このご時世ということもあり、海女鳥島は人口減少も起きている島だ。最盛期と比べれば賑わいが減り、場所によってはかつて使われていたであろう建物が散見される。廃墟は度胸試しの場になりそうなものの、侵略種が存在する世界になってはそれもできない。
この島の港周辺は、そういった廃墟があることを感じさせない活気がある。まとまった買い物となるとそういう場所に行くことになり、3人であれやこれやと買い物を済ませ、昼食も済ませたのがつい先程。
大型を討伐したことで大きい臨時収入もあった。成長期の男子も驚くほどの食べってぷりをシイナは披露していた。
「しーちゃんたくさん食べれてよかったね」
「うん! 大満足!」
「どこにあの量が入るのやら」
《そりゃ胸だろうよ相棒。栄養という栄養が胸に行くタイプだ》
「このセクハラ野郎め!」
相棒たるユウジにすら見放され、瞬時にシイナに手渡されたフォルドが遠くへ全力投球される。小型の飛行性侵略種を石で投げ落とせるシイナの全力だ。フォルドは瞬く間に見えなくなり、遠方でキラリと光るとブーメランの如く返ってくる。
「チッ!」
《遠投記録更新だぜ。スポーツ選手でも目指したらどうだ》
「アドバイスどうも。……意外とまともな提案のせいで文句を言いづらい」
「本土でそれが叶うなら、そういう道もいいんじゃないか?」
「うーん。体を動かすのは好きだけど、なんか今はイメージ湧かないや」
祖父から受け継いだ銃とハンターの技術。それよりもスポーツ選手を優先するか。一度考えてみたものの、どうにもシイナの中ではしっくり来なかったようだ。
「ゆーくんはしーちゃんより少食なんだね」
「シイナは大食いファイター並みだ。比べものにならない」
セツナが話を戻し、ユウジがそれに乗る。フォルドに起因する妙な流れは断ち切られた。
「あれだけ食べるなら、普段の食事は足りてないんじゃないか?」
「足りないことはないよ。食べようと思ったらいくらでも食べられるだけ。実はまだ食べる余裕もあるよ」
「底無しだな」
「わたしもたくさん食べたら、しーちゃんみたいに美人さんになれるかな」
「セツナは持ち上げ過ぎだって。それに、無理に食べるのはよくないし、セツナなら絶対あたしなんかより美人になるから。ね、ユウジ」
「絶妙に反応しづらい内容だな」
将来、セツナが美人になるのは同意できる。その一方で、シイナが美人かどうかの内容には触れづらい。本人は否定するが、シイナは美人である。そう主張するセツナの意見にも同意だ。
その上で、どちらの方が美人かは非常に決め難い話だ。どちらも美人、美少女であり、その方向性は重ならない。つまり、優劣つけられるものではない。
「シイナが美人なのは同意だし、セツナも将来美人になるのも同意だ。どっちの方が、とかは決められることじゃない」
「えへへ、ゆーくんにも言われると照れくさい」
「ほんとほんと。よくそんなことを恥じらいもなく言えるね」
「事実だし、褒められることは伝えられる時に伝えたい」
恥ずかしがって、伝える機会を失うより断然いい。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。これみたいなものだとユウジは考えている。と言っても、言うときの気恥ずかしさがないわけじゃない。それを表に出さず、伝えることを優先しているということだ。
その意味をうまく汲み取れなかったが、ユウジが大切にしている考え方であることは理解した。セツナはユウジの横顔を見上げてから、シイナの方を見る。ユウジにもセツナにも表情を見られないように顔を反らしていた。
「ゆーくんはどんな人が好き?」
姉妹で少し話題に出していたことを、セツナは早速投下してみた。シイナがぴくりと反応したのを見逃さない。どうやら気にはなるらしい。
「どうした藪から棒に」
「着くまでコイバナしよう」
「コイバナね。ということは尊敬できるとか、そういう方向とは違うんだな」
「うん」
曲解して回答を避ける道は塞がれた。こうされて、その上でまた誤魔化すこともできるが、真摯な対応とは程遠い。ユウジは海を見ながら数秒考え、セツナの質問に答える。
「わからない」
「……ゆーくん?」
「誤魔化そうとしてるんじゃない。本当にわからないだけだ」
そもそも記憶喪失だ。島民との交流もほとんどない。ユウジにとって知り合いにあたる女子は、シイナとセツナの2人だけである。
2人のことは好きだ。好きか嫌いかの二極論で言えば好きだ。しかし恋愛かと言われると首を傾げるしかない。
さらにユウジを悩ませるのが、
「どうやら大切に思える人はいたらしい。だが、それが恋愛の意味かはわからない。だから、どういうタイプが好きか、とかは答えられない」
「そうなんだ。……きっと、その人とまた会えるよ」
「ありがとう。本当にやさしいな」
ユウジはこの世界の人間じゃない。その可能性が非常に高い。フォルドはこの世界にない技術の塊だ。ユウジもシイナの知らない力で戦っている。そういったことから、異世界人の可能性が高い。
そのユウジの知り合い。記憶を失う前の大切な人。その人もまた異世界人であると考えるのが妥当だ。その人との再会方法は不明。そもそもどうやってユウジはこの世界に来て、この海女鳥島に流れ着いたのかも不明。わからないことだらけだ。
しかし、セツナはまた会えると言った。慰めではなく本心。そのやさしさは本物であり、セツナの人となりがよく出ている。
(どうして……きゅってするんだろ)
本心で話しているのに、胸が軽く締め付けられる感覚があった。その理由はわからなくて、セツナは静かにユウジの服の裾を掴む。
「ん?」
セツナの行動理由に見当がつかない。ユウジは逡巡したあと、セツナに手を解かせてからやさしく包み込んだ。
「ユウジだけずるい」
「じゃあ荷物を持つから渡せ」
「そうなるか。じゃあ仕方ないね。はい、よろしく」
持ってきた荷物と買い物で増えた荷物。それらをユウジが持とうとしていたのに、年長者だからとシイナが譲らなかった。結果的にシイナは両手が塞がることになり、セツナと手を繋げないでいた。それなのに目の前で仲良さそうに見せつけられると、一言申したくなる。
自分が言い出したことを貫くか。それともセツナと手を繋ぐことを優先するか。迷うまでもない選択肢だ。
シイナは荷物の半分をユウジに渡し、片手をあけた。姉の溺愛ぶりに頬を緩め、セツナはシイナとも手を繋いだ。両手で、それぞれ大切な家族と繋ぐ。セツナの中にあった苦い感覚はすぐに霧散していった。
「コイバナなら、2人はどうなんだ? 学校でもこの手の話はするんじゃないのか?」
「するけど、わたしはいないよ」
「小学生にはまだ早いかもな」
「というより、ゆーくんがいるから。ゆーくん以上の人がいない」
「……ありがとう?」
反応に困り、ひとまず感謝した。にっこりと笑っているセツナを横目に、「すごいなぁ」と他人事のようにシイナは感想を抱いている。
本心であろうとなかろうと、そういう言葉を素直に口にできる勇気。それが素直に尊敬できた。女友達にならシイナも言えるが、異性には言えない。その点では、シイナは思春期らしい感性をちゃんと持ち合わせているようだ。
「しーちゃんもそう思うよね?」
「ぅぇ!?」
巻き込まれるとは思っておらず、変な声が出てしまった。
「ま、まぁ、この島は近い年代の人も少ないし、そうかもねー」
動揺を隠すように話すも、セツナからはじっとりとした目で見つめられる。シイナはユウジからもセツナからも視線を逸し、気づかないふりをした。
□
「着いたー!」
「シートを敷いておく」
目的の浜辺に着くと、ユウジは早速準備に取り掛かった。まずはスイカ割りをするための準備だ。荷物を置くためのシートとは別に、汚れてもいいブルーシートを持ってきている。それを敷き、風で飛ばないように四つ角を抑える。真ん中にスイカ。
この準備をユウジが1人で行う間に、シイナとセツナは服装を水着へと変える。元の予定通り、服の下に水着を着てきたわけだが、服を脱ぐ様子を見るわけにもいかない。だからこうして、1人で作業をしているわけだ。
「ゆーくんどう?」
スイカ割りの準備を終えた頃、水着姿になったセツナが駆け寄ってくる。質問に主語はなかったが、水着姿の感想を求めているのだろう。
じっくり見るのは憚られるため、ユウジはさっと素早くセツナの姿を上から下まで見た。かわいらしいセツナのイメージに合うピンクの水着で、上下が別れているセパレートタイプ。上はタンクトップ状で、下はスカート状。
「かわいい水着だな。セツナによく似合ってる」
「えへへ。やったー!」
バンザイして喜びを表す姿は、実に子どもらしく愛らしい。ユウジの言葉に満足したセツナは、今度はシイナの下へと走って戻っていく。それを見送りつつ、ユウジは周辺の状況を確認。フォルドに索敵させた。
《島内に侵略種の反応無し。海の方も安全だ。少なくとも、海水浴で遊ぶ範疇なら気兼ねなく遊べるぜ相棒》
「それなら安心だな」
海の深い部分にはいるのだろうが、生身の人間はまずそこまで行かない。そういう意味での「海水浴で遊ぶ範疇」。とはいえ、フォルドの言う通り今から遊ぶ分には心配無用だ。仮に急接近されても、フォルドが必ず気づく。
「ほらしーちゃんも早く」
「わ、わかったから、引っ張らないでセツナ」
《お? 純情男児の性癖を破壊しそうなのが来たな》
「お前はなんでそんなセクハラ親父なんだ?」
《オレを生み出した奴に聞くんだな。とっくに寿命で死んでるけどよ!》
フォルドは随分昔に作られたようだ。そんなモノがどうして自分の相棒になっているのか。その謎もまた忘却の彼方にあるものだった。
考えてもわからないことは捨て置き、セツナに手を引かれて連れてこられたシイナを見る。セツナのようにセパレートタイプだが、布面積はセツナより少なめ。上は白のタンクトップではあるものの、セツナと違いへそがはっきりと晒されている。下は水着とショーパンの組み合わせだが、こちらもまた太ももが露出している。
ライフセーバーの時は露出がほとんどない服装のようだが、このプロポーションの美少女が海での救助活動もするのだ。フォルドが言ったこともあながち過言ではないのかもしれない。
「無言はちょっと……」
恥ずかしさを押さえ込み、気概で平静を保っているシイナも、無言が続けば恥ずかしさが表に出てくる。そんなシイナにユウジが発したのは一言だけだった。
「……きれいだな」
「〜っ、ぁ、ありがと……」
「ね。しーちゃん美人さんでしょ?」
「そうだな。セツナが推すのもわかる」
「ちょっ、あ、あたしの話はいいから! ほら遊ぼ遊ぼ! 時間は有限!」
「しーちゃん照れてる」
「言わなくていいから!」
慣れないことをされテンパり気味なシイナは、スイカ割りを始めようと促す。強引に進行させようとして、少しずつ冷静さを取り戻してようやく気づく。スイカを何で割ろうかと。
「えーっと。何で割るんだっけ?」
「フォルドを棒にさせる。割れ方も制御できるから、綺麗に割れるはずだ」
「便利だね」
割るのは誰が担当するか。それは特に話し合うこともなく、というよりもシイナとユウジの中では決まっていたために、セツナに任された。シイナが目隠し用の布をセツナに巻き、棒になったフォルドをユウジがセツナに渡す。
「それじゃあセツナ回って〜」
フォルドを持ちながらその場でセツナがくるくると回る。それを見守る2人は回る回数を特に指定していない。判断をセツナに任せていたら、止まる様子がなかった。
「しーちゃん、あとなんかい?」
「ストップストップ! もういいよセツナ!」
「ふぁーい」
両者ともに判断を相手に任せた結果。セツナはすっかり目が回っていた。ふらふらと足元もおぼつかないが、こける様子もない。そこはフォルドがさり気なく制御してサポートしていた。
「セツナまだまだ前に歩いてー。右にズレてきたからちょっと左。今度は左に行き過ぎ」
「あと5歩右に歩いて、体の向きを30度左方向に修正」
「ゆーくん角度はむずかしいかも」
ふらふらと揺れるセツナを2人でなんとか誘導し、時間をかけながらもセツナにスイカを割ってもらう。無事に成功したことにセツナは大喜びし、その一連の様子を撮影できたシイナも大満足。喜びを分かち合ったらスイカを3人で分けて食べる。
スイカを食べ終わったら今度はビーチバレーだ。ちゃんと足が届く浅瀬、深くても海水が腰に届かない程度の安全な位置で遊ぶ。
「しーちゃん行くよ」
「こーい!」
セツナからシイナへ。シイナからユウジへ。ユウジからセツナへ。初めはこうして順に回して遊んでいたが、だんだんと順番はてきとうになる。海面に落とさずに続けようとすると、近い者が頑張って拾うしかないからだ。
「よっ、と。ユウジ」
「っ、あぶね」
一度バランスが崩れると、立て直すのも一苦労だ。シイナが拾ったボールをユウジがなんとか食らいついて浮かせる。2人を気遣ってセツナがボールを高めに浮かせたところ、風に乗って流れてしまった。
「あ……。ごめんね」
「いいっていいって。取ってくるから、戻ったら2回目。目標は1回目より長く!」
「うん。ありがとうしーちゃん」
「さてと、取りに行くか」
「じゃああたしと競争ね」
「それならスタートの合図するね」
セツナの合図を下に、シイナとユウジの競争が始まる。流されているボールを先に取ったほうが勝ち。シンプルな勝負だ。
ユウジの身体能力は決して低くない。フォルドのサポートがなくとも高い。だが、泳ぎはシイナの方が得意だ。ライフセーバーは伊達じゃない。人を助け、2人で生還することが求められる資格を持っている。結果は火を見るよりも明らかだった。
「ふふん。あたしの勝ち!」
「さすがに泳ぎは勝てないか」
「ユウジも結構早かったね。びっくりしちゃった」
「自分でも驚いてる。意外と泳げるらしい」
「あはは、それじゃ戻ろっか」
「そうだな。ボールを手放すなよ」
「もちろん!」
海面に浮かぶボールをビート板代わりにして、シイナはすいすいと泳いで岸に戻る。さすがに先程より速度は落ち、ユウジがシイナを気にかけながら並走する。
「セツナただいま。っわ!?」
「っ、……大丈夫か?」
2人で難なく戻り、泳ぎから徒歩へと移ろうとした瞬間、シイナがバランスを崩して前のめりになる。咄嗟にユウジが支えたことで何事もなかったが、2人の距離はこれまでにないほど近くなっていた。触れ合う肌から体温が伝わり、耳をすませば呼吸すら聞こえそうな。そんな距離。
「シイナ? まさか足を痛めたのか?」
「……ぇ、ううん。それは大丈夫なんだけど。……近い、かな」
「ああ。悪い、すぐに離れる」
そう言って離れるも、シイナがちゃんと1人で問題なく動けるのを側で確認する。
2人が元の位置に戻れば、ボール遊びを再開。1回目よりも続けることが2回目の目標。その目標だったのだが、
(ユウジの……男の子の体ってあんなにがっしりしてるんだ)
シイナの集中が欠けて達成することはできなかった。