本土から海女鳥島まで船で半日かかる。しかし、定期便はトラブルがあって欠航。そもそも、船が出ていたとしても一刻を争う事態には間に合わない。
島に空港がないため飛行機は使えない。船も出ない。残された選択肢としては、
「……なんか飛んでるんだが?」
公共交通機関に頼るのではなく、個人の力での移動しかない。
《そういう魔法だ》
「初めて知ったぞ」
《島で飛ぶ必要がなかったからな》
「あとなんか速いな?」
空にいる侵略種には目もくれず、一直線に海女鳥へ向かう。船より断然速く、ブレることなく進む姿はミサイルのよう。
《相棒。島に着くまでに伝えるぜ》
「なにをだ」
《この世界の裏側にいる存在のことだ》
「なんでフォルドが知ってるんだ」
《オレだからだ》
答えになっていないが、フォルドにとってはこれ以上の説明はない。シンプルであり、そこに全てが詰まっている。記憶のないユウジにはわからないだけだ。
フォルドが知り得た情報は、シイナが知らないことも含まれている。
《まずは侵略種のおさらいだ》
「……本当に必要な話なんだな?」
《本命の話の理解を早めるためにはな》
「……姿はいろいろあれど、侵略種はこの世界の人類の脅威。ハンターはいるが、駆除はその場しのぎが現状。巣があるらしいが、そこも基本的に手付かず」
シイナから聞いたことと、自分の所感を含めた分析。それは大きくズレていることでもなく、追加情報をフォルドが与えていく。
《小型が大型になり、大型が新たな小型を発生させる。そのサイクルだが、大本がいる》
「鶏が先ってことか?」
《この場合そうだろうぜ。大本は原種と呼ばれている。複数体の原種から始まったって話だ》
「巣も厄介だが、それ以上のが原種か。それで? そこから今回の件にどう繋がる」
《人間ってのは欲深いものだぜ? 新たな脅威は新たな力を得るチャンスだろ》
つまり、侵略種の力を利用しようとする者たちが現れた。それがフォルドの言う裏側なのだろう。それで、その裏側の話をするということは、
「そこに関係する奴が島に来たんだな」
《その可能性が高い。島に来る侵略種程度なら、パイ姉1人で対処できるからな》
シイナへの呼び方はどうにかならないのか。ならないのかもしれない。そこを話している余裕はない。
《侵略種の力を取り込んだ人間。通称魔人。それが来てるんだろ》
「名前の響きはかっこいいんだが、はた迷惑な存在だな。取り込んだ奴はどう変わる?」
《共通点は身体能力の向上。傷の治りも早くなるようだ。個体によってはレアスキルレベルで傷を修復する》
「なるほど。……本当に危ないな」
《相棒が嫌う要素もあるが、聞くか?》
「勿体ぶるな。知ってることを言え」
《魔人は侵略種の特性も得る。侵略種が食って成長するように、魔人も食って成長する。侵略種とか、同じ魔人とか、魔人によっては人を食う奴もいるかもな》
「……」
《魔人になる薬は、暴走のリスクもある。理性を失い、ただ襲って食うだけの存在に成り下がる奴もいる》
「フォルド」
声色が少し変わった。そこに苛立ちが含まれているのは、この場にいるフォルドしか知らない。そして、付き合いのあるフォルドだから、このあとユウジが言うことも先にわかった。
《いいんだな? 相棒》
「いい。間に合わなかったじゃ俺は俺を許せない」
《了解した。
□
海女鳥島は穏やかな島だ。温かい人たちが住む島だ。時折侵略種が上陸するも、ハンターの手によって駆除される。持ちつ持たれつ。支え合うことを大切にする。
そんな島で、人に迷惑をかけず、姉妹で協力して生きてきた。ここ最近は、新たな家族ができた。重要な書類を提出するため本土に行ったが、帰ってきたら改めて家族になる。これまで以上の日々が始まる。
そのはずだったのに。その平穏な日々よりも先に、崩壊が訪れた。
「しーちゃん……!」
「ひとまず駆除したけど、ここも離れよう」
「……うん」
異常だった。その一言に尽きる事態が起きた。見知らぬ男が家に来たと思えば、門は壊され小型侵略種に家を荒らされた。人を捨てたとしか思えないそいつには手榴弾を投げ、シイナは急いでセツナを連れて逃亡を開始した。セツナが武器の準備をしてくれていたが、補給はできない。弾薬の補給は家に戻るしかない。
(どこに行けばいい。どこならセツナを守れる)
走りながらシイナは必死に思考する。多過ぎる侵略種。しかも統率が取れているという脅威。狙いが定められており、執拗に姉妹を襲おうとしていた。
どうすればこの脅威は去るのか。頭がいるのなら頭を倒せばいいかもしれない。だが、大型の姿はない。ならば島にいる侵略種たちは全て同列なのか。答えはなく、最善手は不明。今わかることで、良いと思える手段を選んで実行するしかない。
「人型っぽいやつ。あとはあれだけだと思うんだけど」
使い捨てられた施設。そこの上階に逃げ込んだ。
統率を取っているものがいるとすれば、一番異様なあの男。家で襲ってきたやつの可能性が高い。手榴弾を使ったが、家から逃げる時にちらっと確認した。まだ倒し切れていなかった。
不明点は多い。だが、やることは決まっている。降りかかる火の粉たる侵略種を駆除。セツナを守る。それだけだ。
「大丈夫。侵略種は全部やっつけるから」
妹を心配させまいと、シイナは安心させるように努めて明るく声をかけた。
□
記憶の始まりは燃える町。次の記憶はそこで出会ったシイナ。そこからの記憶は、海女鳥島での出来事。
引き取られたことは驚いた。優しい人だということは、すぐにわかった。自分が人間ではないことは自覚していたけれど、それを伝えることはできなかった。もし離れてしまったら、姉が、シイナが独りになってしまう。それは嫌だった。悲しませたくない。笑顔でいてほしい。
だから、自分が人間ではないことに蓋をした。隠して、伝えなくて、一緒に生きてきた。
ユウジが来てからも、その想いは変わらなかった。3人で過ごす時間も幸せで、失くしたくないものになった。これから兄になってくれるユウジと、姉であるシイナ。2人が並ぶ光景も好きだ。ずっと見ていたい。
それなのに、
──ぽたぽた
自分の胸が熱い。赤いものが溢れていく。目の前にいる姉も同様だ。体を貫かれ、赤く赤く染まっていく。
2人を貫いていたものが抜かれ、前に倒れた。体に力が入らない。だが、それは今だけだ。自分は傷が治る。自分だけは治ってしまう。
2つの道がある。
生きるのは自分か。それとも姉か。
「そんな、の……かんがっ、える……までも」
人間じゃない。魔人だ。
それを隠していても、いや、わかっていてもシイナは変わらず接していた。人として、妹として受け入れ、育て、愛情を注いでくれた。そんな大好きな姉を死なせる選択をどうして取ることができようか。
魔人は侵略種や魔人を食すことで力が増す。対象が強ければ強いほど、自身の強化の幅も大きくなる。
だから、今回の魔人はセツナを狙う。着実に迫ってきているが、その前に、食われる前に姉に力の全てを渡そう。そうすれば、シイナは生きてくれる。
「ゆー、くん……」
魔人に気づかれることなく、力の譲渡はできた。互いに出血しているのが幸いした。血でシイナの体内に力を入れてもバレない。
最優先事項は完了。薄れる視界の中で、魔人の凶悪な牙が見える。腹も胸も開き巨大な口となっている醜悪で凶悪な魔人。それが迫る恐怖を感じる余裕ももうない。それよりもセツナの脳を占めていたのは、兄になってくれるはずだった男子のこと。
「ゆ……く、ん」
ぽた、ぽたと雫が零れ落ちる。頼りになる人だ。最愛の姉には勝てないが、好きになった人だ。共に過ごした時間が短過ぎる。もっと話したかった。もっと一緒にいたかった。
もう一度会いたかった。
「だ……き、て…………えなか、た」
首を捕まれ、持ち上げられる。そのまま醜悪な口へと運ばれていく。
心残りはある。悔やみきれない想いがある。しかし、それを打ち明けることも叶わず、セツナはそれを抱えたまま、
「がっ……!?」
温かい光に包まれた。
人間離れした強靭な腕はいつの間にか離れ、代わってよく知っている腕に抱かれていた。
「……?」
何が起きたのかわからない。けれど、不思議と安心できた。セツナは穏やかな気持ちになり、意識を手放した。
「邪魔を、するか」
「……真っ二つにしたんだが、もう治るか。というか死なないのか」
《再生と肥大化。面倒だな》
対応を考えるのは後でいい。ユウジはブラスターで魔人を建物外に押し出すと、フォルドに確認を急がせた。
「それよりセツナとシイナは?」
《パイ姉は問題ないな。傷が治ってる。重傷なのはお嬢だが、治療は始めてる》
「どれぐらいかかる?」
《おいおいなめるなよ相棒。あと5秒ありゃ完治だ。体力の消耗は激しいから、目覚めるのは日が昇ってからだ》
「……お前、できること多いんだな」
《オレだぜ?》
ここまで頼りになるとは思いもしなかった。頼もしいとは思ったいたが、期待を大きく上回ってくれる。
セツナを包んでいた光が消える。抱えているセツナの様子を見ると、落ち着いた呼吸が続いている。致命傷だったのに、本当にもう治っている。
「うっ……ん」
「シイナ」
「あれ……ユウ、ジ……? なんで。はっ! セツナは!?」
「落ち着け。急いで帰ってきた。シイナ、怪我は?」
「あたしはいい! それよりセツナは!?」
「セツナはこの通り大丈夫だ。フォルドが治してくれたおかげでな」
「セツナ……。よかったぁ〜」
静かに呼吸を繰り返しているのを見て、シイナは肩の力がすっかりと抜け落ちた。これでシイナも落ち着けたと判断し、ユウジは改めてシイナに怪我の具合を聞く。
「怪我……あれ? 塞がってる。なんで……」
「こっちは何もしてないが、無事に治ってるなら何よりだ」
直後、建物が揺れた。外に押し出した魔人が、力任せに帰ってきたことで揺れが生じている。シイナの目が鋭くなり、拳に力が入る。すると拳から炎が生まれた。
「びっくりした。何だその炎」
「セツナの炎だよ。セツナがあたしに託してくれた力。あいつはこれを狙ってる」
「……なるはどな」
《お嬢には結界を張る。あいつ程度じゃ壊せないし、核でも防げる。全力でやれ》
「わかった。さすがだなフォルド」
セツナから託された《紅蓮》の力をシイナが引き出す。瞳も髪色も変わり、握り拳から炎が滾る。
「はあッ!」
シイナの拳が魔人に叩きつけられた。爆発のように吹き出す炎が体を大きく貫き、魔人が怯む。この威力でも倒し切れない。ユウジは即座にシイナの隣に急行。傷の修復と並行してシイナを叩き潰そうとする腕を、相手の肩ごと切断し、シイナを捕まえて一度後退した。
「ユウジ?」
少し不満げな様子だが、それを咎めることも宥めることもしない。正当な怒りだ。
ユウジはそれには触れず、シイナにいつもの案を伝えた。
「俺が前衛。シイナがトドメをさす。これでいこう」
「……あいつ再生してるよ?」
「再生はするが、離れたやつは動かない。肥大化は脅威にならない。ま、デカくなろうと、その炎なら一撃で倒せるだろ」
「もっちろん! 一撃で仕留めるから、援護よろしく!」
方針が決まった。思考はクリアだ。シイナもセツナも怪我は治ったが、傷つけられたことは事実。冷静でありながら、ユウジの胸中は怒りに染まっている。
「そのチカラ……オレのものだ! 寄越せェ!」
「あ?」
その発言で着火した。体を大きくしようとする魔人よりも速く、ユウジが切断を繰り返す。
「お前のエゴで、シイナとセツナをこんな目に合わせたのか」
「ぐっ、こ、のォ!」
豪腕を振ろうとしても切り落とされる。腕を何本にも分けて襲おうとしても、タイミングをずらしても全て落とされる。後方で待機しているシイナも、その対応力に目を丸めていた。
「こい!!」
魔人のその声に、待機していた侵略種が一斉に姿を表す。この魔人が引き連れてきた最後の侵略種たちだ。その数にシイナは鬱陶しそうに目を向け、銃を向けようとするもそれもユウジが先に対応した。
「フォルド!」
《ジュダーレント・シュベルト》
剣の形になっていたフォルドの複製が、10本生成される。剣が浮遊し、ひとりでに侵略種に斬りかかり始めた。数十体程度では時間稼ぎにもならない。瞬く間に処理されていく。
「喰うのは、オレだァ! 寄越せェェ!」
「往生際が悪いやつだ」
「ユウジ!」
シイナの合図に合わせ、ユウジは魔人の両足を斬る。再生する以上、僅かな時間稼ぎにしかならないが、それで事足りる。ユウジは後退し、入れ替わるように10本の剣が魔人に突き刺さっていく。両腿、肩、腕、腹部、再生した両足。動きを封じ込めるようにそれぞれ深く刺さり、運動機能を阻害した。
動かない目標を撃ち損じることはない。シイナはすでに愛用の対物ライフルを構えていた。セツナから譲り受けた力が溜め込まれている。一発に全力が注がれている。
引き金は引かれた。
重く響く発砲音。直後に弾丸は魔人の胸に命中。そこを起点に巻き上がる炎の柱。天井を貫き、大部屋の四方の壁すらも吹き飛ばす大火力。
ユウジは巻き込まれないようにと、結界を作りそこにシイナといる。
「フォルド。反応は?」
炎が収まった。魔人の姿も侵略種の姿もない。あの火力なのだから、跡形もなく消えたと考えるのが妥当だ。だが、こと戦時においては最悪の場合を想定しないといけない。確証を得られるように、ユウジはフォルドに索敵させた。
《1ミリの欠片の反応もない。文字通り、完全消滅したな》
「……ふぅー。これで一段落だな。……ッ!」
緊張感を持つ必要もなくなり、ユウジはフォルドを元の形態に戻した。遅れてやってくる反動。現場に急行するための加速は、本来体の負荷が大きいもの。その負荷を後回しにしていたツケが、戦闘後の今に襲いかかる。
それに堪えるように顔を歪めたのは一瞬だけ。シイナにも見られていない。ユウジはそれを隠してシイナの方へ振り返る。
「ユウジ……夢、じゃないんだよね?」
「夢じゃないぞ。いろいろあったが、シイナもセツナも生きてる。もう脅威は──」
「ほんとう、だよね……?」
「ああ。本当だ」
シイナの細い腕が背に回された。伏せられている顔は見えないが、そこは重要じゃない。ユウジはシイナは安心させるように、そっと腕で包み込んだ。
「よかった……。ありがとう、きてくれて」
「セツナからの連絡と、シイナの尽力のおかげで間に合った。よく頑張ったな」
「……うん」
考えてみれば当然だが、シイナも相当疲れている。長い時間気を張り詰め、1人でセツナを守りながら戦った。ようやく取り戻した平穏に身を委ねたくなるのも無理もない。
安心からか、急に瞼が重たくなる。抗おうかと思ったが、今日はいいやとシイナは素直に欲に従った。
「シイナ?」
声をかけるも反応はない。静かにしていると、規則的な呼吸音が聞こえた。
「フォルド」
《はいよ》
ユウジも限界はきていた。シイナも寝たのなら、ユウジも一息つきたい。そこでユウジは、シイナを抱えて壁がある場所に移る。セツナの移動はフォルドが行う。
移動が済むと、壁が崩れないか確かめてからシイナと並んで背を預けた。疲労感が一気に押し寄せ、ユウジも眠気に逆らわず目を閉じる。肩に寄りかかる重みを感じながら、なんとか間に合ったのだと実感して。
《……相棒もシイナも寝たぜ。お嬢》
「……ん。フォルドにはきづかれちゃった」
《オレだからな。お嬢も寝な。傷は塞いで体組織も修復してるが、体力はノータッチ。無理しないほうがいいぜ》
「うん。ありがとうフォルド。わたしも、ゆーくんのよこがいい」
《そういうことか。任せな》
体力が空っぽなのは、セツナも身を持って理解していた。まだ休むためにも、より落ち着ける場所で休みたい。一番は2人の間だが、姉の邪魔はしない。ユウジの隣、まだ空いているところへとフォルドに運んでもらう。
「ありがとう。ゆーくん」
力を振り絞り、体を伸ばしてもっと近づく。寝ているが構わない。いや、寝ているからこそできる。起きていたら、恥ずかしくて絶対にできない。
頼れる兄であり、好きな人。
顔を近づけ、その人の頬にそっと触れさせた。
ああ。これだけのことでも心臓が爆発しそうだ。姉に託した《紅蓮》の炎よりもっと熱い。でも、もっと愛おしい。
バクバクとうるさく鳴る心臓。今が夢なんかじゃないことを実感させてくれる。
「────」
聞こえてなくていい。伝わっていなくてもいい。
たった4文字の言葉。
言わないと胸が張り裂けそうだったから、耳元で小さく言った。