高町なのはがユウジと出かけた。その事実にもっとも反応を示したのは、なのはの親友ことフェイトだ。
なのはがユウジを慕っていることはよく知っている。フェイトがユウジと知り合うより先に、なのははユウジと知り合っていた。数日差だが、なのはの方がユウジとの付き合いがある。
しかし、長さは関係ない。ユウジを慕う気持ちはなのはの方が強いが、ユウジを想う気持ちはフェイトの方が強い。
「総督。私も休暇を要請します」
「そう言われると思ってました。明後日なら休めるように調整してます」
「感謝します」
予定が決まった途端、フェイトの仕事効率がとんでもなく上昇した。元から業務を早くこなせていたフェイトが、倍に近い早さに変化。受け持っていた仕事を片っ端から片付け、なのはの半日休暇を上回る丸一日の休暇を獲得した。
「フェイトちゃん、仕事を早く片付けるのはいいけど、ちょっと怖かったよ?」
その時の様子を、なのはがみんなを代表して軽くフェイトに伝えた。
フェイトには、なんのことかあまりわからなかった。
ユウジとフェイトの年齢を考えれば、週末に出かけるのが年相応だろう。ユウジが16歳、フェイトが13歳なのだから、一般的には高校生と中学生。平日はそれぞれ学校に行っているはずだ。
だが、両者とも一般から外れている。ユウジは高校に通っていない。フェイトは中学に通っているが、仕事の都合で不安定な登校となっている。フェイトの通っている学校のある世界、その国の法律で、出席率に関係なく卒業できるのが救いか。
なにはともあれ、両者とも週末が休日というわけじゃない。平日の朝から、フェイトは待ち合わせ場所で立っていた。
(大丈夫、だよね)
服は入念に考えて決めた。部屋を出るまでに何度も鏡で確認した。変なところはないはずだ。
それでも不安にかられ、フェイトは手鏡を見て再度確認する。
「美意識高いな」
「!? ゆ、ゆうじ、いつの間に」
「今来たところだ。早めに来たつもりだったが、待たせたな」
「ううん。私も早く来ようと思ったから」
ユウジが来たのは、集合時間の20分前。フェイトはそれよりも10分以上早く来ていた。
相手よりも早く来ようとユウジは意識しているのだが、ユウジの周囲の人間はことごとくユウジより早く来る。もはや集合時間とは何なのかわからなくなってきそうだ。
「服、いいな。フェイトによく似合っててかわいさを際立たせてる」
「ぇっ……!? そんなこと…………ぁ、ありがとう……」
言ってほしかったことを前触れもなく言われた。その驚きと喜びにフェイトは瞬時に胸を高鳴らせた。瞬間沸騰の如く顔が熱くなり、顔が赤く染まる。
フェイトはそれが引くのを待たずに、言葉を絞り出していく。
「ゆ、ゆうじも、かっこいいよ」
「ありがとう。フェイトみたいな子に言われると、素直に嬉しくなる」
「……ずるい」
平然としているユウジに不公平感を抱く。だが、それは仕方ないことだ。
フェイトには積もり積もったものがあっても、ユウジには蓄積が残っていない。人格、言動が変わらなくても、全てが変わらないわけじゃない。変わってしまったことは確かにある。
「フェイトは今日、行きたいところがあるのか?」
「あるにはあるけど。ちょっと、ゆうじと歩きたい、かな」
「なるほど、そういうのもいいな」
「ありがとう。行こっか」
フェイトが促し、ユウジも歩き始めた。距離感が非常に近かったなのはと違い、フェイトは僅かに距離を開けてユウジの隣を歩く。二人の間は拳1つ分程度。フェイトは両手で持った小さなかばんを自分の前で持っている。淑女を地で行く少女だ。
行ってみたい店も考えていたが、フェイトが今日必ず行きたいところは、これから行く遊歩道だ。静かで穏やかな空気に包まれ、行く人の心を落ち着かせると評判のところだ。
「あの職場で、一日の休みをよく取れたな」
「その分仕事をたくさんしてきたんだよ。ゆうじといっぱいお話がしたかったから」
「その気持ちは嬉しいが、思い出話はできないぞ?」
「全然いいよ。ゆうじはゆうじなんだから」
思い出を共有できない。それが寂しくないとは言わない。自分だけが持つ一方的な思い出。
だが、過ごした時間は事実として残っている。温かなあの時間は、フェイトの中に刻まれている。だから、それでもいいのだ。
「ゆうじがこっちで経験したことを聞きたいな」
「おもしろい話はできないと思うぞ。そっちみたいな濃厚な生活はしていないからな」
「そんなことないよ。ゆうじの話を聞けたら、それで私は十分だよ」
「物好きだな」
ふわりと柔和な笑みを浮かべるフェイトを横目に見て、ユウジはこの世界に来てからのことを話していく。全てを話したとしても、そう長くなる話じゃない。1年も経過していない期間なのだ。環境的にも娯楽が少ない島だった。
「大まかに話すと、久瀬家に拾われたところが始まりだ。恩返しも兼ねて、諸費用の返済のために駆除をしながら厄介になってる」
「今も恩返しのためだけ?」
「そうでもない。フェイトも知ったと思うが、シイナはとことんいいやつだ。できることも多い。良くも悪くも、それが理由で自分でやろうっていう意識が強い。背負いたがりな面がある。今はそれを分担させるつもりだ」
「ふふっ。ゆうじはやっぱり優しいんだね。シイナさんのためだけじゃなくて、セツナさんのためでもあるんでしょ?」
「よくわかるな。……セツナはセツナで抱えてるものがある。まだ小学生の子供が、何から何まで気を使う必要なんてない、ってのが俺の考えだ」
「そう言うゆうじだって、まだ大人の年齢じゃないよね?」
「それはそれ。あとフェイト」
「うん?」
「フェイトとなのはが働いてるのもどうかと思ってるからな?」
「あはは……だよね。…………あれ? ゆうじ、なのはって呼ぶようになったんだ?」
「この前遊んだ時がきっかけだな」
「そうなんだ。よかったぁ」
自分だけ一足先に名前呼びに戻してもらっていた。しかし、なのはがゆうじを慕う気持ちは本物だ。表にこそ出さなかっただけで、なのはも名前呼びに戻してほしいと思っていたことを、フェイトも察していた。
とはいえ、記憶のないユウジにとっては面識が薄い相手。フェイトから頼むのもおかしな話だ。
だからフェイトは、見守りながら呼称が戻ることを祈るしかできなかった。
(あとははやてだけど……)
それと同時に、はやての呼称を戻すのは厳しいだろうと予測できている。はやては総督として、魔法で姿を大人にしている。メディアにはもちろん、普段の業務やユウジとの対面時も大人の姿のまま。
ユウジにとって、八神はやてはフェイトとなのはと同じ子供ではなく、親しみやすい大人なのだ。
(でも、きっとはやてなら、なんとかできちゃうんだろうな)
同い年とは思えないほど口がうまく、大人たち相手にもうまく立ち回れるもう1人の親友。彼女なら、フェイトからは無理難題に見えることも打開できる。そんな信頼がある。
「フェイト」
「うん? なに?」
「なのはから少し、俺の過去のことは聞いた。フェイトからも聞かせてくれないか?」
「もちろんいいけど。ゆうじなら気にしないと思ってた」
「気にしてはなかった。だが、どうやら俺の想像以上に、フェイトたちと関わりを持ってたみたいだからな。記憶を失ったからと言って、はいさようならとも言えない」
「……ありがとう、ゆうじ」
事情を知ったら踏み込む。関わったことには相応の責任を持つ。その姿勢はフェイトの知るユウジの在り方そのもの。その手で触れてもらい、その背中を見て影響された。
目的の遊歩道に着く。よく手入れされている花々がずらりと並ぶ。その脇を歩くだけでも心が落ち着く場所だ。今は老人や赤子を連れた親くらいしか他にいない。心温まる静かな場所でもある。
「私がゆうじと出会ったのは、今から4年前。なのはの時と同時期だね。あの頃の私は、自分のことに無頓着なところがあって、ゆうじに生活の世話をしてもらってたんだ」
(……どうなったらそうなるんだ?)
「押しかけ女房? みたいな感じ。放っておけないって思われたんだと思う。ご飯を作ってくれたり、髪を乾かしてくれたり」
(それで今もできるのか)
「ゆうじはその頃、組織にいたんだよ」
「時空管理局だったか」
「そう。私、その時やんちゃしてて、管理局に拘束されても仕方ないことをしてたんだけど。ゆうじは私を捕まえる素振りを1回も見せなかった」
その事件の対応責任者であるリンディ・ハラオウンは「でしょうね〜」と、そのままを受け止め、執務官であるクロノ・ハラオウンは「何をしているんだあのバカは!」と頭を痛めたものだ。
「ゆうじは、執務官補佐って立場だったんだ。私の
立場上は補佐だが、補佐どころかクロノがフェイトを拘束するのを妨害している。そのことをフェイトは伏せておいた。事件対応時の記録でも、その部分は消されているからだ。
補佐となっていたが、それは形式上の話だ。実態は実力者の側に置いておき、監視しやすくするためでもある。なお、リンディの判断でユウジの自由度は非常に高くなっていた。その方が事件解決も進みやすいからである。
「私はゆうじにたくさんのことをもらった。生活のことだけじゃない。生き方も教えてもらったんだよ」
「まだ中学生程度の俺が? 妙な講釈でもたれてたのか?」
「そこまで自分を下げなくていいと思う……。それに、私は救われた。
ゆうじのおかげで、私の世界が広くなったの。もちろん他にもたくさんの人に助けられたけど、ゆうじのおかげなのは本当」
フェイトはアリシア・テスタロッサのクローンだ。皆がフェイトを一個人として扱おうと、その事実だけは消せない。
そのことに傷つき、胸に痛みを抱えていたフェイトは、それをそのままゆうじにぶつけた。「普通じゃないといけないのか?」と言われたことを、1日も忘れたことはない。
その事実を、改めて今のユウジに話す気はなかった。話しても話さなくても、ユウジの対応は変わらない。フェイトを一個人として見る。その信頼があるから、フェイトはわざわざ打ち明けない。
「過去の俺がフェイトの力になってたのなら、それはよかった」
「他にもあるんだよ? 魔法のこともだけど、私の勉強も見てくれてた」
「俺が? 勉強できない側のはずだが?」
「ゆうじがそう思ってるのは、たぶん基準値が高いからだと思うよ」
記憶にはないが、ユウジの中の基準値として働いている存在。その名はクロノ・ハラオウンである。時空管理局史上最年少で執務官になった若き天才にしてホープ。その人物がユウジの中の”勉強できる”の基準になってしまっている。
「管理局で執務官になるためには、執務官試験が必要なんだけど、ゆうじはいっぱい私に教えてくれたんだ」
「兄とやらは教えなかったのか?」
「ううん。もちろん教えてくれてたよ。ゆうじはどっちかというと、問題の意図とか解き方のコツとか、違う視点で教えてくれてた」
「……なるほどな。フェイトの兄が理論とか内容をメインで見てたのか。役割分担をしたんだろ」
「そうかも」
執務官試験に向けた勉強は、難しいの一言で済ませられない。人手がいくらあっても足りない組織でも、そこの難易度、執務官というポストのハードルは下がらない。
そもそも、いくら身近に年の近い執務官や補佐がいるからと言って、本来は義務教育も終わっていないうちから取りに行く資格じゃないのだ。
フェイトは純粋過ぎるが故に、「私も執務官になる」とその背中を追いかけた。悪いことではないのだが、客観的に見て、時期尚早と言わざるをえないものだ。
「努力家は美徳だが、なのはもフェイトもやり過ぎな気もするな。……八神総督もその気配があるか」
「誰かさんの影響かも?」
「困ったやつがいたもんだ」
白々しくやれやれと首を振る。実際、今のユウジからしたら呆れたくなる話だ。努力も適度にしてこそ最大効率を発揮する。そんな理論を持つユウジからして、過去の自分の行いに疑問をいだきたくもなる。
「俺はそんなにオーバーワークしてたのか?」
「うーん。緊急時だけ……かな」
「それはよかった」
「でも」
「?」
「他人のために頑張れる人だし、自分のために真剣に時間と労力を割いてくれてるってわかってたから。それに応えたくて私たちも頑張ってたんだよ」
「……つくづく良い奴らだな」
してやってるから相応の行動をしろ、なんてユウジは思わない。するかしないかは本人次第。
その考えにフェイトたちは応えた。頑張ってその背中に追いつこうとした。いや、追いつくだけじゃない。いつも頼りになる人を支えられるように、時には頼ってもらえるようになろうと日々成長してきた。
過去の自分とフェイトたちの人柄を知れば知るほど、ツッコミを入れたくなる彼女たちの現状の原因の1つに、己がいたのだとわからされる。頭も痛くなるというものだ。
「あのねゆうじ」
並んで歩いていたフェイトの足が止まる。ユウジも足を止めて振り返り、綺麗で芯のある優しくて強い瞳をしたフェイトと向き合った。
「ゆうじのおかげで頑張れたのは事実だよ。でもね、4年前にゆうじと出会わなくても、私もなのはもこの道を選んでた。だから、自分のせいだと思わないでね」
「……フェイトは本当に優しい子だな」
ユウジとの付き合いが長いわけじゃない。2年だ。しかもその2年も、毎日顔を合わせていたわけじゃない。
それでも、フェイトはユウジのことをよく見ていた。あるいは、クロノ以上に人柄を掴んでいたかもしれない。そんなフェイトだから、ユウジを想って声をかけられる。必要なことだけを的確に伝えられる。
「安心しろ。別に自罰的になるつもりはない。好きで今の道を選んでるってのも、見ればわかる。そこに口を挟む気も毛頭ない」
「そっか。……ゆうじは、この先どうするの? 侵略種駆除も、私たちエクシーズが本腰を入れて原種駆除をするから、そんなに長くはできないよ」
「そうなるだろうな。そこに関しては、ゆっくり考えてる。焦ると視野も狭くなるからな」
「……もし困ったら、私たちを頼ってね。組織に所属しなくても、委託って形なら報酬も出せるから」
「ありがとうフェイト。選択肢の1つにはする」
一考の余地はある。現実として、原種の駆除が進めば侵略種を根絶させるのも時間の問題になる。侵略種駆除による報酬金は、対象の消滅と同時になくなる有限のもの。安定的な収入ではない。
フェイトの提案はそこを補うものだ。時空管理局は、多種多様な異世界で仕事をする。管理局があるミッドチルダでも犯罪者は耐えない。外でも中でも仕事に追われるのだから、ある意味安定的な収入を得られる。
だが、すぐに首を縦には振らない。
「やりようによっては安定的に稼げそうだが、そっちまで踏み込むと家を留守にすることが増えそうだ。……それは、あまりしたくないな。今の生活をわりと気に入ってるんだ」
「……そっか。そうだよね」
「悪いな。可能性の1つとして、候補には入れる」
「ううん。気にしないで。少しでもゆうじの力になれたらいいなって思っただけだから」
相手を想えばこその提案。そして、相手を想えばこそ、それをのまれなくたっていい。
ユウジがユウジらしくいて、楽しんで生きていてくれたらいいのだ。
たとえその選択が、自分の想いが届かなくなるものだとしても。
「お店に行こっか。実は張り切って予約しちゃってるんだ」
「時間は大丈夫……なんだろうな。プランニングしてきたか」
「うん。ちゃんと間に合うよ」
ふわりと花のように笑顔を咲かせ、フェイトは軽やかに歩き出す。ユウジもすぐに続き、フェイトの隣に並んだ。
「今日はいっぱいお話しようね」
「そうだな。いろいろと、他愛もない話も含めて楽しむか」
「うん!」