小学校の定番行事といえば。そう言われたら、人によってさまざまな回答が出るだろう。
運動会、音楽会、遠足といった毎年の行事。高学年にもなれば、修学旅行もある。それらはどの子供たちも浮足立つだろうが、少し違うベクトルで浮足立つ行事もある。それが、保護者が学校にやってくる”授業参観”。
「このプリントは、必ず皆さんのご家族に渡してください」
担任がそう言って配ったものこそ、授業参観の案内。楽しそうに反応している生徒もいれば、恥ずかしさからか嫌そうにしている生徒もいる。
クラスのそんな反応を見ながら、セツナはプリントを見て複雑な心境になった。
クラスの人たちは、きっと親が見に来るのだろう。だが、セツナに親はいない。保護者はいる。この案内を見たら、ユウジは駆けつけるだろう。しかし、シイナはどうだろうか。世界のため、侵略種や原種と戦っているシイナは、はたして時間を作れるだろうか。
「セツナちゃんの家族は来る?」
クラスメイトに声をかけられ、セツナははっと顔を上げた。
久瀬家に保護者はいても親はいない。きょうだいだけの生活であることは、浅くクラス間に共有されている。だからこそクラスメイトは”親が来るのか”と聞かない。家族、すなわち兄や姉が来るのかを尋ねた。
「どうだろう。2人とも忙しいから……」
「そうなんだ。働いてるんだっけ?」
「うん。いつも頑張ってくれてる」
「凄いよね。そういえば聞いたことがあるんだけど、バイトってシフトっていうのがあるんだって。調整しやすいらしいから、時間が作れるんじゃないかな?」
まさか高校生をしながら国連で働いているとは思わない。エクシーズとしても、シイナの存在は公にしていない。原種を倒すシイナの手柄も、組織としての手柄として報じている。
横取りをしたいのではない。侵略種の血を得て成る魔人の存在は隠されており、侵略種討伐を掲げる組織が、それを活用しているとは公言できない。そういった大人の事情と、シイナのプライバシー保護のため。
このことはユウジもセツナも聞き及んでいる。それ故に、セツナも学校ではシイナの仕事の事もバイトとしか言わない。ユウジの仕事の事も、比較的自由度の高いバイトというニュアンスでしか言っていない。
「バイトでも、そんなに急には変えられないと思う」
「そういうものなのかな? ダメ元で言ってみなよ」
下校前にあったそんな話を思い出しながら、セツナはリビングで宿題をしていた。近くには、晩御飯の献立を考えているユウジがいる。今日も侵略種の駆除に行き、家庭菜園の世話もしてくれている。家庭菜園はセツナの趣味でもあるので、基本的にはセツナが管理。ユウジは週に2回だけの代行。
「ゆーくん、最近忙しい?」
授業参観のことを言うかどうか。まだ悩んでいる。それが言葉に表れていた。直接的なことを言わずに、遠回しに確認している。
献立を考えるのを中断したユウジが、セツナのいる方に向き直す。
「基本的に忙しい日はない。予定がある日も少ない。どうかしたのか?」
「ううん。ゆーくんの仕事のこと、深くは聞いたことがなかったから」
「深くもなにも、シイナが島でやっていたことと大差ないと思うが」
「だとしても、わたしはそっちのことも詳しくは知らないし……」
「……学校で何かあったのか?」
「へ? いや、なにもなかったよ」
「そうか? いつもと少し雰囲気が違うぞ」
「そんなことないよ。……うん、本当に、何かあったわけじゃないから」
《お嬢隠し事か〜? 年頃になったか》
「出会って半年も経ってないだろ」
茶化すフォルドに淡々とつっこむ。話が逸らされたが、それがフォルドの狙い。深堀せず、この場は流しておけというサポートだ。
「……仕事に関しては、フリーランスってことになる」
それを汲み、ユウジはセツナへの追及をやめて元の質問に答える。
「侵略種を倒して、記録を送って報酬を貰う。一連の流れはそれで、島にいたときのシイナとの違いは、自分から侵略種を討ちに行くところだな」
シイナは島に上陸した侵略種を討ち、その分の報酬を受け取っていた。時折本土でも侵略種の対応をしていたが、それも募集があった時に赴いていただけ。どちらかと言えば受動的な対応だ。
ユウジの場合、むしろ依頼を待たずに踏み込んで殲滅する勢いだ。報酬もエクシーズを通してぶん取っている。圧倒的に能動的な対応。
「ある程度片付いてきたから、今後は別件の対応になるな」
「別件? 危ないこと?」
「危なくはない。エクシーズから探しものを頼まれたから、それをやるだけ」
「……もしかして、魔人のこと?」
数秒考えた後、セツナはそう尋ねた。エクシーズという組織と侵略種関係のこと。それらを踏まえて考えてみたら、出てくる答えがそれだった。
「エクシーズは侵略種駆除をしてて、魔人のことも知ってるけど、そっちには手が回らない。だからゆーくんにお願いしてるのかなって」
「セツナは賢いな」
「やっぱり危ないじゃん」
魔人のことはセツナの方が詳しい。組織や規模を知っているわけでなく、魔人がどういう存在なのか。その点に関して詳しいのだ。危険な目にも遭った。だから心配するし、ユウジがそこに関わることに不満も抱く。
ぷくっと頬を膨らませているセツナを、ユウジはゆっくり宥める。
「俺の仕事は魔人の対処じゃない。魔人を増やそうとする連中、その関連組織の所在をあぶり出すことだ」
「でも……、危ないことに発展することもあるよね?」
「そうならない。フォルドなら痕跡も消せる」
《朝飯前だぜ。足もつかねえから、相手からこっちにたどり着くことはねえ。安心しなお嬢》
フォルドは嘘をつかない。できないことを言わない。フォルドが可能だとするなら、それは確実に可能だ。
そのことはセツナも理解している。何を言っても、ユウジは決めたことを変えない。それを飲み込み、受け止めるしかない。
「……無茶、しないでね」
「そうだな。気をつけておこう」
□
教室の中が浮足立っている。今日の最後の授業時間に、それぞれの保護者が来るからだ。
その直前の休み時間。ぽつぽつとクラスメイトたちの保護者が教室に入ってきた。気恥ずかしそうにしながらも、どこか嬉しそうに笑うクラスメイトたち。保護者も保護者で、我が子に声をかけたり、クラス内での様子を静かに見守ったりとそれぞれだ。
「久瀬さん」
それをどこか別世界のように見ていたセツナに、担任が声をかけた。セツナは結局、ユウジにもシイナにも今日のことを話せていない。
それぞれ、人々のために大切な仕事を抱えている身だ。時間を取らせたくないという言い訳と、兄や姉に授業を見守られるという不慣れな空気が恥ずかしいという思いがあった。
「久瀬さんのご家族は来られますか?」
「先生……。実は、今日のことを話していないんです」
「……そうですか。それはどうして?」
「恥ずかしかったのと。迷惑をかけたくなかったから、です」
生徒を預かる立場だ。受け持つ生徒たちの家庭環境を、担任もある程度知っている。具体的なことまでは知らないが、ハンターの資格を持ち、侵略種駆除を請け負うこともあるということは知っていた。
セツナの身内はまだ未成年であり、それでいて学業を続けながら生計を立てている。いわゆる苦学生。それを慮るセツナの考えを、担任は尊重した。
「久瀬さんのその優しさも、ご家族はきっとわかってくれると思いますよ。先生は、久瀬さんのその気持ちを尊重します」
「ありがとうございます。先生」
小学校の休み時間はそう長くない。話を終えた頃には休み時間も終わりかけ。教室の後ろには保護者たちが並んでおり、セツナは自分の席へと戻っていく。
「……へ?」
視界の端に映った、教室に新たに入ってきた人物。それを見逃さずに振り返り、セツナはぽかんと口を開けた。
「この教室だったか。間に合ったようだな」
「島と違って、こっちの学校は校舎も大きいね」
滑り込みで入ってきた男女2人。それは今日のことを知らなかったはずのシイナとユウジだ。驚いているセツナと目が合うと、シイナは明るい笑顔で手を振った。
「やっほーセツナ。間に合ってよかったよ〜」
「え……、な……なんで……」
戸惑いながらも駆け寄り、セツナは2人に問いかける。授業参観のことは伝えていない。いつあるかも知らないはず。それなのに来ている。その驚きと、忙しいはずのシイナまでこの場に来られている。
完全に予想外だった展開に、セツナは理解が追いつかないでいた。
「セツナの様子がいつもと違うってユウジが話してくれて、こっそりかばんの中を見ちゃった」
「ぁ……ごめん、なさい。隠してた」
「ううん。セツナがあたしたちのことを考えてくれてることはわかってるから。謝る必要なんてないよ」
そっとシイナがセツナを抱きしめ、それをいつものように受け入れるセツナ。この場が教室であることを遅れて思い出し、顔を赤くしながら離れる。
「し、しーちゃん。はずかしい」
「あははー、ごめんごめん。いっそユウジともやっとく?」
「しないよ!? …………いえでするもん」
最後にぼそっと言った言葉を、シイナもユウジも聞き取れている。シイナが横目でユウジを見るも、ユウジは特に反応を示さない。場をわきまえてのことか、あるいはセツナに甘いからか。シイナにはそこの区別がつかない。
「しーちゃん、ゆーくん。来てくれてありがとう!」
「どういたしまして。がんばってねセツナ!」
「いつも通り授業を楽しんだらいいぞ」
「うん! 行ってくるね!」
にこにこと楽しそうに、見るからに上機嫌になったセツナが席に戻っていく。周囲のクラスメイトとも仲良く話しており、それを見てシイナはほっと胸を撫で下ろした。
話では聞いていても、実際に学校を楽しめているのを見る方が安心できる。セツナを溺愛しているシイナは、それが如実に表れる。
「よかったな。クラスメイトとも馴染んでるぞ」
「ほんとによかったよ。ユウジも教えてくれてありがとう」
「見つけたのはシイナだろ」
「ううん。ユウジがちゃんとセツナのことを見てくれてたからだよ。時間を作れたのも、ユウジが掛け合ってくれたからでしょ?」
「どうだか。あの上司なら、事情を知れば融通をきかせてくれるだろ」
話はそこそこに、授業が始まればシイナもユウジもセツナの様子を見守る。シイナは視線をセツナに集中させ、ユウジはセツナの様子を見ながら他のクラスメイトも見る。
どうやら、今のところセツナに危害を加えそうな生徒はいない。こっそり釘を刺す必要もなさそうだ。
「セツナはどんな発表をするんだろ」
警戒心を解いていると、小声で話すシイナの声が聞こえた。授業内容をそこまで見ていなかったユウジにとって、まず「発表してたのか」という感想が生まれている。
「どういう内容でも、セツナならちゃんと纏めてるだろ」
「そうだよね」
セツナの発表内容はユウジにも見当がつかない。少なくとも家では、準備をしている様子がなかった。おそらく授業内で完結させたのだろう。
「次は久瀬さんですね」
「はい」
名前を呼ばれ、セツナが用紙を持ってその場に立つ。緊張していそうな気配だが、その目は震えていなかった。
「わたしは家族のことが好きです。お姉ちゃんは自分の学校のこともあるのに、わたしのこと優先したり、生活のためにお仕事もしてます。それがどれだけ大変なのか、わたしにはわかりません。でも、お姉ちゃんはいつも笑顔で側にいてくれます」
「ユウジ」
「受け止めてやれ」
「うん……」
こういう場だからこそ聞けるセツナの言葉。だが、こういう場だからこそ、嬉しさと恥ずかしさで感情が狂いそうになる。シイナは、照れながら頬を緩めていた。
「大好きなお兄ちゃんもいます。お姉ちゃんの負担を減らすために、お兄ちゃんも働いてくれてます。いつもお姉ちゃんのことも、わたしのことも気にかけてくれて、些細なことも気づいてくれます」
こうしてその場に来られたのも、気づいて行動を起こしたから。それが迷惑になっていないことに、ユウジは静かに息を吐く。
「2人とも、大好きで大切な家族です。わたしまだ、全然できることがありません。いつも2人に甘えちゃいます。でも、将来は、大きくなったら、わたしも2人を支える。そんな人になりたいです。ずっと、みんなでいられるように。それがわたしの夢で、わたしの叶えたい目標です」
発表という名の決意表明が終わり、セツナは着席する。一瞬だけ振り返った。
後ろで聞いていたシイナは、セツナの心意気に感動し、今にも抱きしめに行こうとしている。それをユウジが手で制している状態だ。相変わらずの様子に、セツナは柔らかく微笑んだ。
周りからしたら、オーバーにも見えるかもしれない。だが、そこにある愛は本物だ。共に生活してきたセツナは理解しているし、だからこそセツナもシイナを愛している。
(しーちゃんが好き。ゆーくんも好き。だから、ずっとずっと、3人で一緒にいたい)
その優しく温かな願いが、今のセツナの原動力。
自分の恋が叶うかは、また別の話。