海女鳥島は決して大きな島ではないが、島内で小学生から高校生までが学べる環境ができている。久瀬セツナは小学校に通い、久瀬シイナは高校に通う。
17歳にして狩猟免許や銃砲許可証を持つシイナは、自ずと島内では有名人。加えて容姿の良さと前向きな性格もあって、老若男女問わず誰からも人望がある。良くも悪くも、話題になりやすい人物というわけだ。そう、良くも悪くもである。
「シイナっていつの間に彼氏ができたの?」
「は? かれし?」
こんな具合に、何かあればすぐに話題にされる。元々閉鎖的な環境だ。噂話もすぐに広まる。島内の人間ではない誰かが病院に運ばれたことも、とっくに話題になっている。その後を知る者はいなかったが、害獣駆除の活動をしていれば人目に触れもする。
シイナが異性と仲良さそうに2人で歩いていたら、それも話題になるということだ。
「ほら、あの人。最近シイナと一緒にいる人。うちのばあちゃんも見たって言ってたよ」
「ああー」
どういうことかをシイナは理解した。クラスメイトの祖母から、たしかに侵略種駆除の依頼があった。始末して、その事後報告をする時にユウジもいた。話題に欠けるこの島だ。高齢だろうと、浮いた話をしたくもなるのだろう。
だが、それはまったくもって誤解である。たしかに仲はいいだろう。仕事仲間。同僚。友人。そんなところではあるが、決して恋仲ではない。付き合っていない。
「違う違う。害獣駆除を手伝ってくれてるだけで彼氏じゃないから」
「ほんとかなー」
「違うものは違うの。恋愛にかまかけるより、セツナを幸せにするほうが大事」
「ちぇー。おもしろい話だと思ったのに。でも、シイナらしい理由だし納得」
「わかったらこの話は終わり」
「にはならなくて」
「なんで」
付き合っていようといなかろうと、それは話題の半分でしかない。もう半分は、ユウジの存在自体である。急に島にやってきた謎の青少年。しかもシイナと共に侵略種駆除をしている。話題にするなという方が難しい。
「あの人かっこいいと思うけど、シイナは狙わないの?」
「狙うって……、狙ったら人も死ぬよ?」
「うーん。恋愛に興味ないとは思ってたけど、ここまでとは」
がっくりと肩を落とすクラスメイトに首を傾げる。シイナにとって、ユウジはもう身内だ。セツナのような家族、とまではいかないが、従兄弟ぐらいの感覚である。身内をそういう目で見ようとはならなかった。
「かっこいい……か。たぶん、そうなのかな」
「重症だこりゃ。それで、シイナはあの人の連絡先持ってる?」
「持ってるけど、本人の許可無く教えるのはできない」
「そうだよねー」
そうやって話していると、シイナの携帯にメールが届いた。授業中は無音にしているが、それ以外は音が鳴るようにしている。駆除依頼にすぐ気づけるようにするためだ。
「シイナも大変だね」
「そうでもないよ。慣れてるし、最近は楽もできてるから」
「そう? 今すぐ行く気でしょ? 無理しないでね。先生には言っとく」
「ありがと。終わったらすぐに戻るから、あとでノート見せて」
「もち!」
ライフルを担ぎ、シイナは教室を駆け出した。廊下を走るなという注意は受けるも、シイナの急ぎの用事が何かはこの学校の誰もが知るところ。注意は形式的なものに過ぎない。
学校の玄関に行き、靴に履き替える。そのついでに素早くメッセージを送った。送信先は最近一番多い、ユウジ宛だ。正確にはフォルドに送り、それをユウジが見て動く。送る内容はいつもの通り転送するだけ。メッセージの内容を見て、ユウジも現場に向かう。
(フォルドがナビしてくれるから、場所の説明が省けて楽)
担いでいるライフルは軽いわけじゃない。重量も相応にある。しかし、シイナにとっては慣れたもので、これを担いだまま走るのもお手の物。
侵略種は多種多様だが、この島に来る侵略種はまず大きく分けて2種。空から来るタイプか、海から来るタイプか。どちらも厄介だが、銃が武器であるシイナにとっては、海から来る侵略種の方が楽だ。
「よっ、シイナ」
「あれ? ユウジ? なんでこっちに?」
目的地はまだ先で、家と学校の位置関係でも途中で合流にはならない。そのはずなのに、道中でユウジが待っていた。思わぬ合流にシイナはきょとんと目を丸め、一度足が止まる。それもわずか数秒だけで、早い対処が必要であるためまた走り出した。
「内容を見て少し気になることがあってな。先に合流したほうがいいと思った」
「気になること?」
「普段より数が多い」
「それか。あたしもちょっと気になってたんだよね」
シイナがハンターになってからというもの、いつもの駆除は数匹程度。多くても10は超えない。侵略種にとって餌の少ないこの島には、本土や他国ほどやってこないのである。
それが常だったというのに、今回は2桁数の侵略種が確認されている。ちょっとした災害レベルだ。その原因がなんなのか、知識がまったくユウジには見当もつかない。有識者であるシイナなら、何か掴めていないかと事前に確認しに来たわけだ。
「あたしの知る限り、今までこういうのはなかった。これが何かの前兆じゃなければいいんだけど」
「そうか。……侵略種ってあれはあれで生物なんだよな?」
「そのはず」
「生物らしい理由も候補か。ここで考えててもらちが明かないな。ひとまず急ぐか」
「だね」
懸念点はあるが、まずは目先の脅威の排除だ。侵略種同士で潰し合ってくれたら楽だが、同種ならそういうことにもなりにくい。連絡通り、10匹以上の駆除と考える。被害を防ぐには、1匹たりとも見逃せない。
海女鳥島は、島を全体的に人の生活圏にしている島だ。余すことなく、とまではいかないが、人工物は島全体に広くある。港も本土との連絡船が来る場所と、島を挟んで反対側にもう1つ作られている。その2つの港に挟まれるように、集落や施設が築かれていた。
今回の件は、幸いにもどちらの港でもない。だが、港から比較的に近い浜辺で、発見の報告があった。
「パッと見で、たしかに10以上だな」
《生体反応は14だ》
「本当に多いね。じゃ、逃さないように徹底的にやろう」
種類はすべて”トカゲ”。駆除に慣れているタイプだ。シイナはライフルを取り出すと、すぐさまスコープを覗き込む。
シイナの得物では、基本的に中遠距離が適正距離だ。近距離用のものもあるが、それはあくまで最終手段。ユウジが同行するようになってからは、中距離のサポートと近距離の対応はユウジの担当になっている。
「ユウジ。始めるよ」
「……いや、少し離れたほうがいいな」
「え? ぉわっ」
スコープから顔を上げたシイナを抱き上げ、ユウジは堤防の裏に移動した。その直後に海面から大きな音ともに大型侵略種が姿を見せた。侵略種は侵略種を襲わないわけじゃない。姿形の違うもの、己より弱いものは躊躇わず捕食する。そんな生物だ。
「なるほど。追い込み猟だったわけか」
「食べ残しがなければ、あのデカブツ1体になるね」
「あーあ。1万4000円が」
「デカブツ1体でお釣りが来るから」
《つまり両方狩るのが最高率ってわけだ。やるか相棒》
「やらない。シイナに危ない橋は渡らせない」
ユウジの役割はあくまでシイナのサポートだ。ユウジが主体なのではなく、シイナが主体。守るべき相手を危険な目に合わせるのは、本末転倒もいいところである。
「フォルド。あれは上陸するのか?」
上陸せずに海へ帰っていくのなら、見逃すのも1つの手である。シイナの安全と町守ること。優先すべきはのこの2つだ。
《残念だったな相棒。あれは上陸できるぜ》
首の長い侵略種が、あれで魚系統だったら陸に来なかったかもしれない。だが、フォルドの分析結果は否だった。首が長く、水陸両対応の侵略種。そんな厄介な個体だ。
「……シイナの銃で対応できる大きさか?」
「通用はすると思う。1発で仕留められるかは不明かな」
「じゃあ、1発だけでいい。あとは俺がやる」
「いやいやそれは……ってちょっと!」
シイナの反対を聞かずに、ユウジは大型侵略種の前に躍り出た。大型とは言うが、本土にいる本物の大型ほどじゃない。比較的大型といったところか。
フォルドの見立て通り、首長侵略種は浜辺に上がってきた。さながら四足歩行のできるネッシーのような姿だ。
「動きを抑えたいな」
《素直に脚でも狙え。斬れるからよ》
「了解」
捕食しようと大きく開かれた口を無視して、ユウジは首長の前脚に狙いを定めて走り出す。通常なら走りにくい砂浜も、フォルドの支援により解消される。
上から突っ込む口は避け、すぐさま脚を斬り付けた。フォルドの宣言通り、問題なく斬ることができた。倒せることを確信したユウジは、返す刀でもう一度だけ斬り付け、暴れる首長から少し距離を取る。
《狙い通りだぜ相棒》
避け方は調整した。丁度シイナの射線が通るようにだ。
チャンスを逃さない。遅れもしない。すかさず引き金が引かれ、蜘蛛型を粉砕できる威力が放たれた。
弾は首と胴の付け根部分に直撃。胴と首が別れるかと思いきや、完全にはそうならなかった。危険度を理解した首長が、狙いをシイナに変える。その隙を逃さずに、穿たれた部分をユウジが切り裂く。
「っ! ユウジ!」
長い首は砂浜に沈むも、胴がまだ動いた。踏み潰そうと足が上げられ、そうはさせないと軸足をシイナが撃ち抜く。完全にバランスが崩れたところを、ユウジが切断。ここまでしてようやく、侵略種の動きが完全に停止した。
それの確認がてら、ユウジは何発か遺体に弾は打ち込んでは破裂させる。完全に死んだことを確かめ、シイナと合流する。シイナは首長侵略種の残骸を撮影し、記録を残しているところだった。
「お疲れ、シイナ」
「おつかれ、じゃない! なんで自分から危ないことするかなー!」
「リーチの有利を取りづらそうだったからだ。囮になって引きつける方が、スムーズに駆除が進むと判断した」
「そうだったかもしれないけど、事前に決めてないと心臓に悪いって。怪我じゃ済まないことになったらどうするの」
「不思議とそうならない自信があった。それに、シイナの腕も信じてる」
「それは嬉しいけど、心配にもなるから。それに、目の前で傷つかれるのは嫌だし」
「……わかった。今後は事前に言ってから前衛をやる」
「うーん。絶妙に伝わってないねこれ」
《そう言ってやるな。相棒は元来近距離戦が得意距離だ。記憶が消えようと、そこは染み付いたまま。大事なもんを護ろうとすりゃ、前に出る以外ないんだ》
「そうなんだ……」
ユウジは記憶がない。シイナもユウジのことをあまり知らない。戦い方をよく知っているのは、フォルドだけだ。必要なときにしかユウジの情報を出さないフォルドがこう言っている。ならば、本当にそうなのだろう。
「とにかく、危ないことを進んでやろうとしないで。言いたいことはそれだけ。……ユウジのおかげで戦いやすかったのは事実だし、そこはありがとう」
「お礼はこっちが言わないといけないけどな。シイナの狙撃に助けられた。ありがとう」
互いに礼を言い合い、シイナは銃をケースにしまう。片付けが終わると、シイナは学校へと戻っていく。ユウジも帰宅するわけだが、シイナを学校まで送るつもりでいる。
「わざわざ学校まで送ってもらわなくても大丈夫だよ」
「念の為だ。今回来た奴らは全滅してると思うが、発見できてない個体がいる可能性もある。送り届けてから探るつもりだ」
「うーん、何を言っても引かないよね?」
「よくわかったな」
「だんだんわかってきたかな」
フォルドの性能をよく知らないが、広範囲で索敵をするのだろう。それもシイナが学校に戻ってから1人で。
侵略種関係なら協力して行うことだが、いるかどうかわからないものを探すのだ。まだ授業中のシイナを連れ出すつもりは、ユウジにはさらさらなかった。
「いてもいなくても、結果は教えてね」
「わかった。授業中じゃないときを見計らって送る」
「授業中は音を切るから、タイミングは気にしないでいいよ。あ、そうだ。来る前に友達に聞かれたんだよね」
ユウジの連絡先を知りたいと言われ、本人の許可無く教えられないと断った。シイナはそのことを伝え、ユウジとしてはどうなのかを聞く。教えてもいいのなら窓口になる。だめなら今後も断る。それを確認したい。
「それなら全部断ってくれ」
「そう? ちょっと意外」
「物珍しさで聞いているのもあるだろうが、どのみちシイナに負担がかかる」
「負担ってほどのことじゃないけど」
「なんであれ断ってくれ。自分で言うのも何だが、俺は身元不明だからな」
「本当に自分で言うことじゃないや。身元に関しては、記憶が戻ったらわかることだし、あんまり気にしなくてもいいんじゃない?」
それかフォルドが言えばいいが、フォルドはその辺りのことを言わない。
「シイナは前向きだな」
「それが取り柄だから」
その後も学校のことやセツナのことを話しつつ、2人で学校まで戻る。授業中のため、学校周辺には他に誰もいない。皆、教室にいる。
校門をくぐる直前、シイナは足を止めた。
「ねえ、ユウジ」
「どうした?」
「先のことはどこまで考えてる?」
記憶が戻ったら。あるいは病院代の支払いが終わったら。その先はどうするのか。仮に記憶が戻り、病院代も払い終わったら、元いた場所に帰るのが自然だ。または、記憶が戻らず、病院代を払い終えたら。その場合はどうするのか。
共同生活にも慣れてきているが、家長として把握しておきたかった。
「記憶か戻っても戻らなくても、支払いを終えたからってすぐには消えない。このまま家に厄介になるかは2人次第だが、数年は手伝う」
「そっか。全然うちに居てくれていいけど、数年なんだ?」
「シイナに彼氏ができたら、邪魔にならないように距離を取るから安心してくれ」
「そういうことじゃなくて。別に彼氏とかも考えてないし」
《じゃあ女か》
「それも違う」
どうにも伝わり切らない。しかし、話を長引かせて授業から抜けている時間を増やすのも違う。
(どのみち放課後なら時間もあるし、ちゃんと腰を据えて話せばいっか)
「また時間があるときに話そ」
「その方が良さそうだな。俺は少し見回ってから帰る」
「うん。今日はありがとう。またあとでね」
背を向け合い各々進んでいく。シイナは一度だけ振り返り、ユウジの後ろ姿を見ながらクラスメイトの言葉を思い出す。
「かっこいい、か」
声に出ていた自覚はなく、あとでフォルドに揶揄われるのだが、それは今のシイナが知る由もない。
それはともかく、シイナは友人の評価が、どうにも己の頭ではわからなかった。