セツナが学校で勉強している間、ユウジは侵略種討伐で稼ぐ。その生活サイクルも今日は休業。
「おはようございます、ゆうじさん♪」
それもこれも、エクシーズ職員である高町なのはとの予定が入っているからだ。予定を”入れた”のではなく、”入れられた”が正しいのが現実だ。
エクシーズが誰でも多忙なのはシイナから聞いている。その1人であるなのはから「この日の予定を空けてください」と連絡が来れば、無下にもできず予定を開けるしかない。
「おはよう高町。私服は初めて見るな」
「今日は半休をいただきましたから。仕事服は着ません」
「一日休じゃないところが恐ろしい話だ」
「毎日仕事まみれですよ。半休だって、ゆうじさんが総督にクレームを入れてくれて取れるようになったんです」
「組織運営の初期構想が狂ってるだろ。本職の影響か?」
「そうですね。慣れちゃいました!」
「慣れるなよそんなもの」
さも当たり前のようにブラック環境を告げるなのはにユウジは項垂れた。記憶喪失前の自分が、その組織を毛嫌いしていたのはその理由もあるのではと思えてくる。
「それよりどうですか?」
「どう? あー、服の話か」
「はい。ちゃんと考えて選んだので感想を「かわいいぞ」えへへ〜」
被せる形にはなったが、本音を言っている。それは以前からの付き合いがあるなのはも重々承知していて、嬉しそうに頬を緩めていた。その緩んだ表情のまま、なのははユウジの腕を組んで引っ張る。
「ゆうじさん、時間は限られてますから行きましょう」
「どこに向かうんだ?」
「喫茶店です」
腕は絡められたままで離れる気配はない。家族であるシイナやセツナともしたことはない。だが、不思議と不快感はなかった。違和感があるとすれば、この状態を自然と受け入れられていることだろうか。
以前もこうしていたのだろうか。
残念ながら、自分の疑問を解決する術をユウジ自身は持っていない。
ユウジはなのはの歩調に合わせて、引っ張られていた状態から横並びに変える。
「高町、そんなに捕まえなくても逃げないから安心しろ」
「どうでしょう? 2年も音沙汰なかったですし。フォルドの言い分では、記憶がどうなっても私たちから離れていそうでしたし」
「それは……なんかごめん。まったく身に覚えはないが、俺がやったことは事実だな」
「……いえ。私も意地悪を言っちゃってごめんなさい。また会えて、こうして一緒にいられて嬉しいです」
「……」
隣を歩くなのはを見やると、どこか寂しさを感じさせる笑顔を浮かべていた。なのはと話す時間は今までも多くなかった。その中での印象は、笑顔の絶えないしっかりした子。明るい女の子という印象があった。
それは間違いではないのだろう。その一面はある。だが、それが全てではない。
この2年で募るものもあるだろう。言いたいこともあるのだろう。そこまではユウジも察せられたが、それ以上はわからない。今のユウジにとって、なのはは最近知り合ったばかりの少女なのだから。
「ともかく、少なくともどっかに消える予定はない。姉妹との約束もあるからな」
「……そうですか。それを聞けて安心しました。……今度は、私たちのほうがいなくなっちゃいますよね」
エクシーズの活動も長くはない。ユウジは「セツナの中学卒業まで」と言っているが、なのはたちはそれよりも早く去る。この町どころかこの世界から去る。せっかくの再会も期間限定。しかも職務を全うしないといけないため、ユウジとこうして過ごせる時間は希少となる。
その寂しさを埋めるように、なのはは腕に力を込めてさらにくっつく。明るく振る舞おうと笑顔を作る。
「今日の喫茶店、人気なところらしいです。ケーキも美味しいんだとか」
「それは楽しみだな。ところで高町」
「はい」
「腕を組んで歩く間柄だったのか?」
「そうですよ。ゆうじさんは友達で私の師匠です」
「……友人関係、師弟関係でもしないだろ」
「してくれてましたよ?」
「そうなのか。なら……いいか」
「はい!」(本当は初めてしてもらってますけど)
お願いしては断られていた。しかし今のユウジはそれを知らない。ずる賢いやり方だが、2年間の空白があったのだ。その埋め合わせと思えば安いものだろう。
□
なのはが選んだ喫茶店は、ケーキの美味しさにも定評のある喫茶店だ。そこを選んだのにも理由はある。
「私の実家もケーキを売ってるんです」
「なるほど。それでこの店か」
「はい。記憶が戻らなくても、思い出を私から話して共有することはできますから」
そこに実感が伴わないのは百も承知だ。それでもなのはは話したい。自分だけの思い出にはしたくなかった。
「ゆうじさんも、何度もうちの店に来てたんですよ。毎回違う種類のケーキを食べてました」
「制覇するつもりだったのか。どのケーキも美味しかったからなんだろうが、高町の実家はすごい人気のある店だったんじゃないか?」
「ありがたいことです。クリスマスの時は特に大忙しでした。ゆうじさんが手伝ってくれたこともあります」
「へ〜。だいぶ気に入ってたんだな」
運んでこられたケーキを早速食べようとして、フォークを差す前に手を止める。一度フォークを置いて、携帯に扮したフォルドで撮影。あとでセツナとシイナに送るためだ。
「そもそもの話を聞いていいか?」
「どうぞ」
「俺たちはどう知り合ったんだ?」
「出会ったのは4年前ですね。私が住んでた町でとある事件がありまして、その時にゆうじさんと出会ったんです。当時の私は魔法を初めて知った素人で、ゆうじさんは管理局に属してました」
「そんな気もしてたが、やっぱりそうだったのか」
「ゆうじさんは事件の対応を基本的に私に任せてくださってたんです。それで、魔法のことも鍛えてくれました」
「……俺って魔法を使えるんだな」
「え……。あの、侵略種駆除に使ってる力がそうですよ?」
「……なるほど。そうか。なんかシイナの力とは違う系統だとは思ってたが、魔法なのか」
「えぇ……」
思い返してみれば、フォルドは一度だけ”魔法”という言葉に触れていた。状況が状況だったからユウジは流しており、フォルドも改めて説明はしなかった。それもこれも、当初の予定では知らなくてもいい名称だったからだろう。それが崩れたのは、なのはたちがこの世界にやって来たからだ。
「と、ともかく、ゆうじさんは私の尊敬できる師匠なんです」
「高町が言うならそうなんだろうな。……となると、一度距離を置こうとしたのは、成長を認めたからか」
「へ?」
「離れても大丈夫だと思ったから、ひと芝居打つことにした。たぶん、俺が行動に移したのはそういうことだと思うぞ」
「……なんだか複雑です。認められてたのは嬉しいですけど、離れられるのはちょっと……」
「そこに関しては俺のミスだな。ごめん」
「あ、いえ。責めるつもりは本当になくて……」
「いや。詳しい状況は何も覚えていないが、高町たちを悲しませる結果を生んだのは俺のミスだ。ごめん」
「本当に、謝らないでください。ゆうじさんが謝る必要なんてないんです」
「俺なりのけじめだ」
ユウジが真っ直ぐなのはを見つめる。なのはは困ったように苦笑し、静かに頷いた。
「ゆうじさんはずるいです。そんな真剣に言われたら、受け入れるしかないじゃないですか」
「強引だった自覚はある」
「いいですよ。久しぶりにゆうじさんらしさを見られて嬉しいので」
「高町の懐の深さには感謝しきれないな」
「師匠の影響です」
「俺はそんな人間じゃないだろ……。あぁ、反面教師か」
「違いますよ!?」
自虐的に言うと、なのはが不服そうに頬を膨らませる。仮に魔法を教えていたとして、それでも人間性で背中を見せられるとはユウジは思っていない。そのはずなのに、なのははそうじゃないのだと言う。いったい何をしていたのか。過去の自分に頭を傾げる。
「ゆうじさんは自分を過小評価しがちです」
「かもな」
「あと、私が一方的に敬ってるだけですから、気にしないでください」
「高町は優しいな。というか、しっかりし過ぎだろ。中学生とは思えないな」
「社会経験のおかげです」
「ブラックな環境から抜けたらどうだ?」
「抜けません。休みは少ないですが好きなんです」
「手遅れだったか」
なのはは魔法が好きだ。空を飛ぶのも好きだ。自分の世界を広げることも楽しんでいる。その性格と時空管理局という組織の仕事ががっちりと噛み合っていた。その環境を捨てるという発想が、なのはには微塵もない。
「休暇に関しては、よく偏るってだけですよ。事件対応とか、今回みたいな長期間派遣とか。そういう時は業務に追われますけど、任務についてない時はしっかり休めますから」
「そう言いながら次から次へと事件対応に奔走してないだろうな?」
「え……。まあ……そんなに、詰め込んではないと思いますよ?」
「いつか体を壊すぞ」
「ですよね」
ユウジの忠告を、どこか嬉しそうになのはは聞いていた。それもそのはずで、魔法だけでなく働き方にまでユウジは口を挟んでいたし、なのははそれをしっかり聞き入れてきた。久々に釘を刺されたのが懐かしくて、どうしようもなく嬉しいのだ。
「ところで高町」
「なんでしょう?」
「今喫茶店でケーキを食べてるわけだが、昼はどうするつもりだ?」
「お昼ご飯ですか? それもここの予定です。メニューもいろいろありますし、ケーキも美味しいですし」
「なるほど。食べ過ぎるなよ」
「大丈夫です。デザートは別腹ですから」
「それ、普通はまともな食事を取ってから言うことだろ」
にぱっと少女らしい笑顔を浮かべてケーキを食べる。なのはのその様子を見て、本人が楽しんでるならいいかとユウジもそれ以上は言及するのをやめた。
結局、なのはは昼食らしい昼食を食べなかった。ユウジが頼んだオムライスを少し食べたが、それ以外はデザートばかりだ。主にケーキで、締めにはパフェ。
なのはは、この店をたいそう気に入ったらしい。かく言うユウジもこの店への評価が高く、シイナとセツナとトワに共有するつもりでいる。
「ゆうじさん今日はありがとうございました」
「こちらこそ。いい店を知れた。機会があれば、次は俺が紹介する」
今は店を出て、支部に向かっている途中だ。平日の昼間ということもあり、人通りは少なめ。
ユウジの言葉になのはは足を止め、戸惑いを見せながら話を繋げる。
「……いいんですか? 今日来ていただいただけでも、十分嬉しくて、楽しかったのに」
「むしろこっちが頼む側だぞ? 高町の方が多忙なんだからな」
「それは…………」
歯切れの悪さにユウジは首を傾げた。なのははシイナのように素直にはっきりと言うタイプだと思っていたからだ。
何がなのはの中で引っかかっているのか。それを聞き出すべきだとユウジの中で確信が生まれた。
「全部話せ」
「え?」
「高町が抱えてるもの。俺に遠慮する何かがあるんだろ? 覚えてない俺が悪いんだろうが、包み隠さず全部話してくれ」
「……」
なのはは瞳を伏せ、しばらく黙り込んだのちユウジの服を弱々しく掴んだ。小さく震えていることはユウジにもわかり、何も言わずになのはのタイミングを待つ。
「……私、本当はゆうじさんに謝らないといけないことがあるんです。でも、今のゆうじさんは記憶がなくて。だから、それを話すのも迷惑なんじゃないかって思って。そしたら、どうしたらいいかわからなくなっちゃって」
「とことん優しい奴だな。話したらいい。俺の実感とかどうでもいいから、高町自身のために何もかもぶつけてこい」
「……っ。ありがとう、ございます」
一度なのはは口を閉じ、何度も深呼吸を繰り返してから胸の内を話し始めた。
「2年前のあの日。ゆうじさんの記憶がなくなったのは、私のせいなんです」
「……というと?」
「2年前、違う場所で事件がありました。事件鎮圧のため、協力者の助力もあり、事態は収拾に向かってたんです。首謀者の制圧を私は担いました。でも、制圧し切れなかったんです」
2年前、地球にて1つの事件が起きた。別世界、エルトリアより訪れた者たちとの激突。総力を上げて解決に向かっていった中で、真の首謀者の存在が明らかになった。
その首謀者と対峙したのがなのはであり、エルトリアの技術であるフォーミュラを組み込んで戦った。短期決戦に持ち込み、見事に首謀者を打ち倒すことができた。だが、誰もが予想しなかった出来事が発生した。
機械の体がボロボロになり、動けなくなったはずの首謀者が暴走。激戦後だったなのはもフェイトも、それの対応ができなかった。
「暴走した首謀者は、自身の力の出力を限界以上に引き出していました。それを打ち倒し、宇宙からの砲撃も阻止したのがゆうじさんです」
「その時に俺は記憶が飛んだわけか」
「おそらくはそうだと思います。……ほんとうに、ごめんなさい。私が、ちゃんと倒せていたら。あの時、ゆうじさんは血がたくさん流れてて、本当は動いちゃだめだったのに……! なのに……私のせいで……!」
なのはの掴む力が強くなったのを感じる。なのははずっと溜め込み、後悔していた。自分の力が足りなかったから、敬愛する師を失うことになった。親友に辛い思いをさせてしまったのだと、自分を責めていた。
失いたくなかったし、親友を悲しませたくなかった。いくら悔やんでも過ぎたことは戻らず、いなくなった人は帰ってこない。
ずっとそう思っていた。2年間抱えて生きてきた。
それを素直に受け止める気は、ユウジにはさらさらなかった。
ユウジはなのはの手に自身の手をそっと重ねると、その場で膝をついてなのはを見上げた。俯いていても関係ない。強引にでも視線を合わせようとした。
「高町が謝ることじゃないな」
「そんなことないです! だって……!」
「高町の責任じゃない」
当時のことは覚えていない。思い出せない。だが、以前聞いたことと今聞いたこと。どちらも踏まえて考えてみると、確実に言えることだ。
なのはが負うことじゃない。
「フォルドがいながら負傷してたってことは、なにか必要があってのことだったんだろ。その上で継戦したのも俺の意志だ」
「ちがいます……。だって……だって、わたしがかちきれなかったから」
「……責任感が強いのはいいことだろうが、必要以上に背負い過ぎるな。俺の自業自得だし、謝るとしたら高町じゃなくて俺の方だ」
今にも泣き出しそうななのはを、ユウジは優しくも真っ直ぐに見つめる。
「そんな思いをさせてごめん。それと、高町を悲しませた俺に、今でも変わらず接してくれてありがとう」
「っ、だっ、て……そんなの、あたりまえで……。ゆうじさん、が、いきてて。また……あえたのが、うれしくて」
なんて良い子なのだろうと感心すると同時に、ユウジは過去の自分の選択を責めたい気持ちにもなった。その時、必要だと思ったからしたことだろうが、結果と釣り合っているかは甚だ疑問だ。
その自己分析は後回しだ。優先順位を間違えてはいけない。
「ありがとう、高町。その優しい気持ちは受け止める。だから、高町ももう、自分自身を許してやってくれないか?」
「……」
「罰を受けるべきは俺だ。甘んじて受ける。今の俺にできることは少ないだろうが、高町にしてやれることはしてみせる」
その言葉に反応があった。なのはの目に幾ばくかの力が戻る。視線が重なり合うと、ユウジは静かに頷いた。
「……おねがい、してもいいんですか?」
「いいぞ」
「……あの……、なまえで、なのはってよんでくれますか?」
それはささやかなお願いだった。だが、なのはにとって大切なお願いだ。今のユウジは知らないが、名前で呼び合うことはなのはの中で大きな意味を持つ。友人であり、身内であり、大切な存在。
2年ぶりの再会と思いきや、相手は記憶喪失。名字で呼ばれるようになり、関係値のリセットをされた気分だった。辛く、悲しい現実だ。
自身の招いた結果なのだと受け入れようとしていた。だが、そうじゃないと言うのなら、その言葉に甘えていいのなら、元の距離感に戻りたい。
「なのはって?」
「はい」
「わかった。なのは、他には?」
「え?」
「名前で呼ぶ以外にはないのか?」
「ほか……。それなら、また一緒にいてくれますか?」
「時間は作る。というか、また出かけようって話は俺から振った話だからな」
「そうですけど、そうじゃなくて……」
次回の約束だけじゃなくて、もっと先も含めての発言だった。少し勘違いが起きていたが、それでもいいかとなのはは言葉を抑える。次回があったら、その時にまた次を取り付けたらいい。
なにより、今日はもうこれ以上欲張らない。同じ時間を過ごせて、名前で呼んでもらえるようになって、抱えていたものも話せた。加えてこれから先の話も明るい。
「これからを、期待しちゃいますよ?」
「それでもいい。何年もいるわけじゃないなら、限られた時間を有効に使わないとな」
「そうですね。ゆうじさんありがとうございます。私、これからもがんばりますね」
「ほどほどにな。あと、支部までは送っていくぞ」
「いいんですか?」
「それくらいはする」
「やったー!」
2人は並んで歩き始める。なのははまたユウジの腕に抱きついた。今日2度目だが、1度目とは違う。空元気をごまかすための1回目と違い、今回は心からの喜びの表れだ。
「それじゃあ、行きましょう♪」