海女取島への漂流者   作:粗茶Returnees

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2話 久瀬セツナ

 

 ユウジが海女取島に流れ着いてから早2週間。つまり久瀬家での生活が始まってからも2週間。異性ということもあり、共同生活は初めお互いにぎこちない部分もあったが、少しずつ慣れ始めている。

 

「ただいま。ユウジさん」

 

「おかえりセツナ」

 

《男子からの告白はどうだったよ》

 

「されてません。小学生でそういうの全然ないと思うよ。高校生のしーちゃんならあるかもだけど」

 

《そういうもんか? なら、今度カマかけてみるか》

 

「ほどほどにしとけよ。また家の外に投げられるぞ。拾いに行くの俺だし」

 

 本当は自律して動けるフォルドだが、ユウジにもシイナたちにも内緒にしている。その方が絵面が面白いからである。

 

「セツナは手洗いうがいしてこい」

 

「はーい」

 

 シイナとセツナは日中、当然ながら学校がある。シイナは高校。セツナは小学校。帰宅するのはセツナの方が先で、シイナの帰宅を待つ間に宿題と家庭菜園の世話をする。それがセツナのこれまでの日課。ユウジが来てからは、少しだけ変化がある。

 

「ユウジさん」

 

「どうした?」

 

「ただいまって言えるのいいね。いつもはしーちゃんにおかえりって言うから、あんまりただいまは言ってなくて新鮮」

 

「喜んでもらえるなら、自宅警備員も捨てたものじゃないな」

 

「家事もしてくれるから助かってる」

 

 当初の決まりごととしては、シイナの害獣駆除に同行し、協力すること。少なくとも立て替えてもらった病院代を稼いで返すこと。それくらいだ。

 しかし「働かざるもの食うべからず」ということで、2人が学校に行っている間に家事をする。掃除やごみ処理が主な仕事。洗濯に関しては、さすがにシイナもセツナも下着を見られるのが恥ずかしく、ユウジの仕事から外されている。

 

「庭の方も見てくれてるよね」

 

「セツナに言われたことを守ってるだけだ。水やりと害虫駆除。他のことはわからないから、そこはセツナが見てくれ」

 

「うん。それだけでも大助かりだよ」

 

「さてと、なにか飲むか?」

 

「あ、自分でいれるよ」

 

「いいよ。セツナは学校の宿題もあるだろ?」

 

「そうだけど……。ありがとうユウジさん」

 

「どういたしまして」

 

 セツナの要望を聞き、ユウジはお茶を淹れた。テーブルに教材を広げ、宿題に取りかかるセツナの邪魔にならないように、コップを置く場所にも気をつけた。

 シイナ曰く、セツナは非常に賢い子だ。テストでは常に100点。宿題も欠かさない優等生。心優しい子だ。思春期にでもなれば、浮いた話の1つや2つ出てくるだろう。

 

「そういえばユウジさんは、勉強できる?」

「できない」

「即答……」

 

「まったくできないわけじゃないが、セツナほどじゃない。小学校レベルはわかるけどな」

 

「そうなんだ。じゃあ教えてもらおうかな」

 

「セツナなら全部わかるんじゃないのか?」

 

「難しくはないけど、せっかくだからそういうのもいいかと思って。しーちゃんにも、たまに見てもらってる」

 

「ま、やることもないし、それもいいか」

 

「やった!」

 

 大喜びなセツナは、椅子を横にずらしてユウジのスペースを作る。急かすように視線が送られ、ユウジはそこに椅子を動かした。セツナは今小学校5年生。ユウジにとってはかつて学んだこと。

 

「今日の宿題ってまず何があるんだ?」

 

「今日は国語と算数。あと理科のプリント」

 

「理科はセツナ得意そうだな。全科目不得意ないのかもしれないが」

 

「うん。理科の勉強は好き。庭の手入れと関係があるし、おもしろい」

 

 前話はこれくらいにして、ユウジは横からセツナの宿題を覗き込む。内容はちゃんと教えられるものだ。

 

(わかるってことは、俺は本土とやらの出身なのか?)

 

 ユウジの頭の中にある勉学の知識と、セツナの勉強内容に大きなズレはない。この島が田舎であることと、本土にはもっと人がいることはシイナから聞かされている。

 この島に既視感は何もないものの、勉強知識に誤差がないのなら、本土から流れ着いたと考えるのが妥当だ。

 それを頭の片隅に止め、ユウジはセツナに聞かれた内容を教える。教えるというか、正確には”答える”だ。なにせセツナは授業内でちゃんと理解している。わからない問題はない。

 

「ユウジさん、わかりやすい」

 

「いやいや。セツナが元から理解してるから、そう感じるだけだろ」

 

「ううん。ユウジさんの話は理解しやすいよ。わたしに合わせてくれてる」

 

 やってることは、答えを教えるだけの作業じゃない。問題を解くための前提の確認。もちろんセツナは理解しているので、そこはあっさり終わる。それができたら基礎を問題に当てはめて考えさせるだけ。セツナが優秀なため、応用に繋げたり、もう一歩先のレベルや余談に発展させたり。ユウジがやってることは、それくらいだった。

 

「セツナみたいに真面目な子がいたら、先生も授業が楽しいだろうな」

 

「えへへ。そうだったらいいな。でも、みんなも真面目だよ」

 

「そうか。それなら毎日楽しいんじゃないか?」

 

「うん! 勉強も、友達と話すのも楽しい」

 

「あ、よかった。友達はいるのか」

 

「いるよー」

 

 セツナは授業が終われば即帰宅する。帰宅後も遊びにはいかない。少なくともこの一週間は一度もなかった。それは家庭菜園をしていて、毎日世話をしないといけないからだ。それを知ってはいても、放課後に友達と遊んでいない小学生ともなれば、いらぬ心配もしたくなるというもの。

 その心配が嬉しかったのか、ふわりと柔らかくセツナが笑う。それからセツナは、宿題の続きをしながら、今度は学校の話も交える。教員の話、クラスメイトの話。授業や給食のこと。それこそ1から10まで。

 その話は、宿題が終わっても続いた。

 

「学校を楽しめてるなら何よりだ」

 

「うん。あ、ごめん。わたしの話ばっかり」

 

「気にするな。こっちも聞いてて楽しかったし、俺からできる身の上話もないし」

 

「記憶……今も全然?」

 

「全然。出身もわからないし、手がかりもなし。フォルドは知ってるはずだけどな」

 

《思い出したきゃ自力で思い出せ》

 

「この一点張りなんだよな。相棒って呼んでくるくせに」

 

「そうなんだ」

 

「気長にやるしかなさそうだ。2人に迷惑じゃなければな」

 

「ううん。全然迷惑なんかじゃない。しーちゃんもそう言うよ」

 

「ありがとう。さてと、庭の方を見に行くか」

 

 セツナは宿題を鞄にしまい、その間にユウジがコップを洗う。こういった些細な家事分担も、姉妹にとっては大助かりだ。

 互いに片付けが終わると、揃って家の外に出た。久瀬家は敷地の広い家だ。住宅だけでなく、野菜を育てられる広さ。倉庫代わりのいくつものコンテナ。そして敷地を囲う塀と正門。客観的に見て、富豪の家である。と言っても、両親も祖父母も他界しており、この家は残された財産である。

 

「どうだ? 素人目には、傷んだりはしてないと思うんだが」

 

「ばっちり。変なところはどこもない」

 

「それはよかった。そうだ。1つ確認したいことがある」

 

「なに?」

 

「たまに空に見かける鳥擬き。あれも侵略種か?」

 

《こういうやつだ》

 

 言葉だけでは伝わらないだろうと、フォルドが写真を映し出した。そこに映っていたのは、カラスほどのサイズの飛行型侵略種だった。

 

「これも侵略種。小さいし、人を襲うことは滅多にないって聞いたことはあるけど、害獣には変わりない……と思う」

 

「野菜を食べることは?」

 

「うーん。侵略種は基本的に肉食のはずだから、魚とか動物とかを食べるはず。でも、畑を荒らすことはあるかも。しーちゃんも見かけたら駆除してるって言ってたし」

 

「なるほど。じゃあ、俺も見かけたらそうするとしよう。このサイズでも、小遣い程度の稼ぎにはなるだろ。なるよな?」

 

「なると思う。ならなくても、駆除してくれるのはみんな助かる」

 

 ユウジは基本的に日中も暇である。家事と菜園の手伝いはあれど、長い時間を潰せるわけじゃない。敷地から出ずにできることがあるなら、それもしたくなる。

 シイナと決めていることは、駆除要請が出たときに一緒に赴くこと。単独での行動はせず、仮にシイナの登校中や下校中に要請が出たら、シイナからフォルドへ連絡が入る。たとえ単独で十分駆除できるとしても、必ず揃ってから行う。

 

(単独行動になるが……これは仕方ないよな)

 

「しーちゃんには、わたしからも言うね」

 

「エスパー?」

 

「へ?」

 

「いや、いい」

 

「気になるけど……。そうだ、わたしからも質問」

 

 気になったことの追及はさておき、思い返せば聞いてなかったことがあるなとセツナは話を振る。ユウジ本人に記憶がないせいでもあるが、ユウジのことをほとんど知らない。今日は1つ明らかにする。

 

「ユウジさんって何才?」

 

「……俺は何歳だフォルド」

 

《16だ》

 

「16歳らしい」

 

「じゃあしーちゃんの1つ下だ」

 

「へー。セツナは小学生5年生だったから」

 

「11歳。来年で12歳。ちょっと離れてるね」

 

「セツナがしっかり者過ぎて、実感とだいぶ違うけどな」

 

 家事全般ができて、家庭菜園もできる。才色兼備な少女。精神がしっかりしているからか、実年齢よりも高く感じられる。

 風でなびく髪を抑え、セツナは少し恥ずかしそうに一度目を泳がせた。それは1つのお願い、いやわがままを言おうとしているためだ。

 

「ユウジさんの呼び方……変えてもいい?」

 

「セツナから俺への呼び方か?」

 

「そう。しーちゃんみたいに。ユウジさんも優しくて、温かい人だと思うから。もっと仲良くなりたい」

 

「セツナの好きに呼んだらいい。ちなみに候補は?」

 

「……ゆーくん、って呼んでもいい?」

 

「もちろん。よかった、変なあだ名じゃない」

 

「変なあだ名はつけないよ。ゆーくん。しーちゃんのこと、お願い」

 

「任せろ、と言いたいが少し違うな」

 

「え?」

 

 ユウジは、驚いているセツナに視線を合わせるように膝を曲げた。小指を眼前に見せ、訂正箇所を教える。

 

「俺のこのよくわからない力が役立つなら、もちろんシイナの力になる。でも、2人ともが俺の恩人だ。だから、セツナのことも守る。それが俺の恩返しだ」

 

 かっこつけてるところはある。だが、これが本心なのも事実だ。シイナとセツナのためなら、たとえ強敵が現れても守り抜く。約束にして誓い。名前以外ユウジの、核となる宣言だった。

 その真っ直ぐな眼差しに目を奪われた。その眼差しを知っている。心の奥まで届けられる熱を知っている。その目で心が暖かくなるのを感じたセツナは、自身の手を小指を絡めた。

 

「約束?」

 

「ああ。約束だ」

 

「……ゆーくん」

 

「?」

 

「ありがとう」

 

 花のように笑顔を咲かせたセツナは、足取り軽く家の中に戻っていく。しばらくすればシイナも帰ってくることだろう。夕飯の準備を先に始めるようだ。

 

 

 

 シイナが帰宅し、3人での夕食を済ませたら、食器を洗うのも3人で行う。すべてが一通り済むと、シイナはセツナを先に風呂へ行かせた。いつもなら姉妹揃って入るのだが、今日はそうしなかった。ユウジと何か話すのだろうと察し、セツナはリビングから出ていく。

 

「ねえユウジ」

 

「どうした改まって」

 

「セツナに何かした?」

 

「誓って何もしてない。心当たりもない」

 

「呼び方変わってたじゃん!」

 

「あー、そういうことか。そこはセツナに聞いたほうがいいんじゃないか? 俺はセツナの好きにさせてるだけだぞ」

 

「むぅ……。はぁ、それならあとで聞いてみるとして。よかった。ユウジがセツナに何かしてたら、追い出すのも仕方ないかと思ってたから」

 

「恩を仇で返すような真似はしない」

 

 その言葉を信じ、シイナはセツナを追いかけるようにリビングから出て行った。

 結局、入るタイミングがずれただけで、姉妹揃っての入浴は変わらない。

 

「セツナはユウジと何を話したの? 呼び方も変わってるし」 

 

「もっと仲良くなれたらなーって思って、お願いしてみた」

 

「そっか。他に何か話した?」

 

「それは内緒」

 

「ええ、あたしにも?」

 

「だめ?」

 

「うっ。……だめ、じゃない」

 

 かわいい妹のお願いを、シイナは断れなかった。気にはなるが、知らないといけないことでもない。シイナはセツナの表情を見て、そう判断した。

 

(ゆーくんの言葉が嬉しかった。だから、あれはしーちゃんにも内緒)

 

 

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