日がすっかり昇った。目を覚ましたユウジは、両腕とも動かしにくいことに気づく。横を見て思い出した。壁に寄りかかって寝たこと。隣にシイナがいることを。反対を見て疑問を抱く。セツナが隣にいる。寝る前はいなかったはずだ。
《起きたか相棒。めでたく両手に花だな》
「……寝てる間に何かあったか?」
《何もないぜ。島内に侵略種もいない。昨夜の騒動は完全に決着がついてる》
「そうか。……魔人、か」
人か人じゃないか。そこを論ずる気はない。害をなすかなさないのか。考えることはそこだけでよかった。
そして、先の魔人は害をなす存在だった。凶暴性と凶悪性が増し、ただ襲いかかる存在。シイナもセツナも殺されかけ、だから躊躇うことなく始末した。
「2人が平和にいられるなら、どうでもいいか」
裏社会では広まっている。そこに首を突っ込んでもいいが、優先すべきはシイナとセツナの安全と生活。考えないといけないのは、まずそこからだ。
「ん……ん」
「起きたか。おはよう、シイナ」
「おはよぅ……。そっか、あたしたちあのまま」
「もうじき昼時だろうな」
「寝坊しちゃったか。セツナは?」
「こっちでまだ寝てる。傷も深かったから、目を覚ますのにもう少しかかるかもな」
「そっか」
セツナの寝顔を見てシイナは安心し、立ち上がってぐっと体を伸ばす。軽く体を動かし、頭を覚醒させた。
「ひとまず家に帰ろっか。道中で相談もさせて」
「わかった」
使用した武器をケースに片付けていく。寝ているセツナはユウジが背負い、準備が整うと建物を出た。
ユウジはまだ知らないことだが、家が荒らされたことをシイナは覚えている。これからのことを考えるためにも、そこを先に解決しないといけない。
壊された門。破られた壁や窓ガラス。島内での生活を続けるなら、修理が必要になる。その費用を考えてみると、決して安くないだろう。ならばいっそ、予定を前倒しにして本土に引っ越すか。学校は転校の手続きをすれば問題ない。
「家がどの程度壊れたかによるな。あとセツナの意思」
「もちろんセツナにも話すよ。それより、もしかして修理できるの?」
「状態によっては、あるいはできるかもな」
島に戻ってくるまでの間に、フォルドからある程度聞かされていた。必要がないとして話されていなかった事柄。例えば、戦闘時にできること。その応用で日常生活に転用できることなど。
その説明の中にあったのが、無機物を自在に操る力だ。元の状態に完全に戻せるかわからないが、ある程度の修復は可能だろうとユウジは思っている。
「仮に本土に引っ越すとしても、すぐにできるわけでもないと思うが」
「そう、だよね。すぐに行ける手段だと、避難民って形になると思う」
「ひとまず、しばらくは島に滞在だな。本土に行くなら、まともな住宅がいいだろ」
「うん。あたしはキャンプ生活でも大丈夫だけど、セツナにそういう生活はさせたくないし」
「本当にシイナはたくましいな」
キャンプ生活でも平気だと言い切る女子高生などそうそういない。今は工夫は必要だが、不自由のない生活だ。それをあっさり捨ててもなんとかなる自信があるとは、なんとも豪胆なことである。
だが、そうはならない。セツナにそんな生活を強いるつもりはない。雨風に振り回されず、温かな布団の中で眠る。そんな当たり前の生活をこれからも送らせたい。
「そういえばシイナ。俺からも1つ報告がある」
「なに?」
「急いでこっちに来たから、本土に持って行った荷物とか金が置き去りだ。あと土産も」
「あー、まあいいよ。おかげで助かったし、拾ってくれた人が良い人なら、警察にでも届けてくれてるんじゃないかな」
「かもな」
トワにすべてを丸投げしてきた。それをどうしたのかは、家に帰ってから確認すればいい。
(しかるべきところに届けてくれてるんだろうな)
数時間しか話していない相手だが、丁寧で親切な人物像なのはよく伝わってきた。シイナには報告しただけであって、実はそれらの心配は一切していなかったりする。
□
生活音が聞こえる。座りなれた場所に横になっていた。頭の下にはクッションがあり、体には毛布がかけられている。
(いえ……?)
頭はぼんやりと靄がかかる。何年も見てきた天井と照明。耳を澄ませなくても、料理の音が聞こえてきた。
「しー、ちゃん?」
体を起こして台所を見た。後ろ姿であろうと、最愛の姉を見間違えるはずがない。視線に気づいたのか、シイナは後ろを振り返った。2人の視線が重なり、シイナは料理の手を止めて駆け寄る。
「セツナぁ! よかった……よかった……!」
「しーちゃん……」
目に涙を浮かべ、力強く抱き締められた。少し苦しかったが、それよりも嬉しさと感謝の念が強い。セツナもシイナを力いっぱい抱きしめた。
「しーちゃん。ごめんね」
「謝らなくていい! こうしてまたセツナと話せるならなんだっていい!」
「……ありがとう、しーちゃん」
シイナの言葉と気持ちで何よりも元気になる。セツナもまた目に涙を浮かべた。
しばらく抱きしめ合っていた2人だが、同タイミングですっと体を離した。それがどこかおもしろくて、2人揃って笑う。
「ご飯作ってるから、セツナはまだ休んでて」
「大丈夫。手伝うよ」
「だーめ! 安静にしてて」
「……うん」
心配しての指示だと理解している。料理を再開する姉から目を離し、テレビでもつけようかとリモコンを探す。
その時にセツナは気づいた。
不審な男が家に来た。侵略種に室内を荒らされた。そのはずなのに、すべてが綺麗に片付いている。まるで何事もなかったかのように。
「しー、ちゃん」
途端にゾッとした。生まれた不安が爆発的に大きくなる。冷や汗が止まらない。
考えたくもないことを考えてしまう。
「しーちゃん。ゆーくんは?」
「え?」
今見ていることが、本当は嘘なんじゃないかと。
視界がブレ、意識が遠くなる。姉に呼ばれた自身の名も、他人事のように遠く聞こえた。
「シイナ。門のディテールが合ってるかわからないからあとで見てくれ」
「そんなことよりユウジ! セツナが!」
「……ぇ?」
意識が途切れるその直前。ひょっこりとユウジがリビングに現れた。その声に引っ張られ、セツナの意識も再浮上。ブレていた焦点も安定し、シイナと一緒に様態を心配してくれているユウジがはっきり見えた。
「ゆーくん?」
「ああ。ただいまセツナ」
手に触れる。シイナとは違って、硬くてごつごつした男性の手。何度も繋いだ手だ。本物だと、現実だとようやく実感できたセツナは、大粒の涙を溢れさせる。
「大丈夫かセツナ?」
「どこか痛む? 急げばまだ病院も開いてるはずだから、病院に行く?」
首を振って否定する。セツナは2人の手を引き寄せて、ぎゅっと抱き込んだ。そこでシイナとユウジも気づいた。セツナは今、安心と喜びで涙を流しているのだと。急にあんな事件が起きたのだ。目を覚まそうと、不安にかられたっておかしくない。
セツナが完全に落ち着くまで、シイナはセツナの頭を優しく撫で、ユウジはされるがままに側に寄り添い続けた。
「しーちゃん、ゆーくん。ありがとう」
「ううん。いつでも、いくらでも来ていいんだよ」
「もう大丈夫」
「そっか。あたしはご飯の準備を済ませるから、その間にセツナはユウジの手伝いをしてくれる?」
「ゆーくんの手伝い? 何したらいい?」
「ちゃんと修復できたかの確認をお願いしたい」
そう言われ、セツナは靴を履いて家の外に出る。玄関から外に出てまず驚いたのは、壊れたはずの門が直っていたことだ。荒らされた庭までは直っていない。それを見て、昨夜の出来事が事実であり、今も現実なんだと再認識させられる。
「セツナ。一応門は直したんだが、これで前のを再現できてるか?」
「わっ。本当に直ってる。ゆーくんどうやって直したの?」
辺りに工具は見当たらない。しかし、壊されていた門はちゃんと直っていた。当然の疑問をセツナは口にした。
「フォルドのおかげだ。なんでか無機物を操れるらしい。動かして、くっつけさせた。割れた箇所も抉られた箇所も跡なく直せたのは驚きだがな」
「フォルドって何でもできるんだね」
《おうよ。お嬢の服も直しておいたぜ》
「え? あ、ほんとだ」
昨夜貫かれた。服も当然穴が開いていたはずだ。それが綺麗に修繕されている。修繕の跡目すら見当たらない。どうしたらそんなことができるのか。セツナには見当もつかなかった。
「ありがとうフォルド」
《おう》
やわらかな笑みと共にお礼を言う。それからセツナは門を改めて見た。壊れていた部分が直っている。開閉してはスムーズに動き、妙な音もしない。ユウジは見た目も気にしていたが、セツナが見る限りおかしなところはなかった。
「ゆーくん。全部直ってるから大丈夫だと思う」
「セツナのお墨付きもあるなら安心だな。家に戻ろうか」
「うん」
セツナはユウジに駆け寄ると、そっと手を握った。ユウジも静かに包み返し、仲良く家の中に入る。
リビングに戻ると、シイナが盛りつけをしている最中だった。セツナはコップやスプーンなど軽い物を運び、料理がのっている皿や水などはシイナとユウジが運ぶ。
準備が整えば3人での食事を開始。長時間寝ていたセツナが元気よく食べている姿を見て、シイナは嬉しそうにしながら自身も食べ始めた。
「門も直ってた?」
「ばっちり! ゆーくんとフォルドってすごいんだね」
「全部フォルドの力だけどな」
《謙遜するなよ相棒》
この場の誰も知らない。実は、フォルドを制御できている時点で驚愕すべきことである。万能に思えるほど便利なフォルドは、本来扱いが難しい。製作者にしかできないと思われていたほど、適合者が現れなかった。
そんなわけで、フォルドの言も決して慰めではない。ユウジの力も十二分に家の修復に貢献している。
「家の中も直してくれたんだよね」
「そうだな。家の中の物は、シイナに確認してもらった」
「ちゃんと直っててびっくりだよねー。便利過ぎて業者の人泣いちゃうよ」
「仕事を奪うようなことはしない。今回が特別だ」
あくまで家族のために行った緊急対応。本来存在しない技術をひけらかす気はさらさらない。
ユウジも自分たちのことを大切に思ってくれている。そのことにセツナは胸が温かくなった。
「ゆーくん。ちょっといい?」
「どうした?」
食後、洗い物をしていたユウジの服をセツナが摘む。顔を見ると、少し不安そうにしているのが見えた。ユウジは洗い物を中断し、タオルで手を拭く。
「あ、すぐじゃなくてもいいよ」
「いや。先に聞いておきたい」
ソファに並んで腰を掛ける。シイナは風呂の準備を進めていてリビングにはいない。このタイミングで声をかけたということは、シイナは知っていること。あるいはシイナには知られたくないことのどちらか。今回は前者だ。
「それで、話って?」
「あのね。昨日のことなんだけど。……あれ、わたしのせいなんだ」
「……なんでだ?」
「……わたし、人じゃない。侵略種の力を持つ……バケモノ、なんだ」
顔を伏せ、声を震わせているセツナの言葉を、ユウジは静かに聞き続ける。何を言うにしても、まずはセツナが話したいことをすべて聞いてからだ。
「昨日のあれは……わたしを狙って起きたこと。わたしのせいで、しーちゃんをひどい目に合わせちゃった」
「……」
「わたしがいなかったら、しーちゃんはあんな目にあわなかった。いなくなるべきだって、ずっと思ってた。……でも、できなかった。……わたし、しーちゃんがだいすきだから」
「ああ」
「昨日のことがあったけど。やっぱりいない方がいいって思ったけど、……やっぱりできない。……わたし、しーちゃんとゆーくんと一緒にいたい」
ぽたぽたと溢れる涙をすくう。セツナの正面に回り、頬に手を伸ばした。視線を合わせて言葉を紡いでいく。
「いたらいい。セツナがいなくなる必要なんてどこにもない。シイナだってそんなことは望まない」
襲われたのはセツナがいたからか。それは否である。
あの魔人が勝手に標的にしただけだ。セツナに非はない。
「人だとか人じゃないとか。それも大したことじゃない。大切なのは心だろ」
類似することで言えば、ペットは家族かどうかの話だ。そしてペットを飼っている人たちは口を揃えて言うだろう。「家族だ」と。
「セツナは優しい心がある。身内を大切に思える。それで十分だろ。特別とか普通とか関係ない。セツナだから、シイナも俺も、セツナを家族だと思ってる」
「ゆー、くん……」
「わがままでいいんだセツナ。これからも一緒にいよう」
「うん……うん……!」
ユウジの胸の中へと飛びつく。セツナを落とさないようにユウジはしっかりと受け止め、あやすように優しく受け入れる。
秘密にしていたこと。露呈してしまったこと。家族を危険に晒したこと。様々なことが一気に起きて不安だったのだろう。それを少しでも和らげられたのなら、少しは兄らしいことができたことになるか。
「セツナー。お風呂の準備できたよー」
リビングの外から聞こえてくる姉の声。それを聞いてセツナは、名残惜しそうにユウジから離れる。
「いつでも甘えていいぞ」
「それはちょっとはずかしい。……でも、ありがとう」
「どういたしまして」
「ゆーくん」
「うん?」
「えっと……やっぱりなんでもない」
「?」
雰囲気に任せて言えるかと思ったが、全然そんなことはなかった。誤魔化すように笑ったセツナは、入浴のためにリビングから出ていく。
残ったユウジは、洗い物が途中だったことを思い出して台所へと戻る。
《相棒》
「どうしたフォルド」
大人しく黙っていたとフォルドが、ふわふわと浮かび上がってユウジの顔の近くを飛ぶ。ユウジは一瞥だけして話を促し、洗い物の手を止めない。
《本土に行くかはそのうち決めるだろうが、情勢は変わっていくぜ》
「……シイナとセツナの意思が最優先だ。俺は2人の助けになることをするだけだ」
《だろうな。パイ姉が引き継いだ力。魔人のことは世間じゃ知られてねえ》
「わかってる。報道で一度も見たことがない。意図的に隠されてるんだろ」
知られてはいけない力。だが、裏では狙われる力でもある。どのみち誰にも知られないほうがいい。
《そっちはよくわかってるな。次いで、お嬢のことも話しておくぜ》
フォルドから聞かされたその話に、ユウジは苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めた。