夢想は甘き鎧となる~ダンジョン世界でおカシな仮面ライダー!?~ 作:妄想めっちゃ代理人
探索者たちの視線を浴びながら、一行はダンジョンロビーを進んでいく。途中、救援隊長が振り返った。
「神崎さん、ここから先は我々が相沢さんをご案内します。皆さんは本日の探索終了手続きを済ませてください」
「分かりました」
奏は頷く。
「それでは、よろしくお願いいたします」
隊長も軽く会釈を返した。
「もちろんです。責任を持ってお預かりします」
そこで一行は足を止める。
アルカディアの三人と、悠斗。ほんの数十分前まで命を預け合って戦っていた四人だった。
「じゃあ、俺は……」
悠斗は少し戸惑いながら三人を見る。この世界へ来てから初めて言葉を交わした人たち。右も左も分からない自分に優しく声をかけてくれた人たち。
たったそれだけなのに、ここで別れることへ妙な心細さを覚えていた。
(……大丈夫、だよな)
そんな不安が表情に出てしまっていたのか、奏が優しく笑う。
「大丈夫、協会の方がちゃんと説明してくださいます」
「それに……」
少し照れくさそうに笑みを浮かべる。
「また会えますよ」
その一言に、悠斗の肩から少しだけ力が抜けた。
「……はい」
陽奈は笑顔で手を振る。
「またね、悠斗さん! 今度はもっとゆっくり話そう!」
詩織も静かに一礼した。
「本日は、本当にありがとうございました。助けていただいた恩は忘れません」
悠斗も頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとうございました。皆さんも……無事でよかったです」
三人は受付の方へ。
悠斗は救援隊と共に本部棟へ向かって歩き出す。歩き始めてからも、悠斗は思わず一度だけ振り返った。奏たちもこちらへ気付き、小さく手を振ってくれる。悠斗もぎこちなく手を振り返した。その姿を見届けてから、三人は受付の奥へ消えていく。
「……」
胸の中に、少しだけ寂しさが残った。知らない世界、知らない人たち。その中で、アルカディアだけはほんの少しだけ"知っている人"になっていた。
「こちらです」
隊長に案内され、本部棟へ入る。ダンジョンロビーから専用通路を抜けた先にある重厚な建物へと進んでいく。白を基調とした廊下。壁には探索者協会の紋章。案内されたのは、小さな応接室だった。
「どうぞ、お掛けください」
悠斗は勧められるままソファへ腰掛ける。向かいには先ほどの救援隊長と協会職員が二人。記録担当らしい女性職員が端末を操作し、もう一人の男性職員が書類へ目を通している。
「それでは始めます」
男性職員は柔らかい口調で切り出した。
「まずはお名前を」
「相沢悠斗です」
「年齢は?」
「二十三歳です」
「ご職業は?」
「会社員……でした」
「でした?」
「えっと……」
悠斗は困ったように頭を掻く。
「今日までは普通に会社へ勤めてたんです」
「なるほど」
職員は一度だけ頷く。
「所属クランは?」
「……くらん?」
「所属パーティでも構いません」
「ありません」
「探索者歴は?」
「ありません」
「探索者登録番号をお願いします」
「登録番号?」
「はい」
「えっと……」
悠斗は首を横へ振る。
「多分ないです」
部屋に一瞬だけ沈黙が流れた。記録担当の女性が手を止める。男性職員も顔を上げた。
「未登録探索者……」
小さく呟き、書類へ何かを書き込む。
「では、ユニークスキルの名称は?」
「ユニークスキル?」
「生まれ持った固有能力です」
「いえ……」
悠斗は申し訳なさそうに笑う。
「何のことか、分からないです」
職員は互いに顔を見合わせた。
「では魔力量測定は受けていますか?」
「受けたことないです」
「技能認定は?」
「分からないです」
「探索者保険への加入は?」
「……」
「ダンジョン入場許可証は?」
「……」
「最終学歴は?」
「大学卒業です」
「探索者高校ではなく?」
「探索者高校?」
悠斗は初めて聞く言葉に思わず聞き返す。
「そんな学校があるんですか?」
今度こそ、部屋の空気が止まった。
職員二人が同時に顔を上げる。
「……ご存じない?」
「はい」
「本当に?」
「初めて聞きました」
隊長も腕を組みながら難しい表情になる。
「では質問を変えます」
「あなたはどこでその装備を入手しましたか」
悠斗は少し迷う。
だが隠しても仕方がない。
「今日です」
「今日?」
「はい」
「家電量販店で買いました」
部屋の空気が止まる。
「……」
「…………」
「………………は?」
隊長が固まる。記録係の手も止まった。
「家電量販店ですか!?」
「はい、おもちゃ売り場で」
「ガヴとヴァレンバスター、それからグッズ等も一緒に……」
隊長が思わず頭を押さえた。
「……確認します。その装備は、市販品という意味ですか?」
「はい」
「子供向けのおもちゃです。変身ベルトで」
「え?」
今度は全員が固まる。
「おもちゃ……?」
「はい」
悠斗も困惑している。
「俺も何で本物になったのか分からないんです。気が付いたらここにいて、その時にはもう……」
ヴァレンバスターへ視線を落とす。
「動いてました」
部屋が静まり返る。誰も口を開かない。
「……次の質問です、お住まいは?」
「東京都です」
「東京都」
男性職員は地図を思い浮かべるように呟く。
「……どこの区ですか?」
「練馬区です」
「…………」
再び沈黙。
女性職員が小声で尋ねる。
「練馬区……?」
男性職員も静かに首を横へ振った。
「そのような行政区画は存在しません」
「え?」
今度は悠斗が固まる番だった。
「存在……しない?」
「はい」
「では、日本国の発行した身分証はお持ちですか?」
「あります」
悠斗は財布を取り出した。会社帰りだったため、財布も免許証もそのまま入っている。運転免許証を取り出し、机へ置いた。
男性職員は手に取る。
「……これは」
よく知る運転免許証に似ているが、似ているだけで既存のものとは明らかに違う。
それに。
『東京都公安委員会』
その一文を見て眉をひそめる。
「公安委員会……?」
女性職員も覗き込む。
「偽造には……見えません。ですが、発行元が存在しません」
隊長は免許証と悠斗を見比べた。
「相沢さん」
「はい」
「一つだけ、お聞きします」
「あなたは……」
隊長は慎重に言葉を選ぶ。
「本当に、この世界の人間ですか?」
部屋は静まり返る。
「……わ、からないです……気づいたら、ここに」
隊長は少し思案した後、質問を続けた。
「気付いたらここにいた、と仰いましたね」
「はい」
「もう少し詳しく教えていただけますか」
悠斗は静かに頷く。
「仕事帰りでした」
喜びを胸に抱きながら歩いていた
「帰宅する途中、人が誰かに襲われそうになっていて」
怒号、悲鳴、光る凶刃
「止めようとして……」
走る激痛、流れていく暖かい血
「それで……」
自然と拳へ力が入る。
「あとは、よく覚えてません。気が付いたら洞窟でした」
「……」
隊長は真剣な表情で頷く。
「あなたのお話が事実であれば極めて特殊な事例になります」
「はい……」
男性職員は机の上へ並べられた身分証へ視線を落とした。
運転免許証、社員証、健康保険証、クレジットカード。財布へ入っていた紙幣や硬貨まで、一点ずつ確認していく。どれも精巧に作られているし偽造品には見えない。
しかし、その全てが、この世界では存在しない規格だった。
女性職員も政府の照会システムを操作する。
「氏名照合」
『該当なし』
「生年月日照合」
『該当なし』
「戸籍照合」
『該当なし』
「住民登録」
『該当なし』
「就労記録」
『該当なし』
「顔認証」
『該当なし』
淡々と結果だけが読み上げられていく。やがて女性職員は端末から顔を上げた。
「……相沢悠斗という人物は存在しません。政府管理データベース、探索者協会データベース双方に一致する記録はありません」
「戸籍も」
「住民登録も」
「就労記録も」
「出生記録も」
「一切確認できません」
悠斗は目を見開く。
「そんな……」
まるで、自分という人間そのものが否定されたようだった。隊長は静かに腕を組む。
「……やはり」
その一言に、男性職員が顔を上げる。
「心当たりがあるのですか?」
隊長は少し考えてから口を開いた。
「断定はできません。ですが、探索者協会には過去にも極めて稀な報告があります。ダンジョンが出現してから数十年……ごく少数ですが、前歴が一切存在せず、まるで突然この世界へ現れたような人物が確認されています」
女性職員も思い出したように息を呑む。
「……異邦人案件」
隊長は静かに頷いた。
「そうです。彼らは全員、自分たちは日本で暮らしていたと証言しました。ですが、その日本は我々の知る歴史や制度とは微妙に異なっていた。探索者という職業も魔法もダンジョンも何も知らない。まるで……別の世界から迷い込んできたかのように」
悠斗は思わず息を呑む。
「別の……世界」
その言葉を聞いた瞬間。今まで噛み合わなかった違和感が、一つの線となって頭の中で繋がり始めた。東京都公安委員会が通じない。練馬区が存在しない。探索者高校。魔法。ダンジョン。
そして、自分だけが何も知らないという現実。
隊長は運転免許証を机へ静かに置く。
「もちろん、現時点で断定はできません。ですが、あなたの状況は過去に記録された事例と極めてよく似ています。そのため探索者協会では、このような事例を『異邦人特別保護案件』として扱っています」
隊長は悠斗の目を見て優しく言葉を続ける。
「相沢さん、あなたは犯罪者でも不法入国者でもありません。まずは安心してください。我々は、あなたを保護します」
その言葉に、悠斗は張り詰めていた肩の力が少しだけ抜けた。
「……ありがとうございます」
深く頭を下げる。
隊長は静かに頷くと、男性職員へ視線を向けた。
「異邦人特別保護制度の適用手続きを開始してください」
「承知しました」
男性職員は端末を操作しながら説明を始める。
「相沢さん。異邦人特別保護制度とは、戸籍や身元が存在しない状態で保護された方を対象とした制度です。生活基盤の確保と、法的身分の保証を目的としています」
「法的身分……」
悠斗はその言葉を繰り返した。
「はい」
男性職員が続ける。
「あなたはこの世界では戸籍を持たないため、このままでは住居契約、銀行口座の開設、就労契約など、あらゆる社会活動が行えません。そのため協会が政府と連携し、保護対象として仮身分を発行します。正式な戸籍とは異なりますが、生活する上で必要な権利は保証されます」
悠斗は静かに頷く。
「……助かります」
正直なところ、そこまで考える余裕すらなかった。今になって初めて、自分には帰る家も、お金を引き出す手段もないことを実感する。
「ただし」
男性職員は続ける。
「制度を利用するには、保護責任者を置く必要があります」
「保護責任者?」
「はい。協会職員、あるいは探索者が担当します。一定期間、生活面と住居の支援と安全確認を行う制度です」
悠斗は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「それは……どなたかに迷惑を掛けることになりますよね」
その言葉に、隊長は首を横へ振る。
「迷惑ではない、正式な協会業務です。担当者には相応の報酬も支払われます」
「そういう制度なんですね……」
悠斗は少しだけ安心したように息を吐いた。
その時。
コンコン。
応接室の扉がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、一人の女性職員だった。
「本部長より連絡です。今回の件について、保護責任者候補を決定しました」
隊長が封筒を受け取り、中身へ目を通す。
「……なるほど」
小さく呟く。
「どうされました?」
男性職員が尋ねると隊長は書類を机へ置いた。
「第一接触者であり、現場で既に信頼関係が構築されていること、そして本人の精神的負担を考慮した結果、保護責任者候補として──」
一度区切る。
「アルカディアが選定されました」
悠斗は目を丸くした。
「え?」
「神崎奏さんたちです」
「ええっ?」
思わず立ち上がりそうになる。
「い、いやいや! それは流石に駄目です! まだ今日会ったばかりですよ? しかも女性三人のお世話になるなんて……! そんなところにお邪魔するなんて、絶対迷惑です!」
悠斗は勢いよく首を振る。
「ホテルとか、協会の施設とか、そういうところで十分です!」
隊長たちは顔を見合わせる。その反応は、予想していた通りだった。隊長は苦笑しながら答える。
「もちろん、これは協会からの提案です。最終的に受けるかどうかは、双方の意思を確認した上で決定します。強制ではありません」
「……ですよね」
悠斗は胸を撫で下ろした。
「それなら安心しました」
「ただ」
隊長は少しだけ意味深に笑う。
「先ほど、神崎さんたちへ打診したところ『一度本人と話してから決めたい』との返答をいただいています」
「……え?」
悠斗は思わず固まる。まさか、断られていない。その事実だけで十分に驚きだった。隊長は立ち上がり、穏やかな声で言う。
「今日は長い一日でした。少し休憩しましょう……その後、改めて神崎さんたちと合流していただきます。今後については、皆さんで一緒に話し合うことにしましょう」
悠斗はまだ信じられないという表情のまま、小さく頷いた。
「……はい」
少し時間を置いた後──
協会職員が温かい紅茶を運んできた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
悠斗は小さく頭を下げ、カップを両手で包む。ほのかな湯気が立ち上り、ようやく少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
(……保護、か)
今日一日だけで、人生がひっくり返ってしまった。会社へ向かうはずだった朝。仕事を終えて帰宅するはずだった夜。それが今では、見知らぬ世界で探索者協会の応接室に座っている。あまりにも現実感がなかった。
コンコン。
再び扉が叩かれる。
「失礼します」
先ほどの女性職員が部屋へ入り、隊長へ一枚の書類を手渡した。
「神崎奏さんたちとの連絡が取れました。もう来られるそうです」
「そうですか」
隊長は書類へ目を通し、小さく頷いた。
「予定より早かったですね」
「探索終了手続きも済ませたそうです」
その言葉を聞き、悠斗は思わず顔を上げる。
(もう来るんだ)
胸の奥で、小さく安堵する自分がいた。初めて出会った人たち。それでも、この世界では唯一知っている顔だった。
しばらくして。廊下から足音が近付いてくる。
コンコン。
「失礼します」
扉が開き、最初に入ってきたのは奏だった。探索用の大盾とメイスは預けてきたのか、身軽な服装になっている。その後ろから陽奈、詩織も続いた。
「悠斗さん」
奏は悠斗の姿を見つけると、ほっとしたように笑う。
「よかったです、まだここにいて」
「はい」
悠斗も思わず笑みを返す。
「皆さんもお疲れ様です」
「疲れたー!」
陽奈はソファへどさっと腰を下ろす。
「今日は本当に死ぬかと思ったよぉ」
「だから帰るまでが探索だって」
奏が苦笑する。
「分かってるってぇ!」
陽奈は照れくさそうに笑った。そんな三人のいつものやり取りを見て、悠斗の緊張が少しほぐれる。
隊長は全員が席に着いたことを確認すると、静かに口を開いた。
「神崎さん、先ほどお伝えした件ですが」
「はい」
奏は真剣な表情になる。
「相沢さんは、異邦人特別保護制度の対象となる見込みです。現時点では、戸籍も住居も生活基盤も存在しません。そのため、一定期間の保護責任者が必要になります」
奏たちは静かに話を聞いている。
「協会としては、第一接触者であり、既に信頼関係が築かれている皆さんへお願いしたいと考えています」
隊長はそこで一呼吸置いた。
「もちろん、正式な依頼です。保護監督任務として協会から報酬を支給します。パーティハウスの家賃補助増額、管理費の免除、さらに技能認定講習費および各種研修費の補助を追加します。皆さんがC級昇格を目指していることも考慮した内容です」
悠斗は慌てて立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
全員の視線が集まる。
「やっぱ俺は本当に大丈夫ですから! ホテルでも、協会の宿泊施設でも! 若い女性ばかりの家にお世話になるなんて、そんなの駄目です! ご迷惑になります!」
勢いよく頭を下げる。
「本当にすみません!」
部屋が一瞬静まり返る。
そして。
「悠斗さん」
奏が穏やかな声で呼んだ。
「顔、上げてください」
悠斗はおそるおそる顔を上げる。
奏は困ったように笑いながら言った。
「迷惑かどうかは、私たちが決めることですよ。それに……」
奏は陽奈と詩織へ視線を向けると、二人は迷いなく頷いた。
「私たち三人で話したんです。協会からお話をいただいた時。もちろん、急なお話だったから驚きましたよ? でも、私たちにもメリットがあります」
詩織が奏の言葉を引き継ぐ。
「保護監督任務として正式な依頼になること、家賃補助や講習費の支援も受けられること、それらはC級を目指している私たちには正直ありがたい条件です」
そこで奏は少しだけ笑みを柔らかくした。
「それ以上に悠斗さんがいてくれると、心強いって思った。今日、助けてもらったから言うわけじゃない……あの戦いで一緒に戦って、そう思ったんですよ?」
奏は優しい眼差しで悠斗を見つめて言う。
「だから、もし悠斗さんさえ嫌じゃなければ──」
「一緒に来てくれると、私は嬉しいです」
その言葉に続くように、
「私も!」
と陽奈が笑顔で手を挙げる。
「また一緒に探索したいし!」
詩織も静かに頷きながら話す。
「未知の能力について知りたいという理由もありますが……それ以上に、恩人を放っておけません」
三人の視線が悠斗へ向けられる。
悠斗はしばらく何も言えなかった。断ろうと思っていた。迷惑を掛けたくないと思っていた。
それなのに。
目の前の三人は、損得だけではない温かさをもって、自分を迎え入れようとしてくれていた。
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