爽やかに過ごせる気温となった昼下がり。早めに退勤できたシイナは、待ち合わせ場所へと向かっていた。エクシーズの制服で会う気はなく、制服はクリーニングに出している。用意していた私服に身を包み、足早に向かう。
集合場所にしたのは、とある公園。先にそこに着いていた人物に声をかけた。
「ごめんねトワ。遅くなった」
「ううん。全然待ってないよ」
今日、時間を作れたシイナが会うのはセツナやユウジではなく、最近友人になった夜海トワ。赤いインナーカラーのあるストレートの長い黒髪。肌は白く、体が細い。やせ細っているのではなく、線が細い少女だ。
2人は偶然知り合い、シイナの持ち前のコミュニケーション能力もあってその日のうちに友人となった。今ではチャットでこまめに連絡も取り合う仲で、親友と言っても過言ではない。
「あたしが呼んだのに遅れてごめんね」
「全然遅れてないよ。私が早く着いただけだから、気にしないで」
トワの言う通り、シイナは集合時間に遅れていない。時間ギリギリにはなったが、遅刻ではなかった。
「急に誘っちゃったけど、本当に大丈夫?」
「大丈夫だよシイナ。部活もバイトもしてないから」
「それならよかった。実はトワに相談に乗ってもらいたくって」
「私でいいならいくらでも」
「ありがとう。行きたいカフェもあるから、そこで聞いてもらってもいい?」
「もちろん」
シイナとトワは最近知り合った仲だが、波長が合うのかすぐに親しくなった。どちらも大食いということもあり、相手を気にせずに満足行くまで食べられる間柄でもある。
意気投合した2人はほぼ毎日携帯でやり取りをしており、今日もそのやり取りの中で生まれた予定だ。
シイナが見つけたのは食べ放題の店。しかもスイーツの種類が多い店だ。シイナやトワのように、放課後に訪れている学生も多い。待ち時間はなく、2人は早速席に通され、店の説明を聞いてから各々食べたいものを取ってくる。
「種類が多いけど、今日で制覇できそう」
「だね。トワは好き嫌いないの?」
「基本的にないかな。このお店にあるものも全部食べられると思うよ。シイナは?」
「あたしも特にないよ。あ、家族が作ってくれるご飯が好き」
「本当に仲良いんだね」
「いろいろあったから輪をかけて仲がいいかも」
シイナとセツナの仲は言わずもがな。ユウジとも親しくなっている。2ヶ月ほど前にあった魔人襲撃事件。あれがあってから、さらに仲が深まった。ユウジへの信頼。セツナを大切に思う気持ち。家族としての在り方。どれもが大きくなっている。
「それじゃあ、相談っていうのは別のことかな?」
「あ、ううん。家族のこと」
「え……?」
家族との仲の良さを今しがた聞いたばかりだ。それなのに家族のことで相談があるのだとシイナは言う。
どうにも話が見えてこず、トワはシイナの言葉を待つことにした。
「ええっと……どう言ったらいいのかな」
「シイナなりの言葉でいいよ」
相談したいこと、その内容の言語化をうまくできていなくてもいい。話の整理は自分でする。そう言ってくれたトワに感謝し、シイナは話していく。
「妹と弟がいるんだ。親はいなくて3人家族。妹とは本土で、侵略種災害があった場所で出会ってて。弟は島に流れ着いたところを引き取ってる」
これは既出の情報だ。トワに伝えたことをシイナも覚えている。あえて言っているのは、言葉にすることでシイナが脳内を整理するため。
新情報もこの中に混ざっていた。弟と妹がいることは、トワも聞いていた。だが、どちらとも血が繋がっていないことは知らなかった。明言されていないが、それを察することは容易の発言だ。
「私は妹の、セツナのことが大好き。身内が誰もいなくなったあたしが頑張ってこれたのも、セツナがいてくれたから。家族として一緒にいてくれて、笑顔でいてくれる。あの子の将来のために頑張ろうって、そう思ってきた」
両親を喪い、家に招いて親代わりをしてくれた祖父も喪った。身内の大人たちとのあまりにも早い別れ。島の人たちは優しいが、シイナはあの家から出たくなかった。久瀬家の全てから離れるような。完全な別れのように思えたからだ。
だが、今でもまだ子供のシイナが、当時を独りで生き抜くのも酷だった。気丈に振る舞うことはできても、心の穴は消えない。癒せない。
それを補ってくれたのが、ついてきてセツナだ。他に誰もセツナを引き取らなかったからという理由もあるが、独り同士だったからという側面もある。
「セツナの幸せがあたしの幸せ。前も今もそれは同じ。これからもそう思ってる。……そう、思いたいんだ」
口が重くなったのを見て、トワは推測を立てた。今回の相談は、シイナが大切に思うセツナに関係するものなのだと。
「セツナにね……、最近、好きな人ができたんだ」
シイナの言葉に「なるほど」とトワは頷く。
どうやらこの相談は、所謂恋愛相談の一環のようだ。シイナ自身がまだ未成年ながら、親代わりとして見守って、支えてきたセツナに好きな人ができた。
自分の下から離れるような寂しさ。世間一般になぞらえると、”娘の親離れに悲しむ父親”といったところか。
話が見えてきた。そう思ったトワはこの直後に知る。
「私はセツナちゃんに会ったことがないけど、好きになった人がいるなら、応援して見守ってあげてもいいんじゃないかな。もしセツナちゃんを悲しませる人なら、その時こそシイナの出番だと思う」
「そうするのがいいとは思うんだけど。セツナが好きになった相手……弟なんだよね」
「…………え?」
まさかの身内恋愛。ブラコンかと言いたくなるところだが、家族構成が特殊だ。血の繋がっていない相手なら、同棲する他人と同じ。好きになってもおかしくない話。仮に結ばれようと、なんら問題も生まれない。
これが同じ友達グループ内なら、身内恋愛だとしても応援すればいい。しかし家族内である。シイナが悩むのもわかる。
ところが、相談内容はここで止まらない。むしろここからが本題。ここまでの話は、状況説明に過ぎなかった。
「私は、セツナのことも弟のことも大切に思ってる。2人には毎日助けられてるし、2人とも幸せになってほしい。だから、本当なら……」
シイナの瞳が揺れる。心の中の葛藤が見て取れた。シイナは強い人だと思っていたトワも、それを見て事の重さを知る。
どれだけシイナが思い悩んでいるのか。それを少しでも軽くしてあげたい。トワはそう思い、シイナの言葉を待つ。
「本当なら……セツナを応援してあげたい。セツナに好きな人ができたことを、喜んであげたい。それなのに……あたし、そうできない……。セツナと弟が、……付き合ったとして……それを嬉しく思えない。本当は2人の幸せを願ってるのに……。なのに……」
「どうして背中を押す気になれないのか。それがわからない」と言葉を結ぶ。最後まで聞いたトワは、話の内容を正確に咀嚼していく。
「シイナは、2人のことが好きなんだよね」
「うん。かけがえのない家族」
「そっか。……うん」
それ、嫉妬じゃね? 率直な感想が浮かんできたトワだったが、言葉にはしなかった。
これはあくまで一般的な観点から見て思ったことだ。トワの予想では、セツナだけでなく、シイナも恋をしている。それをシイナが自覚していないだけ。
それが一番ありそうな可能性だとして。しかし、トワ自身も恋愛経験がない。合っているのかわからない。しかも家族内恋愛。下手な助言は家族の仲を一変させかねない。
トワは慎重にならざるをえなかった。
「この手の話、私も経験というか知識とかも全然ないから、的確なことは言えないかもしれない」
「全然いいよ。聞いてくれるだけでも嬉しいし、あたしが思いつかない何かがありそうだったら、言ってみてほしい。打開策になるかも」
打開するかはまた違う話。それもトワはしまいこんで、ゆっくりと確認作業から始める。
「シイナは、弟さんのことが好き?」
「好きだよ」
「それは家族として?」
「もちろん。実際、家族だし」
「そうだよね。……じゃあ、仮の話を少しするね」
「うん」
あまり直接的なことを言うと、すべてを破壊しかねない。遠回しに、悟らせていくしかない。トワにとってシイナは大切な人だ。だからこそ、シイナの今の環境を壊してはならない。
「もしセツナちゃんが、弟さん以外を好きになったら、シイナは応援できる?」
「できる、と思う。どんな相手かはすぐに確かめるけど、変な相手じゃなかったら応援する」
「それじゃあ、弟さんが、シイナやセツナ以外の人を好きになったら?」
「え?」
「その時はどうかな?」
まさに盲点。1ミリも考えたことのない可能性を提示され、シイナは一瞬頭が真っ白になった。
そこから浮かび上がる可能性。ユウジの相手として、シイナが想像したのは同僚のなのはとフェイト。
同僚のことも、シイナは好意的に思っている。
この可能性も、本来は喜ばしいことだろう。しかし、そうならない。喜べない。
胸が締め付けられ、苦しさを覚えた。
「この件は、シイナが結論を出した方がいい……と思う。シイナが、弟さんのことをどう思っているのか。1回考え直してみてもいいかも」
「あたしが……。けど……」
シイナの中では定義付けし終わったことだ。”家族”であり、”好き”と思える相手。それは最愛の妹たるセツナと同様の位置付け。この上はない。
考えてみても思い浮かばない。そもそも、すぐに結論が出るのならここまで悩まない。
「トワは、わかってるの……?」
弱った声だった。トワの中にある、トワなりの結論を今すぐ提示したくなるくらい、今のシイナは弱って見える。
けれども、シイナのことを思ってこそ、トワはそれを提示しない。シイナが導き出すべき本人なりの答え。トワができるサポートは、そこの一助だけ。
「私なりの答え、というか可能性はある。でもね。それを言ったら誘導になっちゃうから。だから言えない」
「……そっ、か……」
「……シイナ。弟さんはどんな人?」
「ぇ?」
「シイナから見てどんな人なのか。聞かせてくれないかな」
その意図が掴めなかった。だが、そこに他意はないように見えた。シイナは少し黙ってから、自身の弟ユウジのことをトワに話す。
「初めは、ちょっと変な人だと思ってた。どこか常識がズレてて、言葉もぶっきらぼうなところがあって」
初対面での印象はそれだ。成り行きでそうなったとはいえ、よく迎え入れる判断ができたものだと振り返ってみて思う。
だが、その判断を後悔した日は一度もない。よかったと思えている。
「でも、良い人なんだ。家のことはほとんどしてくれるし、セツナのことも大切にしてくれて。あたしとセツナに何かあっても、駆けつけて助けてくれた」
あの日はもう駄目だと思った。毎日が温かく愛おしかった日常が、たったの一晩で壊されるのだと絶望すらしていた。
セツナとも、あの日で別れてしまうのだと。
そう思っていたのに、ユウジは駆けつけるだけでなく、セツナを助けてみせた。フォルドの力もあるが、それを行使したのはユウジだ。あの日、ユウジはたしかに久瀬家を救ってみせた。
「今でもそう。あたしとセツナのために動いてくれてる。そういう、かっこいいところがあるんだ」
「そっか。シイナはセツナちゃんだけじゃなくて、シイナのことも考えてくれてる弟さんのことをかっこいいって思ってるんだね」
「あ、いや……そう言われるとちょっと」
「違う? シイナの話を聞いてたら、そういうことかと思えたんだけど」
「ちが……あれ?」
違うのかどうか。シイナは自分の口からは否定できなかった。少し考え、トワの発言が間違っていないことに気づく。
「……うん。かっこいい、かも」
照れが出て明言できない。ユウジのことを思い浮かべながら話していると、ほんのりと顔が熱くなってきた。
「話を統括すると、そのかっこいい弟さんのことも、シイナは大切に思ってるんだよね」
「うん」
ここは即答した。照れが生じない範囲だ。
「セツナちゃんと同じくらい?」
「同じくらい、かな?」
シイナの中でセツナは絶対だ。そこにユウジが入り込めるかは怪しい。そのはずが、そのレベルに至っていないともシイナは言えなかった。
その理由こそが、シイナの求める答え。
トワができる補助もここまで。あとはシイナがそれに気づけるかだ。
「……あれ?」
シイナの中で疑問が生まれる。セツナという絶対値。本来ならそこに至れる者はいない。そのはずなのに、ユウジが届かないと言えない。どうしてなのか、そこを掘り下げる。
ユウジとセツナが、シイナの中で同率になっている。だが、同ジャンルではない。
(セツナのことが好き。ユウジのことも好き。でも)
でも、その2人への”好き”が一致しない。
どくん、と胸が高鳴る。頭で理解するより先に心が自覚した。みるみるうちに顔が赤く染まる。顔だけに留まらず、体全体が熱くなっていく。
(ぁ……私も、ユウジのことが好きなんだ)
ようやく理解した。点と点が一気に繋がっていく。
どうして素直にセツナを応援できないのか。それはシイナ自身もユウジのことが好きだから。
どうして時折ユウジのことを考え、目で追ってしまうのか。それはユウジに惚れているから。
どうして将来を思い描いた時にユウジがいるのか。それは将来もユウジと一緒にいたいから。
「そう、なんだ……」
「シイナの答えは出た?」
「……うん」
今日は自覚しただけで限界だ。これ以上は何も考えられそうにない。
シイナはケーキにフォークを刺し、口に入れる。
(ケーキって、こんなに甘かったっけ)
姉妹で同一人物を好きになる。その難題にこれから挑むことになるシイナを、今後も支えてあげようとトワは静かに決意した。