夏は終わるも、残暑がまだ少し残っている。シイナとセツナは長袖を着用しているが、暑さからかシイナは袖を捲くっていた。セツナはそういうことをしていないが、服の組み合わせには日々悩まされている。
ユウジはというと、服装には大して困らされていない。服は安いもので済ませており、気温と合わないと感じたらフォルドに調整させる。
「ユウジ、今から時間ある?」
「あるもなにも、常に予定はないぞ」
「完全にないわけじゃないじゃん。ほら、セツナの手伝いとか」
「それなら大丈夫だ。やることはやってる。今はセツナが状態を確認して回っているところだな」
「なるほどね」
2人の視線の先では、1つ1つ丁寧に確認しているセツナがいる。世話や育てることが好きなため、この時間は趣味でもある楽しい時間だ。
セツナに何も言わずに出かけるはずもなく、シイナはこれからの予定を伝えるために近寄る。近づいていくとセツナも気づき、明るい表情を浮かべてシイナに寄った。
「しーちゃん見て見て。順調に育ってきてる」
「ほんとだ。見た感じどれも安定してるし、さすがセツナだね」
「ゆーくんも手伝ってくれてるから。学校に行ってるときの世話をしてくれてるおかげ」
「うんうん」
「しーちゃんは何か用事?」
「あはは、気づかれたか」
普段は菜園の世話を見守ることが多いシイナが、セツナの下にやって来た。それだけでも、何かあるのかなと思うのは不思議ではなかった。セツナとシイナの絆があってこその気づきだ。
「ちょっとユウジと出かけてくるから、留守番をお願いって話」
「ゆーくんと……、デート?」
「でっ……!? ち、ちがうちがう。そういうのじゃないから」
「そうなの? でもわかった。留守番してるね」
「ありがとう。セツナ、怪しい人には?」
「近づかない。信用しない。しーちゃんか大人に相談。……あ、ゆーくんに相談もいいよね?」
「そう! あたしか、ユウジ。今日みたいにどっちもいない時は誰か大人に相談」
姉妹で決めている防犯の心がけだ。この家には大人がいない。まだ小学生のセツナが頼れる人と言えば、姉か顔見知りの大人。最近はそこにユウジも加わった。
《お嬢の安全は任せな。2人が乳繰り合ってる間はオレがついておくからよ》
「ちちくり?」
「なっ!? そ、んなこと、するわけないでしょこのセクハラバカー!!」
どういうことを指すのかわからなかったセツナは首を傾げ、わかってしまったシイナは顔を赤くしながらフォルドを投げ飛ばす。いつもの如くブーメランのように戻ってくると、小鳥型の機械へと姿を変えてセツナの肩に乗った。
「わっ。そんなこともできたんだ」
《ご要望とあらばマジックショーでもしてやるぜ》
「いいの? じゃあ留守番の間に見せて」
《よしきた》
「……なんかセツナの時は態度も対応も甘いよね」
《アーアー。ケンガイノタメツウシンガオコナエマセン》
「こいつ……! はぁぁ、まあいいや。付き合ってると時間も体力も無駄に使うし。セツナのことよろしく」
肩の力を抜き、大きくため息をついてシイナはフォルドに頼んだ。侵略種駆除の時に、ユウジをサポートしている存在だ。自立している謎の機械だが、頼りになるのはよく知っている。それがセツナに付いてくれるのなら、これ以上のセキュリティもガードマンもいない。
「しーちゃん行ってらっしゃい。早く帰ってきてね」
「歩きながら少し話すだけだから、そんなに遅くはならないと思う。行ってきます」
セツナと手を振って別れたシイナは、待っていたユウジと共に敷地の外に出る。門の施錠も確認して、2人で並んで歩き出した。ユウジは目的地を知らず、シイナもまた明確な目的地を決めているわけではない。
「ユウジが来てからもう2ヶ月くらい?」
「それくらいだな。2ヶ月弱ってところか。2人には本当に感謝してる」
「困った時はお互い様だからね。あたしたちも、ユウジが来てくれて助かってることもあるし」
家事や菜園の手伝いだけではない。ユウジがいることで、1回あたりの買い物で持ち帰れる量が増えた。買い物の手間が少なくなり、セツナと家でゆっくり過ごす時間が増えている。侵略種駆除も、ユウジとの共闘のおかげでシイナの負担が減っていた。
「セツナがだんだん甘えられるようになって、小学生らしいこともするようになってきた。ユウジが来てくれたおかげ」
「俺にできることは限られてるからな。できる範囲での恩返ししかしてない」
「それでもだよ。だから、ありがとうユウジ」
「……どういたしまして」
改めて礼を言われることだとはユウジは思っていなかった。だが、拒むことでもない。大人しく受け止める姿を見て、シイナは嬉しそうに目を細めた。
「それで、この話をするために呼び出したわけじゃないんだろ?」
「あ、うん。と言っても、大事な話があるってわけじゃないんだけど」
「? それなら家でもよかったんじゃないのか?」
「いやー、なんていうか。考えてみたら、駆除以外で2人でいる時間がなかったなーって」
「……言われてみたらそうか」
平日は学校。帰宅はセツナの方が早く、セツナはその時間分ユウジと2人で過ごす。だが、シイナは基本的にその時間はない。休日は3人で過ごすし、例外は駆除の時のみ。こんな調子のため、シイナとユウジの2人だけでゆっくりする時間は、これまでなかったわけだ。
この時間を共有し、並んで歩く。共に生活をしてきた中で、歩幅も自然と合わされるようになった。海岸沿いに出ると、今度は防波堤に合わせて歩く。
しばらくの沈黙を先に破ったのはシイナの方だ。
「なんか、改めて2人だけってなると照れくさいね」
「意外だな。シイナはそういうの気にしないものだと思ってた」
「いつもはそうなんだけどね。なんでかちょっと緊張してるかも」
誇張でも嘘でもない。柄にもなく緊張しているのは、シイナの困った様子の微笑みで表れている。
「不思議だよね。ユウジのことも家族だと思ってるのに、家族に緊張しちゃうなんて」
「厳しい家系とかなら、緊張感のある家族の形にもなるんじゃないか?」
「あるかもだけど、うちはそうじゃないじゃん」
「そうだな」
「……でもね、嫌な感じじゃないんだ。ちょっとワクワクするというか、楽しめる緊張感って感じ」
「それならよかった。家を探せるほどの稼ぎがまだない」
「家は出なくていいってば。なんなら、5年後も10年後もいていいよ」
「長年居候する気はない」
シイナの考えとしては、将来的に本土での生活が待っている。高校を出てからになるのか。それとももう少し先になるのか。そこはセツナとの話し合いも踏まえて決まることだろう。
本土に行けば出会いの場も増える。シイナなら多くの人に受け入れられ、好まれるはずだ。良縁もきっとある。その話が出たときに「同棲している異性がいる」という情報はノイズだ。その手の話の邪魔にならぬように、頃合いを見て家を出ようとユウジは決めていた。
「あたしとセツナのことを考えてくれてるのはわかるけど、あたしたちがユウジと一緒にいたいって思う気持ちは本物だから。そこも考えてほしいかな」
シイナのその言葉で、ユウジの中にある選択肢が絞られた。歩きながら考え、自ずと選択肢の中からある1つの案に定まった。シイナとセツナの将来の邪魔にならず、自分の考えを組み込めるものに。
「決めた」
「なにを?」
「前に言ってくれてたよな。久瀬家の一員にならないかって話。それを受ける」
「ということはつまり」
「年齢順で言ったら、シイナの弟になるってことだな」
久瀬家に来た順番で言えば、セツナの弟とも言える。
「いいの? あたしとセツナは大歓迎だけど、本当にいいの?」
「考えて決めたことだ。家族って枠に入れば、シイナとセツナに良縁の話があっても俺は邪魔にならない。正式な身分ができたら、俺も1人で動けるから稼ぎを増やせる」
「……わかった。書類の用意とかは任せて。提出は船便とかでもいいけど、本土に行って役所に出すのもいいね」
「なるほどな。せっかくの機会だから、本土をひと目見ておいてもいいかもな」
「船で半日。役所に直接だと開いてるときに行くしかないから平日だね。セツナは羨ましがるだろうなー」
学校があるため、シイナとセツナは同行できない。そしてセツナは海女鳥島に来てからというもの、本土に行ったことがない。姉妹の出会いの場は本土だが、セツナが覚えているのは災害時に助けられたことと、避難所で1人いたところから引き取ってくれたことのみ。思い出らしい思い出は、海女鳥島に来てからのものばかりだ。
シイナがセツナを本土の学校に入れたいのは、そういった事情も多少ある。海女鳥島は落ち着いていて良い島だが、その反面刺激が少ない。いろいろな経験をさせようと思うと、本土への引っ越しは必須級だ。
「その時はお土産でも買って帰るか」
「お小遣いの範囲内でね。大型も狩ったおかげでちょっと余裕あるし、その分をお小遣いとして渡してあげる」
「ありがとうシイナ」
「どういたしまして。家族になってくれるんだから、これくらいはね」
海が見えるベンチを見つけると、そこに並んで腰をかけた。聞き慣れた心地よい波音。きれいな海。落ち着けることを自覚しながら、シイナは自身の胸中のある想いにも気づいた。
(ユウジが家族になってくれるのに、
その答えをシイナは持ち合わせていない。引っ掛かりとしても強いわけでなく、わからないことを考えるのをやめようと胸の内にしまう。
「シイナは何度か本土に行ったのか?」
「そうだよ。父さん母さんと一緒に行ったり、じいちゃんに連れて行ってもらったり。ハンターの仕事をするようになってからは、その仕事の都合で行ったり」
「結構行ってるんだな」
「まあね。セツナと出会ったのも、本土に遊びに行ってた時だから。侵略種災害があって、その時に1人だけで彷徨ってたセツナを見つけた」
火の海の中で、まだ幼いセツナを見つけた。正義感のあるシイナがそんな子供を見捨てるわけがない。保護し、避難所へ連れて行った。身よりもないとのことだったため、発見者であるシイナが引き取ったわけだ。
「シイナは強いな」
「ううん。自分にできることを精一杯してるだけ」
「それを続けられる人はそう多くないと思うぞ。ただ、これからはシイナが背負う物を分けてもらうけどな」
「そんな大げさに言わなくても。ほんと、大したことはしてないからね」
「シイナを支えるって話だ。シイナが疲れたときに肩を貸す。今は必要なくても、必要になったときにそれくらいはできるようになっておく」
「……ぁ、ありがと」
まっすぐ言われ、シイナは恥ずかしがりながら受け止めた。姉として、年長者として、そういった意識を持ち、困っている人の助けになりたいという気持ちも持ち合わせている少女だ。誰かに肩を貸しても、借りることはなかった。
それをすると言われた。不要だと切り捨てることもできず、内心嬉しいと感じている部分もある。自分の心境の変化への戸惑いもあり、すぐには整理できなかった。
「練習……してみる?」
整理できなかったから、妙な発言も出てしまう。
微塵も思いもしなかった発言にユウジは反応ができず、シイナも自身の発言を正しく認識できていない。
思考がおかしくなったシイナは、沈黙は肯定として目を閉じて横に傾く。倒れることはなく、すぐ横にいるユウジに寄りかかることになった。
(甘えるって、こういう感じなのかな)
寄りかかっても倒れない。たくましい存在に安心できる。一息つけると頭も心も落ち着き、穏やかに整理されていく。
「ユウジって16歳?」
「フォルドが言うには」
時折思っていたことだ。セツナにも言えたことだが、ユウジも実年齢より上に思える。頼りがいや落ち着きなど、年下ではないのではと感じさせることがしばしば。とはいえ、シイナとユウジは1歳差。そこまで大きな差もなく、自身より年上に感じる年下の人がいてもおかしくない。
冷静にそう分析する自分と、自分は姉なのだと思う気持ちがある。そこは決着がつかず、それよりも先に今の状況を見直すこととなった。
「っ!」
勢い良く体を起こしたシイナは、ユウジから顔をそらして消え入りそうな声で囁く。
「今のは忘れて……」
「え?」
「セツナにもフォルドにも話さないで! 絶対!」
「わかったから落ち着いてくれ」
顔が赤くなっていたシイナをなんとか宥め、今度こそ完全に落ち着くと家へと戻っていく。さっきのことを気にしているのか、シイナは行きよりも半歩距離を取って歩いていた。