30年前のある日。人類は滅びかけた。「侵略性外来生物」こと「侵略種」の脅威は凄まじく、現在はかろうじて人類が生き残っているだけ。極東の島国である
そんな島国のこれまた離島で、少ない人口ながらも日々を送っている人たちもいる。学校や病院といった施設はあれど、最低限のものがあるだけ。学校も、しっかりとした進学を考えれば離島を離れるしかない。そんな小さくて、のどかな島だ。
「……なんだろ?」
その島で、姉と2人で暮らしている少女。
危険度が高くなった浜辺。その波打ち際で、一部だけ波が乱れている。侵略種ならば、ハンターである姉にすぐに連絡したい。
「侵略種……なのかな?」
警戒しつつ遠目に観察する。帰り道を進みながら見ていると、そこにあったものがどうにも人に見えた。
「よかった。人か…………って人!?」
侵略種ではないと、ほっと一息ついたのも束の間。これはこれで一大事だとセツナは慌てて姉に連絡した。
□
「そういう経緯で、君は今病院にいるってわけ。セツナに感謝してよ。この子が見つけなかったら、そのまま侵略種に襲われてたかもしれないんだから」
「そうだったのか。ありがとうセツナさん」
「いえいえ。わたしはしーちゃんに連絡しただけで、実際に救急車を呼んだのはしーちゃんだから」
「ということは、ありがとうしーちゃんさん」
「大したことしてないって」
「どちらにも遠慮されると、感謝の気持ちがたらい回しになるんだが」
「ははは、じゃあセツナと半分ずつ貰うよ」
目が覚めたら知らない天井だった。そして知らない人たちがいた。だが、話を聞くにどうやらここは病院で、この2人が救助を呼んでくれたらしい。
久瀬シイナと久瀬セツナ。2人で生活している仲良し姉妹だ。姉であるシイナは女子高生兼ハンター。祖父から受け継いだ武器を使い、侵略種を含む害獣を駆除する猟友会に所属している。17歳ながらもちゃんとライセンス持ちだ。
「しーちゃんさんに聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「シイナでいいよ」
「ではシイナさん」
「なに?」
「ここはどこで俺はなぜここに?」
「後半はこっちが聞きたかったことだね」
「ここは海女取島にある病院だよ」
前半部分を答えたのは、妹の久瀬セツナ。まだ11歳の小学5年生だが、家事も家庭菜園もできるしっかり者であり、愛嬌もある。しかも学業も優秀ときて、非の打ち所がない。
「君、この島の人じゃないよね。本土から来たのかと思ったけど、まさか自分で経緯をわかってないとは」
「島の名前も聞いたことがない……気がする。本土って言われても、ピンとこないな」
「ええ〜。ほんとどこから来たのよ」
「それもあるし。しーちゃん、名前をまだ聞いてないよね」
「そうだった。流石に自分の名前はわかるよね?」
「大丈夫大丈夫。名前は……ユウジ、だったような?」
「大丈夫じゃない……!」
これは所謂記憶喪失というやつでは、と話している姉妹を横目に、ユウジは一度自分の記憶を探ってみた。覚えていることは何があるのだろうかと。ぼんやり考えてみたものの、思い出せるのは名前くらいなもので、どうして流れ着いたのか。その原因に心当たりもない。
「あ、そうだ」
「何か思い出した!?」
「そうじゃなくて。病院ってことは、お金とかいるよな?」
「あー。それならあたしが払っておいたよ。見るからに無一文だったし」
「大変お世話になっております」
「わっ、きれいな土下座」
ベッドの上で、役者と言わんばかりの綺麗さだった。セツナが感嘆している横で、シイナは土下座をやめさせようとあたふたしている。
「立て替えてもらったお金は、必ず返す」
「返すって、返すあてはあるの?」
《そりゃあ体で返すしかないわな。なあ相棒!》
「「えっ!?」」
「んー?」
《かー。オレのことまで忘れてやがる》
この場には3人しかいないのに、聞こえてくる4人目の声。3人とも驚くその声の正体は、発見時にユウジが身につけていた剣のペンダントである。ベッドの脇に置かれていたそれが、存在を主張するようにピカピカと光る。
「なにこれ? 喋るおもちゃ?」
《おいおいパイデカねーちゃん。オレをそのへんの玩具と同類にしてくれるな》
「パイデ……。おもちゃにセクハラされたんだけど!?」
(たしかにしーちゃんは大きい)
「セクハラはよくないぞシャーケン」
《喋る剣でシャーケンってか! 変な言い方するんじゃねぇよ相棒。名前言えや名前》
「知らない。覚えてない。名乗れ」
仕方ないなと呆れた様子で、シャーケンはフォルドと名乗った。しかし、それ以上の情報は出てこない。相棒たるユウジが今の状態であるため、不必要なものは言わないらしい。だが、余計なことは言う。
「フォルドが喋るキーホルダーってのはわかった。で、体で返すとは?」
《そりゃ仕事だろ。金になる仕事して借金返せ》
「いや借金ってつもりじゃないんだけど……」
「立て替えてもらってるなら、借金と同義だろ。まずは仕事を見つけるところからだな」
「記憶喪失となると、書類とかが手間取るような?」
《侵略種ってのは金になるのか?》
「駆除したらその分お金は出るけど、危険だし止めさせてもらうよ」
ハンターであるシイナは、この場の誰よりも侵略種の危険性を理解している。銃器を用いた中遠距離での駆除。しかし、一歩間違えれば命を落とす。そんな危険な仕事を、会ったばかりの人間には勧められない。
とはいえ、頭ごなしに否定してもフォルドの方が食い下がりそうだ。まずはどういう脅威なのか。その点からじっくり教えたほうがいい。
「あ、しーちゃん」
「ん? なーに、セツナ」
「ユウジさんが出ようとしてる」
「へ? ってちょっと待って! 何しようとしてるの!?」
どう説明しようかと悩んでいたら、その間にユウジが病室から出ていこうとしていた。慌てて呼び止めると、ユウジは不思議そうに首を傾げる。
「ひとまず実物を見てみたほうが早い」
「だから危ないんだって! あとその前にお医者さんの許可なく勝手に出るのもよくない!」
「それはそうだな」
「わかったらベッドに戻って」
「ナースコールすればいいな」
「ちがーう!」
大声でツッコミを入れたら、それがナースコールとなって看護士が部屋にやってきた。「病院内で大きな声を出さないように」とシイナが注意され、恨めしそうにユウジに視線を送る。
「看護士さん。元気になったから病院を出てもいい?」
「先生に伝えるから、大人しくしててね〜」
やんわりと却下された。ユウジは言われた通りに大人しくベッドに戻り、注意されていたシイナに一言謝る。その一言があったことで、シイナもつい先程のことはさらっと水に流した。元々恨むほどのことではないが、謝罪の一言は大事なのだ。
「ユウジさん」
「どうした」
「退院したとして、その後はどうするの? この島の人じゃないなら、家がないんじゃ……」
「家はないが、なんとかなるんじゃないか?」
「どこからその自信が出てるのよ」
「生きていける気がする」
「……しーちゃん」
「うん。行くあてがないんだったら、うちに来てもいいよ」
姉妹が見合って頷くと、シイナがそんなことを言い出した。これには驚きつつもすぐさま言葉を返す。
「そういうわけにはいかないだろ」
「じゃあ野宿でもする気? 結局通報されるのがオチだと思うよ。この島の人たちはいい人たちだけど、見ず知らずの人を預かる余裕まではない。行政も後手後手だしね」
つまり、家なき子を預かる施設もない。少なくともこの島にはないのである。通報されようと、結局まともな衣食住は保証されない。
「野宿でもなんとかなると思うんだよ」
「ならないから。それに、うちはあたしとセツナの2人暮らし。部屋ならまだ使えるとこがあるし大丈夫だって」
「そうは言ってもな……。ただでさえ世話になったのに、まだ世話になるのは悪いだろ」
「だからあたしらは気にしないって。セツナがOKってことは、少なくとも悪い人じゃないと思うし。ま、その分働いてもらうけどね」
「働かざるもの食うべからず、です」
とことんお人好しな2人に、ユウジは言葉を失った。そんなユウジにとどめを刺すように、フォルドまでもが賛成に回る。
《諦めて世話になれ相棒。それに、借金返済のための侵略種駆除も、パイ姉ちゃんの近くにいた方がやりやすそうだ》
「こいつのセクハラはどうにかならないのかな? あと危ないものには近づかないでってば」
そんなこんなで話をつけている間に、担当医が病室にやってきた。簡単な問診と検査が済まされ、ひとまず快調であることは確認。少しでも不調があればすぐに病院に来ることを条件に、ユウジの退院が認められた。
3人揃って病院を出て、向かうは久瀬家。移動手段は徒歩しかないが、この海女取島は、決して大きい島じゃない。人の生活圏となればなおさらだ。
道に沿って街灯は等間隔にあるものの、それ以外は特にない。人口の少ない離島であり、久瀬家は人の多い地域から少し離れた場所にある。比較的明るい場所から暗い場所への移動だ。
「すっかり暗くなっちゃったね」
「セツナ怖くない?」
「大丈夫だよ。そんなに子どもじゃないもん。それに、しーちゃんがいるし、今日はユウジさんもいるし」
「あはは。それもそっか。ユウジも早速頼られてるね」
「しーちゃんは美人さんだけど、今ならユウジさんがいて、ナンパもされないね」
「この島でそんなことする人いないけどね」
《否定しないってことは、自己認識は美人か》
「いやいや。セツナの評価をありがたく受け止めてるだけ。自分を美人とか思ったことないって」
手をひらひら振ってフォルドをあしらう。シイナは本当に自分はそうじゃないと思っていた。テレビやネットで見かけるような女優とはかけ離れた存在だと考えている。
だが、妹のセツナはそう思わない。シイナの茶色い髪と利発的な瞳。166cmと少し高めな身長とスタイルの良さ。加えて前向きで、分け隔てない優しさを持つ自慢の姉。それがセツナから見る久瀬シイナだ。
「ユウジさんはしーちゃんのことどう思う?」
「ちょっ、セツナ。会ったばかりの人に何聞いてるの!?」
《会ったばかりだからこそ、色眼鏡なしの評価がされるってもんだ》
「そういうこと」
「……どうって言われてもな。しっかりした良い姉だと思うぞ」
「そうだけどそうじゃなくて」
「いやぁ、会って間もない人間に容姿の批評をされても気持ち悪いだろ」
世界と時代によっては、それだけでセクハラである。ユウジはその線を超えないように身を引いた発言を行った。記憶がなくなろうと、良識までなくなるわけじゃない。全く思い出せないが、この手の発言は気をつけたほうがいいと魂が覚えていた。
ユウジの返答にセツナは感心半分、つまらなさ半分といったところ。それに対してシイナは、どこか驚いたように目を丸めて、ユウジを見直していた。
「そんなに意外か?」
「うん。病室から抜け出そうとしてたし、常識が欠けてる人だと思ってた」
「間違ってはない気もする」
《合ってるぜ。こいつに常識は欠片しかねぇ》
「多少の自覚はあるが、他人に言われるとひどい言われように感じるな」
こうして話しながら歩いていると、人の声とは別のものが3人の耳に入った。生物ではあるが、動物の鳴き声とも思えない。その音にセツナの顔がこわばり、シイナの目が鋭くなる。
聞き間違えるはずがない。正体は侵略種だ。
シイナはセツナから手を離すと、担いでいた荷物をすぐさま下ろす。開けると入っていたライフルを取り出した。人はおろか、獣にすら使わなさそうな大型ライフルだ。
「え、こわ」
《おっかねーな》
「セツナと一緒に少し下がってて」
「しーちゃん……」
「大丈夫。夜だろうとスコープで見えるから」
暗がりの中で、侵略種の姿は捉えづらい。だが、シイナのライフルはスコープ越しにしっかりと対象を捉えられる。照準を合わせるサポートもあり、俊敏に動かれなければまず当てられる。
「トカゲが2匹か。すぐに終わるね」
言うやいなやシイナは引き金を引いた。重く響く銃声が聞こえたかと思えば、侵略種が弾け飛ぶ。反応を見せた2匹目にも、続け様に弾を撃ち込んだ。何の抵抗もなく、トラブルが起きることもなく、侵略種はあっさりと駆除された。
「ふー」
「しーちゃん!」
一息ついてスコープから顔を上げるのと、セツナの声が聞こえたのが同時だった。
たった今駆除した2匹とは桁違いの大きさ。高い跳躍で上からシイナに狙いを定めている。
(やばっ……!)
侵略種はどの個体も色が暗めだ。夜闇に紛れられると、肉眼では見つけにくい。加えてシイナはたったの今までスコープを覗き込んでいた。視野は当然狭くなり、追加の個体に気づくのが遅れる。
迎撃は間に合わない。不安定な体勢で撃てば反動を抑えられず、的外れな方へと飛ぶだろう。
なんとか避けようとシイナは走り出そうとした。それよりも早く大型個体の腕がシイナを捉える。そして、それよりも早くその腕は切断されていた。
「……え?」
《記憶がなかろうが、やっぱ体は覚えてるみてーだな》
後方でセツナと待っていたはずのユウジが、いつの間にかシイナの前に立っていた。その手にはアクセサリーサイズから大きくなったフォルドが握られており、シイナが驚いている間に大型の侵略種を両断。対象が動かなくなったことを確認すると、フォルドは元のサイズに戻る。
「えーっと……今のは」
「さあ? なんか体が動いた」
「あぁ、うん。とりあえず、危ないからやめてねー」
「シイナさんも危なかったから、おあいこだろ」
「うぐっ」
理解できないことがあったから、通常運転に切り替えた。それを察せられなかったユウジのマジレスにシイナは言葉を詰まらせる。
その2人の下へ、離れていたセツナが駆け寄ってきた。その手には自身の荷物とシイナの荷物が握られている。
「ありがとうセツナ」
「しーちゃん、怪我は?」
「大丈夫大丈夫。ユウジのおかげで傷1つなし。セツナも声かけてくれてありがとね」
「ううん。わたしは何もできてないよ」
《そうでもねーぜ。お嬢の声掛けがあったから、デカ姉ちゃんは反応できた。半歩動いたタイミングだったが、そのおかげでユウジは間に合った》
(そういうタイミングだったのか)
ユウジは意識して動いたわけじゃない。体が勝手に反応して、本能的に侵略種を切り伏せた。そのためにユウジは、今の一幕を頭では何も理解していないのである。
「ほら、セクハラ剣もこう言ってるんだし、セツナが何もできてないなんてことはないよ。ほんと、ありがとう」
「……うん」
感謝の言葉をかけつつ、シイナはそっとセツナを抱き締めた。セツナもシイナに抱きつき、姉の無事を実感する。
「ユウジもありがとう。助けてくれて」
「受け取りはするが。どうにも実感がないな」
「わたしからも、しーちゃんを守ってくれてありがとう」
「……どういたしまして。ところで、今倒したこれも金にはなるのか?」
「そうだね。写真を取ってデータを送れば、報酬が貰えるよ。あたしの名義でやるけど……この切断面どうしよ」
「そっか。しーちゃんの倒し方と違うから」
「うん」
シイナの武器は銃火器である。倒した侵略種たちは、いつも体のどこかしらが吹き飛んでいるか、全身が粉々になるかである。切断はこれまで一度もない。しかも大型を切断など現実離れもいいところ。
どうにか誤魔化せないかと頭を悩ませていると、ユウジが大型の死体を弾けさせた。まるでシイナが倒したかのように。
「これでいけそうだな」
「それはそうだけど……。銃持ってなかったよね? その手のはなに?」
「なにって、フォルド。銃にもなれるらしい」
「へー。ソウナンダ」
「あ、しーちゃんのキャパ超えちゃった」
未知の技術を目の当たりにし、一旦理解をやめたシイナは、駆除の証拠を撮影する。あとはそれを報告すればいいだけだが、帰ってからやりたい気分だった。
シイナはセツナを連れて再び家を目指し、その後ろをユウジがついていく。
「害獣駆除で借金返済。やっていけそうだな」
《だから言ったろ。体で返せるってな》
「あのねー」
「でも、しーちゃん。ユウジさんと協力ならいいんじゃない? さっきみたいに、しーちゃんも危ない時はあるから。2人でなら、わたしも……」
セツナは最後までは言わなかった。それを言ってしまったら、シイナを信用していないように聞こえる。そう思ったからだ。もちろん、セツナには一切そんなつもりはない。それはシイナも理解していて、妹がただ自分の身を案じてくれているのだと理解する。
実際、シイナだってただの人間だ。死角はいくらでもあるし、銃の性質上装填数という弱点もある。そこを補ってくれる人がいるのは心強く、ユウジはそれができることを証明している。
「……わかった。害獣駆除の時は手伝ってもらう。けど、あたしの指示に従ってもらうのと、その都度の報酬の半分を、返金額ってことで計算する。それでいい?」
「もちろん。恩を返せるならどの条件でもいい」
「じゃあ成立ってことで。改めてよろしくね、ユウジ」
「これは?」
「? 握手のつもりだけど?」
差し出された手をじっと見つめた。一度シイナの顔を見て、セツナを見て、もう一度シイナの手を見る。
「セクハラって言われない?」
「言わない言わない」
「よかった。気を取り直して、よろしくな」
シイナの手をやさしく握り返す。柔らかく、暖かく、そして守るものがある大きな手だった。