夢想は甘き鎧となる~ダンジョン世界でおカシな仮面ライダー!?~ 作:妄想めっちゃ代理人
真理亜はモニターを見つめたまま、腕を組んだ。
「……ねぇ」
ぽつりと呟く。
「そもそも」
ゆっくりと全員を見回した。
「魔力って、何だと思うぅ?」
突然の問いに、奏と陽奈は顔を見合わせる。
「えっと……魔術を使うためのエネルギー?」
陽奈がおずおずと答える。真理亜は「半分正解」とでも言いたげに微笑む。
その時だった。
「……真理亜主任の論文では」
詩織が静かに口を開く。
「『願望を叶える力』と表現されていました」
一瞬、真理亜の表情がぱっと明るくなった。
「正解ぃ!」
ぱん、と嬉しそうに手を叩く。
「さすが詩織ちゃんねぇ!」
詩織は少し照れたように眼鏡を押し上げた。真理亜はモニターへ向き直る。
「ダンジョンが現れてからぁ魔力は初めて、人類が観測できる現象になった」
画面には、魔力粒子の模式図が表示される。
「いろんな研究者が定義を試みたけどぉ私はこう考えてる」
指先で画面を軽く叩く。
「魔力とはぁ」
一拍置く。
「宿主の願いを叶える力」
検査室は静まり返る。
「火を望めば火を生み出す」
画面に炎の魔術が映る。
「水を望めば水を生み出す」
次は水流。
「もっと速く動きたいと願えば」
探索者が常人離れした速度で駆ける映像。
「人体構造の限界を超えた動きを可能にする」
さらに画面が切り替わる。
「もっと硬く」
「もっと強く」
「もっと遠くへ」
「本来の物理法則だけでは説明できない結果を、現実へ引き寄せる」
真理亜は静かに笑う。
「もちろん」
人差し指を立てる。
「願えば何でも叶う訳じゃない。みぃんな知ってる通りぃ、魔力にも限界がある」
「魔力量」
「適性」
「術式」
「環境」
「いろんな条件に縛られる」
画面には複雑な魔術式が表示される。
「でも」
真理亜はその術式を指差した。
「願いに方向性を与えれば、魔力はそれに応じた結果を現実へもたらしてくれる」
奏が小さく頷く。
「だから魔術式がある……」
「そう」
真理亜は嬉しそうに笑う。
「人類はぁ願望を叶えるという曖昧な力を誰でも安定して効率よく扱えるように研究した」
画面いっぱいに魔術回路が展開される。
「願いを技術へ落とし込んだの。それが」
一拍。
「魔術」
さらに画面が切り替わる。
身体強化、火球、治癒、身体能力向上。探索者たちが日常的に扱う様々な力が映し出される。
「探索者が使うスキルもぉ民間人向けに簡略化された生活魔術もぉ全部、本質は同じ」
真理亜は胸へ手を当てた。
「『願い』を」
次に術式の図へ指を向ける。
「『技術』へ翻訳したもの」
金色の瞳が悠斗へ向く。
「それが、私たちが知っている魔法の正体なのよぉ」
真理亜は静かに悠斗を見つめた。その金色の瞳には、先ほどまでの興奮とは違う、思索の色が宿っている。
「悠斗くん」
ゆっくりと口を開く。
「あなたの変身ってぇ」
一度言葉を切り、小さく笑った。
「まるで、子どもの夢がそのまま現実になったみたいなのよねぇ」
悠斗は思わず瞬きをした。
「夢……ですか」
「ええ」
真理亜は頷く。
「子どもが憧れた変身ヒーロー……変身ベルトに武器や小道具。ぜぇんぶ本物になってる」
大型モニターへ映る変身データを指差す。
「それだけじゃなく作品の設定まで忠実に再現されている」
胸から腹部へ移動した未知のエネルギー。そして、変身時だけ現れる腹部を起点とした流れ。
「本人ですら感知していなかった『グラニュート器官』という設定に対応するような反応まで出ている」
真理亜は肩をすくめる。
「ここまで徹底してるなんて、普通じゃないわぁ」
悠斗は自分の腹を見下ろす。まるで、本当にそこへ何かがあるかのように。
「さっき話したでしょう?」
真理亜は自分の胸へ手を当てる。
「魔力は、願いを叶える力。あなたの現象も、その点ではよく似ている」
真っ直ぐ悠斗を見る。
「『仮面ライダーになりたい』という願い、それを現実へ引き寄せている。だから一見すると、魔力と同じ現象に見えるの」
そこで真理亜は口元へ指を当てた。
「でもねぇ」
にやり、と笑う。
「私は、一つだけ決定的な違いを感じてる」
奏たちも耳を傾ける。
「魔力はある程度融通が利くのぉ」
「火を出したい」
「水を出したい」
「身体を強くしたい」
「術式さえ変えれば、いろんな願いへ応えてくれる」
真理亜はモニターを軽く叩いた。
「でも、あなたの力は違う。強力すぎるしぃ不器用すぎる」
その言葉に悠斗が首を傾げる。
「不器用……?」
「ええ」
真理亜は胸から腹へ移るエネルギーの軌跡を指でなぞった。
「変身を成立させるためなら、本人も気づかなかった設定まで再現する。感知すらできない内臓の設定まで、律儀に合わせようとしている」
ふっと笑う。
「融通が利かないのよぉ。『仮面ライダーヴァレンとはこういう存在である』という定義を、一切妥協せず現実にしてしまう」
その笑みが、ゆっくりと深まる。
「だとしたら」
真理亜の瞳が妖しく輝いた。
「これは魔力の延長じゃない……もっと根源的で、もぉっと強力でぇ……願いを叶えるという概念、そのものに近いエネルギーなんじゃないかしらぁ」
静寂が落ちる。誰も反論できなかった。
目の前の青年は、存在しないはずのヒーローへ変身している。しかも、その設定までも現実に書き換えながら。それは確かに、今まで人類が知っていた魔力だけでは説明しきれない現象だった。
真理亜は顎に手を当てたまま、しばらく考え込んでいた。
「……もし」
ぽつりと呟く。
「願いを叶える、という部分では魔力と同じなら」
金色の瞳が悠斗へ向く。
「もっと色々できるのかもしれないわねぇ」
「え?」
「あなたの力は、今は『仮面ライダーヴァレン』という形でしか現れていない。でもぉ……」
真理亜は肩をすくめる。
「本質が『願いを叶える力』なら、それだけとは限らないでしょう?」
詩織が頷く。
「確かに……魔術も最初から使えたわけではありません。魔力を認識し、制御する訓練を経て初めて扱えるようになります」
「その通りぃ」
真理亜は嬉しそうに指を鳴らした。
「だから、一つ試してみましょう」
悠斗は首を傾げる。
「何をですか?」
「探索者なら誰でも一度はやる基礎訓練よぉ」
真理亜は近くの椅子を指差した。
「座って」
悠斗は言われるまま腰を下ろす。脳裏に浮かんだ疑問をそのまま口にした。
「もしかして……瞑想ですか?」
「ええ」
真理亜は説明を始める。
「探索者はまず、自分の体内を流れる魔力を感じる訓練から始めるのぉ。血液や呼吸じゃない、もっと曖昧ででも確かに自分の中にある『流れ』を探す感覚」
奏も隣で頷く。
「私たちも最初は何も分からなかったよ。先生に『感じろ』って言われても、『何を?』って感じだったし」
陽奈が苦笑する。
「一週間くらいずーっと座らされたっけ。でもある日、急に分かるんだよね~。温かいような、くすぐったいような、不思議な感覚」
真理亜は悠斗を見つめる。
「あなたには魔力は観測されない……だから普通なら意味はない訓練」
そこで、ふっと笑った。
「でも、あなたの中には魔力とは違う何かがある」
モニターには、胸から腹部へ移動した黒紫色の反応が表示されたままだ。
「それを、あなた自身が感じ取れるかもしれない」
「感じ取れたら……」
悠斗が呟く。
「少なくとも」
真理亜はゆっくり頷く。
「『変身した時だけ現れる謎の現象』じゃなくなる。あなた自身の意思で認識できる力になる」
悠斗は静かに目を閉じ呼吸を整える。周囲の音が少しずつ遠ざかっていく。
探索者たちが最初に学ぶという、自らの内側へ意識を向ける瞑想。魔力ではない何か。もし本当に、自分の中にグラニュート器官と呼ばれるものがあるのなら。あるいは、それとは別の根源的な力が眠っているのなら。ほんのわずかでも、その気配に触れられるだろうか。
検査室は誰一人として声を発さず、その結果を待っていた。
悠斗は目を閉じ続け集中し呼吸を整える。
吸って……吐いて。余計な力を抜き、意識を自分の内側へ沈めていく。何も見えない。何も聞こえない。静かな暗闇だけが広がる。
最初の数分は、本当に何も感じなかった。
(やっぱり……)
そう思いかけた、その時だった。
──あ。
胸の奥、心臓よりも少し深い場所。そこに、小さな温もりがあった。
火のような熱ではない。春の日差しのような……誰かの手で包まれているような優しい温かさ。
悠斗は思わず息を呑む。
(これ……)
意識を向ける。すると、その温もりの輪郭が少しだけ鮮明になった。
丸い……光とも違う、結晶。そんな表現が一番近かった。柔らかな金色の輝きを宿した、小さな結晶が胸の奥で静かに鼓動している。
その瞬間、脳裏へ一つの光景が蘇る。
夜。
冷たいアスファルト。
背中へ走る激痛。
視界を染める赤。
遠ざかっていく意識。
(あの日……)
通り魔に刺され死を覚悟した、あの夜。
走馬灯の中で確かに自分は、何かと出会った。
何かまでとかは思い出せないし姿も曖昧だ。
けれど、何かを差し出された。
温かな光。胸元へそっと乗せられた、小さな輝き。
あれは夢じゃなかった。胸の奥で静かに脈打つこの結晶が、その証拠だった。
(あの時……俺は、これを受け取ったんだ)
結晶は静かに脈動する。
どくん、どくんと心臓の鼓動と重なるように。まるで「ここにいる」と語りかけるように。
その温もりに触れた瞬間、不思議と恐怖はなかった。ただ、どこか懐かしい……そして、ひどく安心する感覚だけが胸いっぱいに広がっていく。
「……悠斗くぅん?」
遠くから真理亜の声が聞こえた。しかし悠斗の意識は、まだ胸の奥の結晶へと向けられたままだった。
「結晶……?」
悠斗の言葉に真理亜の金色の瞳が一気に輝いた。
「それよぉ!」
勢いよく机を叩く。
「きっとそれが、あなたの力の源泉!」
端末を抱き締めるように胸へ寄せる。
「魔力じゃない! でも願いを叶えているぅ! 仮面ライダーっていう創作を、現実へ引っ張り出してるぅ!」
興奮を抑えきれない様子で早口になる。
「だったら全部の始まりは、その結晶なんじゃないかしらぁ!」
悠斗は胸へ手を当てた。確かに、そこには温かな何かがある。
あの日。死に瀕した自分が受け取った、小さな光。あれが今も胸の中にある。
「ねぇ」
真理亜が身を乗り出す。
「試しに、その結晶へ触れてみてぇ。何かできそうな感覚はない?」
悠斗は静かに頷いた。
「……やってみます」
再び目を閉じ呼吸を整える。
暗闇。胸の奥、そこには変わらず淡い金色の結晶が静かに脈打っていた。
そっと手を伸ばすと指先が触れる。温かい。不思議と安心する熱。
(ヴァレンバスターは出せた。ガヴも出せた。だったら)
脳裏へ思い浮かべる。もう一人の仮面ライダー……黃色の装甲のプリンをモチーフにした戦士。
その変身アイテム。
(ヴラスタムギア、出せないか……?)
結晶へ願う。
イメージする。
形を。
色を。
質感を。
その存在を。
すると。
結晶の奥。さらに深い場所へ続く何かが見えた気がした。
届きそうで届かない。手を近づけるほど何か大きな隔たりがあるように感じた。その距離を埋めようとした瞬間……。
──バチッ。
「っ!?」
まるで見えない壁へ触れたような衝撃が走る。伸ばした意識が弾き返される。
「ぐっ……!」
悠斗は思わず目を開き肩で息をする。
「大丈夫!?」
陽奈が慌てて駆け寄る。心配するの様子を顔に浮かべた奏も寄り添うように近づく。
「……大丈夫、です」
額には薄く汗が滲んでいた。
「何かあったの?」
奏が尋ねる。悠斗は胸を押さえながらゆっくりと言葉を探す。
「届きそうだったんです……結晶の向こうに、何かがある感じがしました。でも」
首を横に振る。
「途中で弾かれました。まるで」
一度息を吐く。
「まだその資格は無いと拒絶されたようで……」
真理亜は顎へ手を当てる。
「なるほどねぇ……」
その表情に落胆はない。むしろ、新たな仮説を得た研究者の顔だった。
「つまりぃその結晶は、何でも願いを叶える訳じゃなぁい。願いに応じて無限に創造する力ではなく」
モニターへ視線を向ける。
「実現できる範囲が、何らかの法則で制限されている」
悠斗も静かに頷く。
「少なくとも」
自分の手を見る。
「ヴラスタ厶ギアには、手が届きませんでした」
胸の奥の結晶は、先ほどと変わらず静かに鼓動しているだけだった。真理亜は顎に手を当てたまま、ふっと笑った。
「もしかしたらぁ」
悠斗を見る。
「願ったものが、大きすぎたのかもしれないわねぇ」
「大きすぎた?」
「ええ」
真理亜は頷く。
「仮面ライダーそのものに関わる変身アイテム。それだけ複雑な現象を実現させる道具なら、必要なエネルギーも桁違いなのかもしれない。だから届かなかったぁ」
「……なるほど」
悠斗は胸へ手を当てた。
(もっと軽いものなら……)
変身そのものじゃなく、武器でもなく。
もっと単純な……もっと身近なものなら。
「もう一回、やってみます」
再び目を閉じる。
胸の奥にある淡い金色の結晶。
今度は無理に奥へ踏み込まない。ただ静かに、その温もりへ触れる。
(ガヴフォン)
思い浮かべる。
赤いボディのスマートフォンのような形。劇中で使われる通信端末。
変身能力は持たないただの道具。その姿を、一つひとつ丁寧に思い描く。すると……。
(……あ)
今度は違った。結晶の中へ伸ばした意識が何かへ触れた。
手応えがあり、確かに掴める。
拒まれない。温かな結晶から、小さな光が指先へ流れ込んでくる。その感覚と同時に 赤い光が粒子となって悠斗の掌へ集まる。
最初は輪郭、次に厚みが生まれる。液体が固まるように質量を得て最後に画面へ色鮮やかなアイコンが灯った。
──カチッ。
まるで最後の部品が嵌まるような小気味よい音がすると、悠斗の掌には一台の赤い端末が収まっていた。
「!」
悠斗は勢いよく目を開いた。右手がほんのり温かい。
視線を落とすとそこには。手のひらへすっぽり収まる、小さな赤い端末があった。
四角い本体に変身ベルトガヴを思わせる赤い意匠。正面には色鮮やかなアイコンが並んだ画面。玩具のように愛嬌がありながら、どこか異質な雰囲気を纏っている。
「…………」
誰も声を出せなかった。悠斗自身が一番驚いていた。
「出……た」
震える声で呟く。
「ガヴフォン……」
真理亜は端末を凝視したまま、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「ふふっ、やっぱりねぇ」
興奮を押し殺した声で呟く。
「変身アイテムほど大規模なものは無理でも比較的単純な創作上の道具なら、実体化できる」
詩織は眼鏡の奥の目を見開く。
「今度は……変身を伴っていません」
「ええ」
真理亜は頷く。
「つまり彼の能力は、『仮面ライダーへの変身』だけじゃない。創作世界に存在する物品そのものを、条件付きで現実へ持ち込める可能性がある」
奏は恐る恐るガヴフォンを覗き込む。
「触ってもいい?」
「もちろん」
悠斗が差し出すと、奏は慎重に受け取った。
「軽い……」
陽奈も隣から覗き込むと画面に手を伸ばしアイコンをスワイプさせる。
「本物だ! おもちゃじゃないんだね」
真理亜は満足そうに何度も頷いた。
「いいデータが取れたわぁ」
その瞳は、新しい仮説を組み立てる研究者の輝きに満ちていた。
「どうやらあなたの『願い』にも、強弱や到達できる範囲があるみたいねぇ」
真理亜はガヴフォンを手に取り、何度も角度を変えながら観察した。
「……なるほどねぇ」
満足そうに一つ頷く。
「何か分かったんですか?」
悠斗が尋ねる。
「まだ仮説だけどぉ」
真理亜はガヴフォンを悠斗へ返した。
「さっき、あなたはヴラスタムギアと言ったかしらぁ? それを実体化しようとして失敗した。でも、これは成功した」
赤い端末を指差す。
「つまり、『何でも創れる』わけじゃない。創れるものには限界がある」
詩織も頷く。
「能力に上限が存在する、ということですね」
「そう」
真理亜は笑みを浮かべる。
「じゃあ、その上限を決めているものは何か」
少しだけ間を置く。
「私なら」
自信ありげに言った。
「探索者と同じだと考えるわぁ」
「探索者と……?」
奏が首を傾げる。
「ええ」
真理亜は大型モニターへ、探索者の魔力量推移のグラフを映し出した。
「探索者は魔物を倒すことで、少しずつ魔力が増えていく。その結果、扱える魔術も増えるし出力も上がる。より複雑な術式も使えるようになる」
画面には、成長に伴って高位魔術を習得していく模式図が表示される。
「だとしたら」
真理亜は悠斗を見る。
「あなたも同じなんじゃないかしらぁ」
悠斗はガヴフォンへ視線を落とした。
「つまり……」
「今のあなたでは、この程度の規模なら実体化できる」
真理亜はガヴフォンを軽く持ち上げる。
「でも、変身アイテムは無理だった。それは」
口元に笑みを浮かべる。
「単純に、今のあなたには荷が重かった」
悠斗は思わず苦笑する。
「要するに……力が足りなかった、と」
「ええ」
真理亜はあっさり頷いた。
「もっと身も蓋のない言い方をするなら」
一拍置いて。
「まだ成長途中だった」
詩織が納得したように呟く。
「探索者が最初から最上位魔術を扱えないのと同じ……」
「その通りぃ」
真理亜は嬉しそうに指を鳴らした。
「もしあなたの能力が探索者の成長法則に従うなら魔物を倒し経験を積み、その結晶が蓄えるエネルギーが増えていけば」
モニターに表示されたグラフがゆっくりと右肩上がりを描く。
「今は届かなかった願いにも、いずれ手が届くようになるはずよぉ」
悠斗は胸へ手を当てた。温かな結晶は今も静かに鼓動している。
「じゃあ……変身アイテムが出せなかったのも」
真理亜は微笑んだ。
「今のあなたでは、まだ実現できるだけの力が足りなかった。俗っぽい例えをするならレベルが足りないってことぉ……それだけの話」
そして、いたずらっぽく肩をすくめる。
「逆に言えばぁこれから探索者として成長していけばぁ、その限界は更新されるかもしれなぁい」
金色の瞳が輝く。
「未知のエネルギーが、探索者と同じ成長則に従うのか。それとも、まったく別の法則で強くなるのか。それを確かめるためにも──」
真理亜はにやりと笑った。
「あなたには、たくさんダンジョンへ潜ってもらわないとねぇ」
奏はガヴフォンと悠斗を交互に見つめた。
「……つまりその端末も、本来は存在しない物なんだよね」
「はい」
悠斗は苦笑しながら頷く。
「仮面ライダーの中に出てくる小道具です」
奏は小さく息を吐いた。
「本当に、不思議だね」
ガヴフォンは確かにそこにある。手に取れば重さがあり、触れれば温度がある。架空という言葉がまるで似合わないほど現実だった。
「でも」
奏の表情はすぐに引き締まる。
「さっきの話を聞く限り、その力はまだ安全とは言えない」
「……そうですね」
悠斗も否定はしなかった。
副作用。
未知の器官。
正体不明の結晶。
分からないことだらけだ。
「だったら」
奏は静かに言う。
「無理はしないで。力のことを知りたい気持ちは分かる……でも、一番大事なのは悠斗くん自身だから」
その言葉に、悠斗は少しだけ目を丸くした。
「ありがとう、ございます」
陽奈も何度も頷く。
「そうそう! すごい力なのは分かったけど、それで悠斗くんが倒れちゃったら意味ないもん!」
ガヴフォンを覗き込みながら、小さく笑う。
「それに……これだけでも十分すごいよ? スマホまで生み出しちゃうなんて! もう十分びっくりしてるから」
悠斗もつられて笑みを浮かべた。
詩織はガヴフォンを見つめたまま考え込んでいた。
「興味深いですね」
「え?」
「先ほど主任は『願いを叶える力』と表現しました。ですが」
詩織は悠斗を見る。
「願いがそのまま現実になるのであれば、もっと曖昧な結果になってもおかしくありません」
ガヴフォンを指差す。
「しかし実際には作品内のデザインに寸法や機能、そうした細部まで極めて忠実に再現されている。つまり」
一拍置く。
「悠斗さんがイメージしているというよりも作品そのものを参照しているようにも見えます」
「……確かに」
悠斗は思わずガヴフォンを見つめる。細かな意匠まで、記憶以上に正確だ。自分はここまで細部を覚えていたわけではない。それでも、目の前にあるガヴフォンは紛れもなく"本物"だった。
「だとすると」
詩織は静かに結論づける。
「結晶は悠斗さんの記憶を読み取って再現しているだけではなく、『仮面ライダーガヴ』という存在そのものを、何らかの形で参照している可能性があります」
その言葉に、検査室は再び静まり返った。もし、それが事実なら……悠斗が手にしている力は、単なる想像力の具現化では済まされないものになるのだから。
ガヴフォンを眺めていた悠斗は、ふとあることに気付いた。
「あれ……?」
「どうしたのぉ?」
真理亜が首を傾げる。
悠斗は肩に乗っているチョコドンを見つめた。
「一つ、おかしいことがあります」
「おかしい?」
「はい」
チョコドンは「ウニョ?」と小さく首を傾げた。
「本来なら」
悠斗はチョコドンをそっと手に乗せる。
「ゴチゾウって、一回変身したら使い切りなんです」
「使い切り!?」
陽奈が驚く。
「ええ」
悠斗は頷いた。
「お菓子を食べたら無くなるように変身を終えると、天使の羽が生えてそのまま天へ昇っていく描写があるんです」
奏が目を丸くする。
「そんな仕様だったんだ……」
「はい、だから本来ならチョコドンはもういないはずなんです」
その言葉に検査室の全員がチョコドンへ視線を向けた。
「チョワ?」
当の本人は事情など知らないと言わんばかりに、小さく鳴くだけだった。
真理亜は腕を組み、少しだけ考え込む。
「……なるほどねぇ」
やがて、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「それも願いを叶える力だからじゃないかしらぁ」
「え?」
「さっき話したでしょう?」
真理亜は胸へ手を当てる。
「願いを叶える力っていうのは機械的なものじゃない。ある程度、使う人の意思も汲み取る」
悠斗はチョコドンを見る。
小さな身体にころころとした愛らしい姿。
異世界へ来てから一緒に戦い一緒に笑い変身のたびに元気よく鳴いてくれる。
気付けば、もう『オモチャ』とは思えなくなっていた。
「……俺」
自然と笑みが零れる。
「チョコドンを、一つの命として見ちゃってたんですよね。本来は使い切りって知ってたのに」
そっと頭を撫でる。チョコドンは嬉しそうに「チョコォ♪」と鳴いた。
「だから」
悠斗は苦笑する。
「無意識に、『消えてほしくない』って思ってたのかもしれません」
真理亜は満足そうに何度も頷いた。
「十分あり得るわぁ」
「だとしたら」
詩織が静かに続ける。
「設定を完全に再現する能力ではない……作品設定を基盤としながらも悠斗さん自身の認識や願望が、結果へ影響を与えている、そう考える方が自然ですね」
奏も安心したように微笑んだ。
「私はその方がいいな。チョコドンがいなくなるなんて、ちょっと寂しいし」
「うん!」
陽奈も笑顔で頷く。
「この子、かわいいもん!」
「チョワ!」
褒められたのが分かったのか、チョコドンは胸を張るように小さく鳴いた。
真理亜はチョコドンを見つめながら、小さく呟く。
「つまり……あなたの力は創作を、そのまま現実へ写し取るものじゃない」
一拍置いて。
「創作という設計図を土台にあなた自身の願いを織り交ぜながら、現実を編み上げる力」
その結論に、誰も異論はなかった。少なくとも今、この小さな命が悠斗の掌で元気よく笑っていることこそが、その何よりの証明だった。
真理亜は端末へ次々とメモを書き込みながら、ふと顔を上げた。
「あ」
金色の瞳がぱっと輝く。
「そういえばぁ!」
勢いよく悠斗を指差す。
「あなた、もう一つ変身道具があるって言ってたわよねぇ?」
「え?」
「ほらぁ!」
両手で口の形を作る。
「赤い口みたいなの!」
「ああ……ガヴですか」
「そうそれぇ!」
真理亜は満面の笑みを浮かべた。
「ヴァレンだけじゃ比較対象が足りないわぁ! ガヴも実験しましょう! 絶対面白いデータが取れる!」
悠斗は反射的に返事をしかけ──その口が止まる。
「…………」
胸の奥に残る、あの温かな結晶。胸から腹へ移動した未知のエネルギー。
そして。
『グラニュート器官を埋め込まれた人間』
というヴァレンの設定。もし、その設定すら現実になっているのなら。
(ガヴは……)
悠斗の背筋を冷たいものが走る。仮面ライダーガヴは、人間ではない。グラニュートと人間のハーフなのだ。その違いは遺憾無く作中で描写されている。
(もし赤ガヴまで再現されたら……)
腹部の口だけでは済まないかもしれない。種族そのものが作り変えられる可能性だってある。
そんな考えが頭をよぎる。思わず一歩、後ずさった。
「……ちょっと」
乾いた笑みを浮かべる。
「今は、やめておきたいです」
真理亜が首を傾げる。
「疲れたぁ?」
「それもあります」
悠斗は素直に頷いた。
「でも」
自分の腹へ手を添える。
「さっきの実験結果を見た後だと」
少しだけ言い淀む。
「ガヴを付けた時、自分の身体がどうなるのか……正直、少し怖いです」
検査室が静まり返る。奏はすぐに悠斗の隣へ立った。
「その実験は駄目」
きっぱりと言い切る。
「未知の力だって分かったばかりなんだから今日はこれ以上やらない」
「賛成!」
陽奈も勢いよく手を挙げる。
「さっき『副作用があるかも』って話したばっかりじゃん! ガヴはもっとヤバそうだし!」
詩織も静かに頷く。
「現時点では情報が不足しています。少なくとも、安全性を確認できるまでは見送るべきでしょう」
「えぇぇぇぇ……」
真理亜だけが露骨に肩を落とした。
「絶対面白いと思ったのにぃ……」
「九条主任」
詩織が淡々と告げる。
「被験者の安全を優先してください」
「分かってるわよぉ」
真理亜は頬を膨らませながらも、大きく息を吐いた。
「今回は我慢する」
そう言って悠斗へ視線を向ける。
「でも」
口元には、いつもの研究者らしい笑みが戻っていた。
「十分な準備ができたら、その赤い口の検証もお願いするわねぇ」
悠斗は苦笑しながら頷いた。
「……その時は、覚悟を決めます」
「……とはいえねぇ」
真理亜は端末を閉じながら眉を寄せた。
「色々わかったところで一つ問題があるのよねぇ」
「問題?」
悠斗が首を傾げる。
「あなたの装備」
ヴァレンバスターを指差す。
「魔導具じゃないから、協会のギアケースへ登録できないじゃなぁい」
「あ」
悠斗も気付いた。探索者は魔力波形を登録することで、武器や防具を専用ケースへ収納している。
しかし。
ヴァレンバスターは魔力を持たないし悠斗自身も魔力波形が確認できない。
「つまり」
奏が腕を組む。
「ずっと持ち歩くことになる? 銃を?」
陽奈が苦笑する。
「街中じゃ絶対目立つよね……」
「協会も許可しないでしょうねぇ」
真理亜も肩をすくめた。
しばらく考え込んでいた悠斗が、小さく顔を上げる。
「……いや、もしかしたらできるかもしれません」
「え?」
「さっき主任、言ってましたよね。願いを叶える力だって」
「ええ」
「だったら」
悠斗はヴァレンバスターを見つめる。
「特撮あるあるも、再現してくれるんじゃないかなって」
「あるある?」
陽奈が首を傾げる。
悠斗は少し笑った。
「仮面ライダーって戦ってない時は武器もベルトも持ってないように見えるのに、必要になると」
ひょい、と手を動かす。
「急に取り出すんですよ」
「……」
「……」
「……」
アルカディアの三人が黙る。
「どこから?」
奏が素朴な疑問を口にした。
「ファンの間でも、ずっと突っ込まれてます」
悠斗は苦笑する。
「『どこから出してるんだよ』って」
真理亜の目が輝いた。
「試しましょう!」
悠斗はヴァレンバスターを両手で持つ。
(しまう)
そう強くイメージした。
"今は必要ない"
"必要になったら取り出せる"
そんな感覚を結晶へ伝えた次の瞬間。
ふっ。
ヴァレンバスターが音もなく消えた。
「消えた!?」
陽奈が思わず声を上げる。
悠斗も慌てて自分の手を見る。本当に、何もない。
「……」
真理亜は無言で計測器を見つめる。
「一瞬だけ未知エネルギーが増加、その後消失、物体反応も消えたわねぇ……」
悠斗は半信半疑のまま、今度は逆をイメージする。
(取り出す)
右手を前へ差し出したその瞬間。
ぱっ。
何もなかった空間へ、ヴァレンバスターが現れる。重みまで寸分違わず、悠斗の手へ収まった。
「おぉ……」
奏が感心したように呟く。
「本当に出てきた」
「すごい……!」
陽奈も目を丸くしている。
詩織はすぐにメモを書き始めた。
「収納先は不明。実体消失ではなく、再出現可能。空間収納……あるいは未知の保管領域」
「面白いわねぇ!」
真理亜は満面の笑みだった。
「なるほどぉ! これも願望の反映! 『変身ヒーローは普段武器を持ち歩いていないように見える』そのお約束まで現実になってる!」
悠斗はヴァレンバスターを見つめながら笑う。
「これなら探索者としても困らないですね」
「ええ」
真理亜も頷く。
「魔力波形を使う収納とは原理が違う、でも結果は同じぃ……むしろ」
口元を吊り上げる。
「登録も要らない分、こっちの方が便利かもしれないわねぇ」
真理亜は感心したように頷く。
「これならギアケースがなくても武器を携行できるじゃない」
しかし。
「……いえ」
奏が静かに首を横へ振った。
「それで解決、とはならないよ」
「え?」
悠斗が振り向く。
「だって」
奏はヴァレンバスターを見つめる。
「今見た限りだと、悠斗くんは自分の意思で武器を出したり消したりできる。それはつまり」
一拍置く。
「協会から見れば、『いつでも武装できる人』ってこと」
その一言で、悠斗も表情を引き締めた。
「あ……」
詩織も頷く。
「探索者の武器はギアケースを介して管理されています。いつ、誰が、どの武器を登録しているか協会は把握しています。ですが悠斗さんの能力は、その管理の枠外です」
陽奈も苦笑した。
「悪い人じゃないって私たちは知ってるけどさ、初対面の人からしたら結構怖いよね? 懐から急に銃が出てくるんだもん」
「そういうこと」
奏は静かに頷く。
「だから、この能力はちゃんと協会へ説明して、判断を仰いだ方がいい」
真理亜も腕を組んだ。
「確かにねぇ……研究対象としては最高だけど管理する立場からすると、完全に未知の能力。協会本部へ報告は必要ねぇ」
悠斗はヴァレンバスターを見下ろした。
ひとつ念じる。ふっと武器が消える。もう一度念じる。何もない空間から、再び手の中へ現れた。
「……便利なんだけどな」
「便利だからこそだよ」
奏は苦笑した。
「悪用されたら困る能力ほど、ちゃんとルールを決めないといけないの」
奏は柔らかく微笑む。
「大丈夫。隠すより、最初から正直に話した方が、きっと協会も動きやすいから」
悠斗は小さく頷いた。
「そうですね。俺も、その方がいいと思います」
真理亜は検査結果を確認しながら、小さく息を吐いた。
「……よし」
端末の画面へ視線を落としたまま、指先で項目を確認していく。
「未知エネルギーの観測」
「変身時のエネルギー移動」
「ガヴフォンの実体化」
「武器及び道具類の空間収納能力」
ひとつずつ読み上げながら、報告書へ記録していく。やがて入力を終えると、端末を閉じた。
「これで今回の検査結果はまとまったわぁ」
悠斗は少し身を乗り出す。
「じゃあ、このまま探索者登録ですか?」
その問いに、真理亜は首を横へ振った。
「いいえぇ……恐らく今回は登録を見送ることになるわぁ」
その言葉に、悠斗は少しだけ目を見開いた。
「……登録できないんですか」
「勘違いしないでねぇ」
真理亜は穏やかな口調で続ける。
「あなたを不適格と判断したわけじゃない。むしろ逆、前例がなさすぎるのよぉ」
未知のエネルギー。
魔力ではない変身能力。
現実へ実体化する装備。
そして、魔力波形登録を必要としない武器収納能力。
「どれも現行制度じゃ扱えない。これらをほったらかして登録できちゃったら、その方が問題になるわぁ」
詩織も静かに頷いた。
「その結論が妥当です。既存の探索者制度は、魔力を前提として構築されています。しかし悠斗さんは、その前提そのものから外れています」
奏も腕を組みながら言う。
「協会としても、一度ちゃんと検討する必要があるね」
「そういうこと」
真理亜は再び端末を軽く叩いた。
「今回の測定結果、それから武器の収納能力等、全部まとめて本部へ報告するわぁ。探索者としてどう扱うか、武装をどう管理するか、保護や監督をどうするか……そこも含めて判断してもらうわぁ」
陽奈が首を傾げる。
「じゃあ、悠斗くんはどうなるの?」
「たぶん何かしらの返答は来るわねぇ」
真理亜は少し考えながら答えた。
「特例扱いになるのか保護対象になるのか、それとも監督付きで活動を認めるのか……今ここで決められる内容じゃない」
悠斗は静かに頷いた。
「分かりました……待ちます」
「ありがとねぇ」
真理亜は柔らかく微笑む。
「協会も、あなたを放っておくことはしないと思うわぁ。未知だからこそ、きちんと扱いを決めるはず」
その言葉に、検査室の空気も少し和らいだ。
すると奏が手を叩く。
「じゃあ、その間にやることは決まりだね」
「え?」
悠斗が顔を上げる。
「勉強」
「……勉強?」
「うん」
奏は笑って頷いた。
「悠斗くん、この世界のことをほとんど知らないでしょ?」
「……はい」
思い返せば、この世界へ来てからは生き延びることで精一杯だった。
ダンジョンの仕組み。
探索者の常識。
協会の制度。
そうした知識を落ち着いて学ぶ機会など、一度もなかった。
「だったら」
奏は悠斗へ向き直る。
「まずはそこからだね! 探索者としての基本やダンジョンでのルールとマナー、危険なモンスターへの対処に協会との付き合い方とかね。知らないまま潜る方が危ないから」
「賛成!」
陽奈が元気よく手を挙げる。
「初心者講習だ! 探索者って暗黙の了解も結構あるし!」
詩織も静かに続けた。
「知識は力です。能力が優れていても、常識を知らなければ不要な危険を招きます。特に悠斗さんは特殊な能力を持っています。だからこそ、基礎知識を身につける価値は大きいでしょう」
悠斗は三人を見回した。
この世界へ来てから、自分は助けられてばかりだ。それでも誰一人として面倒そうな顔はしない。むしろ当然のように、自分を仲間として受け入れてくれている。
悠斗は自然と頭を下げた。
「よろしくお願いします」
奏は優しく笑った。
「任せてよ。探索者として一人前になれるよう、私たちがしっかり教えるから」
真理亜も端末を抱え直しながら満足そうに頷く。
「その頃には、本部からも何かしら返答が届いてるでしょうねぇ。それまではこの世界を知ることねぇ」
未知の力の答えは、まだ誰にも分からない。だからこそ今は、その力を急いで振るうよりも、この世界で生きるための土台を築くことが、悠斗にとって最優先だった。