エクシーズは国連に新設された部隊だ。侵略種への対応を主な仕事にしており、その関連の仕事もある。駆除後の除染を行い、再開発可能な土地へと環境を引き戻す。
夢物語に思われるようなことを実現するのがエクシーズの仕事。八神はやてが率いるこの部隊は、それを可能にできる者たちが集められて
はやてたちがユウジと出会ったのも、そっちでのことだ。
『本当に……ゆうじだ……! よかった……!』
「ユウジ。金髪美少女ちゃんとも知り合いだったんだ」
「だったらしい」
画面に映し出されるのは、八神はやてに加わってもう1人。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。なのはの親友であり、人柄も含め優秀な人材でもある。
反応からしてなのはやはやて以上に関係があったようだが、残念なことにユウジは何1つ覚えていない。
『ゆうじ、ちゃんとご飯食べてる?』
「親かよ。シイナとセツナが美味い飯を毎日作ってくれてる」
「「えへへ」」
(もしやヒモになっとるんか?)
「積もる話もあるけど、先にフォルドに説明してもらわないとね」
《しゃーねぇな》
なのはが本題を促すと、やれやれと言いたげな口調でフォルドが返事した。セツナの肩から下りると、小鳥の姿から小さな剣のキーホルダーの形、本来の形に戻る。
《簡潔に言うぞ。相棒は2年前の一件で記憶が飛んだ。そんでその記憶は
「『!?』」
『に、にどと……? それはどうして』
《一度死んでるからだ》
淡々と告げるフォルドとは反対に、聞いていた者たちは驚愕のあまり息をのんだ。当の本人であるユウジだけは、冷静にそのまま聞いている。実感がなく、どこか他人事のように思えたからだ。
《あの件で相棒は体を酷使し過ぎた。つーか死に体の状態で戦い切った。終わった時点で命も終わってたわけだ》
半死人状態から最終戦に突入。文字通り命を削りながら戦った結果、刺し違える形で決着が着いた。そこまではフェイトたちも知っている。最後に起きた魔力同士の衝突と爆発。それが収まったときに、ユウジの姿がどこにもなかった。生死不明の消息不明。負っていた傷から、生存は絶望的だと判断されていた。
《相棒を仮死状態にして治療。再起までにかかったのが2年。本来死んでた人間が生き返ったわけだ。記憶は戻らないのが道理。同一に見える別人みたいなものだな》
『そんな……』
「フェイトちゃん……」
『……経緯はわかりました。目覚めてからは久瀬さんの家でお世話になっていたわけですね』
「そうなるっぽいな」
「フォルド、1つ気になったんだけどいい? フォルドなら、そもそもゆうじさんを死なせないことができたよね?」
なのはの指摘は鋭いものだった。実際、致命傷を負っていたセツナを10秒もかからずに治療したのだ。フォルドにはその力がある。ならば気になるのは、なぜそうしなかったのか。あるいは、できなかったのならその原因は何か。そこまで聞かないと、納得できない。
「ゆーくんが何か悪いことをしてたの?」
「覚えてないからなんとも。ひょっとしたらしてたかもしれない」
当然ながら、久瀬姉妹となのはたちとで温度感は違う。姉妹は出会ってからのユウジしか知らず、その以前に何をしていたとしても、それは過ぎたことなのだ。そこまで重要じゃない。自分たちが知る今のユウジがすべてだ。
一方で、過去のユウジしか知らないなのはたちは、そうもいかない。フォルドの言葉に心当たりがあり、心配させるなと詰め寄ることができない。
自分たちが所属する本来の組織、時空管理局。それをこの場で公にするわけにもいかず、加えてこの場で姉妹を置き去りにして、話を続けるわけにはいかない。そう考えたはやては、フォルドがどういう存在なのか話すことにした。
『久瀬さんたちにもわかるように、フォルドのことを話しますね』
「え?」
《お節介な狸だ》
『この余計なことばっかり言う機械は、大雑把に言うと超賢い自律型のロボットなんです』
「へー。お前便利なだけじゃなくて、賢いんだな」
『ゆうじにも話してなかったの?』
《必要性がなかったからな。今バラされてっけど》
『こほん。フォルドは、遥か昔に外国で造られたんです。失われた技術の結晶の1つ。私たちはロストロギアと総称しています』
今の技術では再現できず、それでいて現代のものよりも遥かに優れている。1つ1つが強大な力を持ち、時代をひっくり返せるような代物。その1つがフォルドだ。
『フォルドは永久学修機。観測したものを限度なく瞬時に覚えて、制限なく再現できる機械です。理論上、最強の鉾にも最強の盾にも、そして最悪の兵器にもなる』
なのはやフェイトのデバイスも、機能を拡張し、成長ができるものになっている。だが、フォルドほどじゃない。瞬時に学び、自分のものにして再現することはできない。さらにフォルドは、使用者の資質に左右されない。
例えばフェイトは魔法使用時、魔力に雷を帯びさせることができる。なのはにその力はない。そのなのはがフェイトの技を真似ても、雷が帯びていない技になる。
だが、フォルドはそうじゃない。使用者であるユウジにその力がなくても、フェイトの技を使えば雷が帯びる。完全に再現することが可能だ。そして、そこに限度がない。同じくロストロギアに分類されているものも、難なく再現が可能なのだ。しかも古代に作られている。いくつものロストロギアを観測済みだ。
《ロストロギアが悪用されないように、とかいう名目で管理したがる連中がいる。基本的には回収も強行だ。例外の者だろうと、ずっと監視に付きまとわれる。そりゃあ辟易するぜ》
『……それをなくすために、ゆうじの怪我を治さなかったの? 一歩間違えれば本当にゆうじは……!』
《相棒の指示だったからな》
『ぇ』
《面倒だからひと芝居打つ。決めたのは他でもない相棒だぜ》
「……まあ、俺なら言ってもおかしくないか」
その状況を想像し、チャンスがあったらやりそうだとユウジは納得した。ユウジはかつての自分を想像し、そういう組織を知っていたら、距離を取りたがると分析。ロストロギアを管理したがるということは、それができるほどの巨大な組織なのだろう。
そこにいたがらないことは目に見えている。ユウジは自分の価値観と倫理観に従う。身内のことを最優先する。そのためなら手段を選ばないときもある。組織ではできないこともある。ユウジはそれを嫌がったいたのだろう。
「事の経緯はわかった。たしかに俺ならやる。記憶が完全に吹っ飛んだのは、おそらく計算外のことだっただろうな。いくら面倒な存在がいようと、大切な人を悲しませることは極力避ける」
隣にいるなのは、画面越しに見えるはやて、そしてフェイトを順に見ながらユウジは言い切った。何も覚えていないが、関係が浅くないことは3人の様子を見たらわかる。そういう相手の気持ちを裏切るような選択肢は取らない。ひと芝居を打ったのなら、他の目的もあってやったのだろう。それをユウジは覚えていないが。
『……よかった……。変わってない。たとえ覚えてなくても、ゆうじはゆうじだよ』
瞳を潤わせ、あふれ出しそうな気持ちを抑えている。それは誰の目から見ても明らかであり、ユウジとの関係瀬を、面識のないシイナとセツナでもある程度察せられた。
《話を戻すぜ。記憶が戻らなくなった状態で他の場所に行けば、面倒な連中との縁も自然消滅。その予定だったが、こうなるとはな。腐れ縁ってやつか》
ユウジの記憶に関しては、フォルドならどうにかできる瞬間もあった。衝撃を受けたその時なら治すことができたし、事前に手を打って記憶喪失を防ぐこともできた。だが、フォルドはあえてそれをしなかった。管理局から距離を取ることを優先した。
それもこうなっては単なる時間稼ぎに過ぎなかったわけだが、当のユウジはそこまで深く考えていない。そのための知識もないのだから当然だ。
「この状況、困ったことにはなるのか?」
《ならねぇな》
「狙いがあるのかもしれないけど、場合によっては止めるよ」
《いいや、そうはならねぇ。お前らにそんな選択肢はねぇよ》
立場上、なのはたちはフォルドを見過ごすことができない。行方知らずになっていたロストロギアが、また見つかった。見つかってしまった。
フォルドは意思がある。近い存在で言えば、夜天の書のリインフォースや騎士たちか。本人の意識で考え、動ける存在。相棒たるユウジがいなくても、管理局相手に大暴れできてしまう。
だが、フォルドは事を構える気がなかった。そんなことよりも優先することがある。
「シイナ。情報量が多くて大変だろうが、もう少しだけ付き合ってくれ」
「すでにキャパオーバー気味なんだけど」
「セツナのことで話がある」
「詳しく」
管理局の人間に会ったのは、面倒な点もあったが見方を変えれば好都合でもある。
ユウジの今の優先事項はシイナとセツナのこと。相棒であるフォルドもそこに同意しており、なんだかんだで協力的だ。だから大仕事にも躊躇がない。
「セツナ、いいよな?」
「……うん」
「どういうこと? なんでユウジは知ってるの?」
「フォルドから聞いた」
《2ヶ月前の一件、言い方が悪くなるが、お嬢は死んでなきゃおかしかった》
『ほんまに言い方悪いな』
本来、喰うことで魔人の”力”を得る。純粋に力を増すにも喰う必要がある。逆の視点で言えば、奪われる側は命を落とす。そうすることで”力”が引き継がれる。
あの時、セツナはそのやり方でシイナに力を託した。自分の死を受け入れ、シイナの死を拒むために、その選択しかできなかった。
それを防いだのがフォルドの力だ。だが、セツナは今”中身”がない状態。たんに魔人の力が失くなっただけではない。元々持っていた機能を失った。
《例えるなら、内臓のない人間が生きてるようなもんだ。それを補ってるのがオレ》
「……セツナがなにか隠してるのは知ってた。でも、こんなに大切なことならどうして黙ってたの!?」
「ごめんね。しーちゃんに心配させたくなかった。しーちゃんの負担になりたくなかったから」
「あたしがそんなこと思うわけないじゃん! お願いだからもっと頼って……! 大切なことを隠さないで……!」
《そう言ってやるな。オレが黙らせてた》
この2ヶ月、セツナがユウジの側にいる時間が増えていた。それは仲が深まっていただけではない。フォルドのサポートをできるだけ受けられるようにするためだ。そした、一番の狙いを確実に叶えるためでもある。
《お嬢の体を安定させる方法はある》
「! どうやって」
《そこの小娘どもに1つ条件を飲ませる必要があるがな》
『……聞きましょう。人命に関わることを無下にするつもりはありません』
《だろうな。条件はこうだ。お嬢を狙わないこと。もちろん監視も研究もしないこと。デカパイ姉がそっちに協力するから、お嬢も一定のサポートは受けることになる。だが、それ以上の接触はするな。それが条件だ》
『……まさかフォルド』
《そのまさかよ。この2ヶ月でお嬢の体のこと、遺伝子に至るまですべて把握した。オレをお嬢に取り込ませる。それで解決だ》
得られるものは、フォルドのサポートなく、セツナが完全に人として生きられるようになること。失うものは、ロストロギアであるフォルド。そのフォルドは「やる」と決め、ユウジも受け入れ、説得の末セツナが頷いた。
ロストロギアたるフォルドが消えれば、管理局も追うものが1つ減る。セツナに不要な接触をしないことをはやてたちが飲めば、セツナが対象にもならない。この話は、上に報告するなという意味だからだ。
「正気? フォルド」
《まじだぜシイナ》
「…………っ。ありがとう」
そうやすやすと己を犠牲にするなと言いたかったが、口ぶりからしてあの日のから決めていたことがわかる。とっくに決めていて、妹が平穏に生きられる。シイナはいろいろと言いたいことを飲み込み、ただ一言だけ感謝を言葉にした。
《で、条件は飲むよな?》
『……いいでしょう。私たちはフォルドに出会わなかった。それでええね?』
《それでこそ八神はやてだ。じゃあな相棒》
「ああ。またな」
淡く光を放ったフォルドが、緩やかにセツナの胸の中に入っていく。セツナは宝物を抱きとめるように、胸にそっと両手を当てた。
表面的な変化はなにもない。ただ、セツナの体が、これでようやく万全のものになった。万能に等しいロストロギアが、その蓄積を投げ捨てて1人の少女を救った。
「……ロストロギア、永久学修機フォルドの消滅を確認しました」
『こちらでも確認しました。……フォルドがいなくなった以上、ゆうじさんのことは深堀の余地もないな』
「何を聞きたかったのか知らないが、諦めてくれ。さて、今日はだいぶ話し込んだな。お開きとするか」
『そうやね。久瀬シイナさん。改めて今後のことを詰めたいので、ご都合の良い日にお越しください』
「あ、はい。よろしくお願いします」
『その時はぜひセツナさんやゆうじさんも。こちらでご提供できる物件の紹介も手配しますので、3人で内見して決めてもらえたらと思います』
「やったー! ありがとうございます八神さん」
家族同然に過ごしていたフォルドがいなくなったばかりなのに、セツナは笑顔を見せて丁寧に対応する。強い子だとはやてたち3人は思い、同時にその振る舞いに感謝した。
面識のない両者の間を取り持っていたのもフォルドだ。それが消えても話を円滑に進めさせてくれるのはありがたい。
「それでは私もこれでお暇させていただきますね。今日はお時間を取っていただきありがとうございました。お茶とお菓子も美味しかったです」
『皆さんお疲れさまでした。今後ともよろしくお願いします』
『それじゃあ、高町調査員は気をつけて帰ってくるように』
「はーい」
通信が終わり、フェイトとはやての声も聞こえなくなった。なのはを見送るため玄関まで行くと、靴を履いたなのはがユウジに視線を向けた。
ユウジが覚えていなくとも、なのはたちは覚えている。記憶が戻らないのは悲しいことだが、生存が確認できただけでもお釣りが来る。初対面の関係に戻ってしまったのなら、またこれから交流すればいい。
(……頭ではそうおもってるんだけどなぁ)
感情は別だ。まだ13歳の少女。気持ちまではかんたんに切り替えられない。
「あの……ゆうじさん」
「なんだ?」
「……いつか、お時間をいただけませんか?」
「いいぞ」
「そう、ですよね。…………え? いいんですか!?」
「そんなに驚くか? 俺が一方的に忘れてるだけだからな。言いたいこともあるだろうから時間ぐらい作る」
「……、ありがとうございます!」
そうだ、こういう人だったと懐かしい気持ちになる。浮かび上がってくる涙を堪え、なのはは一礼してから久瀬家をあとにした。
《よかったですね。マスター》
「うん! 帰ったらフェイトちゃんとはやてちゃんにも伝えなくちゃ!」
時間を作る相手が増えていることを知る由もなく、ユウジはシイナとセツナからじーっと見つめられていた。
「2人ともどうかしたか?」
「なんでもない。……フォルド。いなくなったらいなくなったでちょっと寂しいね」
《おーおーしおらしいとこ見せるじゃねぇかパイ姉! 今の録音バッチリだぜ!》
「…………は? ちょっ、え? どういうこと!?」
話題に出した途端、いつもの剣の形をしたキーホルダーが喋っていた。ついさっきまでいなかったのに、いつの間にかユウジの側にいた。シイナは開いた口が塞がらない様子で、セツナも驚いて目を大きく開いている。
「消えたのはロストロギアのフォルド。というか、ロストロギアとしての万能能力を捨てて、セツナの治療をした」
《記憶もねぇ相棒が組織に面倒をかけられても癪だからな。いい使い捨てのやり方だろ? 元々そうする予定だったが、なのはが来て通信も繋がってたから、ひと芝居うったわけよ》
「ハンターとしての仕事はこれまで通り継続できる。フォルドの機能が下がっただけ」
ロストロギアから高性能デバイスに下がった。そういうこともできてしまうのが、やりたい放題の今までのフォルド。これからはそれができなくなるが、ミッド式、ベルカ式、フォーミュラなどは健在である。
《新生オレの最初の仕事は、さっきの発言の再生だな》
「しなくていい! 今すぐ消せ!」
紅蓮の力を引き出してまでフォルドを黙らせようとするシイナ。そのシイナから逃げ回るフォルド。ユウジはその様子を少しだけ見届けてから、セツナの頭を撫でた。
「大丈夫だぞセツナ。これまで通り、セツナはなにも奪ってない」
「っ、うん! ありがとうゆーくん!」
「礼ならフォルドに言ってやれ」
「あれが終わってからかな」
家を壊さないように気をつけながら追いかけるシイナと、飄々とかわし続けて逃亡するフォルド。セツナとユウジは、それが終わるまで距離を取ってくつろいだ。