シイナの変化を理解しているのは、相談に乗ったトワと妹のセツナだけだ。
ユウジはそれを理解していなくても、感じ取ることはできている。というよりも、さすがにわかりやすい。たとえどんなに鈍感な人間だろうと「何かあったんだな」と思うくらいには違いがある。
「今日は遅めの出勤か?」
「うん。働き方改革だーって八神総督が言ってたよ。することは多いけど、こなしてる仕事の量はそこまで変わってないからね。あたしの場合、訓練が多めだし」
「全体で見たら、訓練時間を減らしたってところか」
「だと思うよ。なのちゃんとフェイちゃんは元々強いから、訓練もあたしがメイン」
対侵略種に絞れば、シイナの言う通り。しかし、実働部隊がそうというだけで、他の部隊の者たちもいる。輸送部隊、支援部隊、対人で訓練をしている部隊といくつかに分かれている。
それらの訓練は、それぞれ継続的に行われている。使用設備、車両等の整備も欠かせない。
とはいえ、よそはよそだ。シイナが学生であることは事実。通信だろうと、学業を疎かにするわけにもいかない。それがシイナにあてられている働き方改革の要因だ。
「ユウジの調子は?」
「いつも通りだ。巣を完全に潰せてるかは不明だが、いくつかは侵略種を激減させられているはずだ」
「殲滅できても、また住み着くかもしれないもんね」
「そういうことだ。住み着きやすいから巣になっていただろうからな」
「ユウジの頑張りは、フェイちゃんからも聞いてるよ。報告に抜けもないし、いつも安心して任せられるって」
「そりゃ何よりだ。基本的にフォルドにやらせてるんだが、ちゃんとやってるんだな」
《それぐらいはまともにやるぜ》
やらないとフェイトからの小言が待っている。それはそれで一定の需要があるだろうが、フォルドもユウジもその趣味嗜好はない。
「ユウジは今後のこと考えてる?」
「どういう意味でだ?」
「どうって……」
ユウジが行っている侵略種の巣の処理は、範囲が限られている。シイナとセツナが家を出てから、どちらかが帰宅するまで。しかも誰よりも先に帰宅するようにしている。
そうなると、自ずと活動時間が限られ、移動に使える時間も決まる。結果、ユウジが叩く巣は一定範囲内になる。そして、遠くないうちにその巣もなくなるだろう。
そうなった場合、ユウジは活動を終えるのか。それとも変えるのか。シイナが聞きたかったのはそのことだが、ユウジが質問の範囲を広げたせいで、違うことがシイナの脳内を過ぎった。
スイッチで切り替えられたように、シイナの顔が赤く染まる。
「ち、ちがっ……! そういうつもりじゃなくて!」
《そういうってどういう話だよ。はっきり言ったらどうだ?》
「フォルドは黙ってて!」
声色からしてニヤついているのがバレバレなために、窓の外に投げ捨てられるフォルド。いつもの流れを済ませたシイナは、フォルドが返ってくる前に窓を閉めた。
動揺のせいで肩が上がり、リビングでユウジと二人きりになったことを認識して目を回し始める。ふらつくシイナをユウジが支え、ソファに座らせる。気遣いがトドメとなり、シイナの脳がショート。再度動くまで、しばらく時間を要することになった。
「落ち着いたか?」
「……ちょっとは」
ソファに並んで座る2人の距離は、以前に比べて近くなっている。拳一つは離れていたのに、今では小指程度の距離しか離れていない。それがシイナの心境の変化の表れであり、ユウジが気付ける要因でもある。
「……話を戻すと。侵略種の巣を攻略するのも限度があるでしょ? それが来たら、ユウジはどうするのかなって」
「具体的に決めてはいない。少なくとも、原種への対応はしない。日にちを要する遠征もあるだろ。セツナを1人にするわけにはいかない」
「そうだよね。よかった。ユウジがそうしてくれるなら、あたしも全力で原種退治ができる」
魔人の力は、セツナからシイナへと引き継がれている。しかし、秘密にしているとはいえ、セツナが魔人だったことは事実。考え過ぎだとしても、セツナが裏の人間に狙われる可能性は踏まえて行動したい。
シイナとユウジの懸念は同じだ。そしてユウジがそれの対応をする。それが継続するなら、シイナは何も心配がいらない。
「魔人の方は、エクシーズの手が回ってないんだけど」
「幸い、世間には知られていない。一般人目線で考えれば、見えない脅威よりも見える脅威に消えてもらいたいものだろ。侵略種と原種優先は合理的な判断だ」
「そうなんだけど……」
「何か気になるのか?」
「うん。この力のこと。それに、セツナのことも」
シイナがセツナと出会ったのは、何年も前のことだ。侵略種災害があった日。偶然出会った。
「魔人の誕生は、大きく分けたら薬かそれ以外かって話だったじゃん。セツナはたぶん、薬じゃない方」
「……シイナが知りたいなら、そっちの方を調べる。どうする?」
「セツナの力の由来がなんであれ、家族なのは変わらないよ。気になるのは、セツナのことを知ってる人がいるんじゃないかってこと。セツナは、
それが、セツナが普通の人間じゃないんだと薄々気づいていた理由だ。そういう病気も世の中にはあるだろう。だが、健康診断で何も引っかからず、それでも一般的な成長を見せない。それを見ながら、シイナ自身は体の成長をしてきた。
なにはともあれ、あの当時のセツナを知っている人がもし裏社会にいたら、セツナは標的にされるかもしれない。
「たぶんだけど、あたしがセツナと出会ったときの方が、魔人の薬が流れ出した頃より早い」
「なるほど。シイナの言いたいことはわかった。それも安心しろ。セツナのことも護る」
「も?」
「シイナに何かあれば、当然どこへでも駆け付けるからな」
「ありがと。……もし…………ぁ、ううん。なんでもない」
言いかけたことを引っ込める。珍しい様子にユウジは疑問を抱いたが、シイナが言わないのなら無理に追及もしない。
(あたし……今……)
何かを思い詰めている様子だったが、ユウジはあえて踏み込まない。何かあるなら、シイナは必ず言う。それをしないなら、そこにも理由がある。ユウジはそう判断した。
「シイナ。時間は大丈夫なのか?」
「へ? あ、ほんとだ。そろそろ出なきゃ。ユウジも一緒に出る?」
「それはいいが、フォルドを回収しないとな」
「たぶん玄関先にいるよ」
戸締まりを確認し、消灯も済ませる。2人が揃って家を出ると、シイナの予想通りフォルドが玄関先で浮遊していた。
《ちちくり合うにしちゃあ早く済んだようだな》
「そんなことしてないから」
「シイナ。晩飯の希望はあるか?」
「え? うーん、今は思いつかないかな」
「決まったら連絡してくれ」
「了解。ありがとうユウジ。ユウジの今日の予定は? どこまで行くの?」
「今日は狩りに行かない。支局長に少し話すことがある」
「ルーク支局長に? 総督じゃなくて?」
総督、つまりトップであるはやてとユウジはもう面識がある。それどころか、かしこまらずに話し合える関係だ。
そのはやてではなく、支局長のルーク・アンダーソンと話す。その意図がシイナには読み取れず、こてんと首を傾げた。
□
ユウジの今の交友関係を振り返ると、男女比に偏りがある。
家族はシイナとセツナ。本土で初の友人となったトワ。3人とも女性。
エクシーズの隊員であり、記憶を失う前のユウジを知るなのは、フェイト、はやて。そしてはやての身内であるヴァルケンリッター。9割が女性。
やはり、圧倒的に女性のほうが多い。そんな中、ルークは話しやすい男性の知り合い。しかもルークは大人であり、客観的に物事を見て判断できる貴重な存在。
「君から話を持ちかけられるとは思っていませんでした。八神総督ではないのも、相応の理由がありそうですね」
「話が早くて助かる。単刀直入に言うと、意見を仰ぎたい」
「意見を仰ぐ……。どうやら、侵略種関係ではなさそうですね」
「言うなれば人間関係」
「ふむ……なるほど。シイナさん関係ですか」
ユウジの交友関係は一切把握していない。だが、大まかな活動は知っているつもりだ。推理する材料はある。今の状況も含めたら、シイナ関係であることが可能性として一番高い。
それがわかったとしても、ルークは内容までは読み取れない。今したことは、前置きを省いただけだ。
「身内の距離感が近くなったら、どう対応する?」
「これまでとは変わった、ということですか。以前ご一緒されていた時、すでに近い距離感だとは思っていましたが」
「そこからさらに。というか、対応も変わった。時々よそよそしい」
よそよそしくなったかと思えば、今日みたいに物理的に距離が近くなる時もある。以前のように変わらず話せる時もあるため、ユウジはどう反応すればいいのか、迷ってしまう時もあった。
「少なくとも悪い変化ではなさそうですね。心境の変化があったのは間違いないようですし、どう対応するかは、君次第かと」
「そうするしかないか。……だが、どうにも引っかかりを覚えることもある」
「であれば、まずはそちらの究明と解消が先決でしょう。中途半端なまま対応しようとすれば、すべてを取りこぼしかねませんからね」
「実感が篭っているように聞こえるな」
「侵略種という脅威を取り除いていく。その組織の一角を任されている立場ですからね。住民はもちろん、部隊員たちの命も預かる身。指示一つの重みも変わりますよ」
「それもそうか」
急造の組織だろうと、組織は組織。人類史上初の”侵略種”という世界共通の脅威。減らされた人類の生活圏を広げ直す。そのために原種を狩る。
前例のない偉業を推し進めるエクシーズの一角を任されているのだ。責任感も能力も一般人と同じなわけがない。
改めて、ルークに相談して正解だったと思う。同性であり、人生の先輩。必要な情報にのみ絞られた助言も、シンプルでユウジにはありがたかった。
シイナの変化が何なのか。自分はどう向き合うのか。基準は他人に作らせない。自分で持てばいい。
「ありがとう支局長。おかげで脳内がスッキリした」
「少ししか助言していないですが。どうやら、君も聡明な人間のようですね」
「そうでもないと思うが。それで、支局長の方の話は?」
ルークが時間を作ったのは、たんにユウジの話し相手になるためではない。2人は面識があっても、そこまでの仲にはなっていない。それでもルークが場を設けたのは、ルーク側も話を持ってきているからだ。
そのことに気づかれていると知り、「やはり聡明だ」と呟いてからユウジに話を持ちかける。
「おかげさまで、侵略種駆除は想定より早く進んでいます。しかし、それはこの地域一帯の話です。エクシーズとしては、世界中を股にかけて活動します」
「シイナは遠征が増えるんだろうな」
「そうなります。シイナさんは侵略種を吸収する度に強くなる。その特性を生かさない手はありません。可能な限り、原種の駆除には同行してもらいたいのがこちらの考えです」
「その活動を妨げる権利なんて、俺はもちろんセツナも持っていない。シイナが決めたことを応援するだけだ」
「ご理解いただきありがとうございます。さて、本題ですが」
シイナの今後の活動に関しては、報告という形になっても家族に説明する義務がある。そう考え、ルークははやての許諾を得た上で伝えている。
そしてそれとは別に、ユウジに持ちかけたい話があった。
「侵略種が現れてから、問題は2種類生まれました」
「侵略種そのものと、魔人だろ」
「そうです。エクシーズは現状、前者への対応で手一杯です」
「俺に後者をやれと?」
「無理強いはしませんし、お願いするのも限定的なことだけです。魔人を人工的に生み出す魔人化薬。魔人狩りというグループが、それ関連を襲撃しているようです」
魔人狩りは、組織と呼べるような大規模な集団じゃない。むしろその逆。少数だ。活動としては、魔人化薬の製造工場の破壊。魔人の殺害。それらを活用する裏組織の壊滅。
魔人関係のなんでもかんでもを襲っているというわけだ。
法的に認められているわけでもない。魔人だろうと人は人。現場を抑えられたら捕まる集団。偽善とも言える者たちだが、魔人化薬はエクシーズとしても止めたい品物。そこを狙って動く魔人狩りの存在は、ありがたい一面もあるのだ。
「要は、エクシーズとしては連携の取れない集団とは別に、魔人関係で活動する協力者が欲しいわけか」
「そうなります。先程もお伝えしましたが、無理強いはしません。今まで通りの生活最優先。巣を叩きに行っていた時間を、魔人化薬やその関係の方に割いてもらえたら助かるという話です」
「昼間だよな。そういう裏のやつって、人気の少ない夜のほうが捕まえやすいんじゃないか?」
「魔人狩りの活動が、基本的に夜なんですよ。加えて、現場で鉢合わせした際、そのまま交戦になりかねません」
「なるほどな」
魔人狩りが動かない時間を多少埋められるように、ユウジが昼間に活動する。
「狙いはわかるが、魔人狩りと違ってこっちは単独だぞ」
「八神総督曰く、優秀な相棒がついているから無問題だとか。1人で先走るのだけはNGだそうです。あと、こちらが把握している情報はすべてお渡しします」
「すべてってのは、具体的には?」
「魔人化薬の製造場所と思わしき地点。魔人狩りが襲撃した地点。薬に関わっていたと判明している個人や組織。言葉通り、薬関係の情報のすべてです」
「見つかってないところは、情報と傾向を見て割り出せってことか。無茶振りもいいところだな」
だが、この話はユウジにとっても都合が良かった。シイナが懸念していたこと。セツナを狙う者の可能性。その対処。
いなければそれに越したことはない。だが、もしセツナがターゲットに含まれていたら。到底看過できない事態だ。
「やれることはやってやる。やり方はこっちに任せてもらうぞ」
「構いません。場所や組織の絞り出しだけでも十分ですので」
「成果はそこまで期待しないでほしいがな」
「情報は後ほどデータを遅らせていただきます。それと、最重要人物を2名お伝えします。篠宮マナと蔵木エイジ。もしこの2名の情報を得られたら、即座にご報告ください」
「了解」
話が纏まり、ユウジはエクシーズの極東支部をあとにする。ユウジが抱えるタスクは大きく二分される。家族のことと魔人関係。
どちらも重要度が高いが、先に取り掛かるとしたら、やはり家族のことか。
「フォルド」
《どうした相棒》
「俺の中で確信がある」
《モテるって話か? ナルシストのつもりかよこの野郎》
「俺は過去に、何よりも大切だと思える相手がいた。そうだよな?」
《……おう。合ってるぜ》
「過去の俺を知ってる奴らに会ったが、少なくとも
《やれやれ。さすがは相棒。記憶が吹っ飛んでもそこまで辿り着くか》
フォルドは否定しなかった。それが答えだ。
1つの解答を得られた。ならばその次は、フォルドにしか答えられないことを聞く。
「誤魔化さずに答えろ。今後、俺がその相手と会う可能性は存在するのか?」
《賢いってのも考えものだな。……ま、答えてやるよ》
フォルドがもし人だったら、仕方ないなと頭を掻いていたことだろう。
相棒の今後のためならば、答えないわけにもいかない。
《可能性は限りなく低い。だが、0でもない。それが答えだ》