海女取島への漂流者   作:粗茶Returnees

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22話 久瀬セツナ jealous

 

 本土での新生活に慣れてきたところで、久瀬ユウジは緊急度の高いミッションに直面していた。失敗は許されず、慎重にならざるをえないが、時間をかけて備えることもできない。

 

「……」

 

 セツナと目が合うとそっぽを向かれる。

 そう。ユウジはセツナの機嫌を損ねてしまっている。理由はわかっているつもりだ。ここしばらく、週末になると出かけていたことが原因。シイナがせっかく休みになっても、ユウジが出かけるせいで家族が揃わない。そのことにセツナは不機嫌になっている。そのはずだ。

 

「セツナ」

 

「……なに?」

 

 無視はされない。セツナは心優しい子だ。不機嫌になっていようと、無視することはない。

 それどころか、内心ではユウジと話せることに喜びを抱いている。その気持ちを「今、怒っているんだぞ」と自分に言い聞かせ、セツナは努めて冷たい態度をとろうとしている。

 

「遊園地のファストパスを手に入れた」

 

「!?」

 

「行かないか?」

 

「ぃ……それって、何枚?」

 

 行きたいと即答しかけたのを抑える。大事な枚数確認が先決だ。これで1枚などと言われたら願い下げだし、2枚と言われても素直に受け取れない。3枚じゃないと、満点を与えられない。

 

「もちろん3枚だ」

 

 そのノルマをユウジは当然クリアしてきた。家族で遊びに行くために用意できている。

 

「もので釣るつもりはない。最近、あまり揃って過ごせていなかったから、その埋め合わせをさせてくれないか?」

 

 そしてセツナの返事を待たずに、自分の考えを打ち明けた。セツナに選択権を与え、裁定を待つようになっている。

 だが、ずるいやり方だと言われても仕方がない。

 

「うーん、どうしようかなー」

 

 セツナの中で、答えは当然決まっていた。悩むふりをしているのは、ちょろいと思われないようにするため。

 それでもセツナはポーカーフェイスを保てていない。頬は軽く緩んでおり、視線もちらちらと遊園地のチケットに向けられている。

 

「ゆーくんがそこまで言うなら、しかたないよね。ゆーくんの誘いにのってあげる」

 

「ありがとうセツナ。一緒にいられる時間は、もう少し確保できるように予定を組む」

 

「……ゆーくんの都合だってあるんだから。全部合わせてほしいってわけじゃないんだよ?」

 

「それもわかってる。俺が、2人との時間を作りたいだけだ」

 

「ん。ありがと、ゆーくん」

 

 葉の浮くようなことを冗談で言わない。それを知っているからこそセツナはほんのりと頬を赤く染め、片言になりながらお礼を言う。

 

 

 

 

 そんなやり取りがあったことをシイナは知らない。セツナがご機嫌なのも、しばらくぶりに3人で出かけられ、ユウジと手を繋いでいるからだと思っている。

 

「ユウジがどこからかファストパスを取ってきたことだし、今日は目一杯遊んじゃおう!」

 

「おー!」

 

「人聞きの悪い。ちゃんと正規ルートで入手したぞ」

 

「裏ルートでも入手できるみたいに聞こえるんだけど?」

 

 やろうと思えばできなくもない。ユウジは沈黙で返し、何かを察したシイナがアクセサリー形態になっているフォルドに冷ややかな視線を向ける。

 ロストロギアとしての力は失っているが、フォルドの自我は残っている。他のインテリジェンスデバイスと同様の働きもできる。加えて、悪巧みが好きなタイプのためハッキングもできる。

 それがユウジの言う裏ルートである。

 

「ゆーくん、ファストパスがあったら、今日全部乗れちゃう?」

 

「できるかもな。他にどれだけファストパス利用者がいるかで変わる」

 

「無理に今日で全部を回らくても、また一緒に来たらいいんだよ」

 

「そうだよね。今回だけじゃないよね」

 

「もっちろん! 制覇しても、何回でも来よう! ね、ユウジ?」

 

「そうだな。何回でも来よう」

 

「やった! 絶対だよ!」

 

 ユウジと繋いでいる手の力が強まる。セツナの目が輝き、陽のような笑顔になっている。セツナのその素直な反応が嬉しく、シイナも嬉しそうに頬を緩めた。

 今日を楽しもうと目の前のことに意識が向けられる。チケットを見せて入園すると、セツナのテンションがさらに上昇した。

 海女鳥島にはなかった遊園地だ。広い敷地の中で、非日常という名の異世界が広がる。入ってすぐにはアーケード街。様々な店が並び立ち、奥にはアトラクションの一部が見える。人も多く、常連と思わしき客はコスチュームを楽しんでいたりする。

 

「わあ〜! しーちゃん、ゆーくん! 早く行こ!」

 

「急がなくてもアトラクションは逃げないぞ」

 

「セツナ、どこから行こっか。じゃんじゃん行こう!」

 

「おい」

 

 保護者として落ち着いて対応する、なんて考えはシイナになかった。遊ぶときは同じ目線で心から楽しむ。それがシイナのやり方だ。 

 しかし、理由は実はそれだけではない。シイナにとっても遊園地は久しぶりだ。そして、セツナと一緒に来るのは今回が初めて。浮かれない理由がない。

 

「ほらユウジも行くよ!」

「ゆーくん、早く早く!」

 

「わかったからそんなに引っ張るな……。あと前を見ないとほかの人にぶつかるぞ」

 

 両手をそれぞれ姉妹に掴まれ、ぐいぐいと引っ張られる。2人の気持ちを下げさせるわけにもいかず、ユウジも歩くペースを速めた。

 シイナもセツナも、各々がアーケード街の店をちらちらと気にしていたが、その足は奥へと向かっている。優先順位は、あくまでもアトラクションらしい。

 本土にある遊園地とはいえ、巨大な遊園地というわけじゃない。アトラクションはそれなりにあり、アーケード街もある。ショーもある。遊園地らしいものは集まっていて、大き過ぎない。1日で周り切れて、物足りなさもない。そんな丁度いい規模感。

 

「あれ乗りたい!」

 

「よし行こう!」

 

 セツナが指定したのは、敷地内で一番目立っているジェットコースター。メインディッシュを真っ先に楽しむつもりだ。

 目玉アトラクションなだけあって、本来なら長く並ぶことになる。だが、今回はファストパス持ち。待ち時間も比較的少なく済む。

 

「さすがに人気だな」

 

「ファストパス用の列があっちだね。ちょっと並んでるけど、あれならすぐに乗れそう」

 

「楽しみだね!」

 

 楽しみな気持ちを全面に出しているセツナと一緒に列に並ぶ。通常は長蛇の列。ファストパス持ちでもしばらくは並ぶ。さすがの人気っぷりだ。全長2.2km。最高170mからの加速と最高時速210kmのジェットコースターは、絶叫好きも満足するスペックだ。

 さて、絶叫マシンの異なる側面での定番と言えば、身長制限である。安全バーがちゃんと機能する身長に達しているかどうかは、安全面において最も重要なところである。

 

「セツナ。身長何cmだっけ?」

 

「学校の健康診断で、137cmだったよ」

 

「なら大丈夫だね」

 

「身長制限があるのか」

 

「そう。こういうアトラクションならどの遊園地でもあると思うよ。これは130cm以上じゃないと乗れないみたい」

 

「セーフだね。よかった〜」

 

「セツナの身長なら、もうどのアトラクションも乗れると思うよ」

 

「今のセツナなら、140cmくらいはありそうだな」

 

「ほんと!? わたしの身長伸びてる?」

 

 ピンと背筋を伸ばすセツナの頭を優しく撫でる。健康診断で137cmだとして、まだまだ育ち盛りの小学生だ。心身ともに日々成長している。

 ユウジの体感としては、セツナが140cmに達していないとは思えなかった。ちゃんと測ってはいないため、正確なところはわからない。

 

「帰ってから測ってみてもいいかもね」

 

 そうして談笑していたら、待機列もあっという間に進む。係員の誘導に従って進むと、ジェットコースターの最前列に案内された。

 

「丁度3人で横並びになれるな」

 

「あたしが奥に行くね。セツナ、真ん中でいい?」

 

「うん!」

 

 シイナが一番奥に座り、セツナが真ん中に座る。

 

「ベルトを付けてから安全バーか」

 

「そうだね」

 

「セツナ、調整するからそのまま座っていてくれ」

 

「わかった」

 

 手伝ってもらうほど難しいものでもないが、セツナは大人しく受け入れる。

 

「苦しくないか?」

 

「うん、いい感じ。ありがとうゆーくん」

 

「安全バーも下ろすぞ」

 

 セツナのベルトの調整が終わると、バーを下ろした。最終調整は係員が行うため、ユウジは素人感覚である程度やるだけ。それが済むと、自分の分の調整を始める。

 セツナはユウジの方を見た後、反対側に座っているシイナの方を見た。シイナも準備は完了していて、安全バーも下りている。2人は目が合い、ピースを送りあった。その直後にセツナはふと気づく。なにか違うと。

 

(バーの角度……?)

 

 高校生のシイナと小学生のセツナ。身長も体格も当然違う。だが、それだけではない。シイナの方が安全バーがゆるく見える。その原因は明確で胸囲の格差。

 セツナは視線を横から前へ向け、自分の体を見下ろす。

 

(おおきくなる、かな?)

 

「セツナ? どうかしたか?」

 

「へ? ぁ、ううん。まだかなーって」

 

「見た感じだと、後方の人たちが乗り込んでいるところだな」

 

「その人たちの準備ができたら、係の人が最終確認して、出発だね。もうすぐだよ」

 

「そっか。しーちゃんはこういうの好き?」

 

「もっちろん! ユウジは?」

 

「どうだろうな。楽しめる側だと思うぞ」

 

 記憶の彼方では、遊園地で遊んでいたのかもしれない。それがどちらかはわからないが、わからなくても自分の感覚はわかる。ユウジは絶叫系を楽しめる。

 最終確認も終わり、ジェットコースターが動く。緩やかに動き出し、登り切るまでも速度は低い。

 

「わぁ〜、たかーい!」

 

「おっ、敷地内全部が見える! あとであっちのも行かない?」

 

「あの青いやつ?」

 

「そう! おもしろそう!」

 

「たしかに!」

 

 上がれば上がるほど見晴らしがよくなる。周囲を見て楽しむ時間もあっという間。頂上が近づいてきた。

 

「もうすぐだねセツナ!」

 

「うん! でも、ちょっとこわいかも」

 

「手繋ぐ?」

 

 シイナが手を差し出す。セツナは静かにそこに手を重ね、反対側も見た。ユウジとも手を繋ごうかと思った。だが、ユウジはセツナを思ってそれをやんわりと断る。

 

「両手をバーから離すよりは、片手だけでもバーを掴んでるほうが怖さも薄れると思うぞ」

 

「そうかな? じゃあ、そうしてみる」

 

 セツナが、バーを掴む手に力を込めたのと、コースターが定位置に着いたのはほぼ同時だった。コースターは定位置に到達すると、一度動きが止まる。どうやら数秒後に一気に加速するようだ。

 

「もうくるね。それじゃあ改めて。レッツゴー!」

 

 シイナが言い切る前に再始動。最高地点からの急降下と加速。圧倒的な疾走感と爽快感。今日という日の、この上ない開幕となった。

 

 

 

 

 

「しーちゃん、遊園地って楽しいね!」

 

「でしょ〜! セツナが楽しんでくれてて嬉しいよ! ユウジもそう思ってるんじゃないかな」

 

 昼休憩までに、3種類のジェットコースター、バイキング、空中ブランコ、コーヒーカップなど。絶叫系だけでなく、ゆるめのアトラクションも楽しんでいた。

 今は昼休憩として、園内にあるレストランに入っている。シイナとセツナは席を取り、ユウジが注文に行っている。2人の食べたいものは、携帯で連絡済み。

 

「セツナ、最近ちょっと元気なかったのは、ユウジと遊べなかったから?」

 

「……気づいてた?」

 

「そりゃあ気づくよ。あたしからしたら、セツナわかりやすいもん」

 

「さすがしーちゃん。……うん、最近、もやもやしてたんだ。エクシーズの人たちは、昔のゆーくんの知り合いだし、久しぶりの再会だからっていうのもわかるんだけど。……ゆーくんが、いなくなったらイヤだなって」

 

 ユウジは明言している。最低でもセツナの義務教育終了まではいなくならないと。だが、ここ瑞穂はユウジが本来いた場所じゃない。外(・)国(・)で共にいた人たちといるほうがいいのではないか。

 セツナはそんな不安を抱えていた。

 

「ユウジは約束を破らないから、少なくともあと4年は一緒だよ」

 

「そうだけど……。ううん、それだけじゃなくて」

 

「それだけじゃないって言うと?」

 

 シイナもセツナもユウジのことが好きだ。ユウジも2人のことを大切にしている。3人は、家族という1つの形になれている。

 それはわかっていても、セツナが望むのは少し違う。将来に目を向けると、今とは違う形を求めることになる。

 

「あ、あのね、しーちゃん」

 

 セツナは意を決した。抱く気持ちを理解している自分と、そうでない姉。姉の気持ちと自分の気持ちが同じものなのかは断定できない。定義付けするのは、本人たるシイナでなくてはならない。

 それを待とうと思っている時もあった。今はもう、そうではない。セツナは少ししか話していないが、恋心を持っているから危機感を抱いた。エクシーズの面々は、ユウジとの距離感が近過ぎると。

 

「わたし……その……」

 

「うん」

 

 言葉にしようとすると重くなる。喉から出てこなくなる。

 シイナは、ただ温かくそれを待った。妹が伝えようとしていることを、子を見守る気持ちで待った。

 

「ゆーくんのことが……すき」

 

「うん」

 

 頬を赤く染めながら、消え入りそうな声で告げられた。それをちゃんと聞いたシイナは、驚くことなく受け入れる。セツナがユウジを慕っていることなど、普段からわかっていたことだ。シイナだって、ユウジのことを好意的に見ている。

 

 そう。シイナはまだ、セツナの真意を理解していなかった。

 

「えっと、おどろかないんだ?」

 

「へ? だってユウジとはもう家族だし。家族を好きになるのは驚くことじゃないじゃん」

 

「ぁ」

 

 セツナは察した。シイナは理解していないと。

 

「あのね、しーちゃん。ちょっと違うくて」

 

「ちがう?」

 

「わたしね。ゆーくんのこと、男の人として好きなの」

 

「そりゃあユウジは男だからね。女としてって言われたらそっちの方がびっくりしちゃうかな」

 

「わたしね。ゆーくんの恋人になりたい」

 

「あ〜、恋人かー。いいんじゃないかな、恋人。付き合うってことだよね。そっか〜、…………こいびと?」

 

 ようやくシイナは話を理解した。セツナが言いたいこと。セツナが抱いている気持ち。最近元気がなかった理由。すべてが繋がり、目を大きく見開く。

 

「こ、ここここ、こいびと!?」

 

「ちょっ、しーちゃん声大きい!」

 

「あ、ごめんごめん。……いやでも、ぇ、えぇ……」

 

 セツナはまだ小学5年生だ。誰かを好きになるのに年齢は関係ないとはいえ、恋に恋する年頃。本土の学校に転校し、同学年の異性も増えたことだろう。その手の話が出てくることもあると思っていた。

 だが、まさか身内同士でその話になるとは思っていなかった。

 混乱する頭を落ち着かせようとしつつ、セツナの目の力強さから冗談じゃないことも理解する。

 

「そっか……セツナ、そうなんだ」

 

「こんな時でごめんね。でも、しーちゃんには最初に言いたかったから」

 

「タイミングは全然、いつでも同じ反応になったと思う。教えてくれてありがとうセツナ」

 

「しーちゃんはいいの?」

 

「へ? いいってどういう……」

 

「注文してきたぞ。番号で呼ばれるらしい」

 

 ユウジが戻ってきたことで、2人の会話は中断される。まさか本人がいるところで、この話はできない。

 呼ばれたらすぐに取りに行けるようにするためだろう。受け渡し口に近い方の席、セツナの隣にユウジが座った。セツナは嬉しそうに目を細め、妹の反応を見て姉は実感を得る。

 

(セツナはいつから)

 

 いつからユウジを好きになったのか。それを気にしているシイナはまだ自覚できない。自身の違和感にも気づけない。

 シイナはまだわからない。ど(・)う(・)し(・)て(・)妹(・)の(・)恋(・)心(・)を(・)素(・)直(・)に(・)嬉(・)し(・)く(・)思(・)え(・)な(・)い(・)の(・)か(・)。それが自分らしくないものであることを、シイナは認識できていない。

 

 セツナはセツナで、胸中が複雑ではあった。ユウジのことを想う気持ちに偽りはない。ユウジがなのはやフェイトと出かけていたのを知った時も嫉妬していた。

 それと同時に、セツナはシイナのことも大好きだ。自分を引き取り、魔人だろうと関係ないのだと受け止め、家族として大切にしてくれている最愛の姉であることに変わりはない。

 そしてその姉が、ユウジと話している時に楽しそうにしているのも知っている。島民の年の近い男子たちと話すのとは違う。

 

(しーちゃんも、ゆーくんのことが好き)

 

 長女としての責任感。エクシーズの一員としての使命感。家族としてのフィルター。それらのせいで、シイナは認識がズレているだけ。

 セツナはユウジのことが好きだ。それでも、ユウジとシイナが並ぶ姿は似合いだと思う気持ちもある。

 最愛の姉が、最大の障壁。

 家事ができて、したたかで、優しくて、スタイルが良くて、明るく前向きな久瀬シイナ。

 そんな憧れの姉が、今では羨ましく思えてしまう。

 

「午後はどうする?」

 

「周ってないところには行きたいかな。時間が余ればお店を見るのもいいかも。セツナはどうしたい?」

 

「しーちゃんの案に賛成。あとは、どこかで3人で写真も撮りたい」

 

「たしかに。楽しみ過ぎててまだ写真撮ってなかったね」

 

「概ね引き続き楽しむって方針だな」

 

「だね」

 

 課題は一旦棚上げにして、シイナもセツナも気持ちを切り替える。

 そうして午後からも3人は遊園地を遊び尽くした。

 

 

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