変化は簡単に感じ取ることができた。生活はいつもと同じ。朝起きて、3人で朝食を取って、家を出る。本土での生活はこれがルーティーンだ。
シイナが家を出る時間は固定されていない。侵略種への対応がメインであるため、出撃時間も固定じゃない。緊急対応もある。
通常は訓練を行っている。エクシーズから支給されている装備。それらを扱った戦い方の練度を上げるのが日々の課題であり、他の時間は通信制の学校の時間だったり、事務作業があったりする。
セツナは家を出る時間が決まっている。変動するシイナより早く出ることもあれば、遅くできることもある。時折一緒に出ることもある。
そのいつもの生活に生まれた新たな変化。その中心にいるのはシイナだ。
(しーちゃんも、やっぱりゆーくんのことが好きなんだ)
セツナと接する時は何も変わらない。今まで通りだ。だが、シイナがユウジと接する時の雰囲気は変わった。以前よりも柔らかくなった。言葉を選ばずに言えば、女の子らしさが増した。
頼りになるかっこよくて美人な姉でありながら、今までにない乙女な一面も見せるようになった。
(しーちゃんのことが好き。でも、ゆーくんのことも好き)
シイナの幸せがセツナの幸せであるように。セツナの幸せもシイナの幸せだ。
シイナがシイナらしく生きられる。何にも制限されず、のびのびと、生き生きと。それがセツナの願うシイナの幸せだ。
この場合どうすればいいのか。セツナは答えを見い出せない。
「なにかお困りごとですか?」
「ぇ?」
悩んでいたら、突如見知らなぬ女性に声をかけられた。警戒しながらその人を見ると、柔らかな雰囲気を持つ長い茶髪の女性がそこにいた。その目は本当に心配してそうな目で、セツナに刺激を与えないようにと少し距離も取っている。
「突然すみません。買い物帰りなのですが、さっきも見かけたのでつい」
その人は買い物に向かっていた。その道中で、セツナが1人でいるところを見かけたのだと言う。場所が憩いの場でもあったため、友達と待ち合わせしていると思っていたらしい。
しかし、買い物を済ませて帰っていると、同じ場所で同じ構図のまま佇んでいるセツナがいた。日も沈み始めており、小学生の女の子が1人でいるのは気になって仕方がない。世話焼きな性格もあり、声をかけたのだと言う。
「申し遅れました。私は相沢シオリと言います。こっちは
「ど、どうも。初めまして。古寺ユズです」
「えっと、初めまして」
シオリの陰から出てきたのは、
ユズは過去の経歴とその後遺症から、いつもはアジト内から出てこない。だが、ずっと外に出ないのは良くないとして、比較的危険の少ない買い出しに今回は同行している。
「日が暮れますし、このままですとご両親も心配されますよ」
「あ、いえ。親は、いなくて」
「……失礼しました。保護者の方は?」
「姉と兄がいます」
「そうでしたか。お二人と待ち合わせをされているとか?」
「してないです。……そうですよね。遅いと心配させちゃいますよね」
頭はわかっている。だが、悩みがあるのも事実。
セツナがしっかりしている子供であることは、言動から多少は感じ取れた。それでも長時間ここにいたと言うなら、やはり何かあるのだろう。
「もし、そのお二人に相談しづらいことでしたら、お話してくれませんか?」
「え?」
「シオリさん?」
「困っている人を放ってはおけませんよね?」
「そうですけど……。私たちも初対面ですし……」
身内に話しづらいなら、外部に話してみたらいい。それは筋が1つ通っている話だが、たった今知り合ったばかりの見ず知らずの他人なのも事実。信頼関係はまったくの0だ。思い悩んでいることを打ち明けるに足る人物でもない。
それはシオリも重々承知だ。わかっている上での提案。シオリの人となりから出た判断。
ちょっとした助けになれればいい。抱えるよりは話せた方が楽になる。それは実感としてシオリの中にあり、壁打ち程度の感覚で話してもらえればいいと思っている。初対面だからこそ、無闇に踏み込むつもりは毛頭ない。
「私の連絡先をお教えします。こちらから詮索はしませんし、なんでしたら一方的にメッセージを送ってくるだけでもいいですよ。あなたが悩みや気持ちを出す場として、ご活用ください」
「そこまでしていただかなくても……。それなら、少しだけ聞いてもらってもいいですか?」
「わかりました。話したいことだけを話していただいたら結構ですので」
「それでも助かります」
憩いの場にある長ベンチ。シオリが真ん中に座り、左右にセツナとユズが座る。セツナが真ん中じゃないのは、初対面の2人に挟まれるのは落ち着かないだろうというシオリの配慮だ。
「ある意味、恋愛相談みたいになっちゃうんですけど」
「恋愛相談……!」
13歳。年頃のユズが目を大きく開けて食いつく。シオリは落ち着いてそれをなだめながら、セツナに話を促した。
「2ヶ月くらい前から好きな人がいるんです。本当に好きで、一緒にいて、話せるだけでも胸がいっぱいになって」
「……!」
「今の時間でもう幸せだなぁって感じてます。これ以上は欲張りかもしれない。でも、なくしたくない。お付き合いとかできたら、幸せで死んじゃうかも」
穏やかな声で、言葉すら慈しむように、大切に紡いでいく。
小学生の恋愛とは思えないその様子に、ユズの方が緊張して顔を赤くしていた。ドキドキと胸を高鳴らせ、静かに興奮気味。ユズの様子を見たシオリは、ユズが暴走しないように気をつけようと認識を改める。
「そんな人がいるんですけど、わたしはもう1人大切な人がいるんです。同性ですけど、わたしを受け入れて、迎え入れてくれた人。その人のことも大切で、幸せになってほしい」
幸せになってほしいからこそ、抱えている問題の解決法が見つからない。
「わたしの好きな人と、大切な人が好きになった人が同じなんです。関係を壊したくない。でも、好きな気持ちに嘘はつけないんです。……シオリさんたちだったら、どうしますか?」
((想像の倍以上に重い……!))
大人びている子だとは思っていた。それでも、子供は子供。恋愛相談だと聞いた時、シオリは自身が小学生の時はどうだったかなと思い返し、照らし合わせるつもりだった。
だが、蓋を開けてみたら全然子供の恋愛相談らしくないヘビーさ。ジャブを読んでいたらボディブローが来た。
「……難しい話ですね」
話を聞くと言った手前。想像を遥かに超える話だろうと、意見を仰がれたのだから何かしら答えないといけない。
なんとか反応を示して、シオリは急ピッチで頭の回転を加速させる。
「私はその経験がありませんから、的確な話ができるかはわかりませんが」
己と己の大切な人。両者の好きな異性が同じ人。そんな経験は誰もがなかなかしないものだ。
シオリやユズの今の環境に置き換えたら、”恋している相手がトワの相手と同じだった”ことに悩んでいるパターン。
「もし私がその立場でしたら、先にその大切な人と話します」
「それは……どうしてですか?」
「その方が互いに気持ちをぶつけられるからです。ケンカではなく、どちらかが折れるでもなく。互いに本気なのだと確かめ合う。そうしたら、遠慮せず正々堂々と自分の気持ちに向き合えると思うんです」
自身の環境に置き換えて考える。トワの幸せを願いつつ、己の幸せも考える。そう仮定して、どうするのが互いに納得できる形になるのか。
シオリが出した答えは、後腐れのないように場を整えることだった。
だが、これが最適なのかはわからない。このやり方の前提として、両者が譲れない気持ちを持っていないといけない。
トワなら、シオリの幸せを願って折れてしまうかもしれない。その想像ができてしまう。
「私のこのやり方の場合。相手方に遠慮の気持ちがあったら成立しません。だからこその話し合いではあるのですが、保障が効くものでもないです。……ユズならどうしますか?」
「え? あ……えっと」
大人だなあと思って感心していたら話を振られた。ユズは困ったように視線を動かし、見つめてくるセツナと目が合った。答えないといけないと悟ったユズは、シオリの意見も踏まえて自分の意見を固めていく。
トワと好きな人が被った場合。ユズならどうするか。
「私は……。…………私だと、諦めちゃうかもしれません」
魔人化薬の実験動物として扱われ、あらゆる薬を投入された。まともな生活を送られず、まともに死ぬこともできないであろう暗闇の中。
そんな場所から、魔人狩りのメンバーが救ってくれた。半分、人から外れたような状態だったのに、トワができる限り一般人に近づけてくれた。
大恩のあるトワに幸せになってほしい。笑っていてほしい。そう願うのなら、ユズが出せる答えは自分の恋をひっそりと終わらせることだった。
「私が諦めることで、その人が幸せになるなら。それが、私にできる私なりの恩返しの1つだと思うので……」
「恩返し……」
「あっ、すみません! 私ならってだけですよ……! 全然、私よりシオリさんの意見を参考にしてもらったほうが……!」
「いえ、ユズさんの考えを教えていただいて、ありがとうございます」
(この子ほんとうに私より年下なのかな!? こんなに丁寧な子っているんだ……!)
セツナの応対にユズは驚愕しているが、実はそうじゃない。誰かに話したことで気持ちが楽になったことと、同じ問題でも人によって考えが変わるという事実を知ったこと。これらのおかげで、セツナの中で余裕ができただけだ。
正解は1つじゃない。あるいは、正解があるかもわからない。正反対のことだが、共通しているのは明確な1つの答えがないということ。これを知れたことが、今のセツナにとって何よりの助けとなっている。
「お二人とも、今日はありがとうございました」
「もうよろしいのですか?」
「はい。話を聞いていただけただけでも、とても助かりました」
「それはなによりです。あなたとその大切な方、双方にとっても良い結果になれることを願ってます」
「……ありがとうございます。もしよかったら、連絡先を交換しませんか?」
「……いいんですか?」
「はい! なにかあったら、また相談させてください」
「そういうことでしたら。いつでもご連絡ください」
「私も、いつでも大丈夫ですよ」
「あ。わたしだけ名前を言っていませんでした。久瀬セツナと言います。よろしくお願いします」
「セツナさん。いいお名前ですね」
「ありがとうございます。さんは無くていいですよ。シオリさんの方が年上ですし」
「私のこれは癖ですので……」
「そうなんですね」
「あの。セツナちゃん、って呼んでもいいですか?」
「! はい! わたしもユズちゃんって呼んでいいですか?」
「もちろんです。えへへ、お友達ができて嬉しいです」
「わたしもです」
連絡先を交換し、友人関係も築けた。交友関係の広がりは世界の広がり。セツナもユズも、自分の世界観が広がったことを喜んだ。
「セツナさん、お帰りはどうされますか? 車があるので、送っていくこともできますよ」
「兄が迎えに来てくれるみたいなので、送っていただかなくて大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「そうですか。でしたら私達はこれで」
「セツナちゃんまたね」
「うん! ユズちゃん、シオリさん。今日はありがとうございました!」
互いに笑顔で手を振って別れる。シオリの運転する車にユズが乗り、日が沈んだ街を走っていく。セツナはそれを見送り、ゆっくりと息を吐いた。
セツナの悩みは解決していない。答えは出なかった。だが、今日はそれで十分だ。正解はわからなくていい。自分で、自分たちで見つけるしかない。他の誰でもない。シイナとセツナ。姉妹二人で。
それが二人にとっての正解になるのだから。
「セツナ」
「ゆーくん! すっごい早かったね。近くにいたの?」
好きな人に名前を呼ばれた。いつものことなのに、いつもより嬉しい。
セツナはユウジの傍に駆け寄ると、嬉しそうに目を細めた。
「そこの店にいた。帰りが遅かったから、何かあるんだろうと思ってな」
「ごめんね。ケータイで連絡してたらよかったね」
「いや。それも込みで、
「……ゆーくんに、隠し事をしたいわけじゃないよ? でも、まだ言えなくて」
「それも気にしなくていいぞ。セツナの好きにしたらいい。危険があれば俺が排除する」
「危ないことじゃないんだけど……」
勘違いもされているが、自分を思っての発言だと分かれば喜ばしいことこの上ない。セツナはくすりと笑うと、ユウジの手を取って指を絡める。
「ゆーくんの手。おっきい」
「? 前と変わってないぞ」
「うん」
変わっていない。島で繋いだ手の大きさと、もちろん同じだ。変わったのはセツナの心の方。ユウジのひとつひとつのことを、以前よりも意識している。
「あのお店はなんのお店?」
「分類で言うと喫茶店だな。スムージーとかジュースとか、ラインナップは若者向け」
「ゆーくんの手にあるそれは?」
「マンゴースムージー。結構美味しいぞ。飲むか?」
「いいの? それならもらっちゃうね」
まだ半分は残っているカップを受け取り、セツナは少し躊躇ってからストローに口をつけた。口の中に広がるマンゴー味のスムージー。たしかに美味しいと感じているが、セツナの脳内はそれよりも自分がしたことに支配されている。
ユウジは何も思っていないだろう。だが、恋する11歳の乙女に、好きな人との間接キスは刺激が強い。
「シイナは今日早めに退勤できたらしい。家で晩飯を作って待ってる」
「……うん」
「結構心配してたから、帰ったら何か話してやってくれ」
「ん」
大事なことを言われている。それはわかっている。
それでも。強い刺激が。高まる鼓動が。火照る体が治まらない。
どうすれば落ち着けるかはわかっている。離れたらいいだけ。
でも、セツナは自分の気持ちに従い、家に着くまでユウジの手を離さなかった。