体の立体映像が表示された。全身を淡い光の粒子が流れている。
「これがぁ、人間の体内を流れる魔力よぉ」
悠斗は画面を見つめた。
「魔力って、こんな風に流れているんですか」
「そうよぉ」
九条は満足そうに頷く。
「今じゃ当たり前の知識だけどぉ、数十年前までは違ったのよぉ」
部屋の全員が九条へ視線を向ける。
「ダンジョンが現れる前ぇ、魔法なんておとぎ話の中だけの存在だったぁ」
「想像上のお話でしたね」
詩織が静かに補足する。
「そうそぉ」
九条は嬉しそうに頷く。
「でもダンジョンが確認されてぇ、魔物が現れてぇ、魔法が実在すると証明されてぇ……世界中で魔力の研究が一気に始まったのぉ」
モニターには様々な生物の映像が映し出される。
人間、犬、鳥、樹木。
そして魔物。
「その結果分かったのがぁ」
九条は人差し指を立てた。
「万物は微細ながら魔力を持っているってことぉ」
「人間だけじゃないんですか?」
悠斗が尋ねる。
「えぇ」
九条はにやりと笑う。
「人も動物も植物もぉ、この世界に存在するものは例外なく魔力を宿してるぅ。もちろん量には個人差があるけどねぇ」
「魔法を使えない人でもですか?」
「もちろんよぉ」
九条は即答した。
「魔法が使えるかどうかはぁ、魔力量や適性、それに技術の問題ぃ……魔力そのものは誰でも持ってるのよぉ」
奏たちも頷く。この世界では常識なのだろう。
「じゃあ……」
悠斗はふと思い出したように口を開く。
「俺の世界で昔、『超能力者』とか『霊能力者』って呼ばれていた人たちは……」
「ふふっ」
九条は口元を緩める。
「私もぉ、その可能性は考えてるのよねぇ」
ホワイトボードへ歩きながら、さらさらと文字を書き始める。
魔力 → 現象
その横へ、
ESP? 霊能力?
と書き加える。
「ダンジョン発生以前にもぉ、『未来が見える』とか、『人の心が分かる』とか、『念力が使える』なんて話は世界中に残ってるでしょう?」
「はい」
詩織が肯定する。
「昔は全部オカルト扱いだったぁ」
九条はくるりと振り返った。
「でもねぇ、魔力の存在が証明された今ならぁその人たちは、生まれつき魔力量が多かったかぁ、理論化される前の魔術を無意識に使えていた可能性もあるのよぉ」
陽奈が目を丸くする。
「えぇっ!? じゃあ超能力って本当にあったの!?」
「分からなぁい♪」
九条はあっさり笑った。
「証明する資料が残ってないものぉ、でも否定もできなぁい……科学ってぇ」
九条は悠斗へ視線を向ける。
「『ありえない』って決めつける学問じゃないのぉ。観測された事実から、一番筋の通る答えを探し続ける学問なのよぉ」
その言葉には、研究者としての強い信念が滲んでいた。
そして次の瞬間、測定装置から短い電子音が鳴る。
ピッ。
九条は端末へ視線を落とし、表示された測定結果を確認する。その笑みが、ゆっくりと消えていった。
「…………」
画面には、大きく一行だけ表示されている。
《魔力反応──検出されません》
九条は表示された結果を見つめたまま、腕を組んだ。
「……やっぱりねぇ」
端末を操作すると、今度は別のグラフをモニターへ映し出す。
棒グラフには、
一般人
Eランク探索者
Dランク探索者
Cランク探索者
と、それぞれ平均値が並んでいた。
「これぇ、人間の平均魔力量の統計よぉ」
「一般人より探索者の方が多い……」
悠斗が呟く。
「その通りぃ」
九条は満足そうに頷いた。
「探索者ってぇ、魔力を繰り返し使うことで鍛えられた結果魔力が多いと昔は考えられてたのぉ。ま、それも間違っちゃいないんだけどぉ、最近は違う考え方が有力なのよねぇ」
「違う考え方?」
奏も興味深そうに尋ねる。
「魔物を倒した時の白化現象よぉ」
九条は魔物の模式図を表示する。
「魔物は討伐されると白く崩壊して消えるでしょう?」
「はい」
「その時ぃ」
九条は白く崩れていく映像を拡大する。
「魔物を構成していた魔力は、そのまま全部消えてる訳じゃないと考えられてるのぉ……討伐に関わった探索者へ、ごく一部が吸収されているんじゃないか」
ホワイトボードへさらさらと書く。
魔物討伐
↓
白化
↓
魔力拡散
↓
探索者が吸収?
「もちろん仮説よぉ? でも統計上ぉ探索経験が長い人ほど魔力量も最大容量も増加する傾向があるのぉ」
「だからランクが上がるほど魔力量も増えるんですね」
詩織が納得したように頷く。
「そういうことぉ」
九条は笑みを浮かべる。
「まだ証明はされてないけどぉ、一番有力な説なのよねぇ」
そこで九条はゆっくりと悠斗へ視線を向けた。
「……だからぁ」
その声色だけが少し低くなる。
「あなたがおかしいのよぉ」
「え?」
「昨日ぉ」
端末を操作すると、アーマーベア討伐記録が表示される。
「あなたはアーマーベア討伐へ大きく貢献してるぅ。討伐記録にもちゃんと残ってる……つまりぃ」
九条は悠斗の胸を指差した。
「仮説が正しいならぁ、あなたにも魔力が流れ込んでいるはずなのぉ」
検査室が静まり返る。
「少なくともぉ」
九条はモニターへ表示された測定結果を見る。
《魔力反応 検出されません》
「ゼロなんて数値にはならなぁい……一般人ですら微量の魔力は観測できる、まして初めてとはいえ魔物を討伐した探索者ならなおさらよぉ」
九条は腕を組み、深く考え込む。
「つまりぃ……」
金色の瞳が悠斗を真っ直ぐ見据えた。
「あなたは『魔力がない』んじゃなぁい……魔力を保持できないのか、それとも──」
一拍置き、口元をゆっくりと吊り上げる。
「私たちが観測している"魔力"とは、まったく別の力で動いているのかぁ」
未知の現象を前にした研究者の瞳が、歓喜に満ちて輝いていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
九条はしばらく黙ったままモニターを見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……駄目ねぇ。この測定じゃ分からなぁい」
そう言うと、彼女は端末を閉じた。
悠斗が首を傾げる。
「何か問題があったんですか?」
「問題しかないわぁ」
九条は即答した。
「この装置はぁ、『魔力が存在する』ことを前提に作られてるのよぉ」
そう言って測定装置の外装を軽く叩く。
「だからぁ、魔力が観測できなかったら『ゼロ』って表示するだけぇ。でもねぇ」
金色の瞳が細くなる。
「それって本当にゼロなのかしらぁ?」
悠斗だけでなく、奏たちも耳を傾ける。
「研究で一番やっちゃいけないことはねぇ」
九条はホワイトボードへ歩き、ペンを取った。
さらさらと円を描く。その中心に大きく一点。
「見えない」
その周囲へいくつもの矢印を書き込む。
「例えばこの一点が観測できないとするでしょう?」
さらに矢印を増やしていく。
「でも周りの流れは全部見えている。だったらぁ」
九条はくるりと振り返った。
「その一点も、見えたも同然なのよぉ」
陽奈が首を傾げる。
「えっと……どういうこと?」
「例えば川ぁ」
九条は手をひらひら動かす。
「大きな岩の後ろだけ見えないとするでしょう? でも水の流れは前後で全部観測できる。だったら岩の裏で水がどう流れてるかは、大体予測できるのよぉ」
「あっ」
陽奈が手を打った。
「直接見えなくても、周りから分かるってこと!」
「そういうことぉ♪」
九条は満足そうに頷く。
「科学はねぇ見えるものだけを見て終わりじゃなぁい。見えている全てを使ってぇ、見えていないものを暴く学問なのぉ」
詩織の目が僅かに輝く。
「間接観測……」
「えぇ」
九条は嬉しそうに頷いた。
「だから測定のアプローチを変えるわぁ」
彼女は勢いよく端末を操作する。検査室の奥から、複数の測定装置が低い駆動音を立てて起動した。モニターには人体だけでなく、空気中の魔力濃度、体温、血流、神経伝達、呼吸、周囲へ拡散する微細な魔力粒子など、ありとあらゆる無数の項目が表示されていく。
「無いものを探すんじゃなぁい」
九条は笑う。
「確認できる流れを全部見るのよぉ」
「呼吸」
「血流」
「神経」
「周囲の魔力」
「体内へ出入りするエネルギー」
「周りを取り囲む全ての数値」
「魔力がゼロならぁ」
端末へ指を走らせる。
「その『ゼロ』が周囲へどんな影響を与えているかは、必ず観測できる」
「つまり……」
悠斗が息を呑む。
「俺自身じゃなくて、俺の周りを見るんですか」
「正解ぃ♪」
九条は満面の笑みを浮かべた。
「何か一つが見えなくてもぉそれ以外が全部見えているなら、その見えない部分の動きまで逆算できる。観測できないこととぉ」
人差し指を一本立てる。
「存在しないことはぁ」
ゆっくり左右に振る。
「全然違うのよぉ」
その言葉には確信があった。
「『存在しない』と『観測できない』は、まったく別の話。だから私はぁ」
九条は楽しそうに笑う。
「あなたを『魔力がない人』とは、まだ呼ばないわぁ」
真理亜はポケットからスマートコンタクトを取り出しつけながらタブレットと計測機械を操作する。
「となるとぉ」
九条は端末を操作しながら、にこりと笑う。
「次は実際に、その力を観測しましょうかぁ」
悠斗は小さく頷く。
「何をすれば?」
「『変身』お願いねぇ♪」
その一言に、悠斗は思わず瞬きをした。
「変身、ですか」
「もちろんよぉ」
九条は当然と言わんばかりに答える。
「未知の装備なんだからぁ」
「起動前と起動後で体内の変化を全部比較したいものぉ」
「変身前」
「変身中」
「変身後」
「解除後」
「全部測るわぁ」
理屈としてはもっともだ。
だが、九条はいつの間にか大型の測定機材とは別に、小型の高性能カメラを抱えていた。しかも三脚まで素早く設置し、レンズを悠斗へ向ける。
金色の瞳が期待に満ちて輝いている。
「よぉし……」
録画開始のランプが赤く灯る。
「いつでもいいわよぉ!」
その姿を見た悠斗は、心の中でそっと呟いた。
(……この人、自分が見たいだけでは?)
もちろん研究のためなのだろう。それは分かる。だが、それ以上に目の前の研究者は未知の現象を前にした子供のように目を輝かせていた。
奏が苦笑する。
「楽しそうだね」
「うん……」
陽奈も乾いた笑みを浮かべる。
「完全に趣味入ってる気がする」
「否定はできませんね」
詩織だけは真面目な表情のまま答えた。
「研究者として、未知の現象を記録すること自体は非常に重要ですので」
「ありがとぉ、分かってるわねぇ!」
九条は親指を立てながら笑う。
「もちろん研究用よぉ!」
その声に説得力があるかどうかは微妙だった。悠斗は苦笑しながら荷物置きにあったリュックを手に取る。
ファスナーを開き、中から銃型変身アイテム──ヴァレンバスターを取り出した。
それを見た九条の目がさらに輝く。
「来たぁぁぁ……!」
カメラを構える手に力が入る。
悠斗はヴァレンバスターを握り、静かに呼びかけた。
「チョコドン」
「チョコ!」
肩に乗っていたチョコドンが元気よく返事をする。ぴょん、と悠斗の腕へ飛び移ると、そのままヴァレンバスターの前まで駆けてくる。
「チョコチョコ!」
元気いっぱいに胸を張るチョコドン。その様子を見た九条は思わず身を乗り出した。
「可愛いぃぃぃ……」
だが次の瞬間には研究者の顔へ戻り、素早く端末を操作する。
「全測定開始ぃ」
「生命活動正常」
「外部魔力濃度固定」
「生体エネルギー変化、リアルタイム記録」
「映像・音声記録開始」
検査室中の測定装置が一斉に駆動音を響かせる。全員の視線が、悠斗とヴァレンバスターへ集まった。
悠斗は静かに息を吸い、ヴァレンバスターを構えた。
複数のモニターへ波形が映し出される。
悠斗は肩へ視線を向けた。
「チョコドン」
「チョコ!」
元気よく返事をすると、チョコドンはぴょんっと飛び降りる。小さな身体でヴァレンバスターの前まで駆け寄ると、悠斗は前部のジャッキへ手を掛けた。
ギュィィィン
重い駆動音と共に上下のアームが大きく開く。
「……」
誰も声を上げない。未知の変身を見届けようと、全員が固唾を呑んでいた。
「チョワ!」
チョコドンは元気よく鳴くと、そのままぴょんっと跳び上がる。開いたヴァレンバスターへ吸い込まれるように収まった。
直後。
『チョコ!』
軽快な電子音声。
『Set チョコ!』『Set チョコ!』
検査室へ機械音声が響く。悠斗はゆっくりとジャッキを閉じた。
ギィィィン、ガキュゥン
機構が噛み合う重い音が鳴ったその瞬間だった。
「ウニョワァァァ!」
チョコドンが力いっぱい吠える。
それに重なるように、
『Wow! WowWow!』
陽気な待機音楽と共にチョコドンが歌い始める。
「未知のエネルギー反応を確認! 良いわぁ! 計測器が捉えてるぅ!」
九条が叫ぶ。
悠斗はヴァレンバスターの銃口を静かに床へ向ける。腰を落とし、しっかりと構える。
一呼吸。
「──変身」
迷いのない声と共に、トリガーを引いた。
ガキンッ
次の瞬間、銃口からとろりと濃厚なホットチョコレートが勢いよく溢れ出した。
「なっ!?」
陽奈が思わず声を上げる。
甘い香りが検査室いっぱいへ広がる。床へ流れ落ちたホットチョコレートは広がり続け、悠斗の足元に小さな沼を作り出した。
「液体生成……!」
九条の目が輝く。
「魔力が観測できないのに物質が形成されてるぅ!?」
ホットチョコレートは静かに波打つ。そして生き物のように動き出した。
悠斗の両足へ絡み付き、
脚を。
腰を。
胸を。
腕を。
首を。
頭部までも包み込み、一人の戦士の輪郭を形作っていく。
「身体を……形成してる」
詩織が息を呑む。艶やかなチョコレートが悠斗の全身を覆い、漆黒の素体が完成する。
その時だった。
チョコレートの沼が大きく波打つ。ごぼり、と音を立てて二枚の巨大な板チョコが姿を現した。
「浮いた……!」
奏が目を見開く。
二枚の板チョコは悠斗の周囲をゆっくりと浮遊する。
そして。
パキッパキパキッ
割り板を折るような軽快な音と共に、板チョコは次々と分割されていく。分かれた一片一片は銀紙に包まれたまま宙を舞い、
複眼へ。
胸部へ。
肩へ。
腕へ。
脚へ。
吸い寄せられるように漆黒の素体へ張り付いていく。全身が銀紙に包まれたチョコレートの鎧で覆われた。
最後に悠斗は静かに左手を胸元へ添え、まるで包装紙を剥くように指先を滑らせる。
ビリッ。
その動きへ呼応するように、全身を覆っていた銀紙が一斉に弾け飛んだ。銀色の破片は光となって宙へ溶ける。
その中から現れたのは、深紅と白と茶を基調とした重厚な装甲。板チョコを思わせる意匠を各部へ宿した、一人の戦士。
仮面ライダーヴァレン。
変身は完了した。
『チョコドン! パキパキ!』
軽快な機械音声が高らかに響く。
検査室は静まり返っていた。誰もが、一度変身を見たアルカディアですら光景を理解できずにいた。
ただ一人、九条真理亜だけは興奮で肩を震わせながらモニターへ釘付けになっていた。
「ありえなぁい……」
震える声で呟く。
「魔力反応は……」
表示された数値を何度も見返す。
「やっぱり、一切観測できなぁい……!」
だが同時に、全ての測定装置は悠斗を中心として未知のエネルギーが空間そのものを満たしていることを示していた。
九条は歓喜に満ちた笑みを浮かべる。
「最高ぉ……あなた、本当に何者なのぉ……」