エクシーズと出会うまで、ユウジにとって本土の知り合いはただ1人だけ。夜海トワだけだ。連絡先の交換をし、魔人襲撃の件が片付いてからも連絡は取った。置いてきた荷物関係で何度かやり取りをした。だが、それ以上の連絡はあまりない。ユウジが「雑談程度のことでも頻繁に連絡するタイプ」ではないからだ。それはトワも似たようなもので、何度も連絡するタイプではない。
それでも、冷めた関係というわけではない。ユウジは、用が無くなったからと言って関係を切ることもない。その証に、この引っ越しの件はトワに伝えている。改めてお礼をしたいから、嫌じゃなければ会わないかと誘っている。トワもそれには快諾。
「あれ? トワさんお出かけですか?」
魔人狩り。トワは意図していないが、トワの力になりたいと集まった4人と共に名乗っている名前であり、チームでもある。その中で最年長である相沢シオリが、隠れ家から今まさに出ようとしているトワに声をかけた。
シオリは最年長らしく、他の魔人狩りメンバーのまとめ役を担っている。また、シオリも魔人であり、その能力の1つを使って連絡役も担っていた。シオリの能力なら電子機器に頼らずに連絡が取り合えるため、万が一の盗聴の心配もいらない。さらに、投資家でもあり、魔人狩りを資産面でも支える。チームでの活動にいなくてはならない屋台骨。それがシオリだ。
「うん。ちょっと人に会ってくる」
「人に、ですか? 失礼ですが、その人物はどのような人ですか?」
「別に彼は怪しい人じゃないよ。2ヶ月くらい前に、迷子になってたところを助けただけ。離島から本土に引っ越してきたから、改めてお礼をしたいんだって」
「そうでしたか。礼儀を重んじる方なんですね。夕飯はどうされますか?」
「こっちで食べるよ。今日越して来たばかりみたいだし、そんなに長くならないと思う」
「わかりました。では、トワさんの分も用意しておきますね」
「ありがとう。行ってきます」
「はい。お気をつけて」
出かけに行くトワを見送る。シオリは姉心が働き、なんとも嬉しくなった。魔人狩りとしての覚悟が極まっており、共に行動する自分たちにも常々「チームじゃない」と言い放ち、交友を持とうとしないトワが、知人に会いに行くのだ。自分たちではまだ届かないことの寂しさよりも、今はトワの変化に対する喜びが勝つ。
「そうですか。トワさんがお知り合いの方と…………ん?」
トワとの会話をしみじみと思い返し、シオリはある一点に気づいた。聞き流してしまっていたが、聞き流してはいけなかったことがある。
「彼? トワさん、彼って言いましたよね……?」
彼。その言葉を使う相手の性別は、一般的に男性となる。つまり、トワはこれから男性に会いに行く。というか、私服が普段より考えられたものになっていたのでは。
その時シオリに電流が走る。
「み、みなさん! 緊急事態! 緊急事態です!」
この日、魔人狩りはこれまでにない超大型ミッションが発生した。
□
魔人狩りの隠れ家内で大騒ぎになっているとは露知らず、トワは集合場所で目的の相手を待っていた。隠れ家とユウジの引越し先。ユウジは連絡を送ってきた時には既に出ていたようだが、どうやら距離が近いのはこちらだったらしい。
トワは着いたことを連絡しつつ、ユウジに急がなくていいというフォローも入れる。連絡はすぐに返ってきて、ユウジの位置情報も送られてきた。どうやらあと5分もかからないらしい。走ればもっと早く着くだろう。
(おかしなところ、ないよね)
待っている間、手持ち無沙汰になったトワは、携帯をウチカメにして身だしなみを確認する。おしゃれをして会うような間柄じゃない。だが、変なところを見せたくもない。そんな関係だ。
お礼、とのことだったが、今日はどういうものだろうか。迷子を助けたときのお礼は食事だった。食べる量が多いから、食いしん坊だと思われている可能性もある。時間帯から考えて、行ったとして喫茶店とかだろうか。
辺りを見渡してみる。週末ということもあり、人通りも多い。友人同士で遊んでいる人、家族連れ、カップルと多様だ。
(クレープ)
食べ物のことを考えていたため、自然と目に入ったものを意識する。食べ歩きもしやすいスイーツ。女性が手に持っており、その傍らにいるのは彼氏だろうか。仲良さそうに食べさせ合いをしている。
(……)
自分には縁もない世界。魔人にも、その裏にいる者にも関わらずに平和に生きられている人たち。羨みはしない。それが当たり前の世界になってほしい。トワの願いであり目的だ。
「夜海」
声をかけられてハッとする。久しぶりに聞いた声だ。そこには約束の相手、ユウジがいた。どうやら走ってきたようで、肩が上がっている。
「急がなくていいって言ったのに」
「いや。誘っておいて、待たせるのは悪いだろ」
「ちょっと休む?」
「大、丈夫だ」
「……休もう」
明らかな強がり。男子ってこういうものなのかなと思いつつ、トワは半ば強制的にユウジを休ませた。ちょうど木陰になっているベンチが空いており、そこに並んで座る。2人の間は、5歳くらいの子供が座れるくらい空いていた。
「悪いな。待たせた上に気を使わせて」
「気にしないで」
少し休めばユウジの息も整う。マラソンしてきたわけじゃない。休憩も長く取る必要がなかった。
「今日は私服なんだな」
「学校に行かない日はわざわざ制服も着ないよ」
「それもそうだ。前は制服だったから新鮮だな」
「あの時は通学日。ユウジは前も今も私服だね」
「学校に通ってないからな。……やっぱ夜海って綺麗だよな」
「っ!? な、なに急に」
「素直な感想ってだけだ。服も似合ってて際立つというか」
「もういいから。……まさか、お礼と言っておいて目的はナンパ?」
「そんな意図はない。相手を褒められることはその時に褒めたい。それが俺のモットーだ」
誤解されないようにと真面目に答えてから気づく。どうやらトワも本気でそう思っていたわけではないらしい。
「……一本取られたな」
「ふふっ。前に意地悪な言い方されたからお返し」
トワの柔和な笑みを見て、ユウジも頬を緩めた。アイスブレイクはこんなものだなと判断し、ユウジは少し離れたところに停まっている車を指差す。
「そこのキッチンカーにでも行かないか? 飲み物もあるようだから、喉を潤したい」
「いいよ。……ユウジ」
「どうした?」
「さっきのことだけど…………ありがとう」
照れを抑えながらの言葉は小さな声になったが、近くにいたユウジにだけはしっかり届いた。
□
その2人の様子を、離れた位置から見ている者たちがいた。トワを慕う魔人狩りのメンバーだ。
リーダー的存在であるシオリはもちろん、帽子を被るオレンジ髪少女の新名アオイと褐色ギャルこと喜多森ユーナもいる。最年少の古寺ユズは隠れ家にあるパソコンでサポート中。現場の様子は、シオリの能力の一部である小型クモ無線で共有されている。
『トワさんと会ってるのはどんな人?』
「シオリさんの言った通り男の人。高校生くらいかな?」
「身長もユーナと同じくらいか少し上。髪の色は黒」
『やっぱり普通の人?』
「どうでしょう? お礼のためとはいえ、トワさんを呼び出せていますし、トワさんの服装もファッションを意識してますし」
「トワちゃんが選んだ人ならいいと思う。……でも、もしトワちゃんを利用するようなクズ男だったらぶん殴る」
「もしそれでトワさんが悲しんだら?」
「うぇ!? ぅっ…………その時は目を覚ましてもらわなきゃ!」
この場合、目を覚ますのはどちらだろうか。男性側に欠点があっても、それを受け入れる女性が目を覚ますべきなのか。それとも「それはおかしい」と声を上げる周囲が自分の考えが固まっていたとして目を覚ますべきなのか。
そもそも、ユウジとトワは男女の関係ではないため、魔人狩りたちが飛躍させている話題自体が無意味ではある。
「見てください。2人がベンチから立ちました。キッチンカーの方に行きますね」
「あのキッチンカー最近話題のやつだ! クレープが美味しいんだって〜。いいなぁ。わたしも食べたい」
「今日は我慢してください」
女子中学生らしいささやかな願いは、成人女性によりばっさりと切り落とされた。
今、優先すべきは自分たちの欲求を満たすことじゃない。2人の様子を見ること。トワが会っている男がどういう人間か見ることだ。
「……彼、やりますね」
「話題を抑えてますもんね」
「そうかもしれませんが、私は少し違うと思います」
『どういうことですか?』
「彼がトワさんに声をかける前、トワさんは周囲の方の動向を見ていました。その中にクレープを持ち歩いている方たちもいました」
「ってことは、トワちゃんに声をかける前にそれを把握してたってこと!?」
「結構急いで走ってたのに。細かいところを見落とさない人なんだ」
悔しいがその男の評価を上げざるをえない。もしトワとの関係が進むのなら、それは魔人狩り以外の道の選択肢が生まれることになる。トワの幸せを考えるのなら、静かに背中を押すしかない。
と、勝手に魔人狩りの中でその意識が広がっているが、全員の勘違いである。キッチンカーに行くのも、トワの視線に気づいていたことは合っているが、目的の半分は本人が水分補給をしたいからだ。
そんなことをしている間にユウジとトワは注文を済ませた。やはりクレープを買ったようで、完成まで少しばかり待ち時間が発生する。その待ち時間の間に飲み物が手渡された。それはユウジが注文したものだが、離れていて会話までは聞こえていない。魔人狩りたちの勘違いは加速する。
「飲み物が1つだけ? 2人分……は、出てこなさそうですね」
「自分が飲む用? それともまさか、ト、トワちゃんとの間接……を狙って!?」
「っ! くっ…………おや。よく見たらストローが2本ありますね。間接キスにはならなさそうです」
「ほっ」
「……あ!」
「どうしたのアオイ?」
間接キスにならなくてよかったと胸をなでおろしていたユーナ。すぐ隣で大声を出したアオイに聞くと、聞いたこともないワードが飛び出て来る。
「カップル飲みだ!」
「なにそれ?」
「なんですかそれは?」
「2人とも知らないの!? ユズは知ってるよね!」
『え……わたしは、別に……』
「ユズのむっつり」
『む、むっつりじゃない!』
からかいはそこそこに、アオイは年上2人に説明した。あえて1つの飲み物を買い、二股になっているストローで飲む。2人が飲み物を飲もうとしたらそのストローに口を近づけるしかなく、必ず互いの顔が近くなる。それがカップル飲みだと。
なお、正式名称があるわけでもなく、その手の作品に触れたアオイが決めた呼び名である。一緒に見ていたユズしかそのことを知らない。
「なんということですか……。私たちが知らなかっただけで、2人はそのような関係にまで……!」
※進んでいません
「トワちゃんに恋人がいたなんて……!」
※付き合っていません
「……でも、それがトワさんの決めたことなら」
※何も決めていません
(現場に出てないからかな。どこか引っかかるような)
誤解はあれど、その場のノリと雰囲気に呑まれていないユズだけが、唯一まともに物事を考えられていた。
□
離れたところでの寸劇など知るはずもなく、ユウジとトワは買ったものを手にベンチに戻っていた。ユウジは予定通り飲み物を買い、サイズは一番大きいサイズ。待たせた詫びも兼ね、トワにも分けられるようにと考えてのことだ。
ちなみにストローはカップル用ストローなどではなく、ただのストローを2人分もらっているだけ。アオイの推測は外れていた。
トワが買ったのはミルフィーユクレープ。分け合って食べることを想定されている品だが、トワにとっては1人分である。そしてユウジの奢りだ。
「味の方は?」
「とっても美味しい」
「それはよかった。奢った甲斐がある」
「奢ってくれてありがとう。また奢られるのは、なんだか気まずいかも。今度があったらその時は私が奢るから」
「理由次第だろ」
奢っているのは、お礼や詫びをするためだ。ユウジは貸しと思っていない。借りを返したと思っている。
「前はごめん。全部トワに丸投げにした」
「詳しいことはわからないし、無理に聞こうとも思わない。事情があったのは理解してるから、謝らないでいいよ」
「トワは優しいな」
「そんなことない」
どう言っても受け止めてくれなさそうだ。ユウジは飲み物を一口飲み、トワもクレープの続きを食べる。上品に静かに食べるのに、なぜかスピードは早い。
「……夜海、あの時の荷物とかありがとう」
「っん。ちゃんと受け取れたんだよね」
「警察側でちゃんと保管してくれてたからな。食い物の土産もあったが、日持ちがいいやつを選んで正解だった。家族と美味しく食えたよ」
「そっか。家族の人と食べられたんだ」
「ああ。何にもない俺を受け入れてくれた優しい人たちだよ」
「よかったね。その人たちのこと、大切にしないとだめだよ」
「もちろんそうする」
トワが言うと言葉の重みが違う。以前に話を聞いたユウジは、それを正しく理解できており、その上で言い切った。
シイナもセツナも、ユウジの恩人でありかけがえのない存在。大切にしないなどありえない。
「今日の本題なんだが」
荷物の件のお礼。品物を用意してきていたユウジは、カバンの中から袋を取り出した。ささやかな物だが、これを渡すのが今日の重要な目的である。
「そこまでしなくても……」
「もう買ったものだから、受け取ってくれると助かる」
トワはクレープを素早く食べきり、ユウジから袋を受け取った。ついでにポケットティッシュも受け取って、口の周りについたクリームを拭き取る。
「これ、中を見てもいいの?」
「いいぞ。変なものではない」
「……! これって」
ユウジが用意してきたものは、手に乗るサイズのぬいぐるみだった。大きめのストラップとして使うこともできるタイプ。
「前、興味ありそうな様子だったから買ってみた。妹にあげたのと同じにするのは気が引けたから、種類は変えてる」
「そっか。ありがとうユウジ。大切にするね」
「そうしてくれると嬉しい」
気に入ってもらえたかはともかく、受け取ってもらえた。ユウジは余っているジュースを飲もうとして、ふと止まった。どうにもストローの位置が変わってしまっていた。名前なんて書いていないし、どっちかわからない。
「俺のストローはどっちだっけ?」
色違いなら間違えなかったが、どちらも半透明のストロー。見た目では判断できない。
「私もわからないけれど、気にしないから大丈夫だよ」
「それならいいか」
気にしないと言いつつ、どっちだったか思い出そうと記憶を遡る。その横でユウジは既に飲み始めていた。
「ぁ」
隣にいるユウジにすら聞こえない。
今、ユウジが口をつけているのは、さっきまでトワが使っていたストローだ。気にしないとは言ったが、思い出してしまったら意識もする。青春らしい青春を送っていないだけで、トワだって普通の女の子だ。
「ん? あ、悪い。夜海も飲むよな」
トワの視線の理由を勘違いしたユウジが、飲むのを中断してカップを差し出す。トワとしては、そういうつもりじゃなかった。じゃあどういうつもりだったのかと聞かれると、それはそれで答えに困る。
「私は大丈夫だから、全部飲んでいいよ」
それならとユウジはまた飲みだした。トワは今度は視線を外し、気持ちを紛らわせるために自分の髪を指先で絡める。
僅かに生まれた静かな時間。そこに気まずさはなく、飲み干したユウジがベンチから立ち上がった。そろそろ頃合いかと、トワは座ったままユウジを見上げた。
「今日も時間を作ってくれてありがとう」
「ううん。私も楽しかった」
「よかった。もし夜海がよかったら、今後も連絡を取っていいか?」
「いいよ。こっちにまだ慣れてないだろうし、また困ったことがあったら手伝う」
「ありがとう。夜海も、俺が手伝えることがあったら呼んでくれ」
「うん。その時はよろしく」
「今日はこれでお開きだが、最後に1つだけ」
ユウジがトワとの距離を詰める。トワもさすがに身構えたが、変なことは何も起きない。小さな声で、あることを教えられただけだ。耳元で言われたからくすぐったく、文句の言葉は話の内容で帳消しにされる。
「じゃあ、またな夜海」
「うん。またねユウジ」
手を振ってユウジと別れ、トワは魔人狩りの活動拠点へと帰っていった。
「トワさん、お返りなさい」
「ただいま。ユズは今日、外に出た?」
「え? いえ、わたしはいつも通り中にいました」
「そう。じゃあ、やっぱり他の3人が犯人ね」
「あ」
トワの言いたいことに気づいたユズは、頬を引きつらせて指で示す。トワの今日の行動を盗み見ていた3人。シオリ、ユーナ、アオイの3人の居場所を。
これは裏切りではない。魔人狩りにおいて最優先されるのはトワだ。トワが右と言ったら右だ。ユズはチームの方針を護っただけなのだ。
それはそれとして、これからの3人の運命に、ユズは静かに合掌した。
(話は聞いてたってことは黙っとこう)
保身の気持ちも少しはあった。
「彼と私はただの知り合い。わかった?」
「でもトワさん、別れ際にキスして「してない」……はい」
有無を言わさぬ気迫による否定。3人は自分たちの勘違いを認めた。