魔人による襲撃が起きてから約2ヶ月。久瀬家は元の生活をいつも通り送っていた。本土への引っ越しも視野に入ったが、家が元通りに直ったことで、その必要性が薄くなった。また、引っ越しをするにしても諸々の準備が必要であり、どのみち時間がかかる。転校の手続きもあるから忙し過ぎる。
そういった理由もあり、引っ越しを強行する理由がなかった。ユウジの役所での登録も無事に終わり、最短でハンターの資格も取った。単独で動けるようになったことで、一定の稼ぎも見込めている。
「これで完了っと」
ユウジとセツナには買い出しを頼み、シイナは家の掃除をしていた。それも済んで一息入れていると、インターホンが鳴らされた。
(……)
あの日以来、インターホンが鳴ると警戒心を抱くようになった。島民同士の付き合いがあるとはいえ、元々来客は少ない。そんな中でのあの一件だ。警戒グセがつくのも無理からぬことである。
門につけられているカメラを確認した。そこにいるのは屈強な男ではなく、むしろその逆。妹のセツナに年が近そうな少女だ。
「誰だろ?」
服装はどこかの正装だろうか。私服ではなさそうだ。私立だとしても学校の制服であれはない。
シイナは警戒心を残しつつ、玄関を開けて外に出た。門の外で大人しく、きれいに背筋を伸ばしている少女と目が合うと、彼女はパッと明るい笑顔を浮かべた。
「初めまして。突然の来訪を失礼します」
「初めまして。君誰? この島の子ではないよね」
少しデジャヴなやり取りだなと頭の片隅で思った。
「はい。国連災害対策本部。危険生物調査機関、エクシーズに所属しております。高町なのはと申します。本日はお話がしたくて参りました」
「国連? エクシーズってたしか……」
そういう組織ができ、侵略種への対応をしているとフォルドから聞かされた。戦果を出し始めていることは、ニュースでも報じられており、シイナも少しは知っている。
「なんでうちに? 国連の人が話したくなるような人、うちにはいないと思うんだけど」
「いえいえ、そんなことはありません。……2ヶ月前の事件を勝手ながら調べました。お話だけでも聞いていただけませんか?」
「……なるほどね」
世間では「大量の侵略種が上陸した事件」として報じられた。核心部分である魔人のことは触れられていない。その件を国連の人間が調べ、わざわざ会いに来た。言い方は悪くなるが、目をつけられたというわけだ。
今の行政をあまり好ましく思っていないシイナだが、少なくとも目の前にいる少女、高町なのはは真っ直ぐな目をしている。相手を貶めたり、利用したり、損にさせてやろうとか、そんなことを考える人間には見えない。
あと、セツナと年が近そうな少女を、無下に返すのも気が引けた。
「いいよ。立ち話もなんだし、うちで話そっか」
「! ありがとうございます!」
嬉しそうに深々と頭を下げられた。やっぱりこの子は、とてもいい子のようだ。
□
久瀬家に招き入れられ、なのはは椅子に腰掛けた。丁寧にお茶とお菓子まで用意され、お礼を言って一口いただく。
「おいしいです」
「それはよかった。……うちの中気になる?」
「あっ、いえそういうわけじゃなくて。温かいご家庭だなって」
内装や飾られている写真だけでも、なのははそう感じ取った。そう言ってくれることは喜ばしく、シイナもお礼を言う。
ただ、シイナはまだなのはを信じられていない部分があった。「この年齢で国連の一員は冗談だろ」というのが本音だ。
「えっとー、高町さんだっけ」
「なのはでいいですよ。久瀬さんの方が年上の方ですし」
「そう? じゃあなのちゃん。あたしのこともシイナでいいよ」
「ありがとうございますシイナさん」
「それでなのちゃん」
「はい」
「なのちゃんってコスプレが好きなの?」
「……へ?」
質問の意図を掴みきれず、こてんと小首を傾げる。
「だって小学6年生くらいでしょ」
「惜しい。中学1年です」
「どっちにしても、国連の人って信じられないよ」
「むー。本当なんですよ。ほら、身分証だってあるんです」
なのはの愛機レイジングハートが証明を映し出した。見たこともない技術にシイナは目を丸くして驚き、そこに書かれていることをにわかには信じられないでいた。
そこにはたしかに、なのはが国連の調査機関に所属していることが書かれている。だが、知らない技術で見せられても、本物なんだと信じるにはまだ足りない。
「むー。どうしたら信じてくれますか?」
「どうって。んー、大人の人がいて、その人が本物ってわかって、その人がなのちゃんも国連の人だって証言してくれたら、かな」
「なるほどなるほど。少々お待ちください」
シイナの意見は至極真っ当なものだった。反発することなく聞き入れたなのはは、自分の上司にあたる人物に連絡を取った。すぐさま画面が表示され、なのはの上司が映し出された。
「私の上司の八神はやて総督です」
『初めまして。八神はやてと申します』
「は、初めまして。久瀬シイナです」
国連の人の名前など覚えたことがない。関わりのない人物のことまでいちいち覚えない。それでも、八神はやては知っている。この2ヶ月で何度かニュースでも報じられていた人物だ。
その人物と話すことになるなど思いもしなかった。シイナは驚愕しながら姿勢を正し、深々とお辞儀をした。
『あぁ、そんなかしこまらなくてええですよ。というか、私も急な連絡で驚いとるところなんです』
「は、はぁ」
『それで、どういう状況なん?』
「私の身分の証明のために、八神総督のお力を借りました」
『なるほどなぁ。久瀬シイナさんの意見ももっともやね。安心してください、久瀬シイナさん。高町なのは調査員は、れっきとした我が組織の一員です』
「……わかりました。あたしでも八神さんの顔と名前は見たことがあります。その人が言うなら、なのちゃんを信じられます」
『それは何よりです。説明はこれからですか?』
「はい。まずは信用していただかないといけませんから」
『うんうん。それなら私もこのまま参加させてもらいます。その方が補足説明もしやすいでしょうから。構いませんか?』
「あたしはまあ……どちらでも」
シイナは説明を聞く側だ。説明する側の人間がその形の方が良いと言うなら、それに従えばいいだけのこと。
進行はなのはが、必要に応じた補足説明ははやてが行う。それが始まろうとしたタイミングで、玄関が開く音がした。
「ただいまー。しーちゃん、お客さん?」
聞こえてきたのは愛しき妹の元気な声。しかし足音は2人分。セツナと買い物をしていたユウジも帰宅している。
「2人ともおかえりー」
「初めまして。お邪魔しております。高町なのは……と、もうし……ます……」
『……なのはちゃん?』
挨拶の途中に歯切れが悪くなった。何かあったのかと焦るはやてだったが、レイジングハートがその原因を映したことで、はやても目を見開いて固まった。
『うそやろ……』
「……ゆうじ……さん?」
「? そうだが、誰だ?」
神妙な空気のまま固まる。状況が飲めてないのはシイナとセツナも同じで、なのはとユウジの様子を交互に見る。一番状況を掴めていないのはセツナで、心配そうにユウジの手を握った。
《可能性の1つとして考えてはいたけどよ。まさか家に押しかけてくるとは思わなかったぜ》
その空気を壊したのは、小鳥の姿でセツナの肩に乗っていたフォルドだ。あの一件以降、1日のほとんどの時間をフォルドは、セツナと共にいるようになっていた。シイナとしても安心要素になるため、完全に任せている。
「フォルド。説明しろ」
《説明はあちらさんの仕事だが、そうだな。わかりやすく言うぜ。相棒が記憶を失う前に絡んでた連中だ》
「……へー」
「きおくって……どういうことなの」
『……記憶喪失やったわけか。せやけど、フォルドならこっちに連絡取れたんちゃうか?』
《その話は今することか? 本来の話を進めるべきだと思うぜ》
『たしかに……そうですね』
思いもしなかった再会に気が動転していた。思わず素も出てしまっていた。はやては気を引き締め直し、口調も丁寧なものに戻す。なのははまだ混乱しているものの、仕事を優先だと無理矢理切り替えた。
「えっと、整理すると。国連所属の2人はユウジの知り合い。ユウジは記憶がなくて覚えてない。今はあたしたちと一緒にいる。こういうことで合ってるかな?」
《そういうことだな。相棒の話は後回しだ》
「セツナは何を飲む?」
「あ。じゃあ、お茶にしようかな」
来客用にお茶が入れられていた。セツナはそれに気づき、自分の飲み物もそれに合わせた。状況が飲み込めず困惑気味だが、とりあえずシイナの隣に座った。ユウジに入れてもらったお茶を飲み、もう一杯淹れてもらう。
残った席はなのはの隣しかなく、ユウジは消去法でそこに座る。
「……改めて自己紹介をさせてもらいます。国連災害対策本部、危険生物調査機関エクシーズ所属、高町なのはと申します。本日は久瀬さんたちとお話がしたく参りました」
《国連の新組織で侵略種災害を主に担当してる連中だ》
「わたしと同じくらいの年なのに?」
「あはは。セツナもそう思うよねー。でも、本当みたい」
姉妹揃って同じくだりになりそうだったので、シイナがそこはカットした。セツナはシイナの発言を全面的に信じている。シイナが言うなら本当だ。
「フォルドの説明通り、侵略種の対応をしています。そのことで、協力をお願いしたくて来たんです」
「協力?」
「はい。2ヶ月前、侵略種の襲撃があったと思います」
「っ! ……はい」
あの一件で、姉妹諸共死にかけた。あまり思い出したくはない事件だ。その件を国連は把握し、求める人材がいるのではないかとスカウトに来たのだ。
「人型の侵略種がいたと思います。私たちはそれを魔人と呼んでいます」
『簡単に言うと、魔人は侵略種の力を得た人間です。現状把握しているのは、怪我などで傷口から侵略種の血が体内に入った場合。もう1つが、魔人になるための薬を注入した場合。この2つです』
「……魔人に襲撃されたのに被害が出ていない。それを倒した魔人がいるはず。そういう推測で来たわけですね」
「そうなります。私たちエクシーズは侵略種の駆除を掲げ、遂行します。しかし、私たちは”外国”の人間ですから、”現地”の方に協力していただきたいんです」
『エクシーズの活動も期間が定められてます。なので、終了後にまた侵略種の世界になってはその場しのぎの成果にしかならないわけです』
「それで現地の魔人に協力を仰ぎたいわけですか」
魔人について、追加説明も行われた。魔人は侵略種や魔人を食すことで、どんどん強くなるという特性があること。先の事件の魔人、堂士馬もそのために襲ってきたことも話された。
《協力要請の内容はこうだ。エクシーズでバックアップするから、大型や原種を狩って強くなれ。それを繰り返した果てに、この世界の平和を取り戻せってとこだ》
『合ってはいますが、言い方をもう少し考えてほしいですね。こちらは利用しようだなんて考えてはいません』
「しーちゃん……」
「──」
「そっちの事情はわかった。次はこっちの話だな」
「ユウジ?」
どうしたらいいのだろうか。何が正解か。セツナはシイナの意見を聞こうとしたが、そこにユウジが割って入る。
「明らかに生活環境が一変する話だよな? 世界のため、他の人たちのために、お前の今の生活を捨てろっ内容だ」
「ゆーくん……」
「それは……、……その面があることは、否定できません」
『最大限の配慮はさせていただきます』
「配慮ね。どうだか』
「……ユウジ、ありがとう」
シイナの生きがいは家族みんなで幸せに生きること。セツナの笑顔だ。それ以上の高望みはしてこなかった。降りかかる火の粉を払うだけの生活をしてきた。
平穏で小さな幸福。それだけでいいと思い生きている人間に、「力があるのだから世界のために力を貸してくれ」と話を持ちかけるのは、なんとも身勝手に思えた。ユウジの中の基準では、決して良いことにはならない。
話を先に飲み込み、代わりに怒ってくれるユウジに感謝し、シイナは考えてから口を開いた。
「魔人の力を持っているのはあたしです。妹のセツナは持ってない」
「しーちゃん」
「大丈夫。……協力はします。正直、世界のことはピンと来ませんが、ああいう事件も、侵略種災害もない方がいい。困っている人がいて、あたしが力になるならできることをしたい」
「……」
『……嬉しい話ですが、本当にええんですか?』
「はい」
「わたしは、ちょっと反対」
「セツナ?」
妹のその言葉にシイナが驚いた。セツナから明確に反対を突きつけられたことが、これまでになかったからだ。
だが、セツナは全面的に反対したわけじゃない。部分的な反対。いや、セツナからの条件の提示。時折わがままを言えるようになった成果が、ここにも繋がっている。
「もし、しーちゃんが協力のためにこの島を離れるなら、わたしも離れる」
「学校は!?」
「それはしーちゃんも同じ。オンラインならオンライン。転校なら転校。わたしは、しーちゃんと離れ離れになる方がイヤ」
「セツナ……」
『わかりました。妹さんの安全も含めて、こちらで対応させていただきます』
「この際だから、他にも要望があったら言っちゃってください。可能な限り対応しますから」
「それなら、しーちゃんとゆーくんと3人で住める場所も欲しいです。菜園ができたらもっと嬉しい」
《給料面と各種手当、保険。福利厚生も含めて詰めてぇとこだな。契約書も電子証明で済ませるなよ? 同じものを書面に出せ》
『もちろんそちらも誠意準備します』
《話は今日詰めるぜ? 後日の対面時は契約内容に齟齬がないかの確認だ》
『現代社会に理解あり過ぎやろフォルド……!』
フォルドは秘密裏にあらゆる情報を集めている。行政の一部が腐っていることも既に把握済み。はやてやなのはを信用できても、他の組織まではそうでもない。期間限定で消えるはやてたちとの電子証明だけでは、その後の生活に影響が出るかもしれない。それを防ぐための対応だ。
実際に給料を受け取るのはシイナだ。そのためシイナはフォルドとはやての話し合いに巻き込まれ、話についていくのに精一杯になる。
「つ、つかれた……」
その話し合いが終わった頃には、聞いていただけのシイナが最も疲弊していた。セツナがシイナのコップに新たに飲み物を入れ、ユウジがお菓子をシイナの口に突っ込む。
《さてさて話は済んだな。あばよ》
「そうはいかないよフォルド。知ってることを話して」
フォルドがなのはを帰らせようとするも、やすやすと騙されてはくれない。エクシーズの人間としては、久瀬姉妹との話が最重要事項だった。だが、その立場を抜きにしたら、ユウジのことの方が重要になる。聞かないわけにはいかない。
《仕方ないが、その前に休憩だな》
シイナは疲れ切ってきて、セツナも少し疲れ気味。現在ユウジと一緒に生活をしている2人も、ユウジに関することは聞きたいはずだ。今の状態で強行させるのは、なんとも意地が汚い。
なのはもはやても、休憩が必要だという話に同意した。その時間があれば、まだ本部に戻っていない親友も間に合うだろう。誰よりも知りたいはずだ。画面越しでも、きっと顔だけでも見たがる。
「ちょっと外の空気を吸ってくる」
「あ、ユウジ……!」
離席して外に出たユウジを、シイナは慌てるように追いかけた。ドアを勢い良く開けて飛び出るも、ユウジの姿が見当たらない。
「そんなに慌ててどうした?」
「っていたー!」
声をかけられたのは後ろからだった。玄関のドアのすぐ横にいた。シイナは飛び出してしまったがために、自分の死角にユウジがいる状況を作ってしまっただけだ。
シイナはゆっくり深呼吸を繰り返し、ユウジのすぐ前に歩み寄る。
「……怒ってるよね。決めちゃったこと」
「? いや全然」
「え、そうなの? だってさっき」
生活環境の変化を強いられることに不満そうにしていた。そのことを指摘すると、それはそれだと言われる。
「向こうが主導して話を運ぼうとしてたから、そこに釘を刺しただけ。シイナが決めて、セツナも同意してるなら俺からは何も言わない」
「そういうことだったんだ」
「国連に所属することになるのはシイナだけだ。全面的なバックアップを受けられるのもシイナだけ。侵略種駆除のために、遠出もあるだろうな」
「その時は……しばらく会えなくなるんだよね」
「俺とセツナは一般人と大差ないからな」
「ユウジが一般人なのは、ちょっと違和感あるね」
「なんでだ」
くすくす笑うシイナを見て、ユウジも小さく笑った。シイナがちゃんと前を向いていられている。そのことに安堵していた。
シイナはふらっと距離を詰め、ユウジに体重を預けた。ふらつかず、支えてくれる。安心させてくれる存在。今後は仕事のときに頼れなくなるのが、寂しくてしかたがない。それを察したかのように、ユウジが腕を回して抱きしめる。
「無茶はするなよ」
「ユウジに言われるとは思わなかった」
「心配ぐらいするぞ。……何かあったらすぐに言え。どこにだって駆けつける」
「一般人って自分で言ったくせに。でも、ありがとう」
またあんなことにはならないと思いたい。だが、絶対はない。もしまたどうしようもない時があって、助けを求めたら、本当にどこからでも来てくれる。そう信じられるだけで、シイナは自分の内側から力が湧いてくるのを自覚した。
「もう少し、このままでもいい?」
「……ああ。好きなだけ」
それはそれ。これはこれ。
セツナもフォルドも家の中にいる。他の誰にも見られていない。この暖かな時間を、シイナは満足するまで堪能した。