八神はやては多忙である。エクシーズの総督として、各関係者とのやり取り、他の地域を含めた部下への指示と報告の吸い上げ、支部での通常業務も担っている。
無論、その負担を少しでも減らすために、はやての守護者たち、ヴォルケンリッターはフル出動し、なのはとフェイトも協力している。
過剰とも言えるほどの戦力を投入しているが、裏を返せばそれほどにまで危機が訪れていたということ。迅速かつ確実に事を済ませるための措置だ。
「よく来てくれました。久瀬ユウジさん」
その多忙な生活も、少しは緩くなった。部下たちに「休んでね」と言っても、はやて本人が働きまくる。それでは他の職員たちも休みづらいだろうと、なのはとフェイトが一足先に休暇を満喫。
それでもまだ足りないため、この日はようやくはやてが休みを取った。そして話し相手としてユウジが呼び出された。
「休暇の話し相手として呼び出されたはずだが?」
「? その認識で合ってますよ?」
怪訝そうに物申すユウジに、はやては首を傾げた。はやては用件を伝えているし、ユウジの認識も間違っていない。
「なら、
認識が間違っていないからこそ、現状がおかしいと感じていた。
ユウジは支部に呼び出された。てっきり、集合場所がそこで、そこから移動するものだと思っていた。だが違った。はやての仕事場から別室に移動しただけ。同じ建物内での移動である。
「あはは。まあ、私が総督だからですね。エクシーズは長期間の活動はできません。限られた時間でやり切らないといけないんです。その分、関係各所とのやり取りも大事でして、急造組織だからこそ、トップの私はすることも多くなります」
「妥協案ってわけか」
「そういうことです。職員を休ませるために私も休む。しかし、私がしないといけない業務を完全に止めるわけにもいきません。結局、時間休にするしかないんです」
「はあ、ブラックさが極まってる。脳が仕事に支配されてるだろ」
「それなら、この時間はゆうじさんが仕事を忘れさせてください」
なかなかにハードルが高いことを要求された。ユウジは別に口達者ではない。どちらかと言えば口下手の方だろう。思いやりはあるが、ぶっきらぼうに率直に言うだけ。
難しい頼みだと難色を示すユウジを見て、はやては苦笑する。なのはやフェイトほどの関わりはないが、はやてもユウジを知る人物の1人だ。
「なのはちゃん、フェイトちゃんとはどんな話をしたんですか?」
「ただの雑談と過去話だな。俺とどう知り合ったのかとか、その辺だな」
「なるほどなるほど。それじゃあ、私も2人にならってその手の話でもしますか。と言っても、2人と違って深い関わりはないんですけどね」
「知り合いぐらいの関係か?」
「少し年の離れた友人、くらいの関係ですね」
今は魔法で見た目を誤魔化しているだけ。はやては本来大人ではなく、なのはたちと同じ中学生だ。
それをユウジは知らない。今のユウジからしたら、はやては少し年の離れた年上の友達という理解になる。
「私もなのはちゃんも、魔法を知らない国で生まれ育ったんです。なのはちゃんが魔法と出会った事件の時、ゆうじさんはそこに立ち会っていた。けど、私が魔法を知った事件の時は、直接出会ってはいないんです。裏方をしていたとかなんとか」
はやてが魔法を認識した件は、通称、闇の書事件と呼ばれている。過去、何度も主を変えながら現代に伝わってきた魔法書。呪われたロストロギア。それをはやては知らないうちに受け継ぎ、犠牲になりかけた。
それを解決した事件に、なのはとフェイトは関わっている。ユウジも噛んでいたが、現場にはほぼいなかった。クロノのサポートとして、ギル・グレアムが裏にいることを突き止め、捕縛するのに一役かっている。その後、闇の書の闇を葬る場面に駆けつけた。はやてとの対面もそこが初めてだ。
「私も、ゆうじさんにお世話になったんですよ? 事件後の処理やらなんやらで、いろいろと立ち回ってくれたようで」
「力になっていたのならなによりだ。大したことはしていないと思うがな」
「真相は私も知りません。細かなところまでは聞かされていませんから」
当時、ユウジは相当動いていた。はやての立場が悪くならないように、クロノと協力して対処していた。どちらもそれをわざわざ口にする性格でないため、詳細を知る者がほぼいないのは仕方ない。知っているのは、リンディとエイミィだけだ。
「お互いが持つもので、ちょっと親近感もあったんですよね〜」
「親近感?」
「フォルドの力は、観測したものをコピーして保存。簡単に言うとそうですよね」
「そう聞いてる。限度もないらしい」
「実は私も、似た部分があるんですよ。私が持つ夜天の魔導書も、条件を揃えれば相手の魔法を使えるんです」
「……ロストロギアってやつか?」
「そうなりますね。エクシーズの各方面の長たちも、実は私の騎士たちなんです」
「そういうの、部外者の俺に言っていいのか?」
「いいんですよ。ゆうじさんは他人の秘密をおおっぴらにする人間じゃないですし、なにより、知られても問題ありません」
シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、シャマル、リインフォース。皆に八神の姓がついている。公表されている情報だけでも、はやてと近しいものだというのは、誰の目にも明らかだ。そして、仮に情報を悪用されるとしても、対処できる自信と騎士たちへの信頼がある。
「仮にゆうじさんが挑んできても、今のゆうじさん相手なら負けません」
「前の俺……いや、フォルドはそれだけ強いのか」
「フォルドの力とゆうじさんの力が相性抜群でしたから」
「? 俺に特別な力はないぞ?」
「何をおっしゃいますやら。……フォルドは何でもコピーできます。魔法も兵器も。けれど、理論最強になれるフォルドの攻略法はあるんです。それが、近接戦闘です」
フォルドは学習し、再現できる。だが、使用者がそれを正しく扱えるのかは別の話。そして、近接戦闘への対応も使用者に委ねられる。無論、防御のためにサポートはするが、対フォルドへの最適解は近接戦闘に持ち込み相手を凌駕することである。
「ありとあらゆる力を再現できるフォルドでも、使用者の素の力を出すしかない近接戦は話が別です。正直な話、いろいろな魔法が使える私も近接戦は不得手です。ですが、ゆうじさんはそこを補える」
「フォルドのサポートがあってのことだろ」
「いえいえ。ゆうじさん、フォルドなしでも近接戦が強かったですよ」
「それは驚きだな。町中を見ていて、他人よりは運動神経がいいとは思っていたが」
「2年前のゆうじさんは、単身で八神家と張り合える戦力でした。……改めてみると、管理局が警戒するのも納得ですね」
「俺には実感のない話だ。それに、完全に過去の栄光になってる。その力はもうないからな」
「そうですね。フォルドにその力はもうない。でも、フォルドは残ってるんじゃないですか?」
荒唐無稽な妄想じゃない。完全な確信があるわけでもない。だが、否定しきれなかった。フォルドならあるいは、そう思わされた。そうなるくらい、フォルドは何でもありなロストロギアだったからだ。
「なんだ。今日の本題はそれか」
真面目な空気感を纏ったはやてに対して、ユウジは変わらず自然体で応える。どこか肩透かしされた気分でもある。
総督からの呼び出しの本題が、大した話じゃなかったからだ。
「フォルドなら今もいるぞ」
「……あっさり認めるんですね」
「一定の根拠があるから言ってきたんだろ? それなら明かす」
《やれやれ。相棒も甘いな》
「やっぱり……。ロストロギアの力はない。そこは確かなんですね?」
《おうよ。お嬢に使ったからな。今はただのデバイスだぜ》
「それが分かれば十分です。正直、ゆうじさんならデバイスなしでも侵略種駆除ができる。そう思っていましたが、どうにもフォルドが素直に消えるとも思えなかったので」
「俺に関しては買いかぶりってやつだ。フォルドの方は的中だな」
《あのな相棒。相棒なら侵略種の巣を潰すくらい1人でできるぜ》
「これでもただの一般人なんだがな。それで?」
「はい?」
「存在を確かめるだけでいいのか?」
「ああ。構いませんよ。ロストロギアの力がないことは既に確認済みですから」
なのはが消失したと言い切った。それを疑う気はさらさらない。信頼しているからこそ、フォルドという存在が残ったかどうかだけを知れればよかった。
「私個人の意見として、フォルドの存在の有無は大きな違いなんです」
「お前何したんだよ」
《このたぬきにか? 直接何かした覚えはねぇな。強いて言うなら、悪ノリに加担したぐらいか》
はやてにとって、ユウジは年上の友達だ。そしてフォルドは、悪ノリに乗ってくれる悪友だ。それがいるかいないかは、重要な差だ。
なにせフォルドに振る悪ノリの中には、グレーゾーンの頼みも含まれる。その意図をフォルドは察している。
《前もそうだったが、相棒次第だぜ? たぬきちゃんよ》
「それはもちろんです」
「なんでたぬき?」
《こいつのs「好きなんです」……》
「へー。珍しいような気がする」
「たぬきはかわいいですよ」
フォルドの言葉が遮られた。ユウジもそこは無視してはやてと話す。ユウジは学んだ。フォルドの相手は話半分でいいと。
「雑談もしたいところですが、もう1つ聞いておかないといけないことがあるんです」
「なんだ?」
「ゆうじさんのスタンス、というか立ち回りですね。こちらの活動に直接加担はしませんよね?」
「そうだな。2人の生活を守るのが優先だ。シイナはまだしも、セツナは力もない小学生。魔人の存在もある。本土だろうと島だろうと完全に安全なところはない。なら、俺の手で火の粉を払うしかない」
「それを聞けて何よりです。ちなみに、ゆうじさんが魔人関係に首を突っ込む可能性は?」
「……必要になったらそうする。エクシーズの手が追いつかない魔人関係が、2人に害をなすようになったらな」
「予告に聞こえますね」
「否定はしない」
わかっている。いずれそうなる。
魔人の力を譲渡したセツナはともかく、受け継いだシイナは魔人だ。原種を倒し、力を蓄える。そうしていたら、どこかでぶつかるだろう。魔人と薬を葬る魔人狩りに。そして、魔人化薬の製造をしている篠宮マナと蔵木エイジに。
シイナがそことぶつかった時、所属先であるエクシーズも動ける。だが、組織は組織だ。ある程度自由に動けても、何でも好きに動いていいわけじゃない。エクシーズとしての理念もある。
痒いところに手が届かないこともあるだろう。ユウジはそういうところを補うつもりだ。
「個人だからできることもある」
「立場はありませんから、あまり無茶はしないでください」
「裁かれない程度にうまいことやるさ」
「はぁ。その時はフォローできる程度にやってください」
「状況次第だな」
「……まぁいいです。確認したかったのはその2つです。ここからは真面目な話は横に置いときましょ」
そう言ってはやては気の抜けた表情に変わった。総督としての八神はやてをやめて、年頃の少女の八神はやてになった。と言っても見た目は変わらない。外見は大人のままで、雰囲気だけ本来のものに戻っている。
ユウジもそれを見て、本来はこちらなのだと察した。
「敬語もやめていい?」
「好きにしてくれ。こっちは元から敬語じゃない」
「じゃあお言葉に甘えて。なのはちゃんとフェイトちゃんと話して、どうやった?」
「どうって?」
「あの2人べったりやったやろ? 美少女と話せた感想でも聞かせてほしいな」
「おい、中身おっさんか?」
「違いますー。全部が終わったら、特別に教えてあげてもええで」
「そこまで興味がない」
「そこは乗ってくれないと」
そうは言うが、ユウジがそこに乗ってこないのはわかっていた。フェイトの言う通り、記憶がないだけでユウジはユウジなのだとはやても実感する。
「正直、良かったやろ?」
「あの2人と話して、気分が悪くなる奴の方が稀だろ」
「そうやけど。ちなみに、私と話しててどう?」
「美人と話していて緊張する、とでも言えば満足か?」
「いけずやわ〜。緊張なんてしないくせに」
「しないな」
「ちなみに美人という方は?」
「そっちも否定しない」
「そっか〜」
にぱっと素直に喜んだ。はやてからすると、今の姿は「将来こう在りたい」という願望の姿だ。それを忖度なく美人と評されれば嬉しくもなる。
「ちなみに、なのはちゃんとフェイトちゃんのどっちも名前呼びになったらしいやん?」
「本人たちの希望と、こっちでも思うところはあったからな」
「ほな私も便乗させてもらおか。元々、私も名前呼びされてたわけやし」
「総督としての威厳はいいのか?」
「名前呼びくらいで消える威厳はないのと同じ。けどま、こっちのことを気にしてくれるんやったら、今みたいに総督の立場から離れてたり、2人っきりの時に呼んでくれるだけでもええ」
「そっちの望みに合わせる。はやてには世話にもなってるからな」
「……なのはちゃんとフェイトちゃんが慕うわけやわ〜。ゆうじさん、ずるい人って言われるやろ?」
「どうだろうな。自分の評価を気にしたことはない」
「ま、ええけど。改めて、これからもよろしくな」
ユウジと握手をして、はやては僅かに心が疼いたのを自覚する。どうやら、この相手には甘えたくなる魅力があるらしい。