国連も、それに関する組織も、一般人がそこの建物に入ることなど一切ない。本来訪れることがない場所に赴くのは、誰だって緊張するもの。セツナはシイナの手を握りながら、招かれた部屋へと入っていく。
その部屋は、総督である八神はやてがいる部屋。中に入ると、先日対面した高町なのはと、画面越しに会ったフェイト・テスタロッサ・ハラオウン、加えて、極東支部の支局長を務めるルーク・アンダーソンもいる。
「ようこそ。久瀬シイナさん、久瀬セツナさん。それに……今は久瀬ゆうじさん、で合ってますね」
「合ってるぞ。行政の方の処理も済んでる」
「ご足労いただいてありがとうございます。お茶を淹れますから、おかけになってください」
「ありがとうございます」
話の中心人物にあたるシイナが真ん中。そのシイナを挟む形で、セツナとユウジが座る。シイナの対面には総督であるはやてが、セツナの前には直接の面識があるなのはが座る。用意できたお茶をフェイトとルークが運び、配り終わるとフェイトがユウジの前に座った。ルークははやてたちの斜め後ろに控えるように立つ。
「ご足労いただいたのは、先日の件の続きです。書類に目を通してもらって、こちらの認識と久瀬さんたちの認識に齟齬がなければ、サインをいただきたいんです」
「疑問や意見があれば、遠慮なく言ってください」
「ユウジも見てくれる?」
「わかった。シイナが見たあとに目を通しておこう。セツナのほうがしっかりしてるから、セツナに見てもらうのもいいかもな」
「いやいや、そんなことないから。しーちゃんとゆーくんが大丈夫だと思ったら、大丈夫だと思うよ」
そんなやり取りをしてからシイナは書類に目を通した。重要な箇所を中心に見ていき、読み終わった紙はユウジに渡す。ユウジは一言一句余さず読み込んだため時間がかかったが、契約内容に引っかかる部分が何もないことを把握。書類をシイナに返した。
シイナとの契約には何もない。だが、エクシーズの仕事内容を改めて理解した。全体の脅威として、侵略種駆除を優先するのは真っ当な判断だろう。だが、見えているものを放置している面もある。
「魔人関連は放置か」
耳の痛い話題にあえて触れた。ユウジのその反応に、はやてたちは苦笑した。記憶がなかろうと、ユウジはユウジだ。組織が見過ごさざるをえないことを、ユウジは見過ごせない。
「魔人関係に飛び込もうとしてる?」
「……フェイトだったか。よくわかったな」
「ゆうじはそういう人だから。やっぱり変わってないんだね」
「三つ子の魂なんとやらか」
「止めても無駄ですよね」
「そう言われるってことは、前例があるのか」
「はい」
何をしたかさっぱり覚えていないが、それなりのことをやったのだろうと過去の自分のことを考える。3人の反応からして、あまり褒められたことはしてなさそうだ。
魔人のことに首を突っ込むのは、シイナやセツナだって物申したい。横に座っているユウジへと視線を突き刺す。
「危ないことは極力しないでほしいんだけど。……あたしが言えた義理じゃないもんね」
「シイナは国連として侵略種を。俺はフリーな立場を利用して裏側を。役割分担にはなってる」
「ゆーくん……危ないことしちゃうんだね」
「そうでもないぞセツナ。俺はそんな精力的に動く気はない。目に入ったやつは処理するだけだ」
「本当? 犯人を調べて追いかけない?」
「……たぶん」
その可能性は否定しきれない。ユウジが目をそらしたせいで、セツナが不満を顕にして頬を膨らませる。
ここからは家庭内の話になるだろうと、ルークは書類を手に自席へと戻っていく。この極東は原種が多い分侵略種も多い。エクシーズの活動も最も活発。その分、やるべき事務処理が多いのだ。
「2人ともあとはよろしくね」
「はい。よろしくお願いします。久瀬さん」
「久瀬さんだと該当者が3人だぞ」
「あ、そうですね。シイナさんとセツナさん。こうお呼びしてもよろしいですか?」
真面目かつ丁寧。フェイトと人の良さがこれでもかと伝わってくる。セツナに似たとこも少しあるが、2人はそれぞれタイプが違う。
様子を見守り、親交を深めるのは良いことだと頷いていたはやては、ユウジを見て改めて思った。
前回は通信だったから、そのせいもあるかと思ったが、対面してみると確信に変わる。
「ゆうじさん。成長期は止まったんですか?」
「ん? どうだろうな。一般的には男子は中学生で成長期が終わるから、俺もそうなんじゃないか?」
「そうかもしれないですね」
身長は止まって、これ以上の成長はないのかもしれない。そうだとしても、何もかもが変わらないままだ。
フォルドはユウジを2年間仮死状態にしたと言っていた。その影響だろうか。ユウジの見た目は、
「仮死状態やったっていう2年間を、どうカウントしたらいいのやら。なのはちゃんはどっち派?」
「どっち派って、ゆうじさんが歳を重ねてるか重ねてないかってことですか?」
「そう。16歳か18歳か。高校入学か卒業かの大きな違い」
「うーん。ゆうじさん、書類上はどっちなんですか?」
「18歳の可能性に今気付かされたくらいだぞ。申請書類では16歳だ」
「じゃあ16歳ですね。個人的には18歳推しです。フェイトちゃんは?」
「えっ!? そんな急に言われても……」
ぼーっとユウジを見てばかりいたフェイトに話を振ったら、案の定慌てた様子で目を泳がせる。そして緊急の脳内会議が開かれた。
年の差は昔のままがいいと思う気持ちと、年齢差が縮まるのもいいと思う気持ちがせめぎ合っている。白熱する会議を行い、オーバーヒートを起こしたフェイトは、か細い声で結論を言う。
「16歳がいい」
「かわいい」
その様子に思わずシイナは本音が漏れた。それがダメ押しになり、フェイトの顔が真っ赤に染まる。
「俺はどっちでもいい。好きなように捉えてくれ」
ユウジにとっては大した問題じゃなかった。すでに書類上では16歳になっているのだから、生活していく中ではこの年齢だ。周りの捉え方まではいちいち反応しない。
この流れを作ったはやてが、早々に話題を切り替えた。ユウジ相手だから雑に扱っている部分もあるが、デリカシーに欠けた話題だったと自己反省もしている。
「そうそう。新居の件も2人にお願いしてもらえれば、連れて行ってくれます。物件は可能な限り要望に沿った上で、ここからそう遠くないところを選んでますが、一応他の候補地もあります。気に入ったところに住んでもらって構いません」
「菜園も、ですか?」
「もちろん。島にあった庭ほどとはいきませんが、少しはできるようになってます」
「! ありがとうございます!」
「いえいえ。無理をお願いしているのはこちらですから、これくらいはしないと」
はやても仕事のために席へと戻っていく。セツナは楽しみが待ちきれない様子で、そわそわしている。それならばこれ以上この場にいても仕方ないと、シイナはソファから立ち上がった。その意図がなのはたちにも伝わり、外へと案内される。
移動は車だが、なのはたちは中学生。セツナはもちろん、シイナもユウジも運転免許がない。運転手として大人を1人捕まえ、6人でも乗れる大きめの車を出してもらった。
「シイナさん、再確認になるんですが、各種家電や家具のご用意はこちらでできます。ご実家から運び出したいものがあれば、遠慮なく言ってください。みんなで手伝いますから」
「ありがとう。ほんと助かるよ。一応、各々必要なものはケースに入れてるし、大丈夫だと思う」
「忘れ物があろうと、小物ぐらいなら人手もいらないな」
その程度なら職員の助けもなく回収できる。自分たちでできることは、自分たちでする。他人に迷惑をかけないように生きていると、なんでも自力でやる癖もつく。その傾向を理解しているユウジが、先んじてラインを引いた。
「シイナさんは仕事の協力をしてもらいながら、学業はオンラインに変更。セツナさんは転校ですよね。ご用意している物件は、いずれも同一校の校区内です」
「ゆうじは、学校はどうするの?」
「通わないな。日中は侵略種の巣でも潰して稼ぐさ。エクシーズの仕事が順調に進むなら、一時的な収入にしかならないだろうな」
「巣ともなると、それなりにまとまった額にはなると思うけど。そもそも一般人が勝手に入っちゃうところに問題があるかな」
「それなら、許可証でも出してくれるとありがたい」
「八神総督にお願いしてみてください」
「許可証ならあるよ」
「フェイトちゃん?」
なのはがユウジに手続きを踏めと言った矢先に、親友のフェイトがとんでもないことを言った。カバンから取り出されたものはたしかな許可証であり、制限区域への突入が認められるものだ。原種のいる特別区域には入れないようだが、それはシイナの仕事だとユウジも考えているため関係ない。
「ゆうじなら欲しがるかなって」
「そうかもしれない、というか実際そうだったけど……」
再会できた喜びのあまり、フェイトがユウジを甘やかそうとしている。手続きを踏んではいるのだが、これはちょっとどうなのかと言いたくもなった。
だが、本人に頼まれたらなのはも断りきれない。なんだかんだで、なし崩し的に手を貸す自信がある。自覚しているから、なのははそれ以上何も言わない。
「ありがとうハラオウン」
お礼を言ったが、フェイトは不満そうに許可証を抱えて手放さない。頬を膨らませ、じーっとユウジを見つめている。その意図がユウジにはわからず、助けを求めようと周囲に視線を送った。だが、シイナもセツナもフェイトのことをよく知らないため、打開できるとしたらなのはのみ。
「……」
そのなのはも、これには助け舟を出してくれないらしい。沈黙が答えだ。
(何かしたか? ……したからこの状況か)
考えてみる。正解があるのかわからないが、最適が何かを考える。ユウジ視点では初対面だが、相手視点はそうじゃない。考えをよく理解しているのなら、相当仲もよかったのだろう。
「…………フェイト、って呼んでいいか?」
「っ!! うん!」
花のような笑顔が咲いた。許可証を受け取り、ユウジは細く息を吐いた。どうやらこれでよかったらしい。フェイトからの呼ばれ方で考察したのが功を奏した。そう考えると、やはり関係は良好だったのだろう。
「フェイトさんとゆーくんは、どんな関係だったの?」
「え? 私とゆうじ?」
「うん。ただの知り合いじゃなさそうだから」
多少気になるが、踏み込むほどではないなとユウジは思っていたが、セツナにとってはそうじゃなかった。踏み込むべきことだった。ユウジにはもちろん、姉のシイナにすら明かしていない淡くも熱い想い。それを抱えるセツナには見過ごせないことだ。
「えっと……どう言ったらいいんだろ」
「恋人?」
「こい!? ち、ちが……! ゆうじとはそういう関係じゃなかったよ? そういうのじゃなかったんだけど、でもただの友達でもなくて……」
慌てふためいたかと思えば、ごにょごにょと言葉尻が小さくなっていく。そのまま有耶無耶に流れそうな雰囲気が生まれ、
「フェイトちゃんの思った通りに言えばいいんじゃないかな」
「なのは!?」
親友のなのはによる
あの一件でユウジがいなくなったせいで、恋話じみた話をできなくなっていた。なのはだって思春期の女子中学生。こういう話には食いつきたくなる。
「友達じゃないけど……、でも、大切な人で……その……」
逃れられないと悟ったフェイトは、消え入りそうな声で少しずつ話す。セツナは関係性を聞いているが、本音としては「ユウジのことをどう思っているのか」を聞きたい。なのはのアシストでそれに近づいたが、純粋な乙女であるフェイトでは核心をなかなか口にできない。
「まあ、なんだっていいだろ。また会えたんだから」
「ゆうじ……」
「それに、言い切らせてもらうが、今の俺は久瀬の人間だ。悪いが、家族のことを第一に置いてる」
「っ、うん。……ゆうじは、そういう人だもんね」
追撃を終わらせた代償に、なんとも気まずい空気感が車内を覆う。
「みなさん、もうすぐ目的地に着きますよ」
その空気感を運転手がはらってくれた。触れづらい空気感にあえて触れて場を整え直す。その役回りを遂行できるのは、大人の余裕の表れか。
「どんな場所か楽しみ!」
それを無駄にせず繋いだのは、長女であるシイナだった。持ち前の明るさと会話力で完全に空気を一変させにいく。
「外を見てた限り、1軒ごとの土地は広くなさそうだな」
「あたしは3人で住めるなら十分だと思うなー。菜園もできるみたいだし」
「そうだね。育てたい野菜の種も持ってきたから楽しみ」
「どんな野菜の種を持ってきたの?」
セツナの言葉になのはが反応し、新たな話題で会話が広がっていく。育てる予定の野菜のことだけでなく、どんなことに気をつけるのか、大切なことは何か。なのはに続いてフェイトも、少しずつ掘り下げていった。
そうこうしている内に新たな家に到着。はやてが用意させた物件の中では大本命。1階建ての家だが、菜園が少しはできる庭もある。セツナは育てる野菜の配置を早速考え出しており、掴みは上々だ。
「中もご案内しますね」
「はーい。セツナー、中も見るよー」
「すぐ行くね!」
シイナはぱたぱたと走ってきたセツナと手を繋いで中に入った。玄関があり、正面に廊下が伸びる。廊下にあるドアは私室、トイレ、洗面所のすぐ近くには浴場。廊下を抜ければリビングやキッチンのある大部屋。そこの間取りや物の配置に、シイナたちは既視感しかなかった。
「うちと似てる……」
そう。台所の位置の違いはあれど、家具の配置が海女鳥島にある久瀬家にそっくりなのだ。
「可能な限り再現してみました。もちろん変更したい部分を言ってもらえれば、職員で変えますよ」
これに大きく役立ったのがなのはの存在。家に訪問していたときに、家具の配置を頭に入れていた。もちろん愛機のレイジングハートも協力。1人と1機の監修により出来上がった空間だ。
「ありがとうなのちゃん! 超気に入った!」
「本当ですか? それならよかったです! セツナさんとゆうじさんはどうですか?」
「俺はどんな家でも住める。セツナは?」
「わたしもここがいい」
「一応他にも候補はあったんだよな?」
「ありましたが、私たちとしてもこの家が大本命でしたので。気に入っていただけたのなら決定ですね」
「うん! ここで決定! 後日直接言うけど、八神総督にもお礼を伝えといて!」
「わかりました!」
「それじゃあ、持ってきた荷物を整理しましょう。私たちも手伝いますよ」
「えっ、いいよいいよ。そこまではさすがに悪いというか……」
「手伝わせてください」
「手伝ってもらった方が早いし、本人の希望ならいいだろ」
申し訳ないと感じているシイナをユウジが説得。なのはとフェイトは、車から荷物を運び出すところから手伝い始めた。
海女鳥島の家を放棄するつもりはないため、運び出した荷物自体そう多くない。引っ越しとは思えないくらいだ。そこに協力の申し出もあったため、作業は早々に終わった。
「少し出かけてくる」
「今から? ゆーくんどこに行くの?」
「前、本土に来た時に世話になった人がいる。挨拶くらいはしないとな」