夢想は甘き鎧となる~ダンジョン世界でおカシな仮面ライダー!?~ 作:妄想めっちゃ代理人
静寂が訪れる。
変身を終えた悠斗はゆっくりとヴァレンバスターを下ろした。検査室には甘いチョコレートの香りだけがわずかに残っている。
「…………」
誰もすぐには口を開けなかった。一番最初に息を吐いたのは陽奈だった。
「……かっこいい」
ぽつり、と零れた本音。
「昨日も見たはずなのに……」
目の前で一つ一つ装甲が組み上がっていく様子を思い返しながら、小さく笑う。
「ちゃんと見るとやっぱりすごいね」
奏も頷く。
「昨日は必死だったからじっくり見ることも無かったし」
あの時は、悠斗が現れたと思ったら、気付けば共闘してアーマーベアを倒していた。
だが今は違う。変身そのものを最初から最後まで見届けた。
「……本当に、不思議な力だね」
その声には、畏怖すら滲んでいた。
詩織は顎へ手を添えたまま考え込んでいる。
「装甲が出現した、という表現は正確ではありませんね」
「え?」
陽奈が首を傾げる。
「最初に素体が形成され、その後に装甲が組み上がる。しかも最後の銀紙を剥がす動作まで含めて、一つの変身工程になっています。まるで……」
言葉を探し、
「完成された技術体系です」
と結論づけた。
「魔術とも魔導工学とも異なる、まったく別の文化圏で発展した技術……」
詩織の分析に、悠斗は少し困ったように笑った。
「いえ、その表現だと少し違います」
「違うんですか?」
「俺のいた世界にも、こんな技術はありませんでした」
ヴァレンバスターへ視線を落としながら続ける。
「これは、俺の世界では『仮面ライダー』っていう物語に登場する力なんです」
「あ、そういえば」
陽奈がぽんと手を叩く。
「配信の時に言ってたね! 『本当は物語の中だけの力』って」
奏も思い出したように頷く。
「確かに聞いた」
詩織も小さく頷く。
「失礼しました。技術体系そのものが存在した訳ではなく、創作の中で描かれていたものだったのですね」
「はい」
悠斗は苦笑する。
「だから俺も、どうしてこれが現実になってるのか全然分からないんです」
「…………」
真理亜だけが黙って悠斗を見つめていた。
やがて、金色の瞳が妖しく輝く。
「創作がぁ、現実になったぁ……?」
ぶつぶつと何かを書き留め始める。
「異世界、観測不能エネルギー、創作由来の装備……因果関係はぁ……? 面白いわねぇ……」
その口元には、未知の謎を前にした研究者らしい笑みが浮かんでいた。真理亜は測定端末を操作した。
「みんなぁ、こっち見てぇ」
大型モニターに人体モデルが映し出される。青や赤といった色でわかりやすくあらゆるエネルギーの流れが表示されている。
そして、黒紫色で表示されたもう一つの反応。
「これがぁ、魔力とは別に観測された未知のエネルギーよぉ。魔力は観測できなかったけどぉそれ以外のエネルギー反応は確かに存在していたぁ。だから逆算して、この未知のエネルギーだけを抽出・可視化したの」
画面には変身前の悠斗が映っている。黒紫色の反応は、ごく微弱ながら胸の中央付近に存在していた。
「平常時はここ」
真理亜が胸元を指し示す。
「反応は弱いけれど、確かに胸部へ集中しているわぁ」
画面が進む。悠斗がヴァレンバスターを構え、チョコドンをセットする、その瞬間だった。
「……動いてます」
詩織が息を呑む。
胸部に留まっていた黒紫色のエネルギーが、ゆっくりと体内を下降していく。胸からみぞおちを通り、そして腹部へ。
「変身開始と同時にぃ、エネルギーの集中位置が移動しているの」
真理亜の声にも興奮が滲む。
「まるで体内の中心が、胸から腹へ切り替わったみたいにねぇ」
さらに映像が進む。
悠斗が引き金を引く。腹部へ集まったエネルギーが一気に右腕を駆け上がり、ヴァレンバスターへと流れ込んでいく。
まるで一本の大河だった。
「魔力じゃない。でも確かに、何かが武器へ供給されている」
真理亜は映像を停止させる。腹部からヴァレンバスターへ伸びる黒紫色のラインを指差し、悠斗へ視線を向けた。
「創作が現実になった、という話だったわよねぇ……このエネルギーの動きにぃ、何か心当たりはあるかしらぁ?」
悠斗は画面を見つめたまま固まった。
胸から腹へ移動する未知のエネルギー。そして、腹部からヴァレンバスターへ流れ込む反応。
その二つを見た瞬間、脳裏にある設定が鮮明によみがえる。
喉がひくりと震えた。
「……まさか」
掠れた声が漏れる。
「もしかして……グラニュート器官……?」
真理亜はモニターから視線を外さず、小さく笑った。
「心当たりがあるみたいねぇ?」
ゆっくりと悠斗へ向き直る。
「詳しく聞かせてもらえるぅ?」
悠斗は少しだけ黙り込んだ。どこから説明すればいいのか。そもそも、自分でも信じ切れていない話だ。
「……俺が変身しているのは、『仮面ライダーガヴ』っていう特撮作品に登場する仮面ライダーと呼ばれるヒーローです」
奏達と真理亜は黙って耳を傾ける。
「その作品に出てくる『仮面ライダー』って、全員が普通の人間ってわけじゃありません」
「そうなのぉ?」
「はい」
悠斗は頷いた。
「物語には『グラニュート』っていう異世界の種族が出てきます。異世界に住む人型の異形、一番大きな特徴は──」
自分の腹へ手を当てる。
「お腹に、もう一つ口があるんです」
「……お腹に?」
陽奈が思わず聞き返した。
「はい。そこがグラニュートの特徴です。お腹の口はガヴと呼ばれています。彼らはグラニュート世界から人間界に来る際に人の姿に擬態するのですが、お腹の口──ガヴだけは誤魔化しようが無いぐらい大きな特徴なんです」
詩織は興味深そうにメモを取り始める。
悠斗は一度息をついた。
「主人公はグラニュートと人間のハーフだし、他に出てくるライダーは敵味方含めて殆どグラニュートが変身しています。しかし、その中でも俺が変身している仮面ライダーヴァレンは、グラニュートではない。元は普通の人間なんです」
奏たちが顔を見合わせる。
「でも……」
悠斗の表情が少し曇る。
「復讐のために、仮面ライダーとして戦う力を手に入れるため……グラニュートにしか存在しない『グラニュート器官』と呼ばれる臓器を、外科手術で体内へ埋め込んだ」
検査室が静まり返る。
「人間なのに、異種族の器官を……」
奏が思わず呟く。
「そういう設定でした」
悠斗は静かに頷く。
「だからヴァレンは、唯一人間でありながら変身できる。その力の源が、グラニュート器官なんです」
真理亜は腕を組み、モニターへ視線を戻す。画面には胸から腹部へ移動し、ヴァレンバスターへ流れ込む未知のエネルギーが表示されたままだ。
「……なるほどねぇ」
ぽつりと呟く。
悠斗もその映像を見つめながら、乾いた笑みを浮かべた。
「もちろん、俺の世界じゃ全部フィクションです。本当にそんな器官が存在するわけじゃありません。でも……」
腹部から武器へ流れ込む黒紫色の軌跡。それはまるで、そこに本来あるはずのない器官が活動している証拠のようにも見えた。
悠斗は掠れた声で言う。
「もし、この世界で俺の力が、作品の設定ごと現実になっているんだとしたら……」
無意識に自分の腹へ手を添える。
「俺の中には、本当にグラニュート器官があるのかもしれません」
部屋の中に沈黙が訪れる。
「……そのグラニュート器官って」
最初に口を開いたのは奏だった。真剣な表情で悠斗を見つめる。
「身体への影響はないの?」
陽奈も不安そうに続ける。
「そうだよ。そんな器官を無理やり入れたって話なら……」
詩織も静かに頷いた。
「安全性について、作中で何か説明はあったのでしょうか」
三人の視線が悠斗へ集まる。
悠斗は返事をしなかった。いや、できなかった。視線が自然と床へ落ちる。
「悠斗さん?」
陽奈が心配そうに声を掛ける。
悠斗は苦く笑った。
「……言いにくいんですけど」
その一言だけで、場の空気が重くなる。
「本編では特に大きな異常は描かれていません……でも」
喉が乾く。
「本編の後日談を描いた劇場版で」
言葉を選ぶように、一つずつ口にする。
「ヴァレンに変身していた人物は、その副作用に苦しんでいました」
「副作用……」
奏の表情が険しくなる。
「はい」
悠斗は小さく頷く。
「詳しい症状までは説明されていません。でも、身体への大きな負担は確実にあるような描写でした」
陽奈が息を呑む。
「じゃあ、悠斗くんも……」
「分かりません」
悠斗は首を横に振った。
「ここは俺の知ってる世界じゃない。変身の仕組みも、本当に作品そのままなのかはまだ分かってません」
自分の腹へ手を添える。
「だから、俺が同じ副作用に苦しむのかも分からない。でも」
自嘲気味に笑う。
「さっきのデータを見る限り、『何も起きていない』とは思えなくなりました」
皆が呆然とする中、真理亜だけがモニターを見つめたまま静かに呟く。
「……なるほどねぇ」
先ほどまでの浮き立つような声音ではない。研究者としての冷静さが戻っていた。
「もし本当に、その『グラニュート器官』が存在しているならぁ」
画面に映る腹部の反応を指先でなぞる。
「これは未知の力を手に入れた、というだけじゃない」
金色の瞳が悠斗を見据える。
「未知の臓器を体内に抱えている、ということになるわねぇ」
その一言に、奏たちの表情がさらに引き締まった。
真理亜はしばらく黙ってモニターを見つめていた。やがて、ぱん、と一度だけ手を叩く。
「はいっ」
急に明るい声へ戻る。
「じゃあ、変身解除してぇ」
「……え?」
悠斗は思わず間の抜けた声を漏らした。
「それだけですか?」
「それだけよぉ」
真理亜はけろりとして頷く。
「解除時のデータも欲しいもの」
「……ああ」
副作用の話を聞いた後だけに、もっと深刻な反応が返ってくると思っていた。あまりにも普段通りの態度に、拍子抜けする。
悠斗はヴァレンバスターを見下ろした。
「お疲れ、チョコドン」
「ワニョ」
銃身を開くとチョコドンがぴょこんと飛び出し、悠斗の肩へ飛び乗った。
その瞬間、黒い装甲が細かな欠片となってほどけるように崩れ始める。砕けたチョコレートのような粒子は空気へ溶けるように消え、全身を覆っていたスーツも跡形なく消滅した。
数秒後、そこにはどこにでもいそうな普通の青年が立っているだけだった。
「はい、お疲れさまぁ」
真理亜はすぐさま端末を操作する。
「解除時もちゃんと取れてるわぁ」
新しいデータが大型モニターへ映し出される。
「見て」
先ほど腹部へ集中していた黒紫色の反応が映っている。しかし変身解除と同時にその反応は急速に薄れていく。
「消えてる……」
陽奈が呟いた。
「正確にはぁ」
真理亜は映像を少し戻し、スロー再生に切り替える。
「腹部の反応が消失した後」
画面の胸部に、かすかな黒紫色の点が浮かぶ。
「この位置へ戻ってるの」
変身前と同じ、胸の中央付近にごく弱い反応だけが残っていた。
「平常時のデータと一致してるわぁ」
詩織がモニターを凝視しながr呟く。
「つまり未知のエネルギーは、変身時だけ腹部へ移動する」
「その解釈で良さそうねぇ」
真理亜は次の画面を表示した。
人体を半透明に映した画像。
骨格。
内臓。
血管。
簡易スキャンによる体内透過画像だった。
「これは簡易スキャンを使った透過検査」
腹部が拡大表示される。
「もし『グラニュート器官』と呼ばれる臓器が存在するなら、何らかの構造物として映る可能性を考えたんだけどぉ」
腹部には胃や腸など、既知の臓器しか映っていない。
「……ありませんね」
詩織が静かに言う。
「ええ」
真理亜も頷く。
「少なくとも、レントゲンのような簡易スキャンで確認できる器官は存在しない。追加の臓器も未知の組織も見当たらないわぁ」
奏が安堵したように息を吐く。
「じゃあ……」
しかし真理亜は首を横へ振った。
「安心するのはまだ早いわねぇ」
モニターには、胸部と腹部を行き来する黒紫色の反応が繰り返し再生されている。
「器官が見つからなかった、それは『器官が存在しない』ことの証明にはならない」
金色の瞳が静かに細められる。
「だって」
口元がゆっくりと笑みを描く。
「このエネルギー自体が、今のところ観測不能な存在なんだからぁ」
真理亜は胸元から腹部へと移る軌跡を指先でなぞる。
「私たちが見ているのは、あくまでその痕跡ぃ。もし本当にグラニュート器官があるなら、それは私たちの装置では映らない性質を持っているか」
一拍置き、悠斗へ視線を向ける。
「あるいは、変身した瞬間だけ形成されて、解除と同時に消えているのかもしれないわねぇ」
検査室に、再び静かな緊張が満ちた。