原種の対応はシイナが覚悟していたよりあっさり終わった。それもこれも、同行したなのはとフェイトのサポートが手厚かったからだ。シイナの知らない力、この世界にない力”魔法”。それは強力で便利な力だった。
迎撃も拘束もお手の物。この世界の脅威である原種相手でも、2人は焦る様子もなく対応した。その援護もあって、シイナは難なく原種の討伐に成功。その力を己の糧にした。
「なんか、戦闘より移動のほうが疲れるかも」
「すぐに終わったのは良いことです。シイナさんのおかげで、原種による被害も出ませんでしたから」
「原種の動きがゆっくりだったのと、なのちゃんフェイちゃんの拘束が間に合ったおかげだと思うけど」
「いえいえ。シイナさんの迅速な有効打。それで原種の意識を区域内に戻せたのも大きいですって」
「はい。みんなで掴んだ成果です」
シイナとしては、美味しいところだけを貰っている気分だ。だが、これがチームの方針。エクシーズはシイナに協力してもらいながら、シイナに強くなってもらうことが目的だ。効率よくそれを叶えるためにも、大型や原種には積極的にシイナを同行させる。
「早く終わりましたから、午前中には戻れますよ。その後はシイナさんは休暇です」
「なのちゃんとフェイちゃんは?」
「事務作業がありますね」
「大変だね」
「慣れっこです」
「……慣れるのはよくないんじゃ……」
実は労働環境がブラックだったりしないだろうか。ユウジが知ったら怒りそうだ。そう思い、シイナの思考は家族のことを占めるようになった。
倒れていたところを拾った。記憶喪失だったのもあり、成り行きで家族として迎え入れることにした。当初は病院代の返済と記憶の回復まで、という条件をユウジが用意してきたが、今はどうだろうか。
(記憶が戻らないなら、ユウジは将来どうするんだろ?)
今はセツナの義務教育終了まで、という延長になっている。それが終了したらその後は? 記憶は戻らず、外国異世界出身。だが、そちらで何やらあってこっちに流れ着いた。
「なのちゃんとフェイちゃんから見て、ユウジはどんな人?」
「ゆうじさんですか? うーん、一応は元先輩にあたりますね」
「先輩……国連の……ってわけじゃないよね。職員の人たち、誰もユウジのこと知らなさそうだったし」
「シイナさんよく見てますね。その通りで、ゆうじさんは国連にいたわけじゃないです。エクシーズも最近できた組織ですし」
先に答えたからか、フェイトはなのはに話のターンを譲って静かにしている。以心伝心。阿吽の呼吸。フェイトの意を汲んで、なのはは軽く経緯も話していく。
「面倒見が良くて、意志が強い人だと思います。私に”魔法”を教えてくれたのは別の人ですが、引き上げてくれたのはゆうじさんなんです。フェイトちゃんもそうだったんだよね?」
「うん。なのはと同時期に。なんでそうしてたのか、正直今でもわからないけど」
ジュエルシードの一件。なのはが魔法を知り、フェイトと知り合ったあの事件。本隊であるリンディやクロノたちより一足先に地球に来たユウジは、仲裁を後回しにしてなのはとフェイトの指導をしていた。遅れてやってきたクロノが随分と頭を痛めていたそうな。
「ゆうじさんは、自分の中の基準を最優先するみたいなんです。身内を優先することが多いですが、何を最優先にするのか正直わかりません」
ユウジにとっての身内は、組織──時空管理局の中に多くいる。それでもユウジは管理局から離れた。あるいは優先した結果なのかもしれないが、その真意はなのはにもフェイトにもわからない。本人が記憶を失ったことで、それは謎に包まれたままとなった。
「ゆうじさんの行動は、組織からしたら困ることもあります。でも、必要なことなんだってわかってますから、とても信頼できる人なんです」
「……なのちゃんって、ユウジのこと好き?」
「!?」
「はい!」
「えっ!?」
「シイナさんもですよね」
「うん」
2人のやり取りに翻弄されたフェイトだったが、自分が思っていたものとは違うのだと気づいた。何事もなかったかのように振る舞っていると、なのはから生暖かな視線が送られる。
「ゆうじさんもきっと、シイナさんのこと好きですよ」
「……へ?」
「今回の出動を知って、八神総督に直談判したらしいです。ちゃんと休日を確保させろって。シイナさんの負担を減らすために直接言うなんて、特別に思ってないとしないですよ」
「そう、なのかな。うーん、なんだかなー。最近、ユウジの知らない一面ばっかり見てる気がする。あたし、あんまりユウジのこと知らないんだなーって思っちゃうね」
「仕方ない部分だと思いますよ。私たちも、ゆうじさんが瑞穂でどう過ごしてるか知りませんし」
「よかったら今度お話したいくらいです」
「お互いの情報交換的な? それもいいかも」
話の盛り上がりはそこそこに抑えて、シイナたちは仮眠を取ることにした。緊急出動だったため、いつもは寝ている時間をとっくに過ぎている。任務は終えたのだから、支部に戻るまでの移動時間は、ゆっくり体を休めたい。
そんな流れもあったが、シイナたちは無事に支部に到着。シイナは家まで車で送ってもらい、ようやく帰宅した。
「だれもいない家に帰るの、いつぶりだろ」
セツナは既に登校している時間。それに合わせてユウジも侵略種を掃討しに巣へ赴く。シイナは何年ぶりかの無音の家への帰宅となった。
(セツナもユウジもいないのは、すっごい違和感)
そう思いながら扉を開け、靴を脱ぐ。昼夜逆転のせいか、いつもより疲労感のある体でリビングへと入っていく。
「おかえりシイナ。思ったより早かったな」
「ただいま。なのちゃんとフェイちゃんのおかげで、原種をあっさり倒せちゃった。それで早く帰って来れて…………あれ? ユウジ?」
「どうした?」
ソファに腰掛けていたのは、仕事に出ているはずのユウジだった。当たり前のように話していたが、いないはずの人間がいることにシイナは混乱する。
「なんでユウジが家に? 駆除は?」
「シイナが午前中に帰ってくると聞いたから今日はパス。それより腹減ってないか? 必要なら飯の用意をするが」
「あ。ありがとう。朝はまだ食べてないから食べる」
「わかった。すぐに作るが、待っている間にシャワーを浴びてきてもいいぞ」
「シャワーはご飯のあとでいいや。ちょっと休憩」
シイナは椅子に座り、逆にユウジはソファから立ち上がって台所へ。作るのは軽食だが、シイナに用意するのだ。量は少し多めになる。
「サンドイッチでいいか?」
「ユウジが作ってくれるなら、どんなのでもいい」
「そう言って後から文句言うなよ」
「言わないって」
ユウジの料理は実際おいしい。3人で作ったり、誰かと2人で作ることが多く、共同生活なのもあって互いの好みも把握している。今回のように作る相手が絞られているときは、必ず相手にあわせて作る。
約束されたおいしい朝食を楽しみにし、シイナはユウジの背中を見る。仮眠を取ったとはいえ、仮眠は仮眠だ。睡眠不足には変わりない。帰宅してリラックス状態にもなり、襲ってくるのは眠気。
──ゆうじさんもきっと、シイナさんのこと好きですよ
思い起こされるなのはたちとの会話。眠気のせいで鈍った思考力は、冷静な判断を妨げる。
「ユウジはあたしのこと好きなの?」
「好きだぞ」
「そっか〜。…………あれ? あたし、今……何聞いた?」
「俺がシイナのことを好きかどうか。聞かれたから好きだと答えた」
「そっ、か……」
眠気は消えない。どこかふわふわした感覚がある。それを大きく凌ぐほど高まる鼓動。シイナは体が熱くなっていることを自覚した。
だが、それが何かまではわからない。家族相手にどうしてこんな反応になってしまうのか。欠片もわからないでいる。なのはたちとユウジのことを話していたときは、こうならなかったというのに。どうして本人相手だとこうも違うのか。
「ほら、できたぞ。セツナが帰ってくるまでまだ時間がある。飯とシャワーを済ませたらゆっくり休め」
「……うん」
「シイナ? 大丈夫か?」
「へ? ぁ、大丈夫大丈夫。作ってくれてありがとう」
食べるのが好きなシイナの反応が悪い。疲労が溜まっているのか、はたまたどこか体調が悪いのか。確認しようとしたら、シイナに流された。仮に隠されていたとしても、どのみち休ませる予定だ。ユウジも追及はしない。
「ユウジの今日の予定は?」
「シイナの調子が悪くなければ、セツナの携帯を一緒に買いに行くつもりだ」
「あたしは大丈夫だって。ユウジ、心配性になった?」
「そうかもな。エクシーズのことはある程度信頼してるが、シイナが前線に出ることは変わらないんだからな」
「うーん。ユウジがいてくれるから、あたしも頑張れてるんだよ? セツナのことを任せられるのもそうだし。何かあったら助けてくれるんでしょ?」
「……そう言われたら何も言えなくなるな」
「へへ。いつもありがとねユウジ。あたしも、ユウジのこと好きだよ」
胸が少し締め付けられる。しかし、直後には幸福感が溢れてくる。その温かな気持ちを慈しみながら、シイナは朝食を口にした。
□
セツナの帰宅後、仮眠を取っていたシイナを起こして3人で買い物へ。セツナはシイナを気遣って後日でもいいと伝えたが、予定の変更はなかった。状況によっては緊急出動もある仕事だ。時間を確保できている日に家族の時間を使いたい。
「わぁ、いっぱいある。どれがいいんだろ」
「セツナが気に入ったやつでいいよ。お金の心配もしなくていいから」
「ありがとうしーちゃん。でも、本当にどれがいいかわからないや」
「見ていくか」
数多くの機種が並んでいるが、性能差は微々たるもの。好みで選んでいいのは真理だ。
そうは言っても初心者には難しい。何もわからず選んだとして、使いにくかったら買い損だ。気遣いの多いセツナからしたら、長く使えるように使いやすいものを選びたがるだろう。
そこを考慮し、ユウジはセツナにアドバイスしていく。
「性能差は気にしなくていい。生活に使う分にはどれも大して変わらない。セツナが携帯でしたいことはあるか?」
「したいこと……。しーちゃんとゆーくんと連絡を取る。あとは……あ、写真! これからたくさん写真撮りたい!」
「よし。なら、カメラの性能で絞るか」
カメラ機能自体はどれにでも付いている。しかし、メーカーによってそこに差が生じていく。フォルドが事前に調べたデータを頼りに、ユウジは候補を絞っていき、そこから携帯の大きさでも絞り込んだ。セツナがまだ小学生であることと、女性であること。大き過ぎては持ちづらい上に使いづらい。
そうして絞り込んだら、あとはセツナ次第だ。ユウジは候補を3つにまで絞り、最終決定をセツナ本人に委ねた。
「違いは世代と大きさ。あとは色の種類だな。これはカメラの性能が一番いいが、大きめだからセツナには使いづらいかもしれない。2つ目は大きさは良さげの代わりにカメラの性能が1世代前。それでも他メーカーのよりは写りがいい。色の種類が少なめ。3つ目は大きさが2つの中間。色の種類が多め」
「ふむふむ。ちなみにしーちゃんのは?」
「あたし? あたしのはカメラの性能気にしてないから、違うメーカーのやつ」
「そうなんだ。うーん、それなら……3つ目のにする」
「色は?」
「赤色がいい」
「わかった。じゃ、手続きといくか」
店員に声をかけ、購入手続きへと進んでいく。本土にある大型の店なだけあって、種類も多かった。シイナですら驚いていたくらいだ。
その中から、セツナの携帯を選んで買うことができた。せっかくなので携帯の初期設定なども店員にサポートしてもらいながら行った。使い方や注意点などの説明もしてもらい、同じことが書かれている紙ももらう。
「しーちゃん、ゆーくん! 連絡先交換しよ!」
「もっちろん!」
わかりやすくテンションが上がっているセツナと、それに合わせてノリノリなシイナ。あまり大きい声を出すなよとユウジが釘を刺し、順番にセツナと連絡先を交換した。
「えへへ。2人ともありがとう!」
「どういたしまして」
「買った記念に写真撮りたい。いい?」
「もちろんいいよ。ね、ユウジ?」
「そうだな」
「でしたら私がお撮りしましょうか?」
「いいんですか?」
「はい。カメラの説明もさせていただきますね」
「お願いします!」
セツナが携帯を店員に預け、画面を見せてもらいながら操作方法を教えてもらう。それが終わったら撮影だ。真ん中はもちろん主役のセツナ。その両脇をシイナとユウジが固める。
決して映り映えのいい場所とは言えない。だが、それでよかった。思い出をそのまま記録できたのだから、それで十分だ。
写真を撮ってもらったら、教えてもらったことを早速セツナが実演。今度は内カメで撮影。身長差はシイナとユウジがセツナに合わせることで埋めた。
「どう? セツナ」
「ばっちり! だけど、もうちょっと上手に撮れた気がする」
「それはこれから身につくだろ」
「それじゃあ次行こっか」
「しーちゃん次って?」
「ふっふっふ。今日はこの後もパーッと遊ぶよ! 晩御飯も外食して美味しい料理食べちゃお!」
「おぉ……! しーちゃん大好き!」
姉妹が手を繋いで気分良く歩き出す。その姿を見られるのなら、これからも支えようとユウジは静かに思った。