無冠転生〜もう一人のグレイラットも本気出す〜   作:omugut

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第二話『不思議発見!メイドさん』

双子が生まれて半年。

 

ゼディウス様もルーデウス様も、ずいぶんと大きくなられた。

寝返りはもちろん、腹這いで家中を這い回るようになり、目を離すとすぐにどこかへ行ってしまう。

 

そのせいで、私も奥様も以前より慌ただしい毎日を送っていた。

 

「ゼディ、そっちはだめよ」

 

「きゃっ!」

 

奥様が笑いながらゼディウス様を抱き上げる。

 

窓へ向かって一直線に這っていこうとしていたのだ。

この子は、本当に外が好きだった。

 

窓を開ければ嬉しそうに手を伸ばし、風が吹けば声を上げて笑う。

鳥が飛べば追いかけるように身体を乗り出し、木々が揺れれば飽きることなく眺めている。

 

まだ外へ出したことはない。

それでも、まるでずっと外を知っているかのようだった。

 

「元気ですねぇ」

 

「ええ。本当に」

 

奥様も微笑む。

その笑顔を見て、ゼディウス様も嬉しそうに笑った。

 

普通の赤ちゃん。

そう、この子は普通なのだ。

 

お腹が空けば泣く。

眠ければぐずる。

抱っこをすれば笑う。

転べば泣く。

褒めれば嬉しそうに笑う。

 

赤ちゃんらしい赤ちゃん。

 

少し泣く回数は少ないような気もするが、それでも十分に普通だった。

 

……少なくとも、隣にいる兄と比べれば。

 

 

「……」

 

ルーデウス様が、今日も本棚を見ていた。

 

まだ文字など読めるはずもない。

 

それなのに、じっと眺めている。

 

見つめる。

 

考える。

 

そんな目だった。

 

「ルディ?」

 

奥様が呼びかけても、返事をしない。

 

そのまま本棚へ向かって這い始める。

 

速い。

 

とにかく速い。

 

「危ないですよ」

 

抱き上げる。

 

すると暴れる。

 

必死にもがく。

 

目だけは本棚から離さない。

 

……何度見ても。

 

あの目だけは慣れなかった。

 

まるで大人が赤ちゃんの身体へ閉じ込められているような。

 

そんな錯覚さえ覚える。

 

初めてそう思った日から、私はルーデウス様に少しだけ恐怖を覚えていた。

 

もちろん証拠はない。

 

悪魔憑きなど、本当にいるのかも知らない。

 

それでも。

 

そう思ってしまうほど、この子は赤ちゃんらしくなかった。

 

 

一方で、ゼディウス様は違う。

 

「ゼディウス坊ちゃま」

 

私が呼ぶと、こちらを見る。

 

「んー?」

 

嬉しそうに笑う。

 

そのままこちらへ向かって這ってくる。

抱き上げれば、服を掴んで甘えてくる。

眠くなれば肩へ顔を預ける。

 

普通だ。

 

どこまでも普通の赤ちゃんだった。

 

だから、私は安心して抱けた。

 

……安心していた。

最初のうちは。

 

 

ある日。

 

奥様が買い物へ行き、旦那様も仕事へ出ていた。

 

家には私と双子だけ。

 

「少し待っていてくださいね」

 

昼食の支度を始める。

 

双子は居間で遊んでいた。

 

少し目を離した。

本当に少しだけだった。

 

「……?」

 

静かだ。

静かすぎる。

嫌な予感がして居間へ戻る。

 

「!」

 

ルーデウス様は予想通り本棚の前だった。

だが、まだ届かない。

棚へ手を伸ばしているだけ。

 

問題は、ゼディウス様だった。

 

「……あ」

 

椅子。

食卓用の椅子を、小さな手で押していた。

 

もちろん動くはずもない。

それでも何度も押し、少しずつ位置を変えている。

 

窓の近くへ。

 

少しずつ。

 

少しずつ。

 

私は思わず立ち尽くいた。

偶然だろうか。

 

赤ちゃんが遊んでいるだけ。

そう思おうとした。

 

だが、ゼディウス様は一度椅子を見て、窓を見て、もう一度椅子を見る。

 

そしてまた押した。

 

まるで、どうすれば窓へ近付けるか考えているようだった。

 

「ゼディウス坊ちゃま」

 

声を掛ける。

 

すると、こちらを向き、にこっと笑った。

 

「きゃ!」

 

その笑顔は、いつもの赤ちゃんだった。

無邪気で。

可愛らしくて。

 

つられて私も笑ってしまう。

 

抱き上げると嬉しそうに腕をぱたぱた動かした。

 

……考えすぎだ。

 

そう、きっと偶然。

 

偶然なのだ。

 

 

だが、偶然は続く。

 

その日の夕方、旦那様が剣の手入れを始めた。

 

ルーデウス様は興味を示さない。

本棚の方ばかり見ている。

 

対してゼディウス様は──

 

「きゃあ!」

 

剣を見た瞬間、声を上げた。

嬉しそうに笑いながら、旦那様の方へ一直線に這っていく。

 

「お?」

 

旦那様が笑う。

 

「ゼディ、お前これが好きか?」

 

剣を鞘ごと見せる。

ゼディウス様は手を伸ばした。

 

触れる。

 

冷たい鉄。

 

小さな指で何度も撫でる。

 

そして、じっと見つめた。

 

光る刃。

 

柄。

 

鞘。

 

一つ一つを観察するように。

 

「ははっ!男だなぁ!」

 

旦那様は大笑いしていた。

奥様も危ないだろうと注意しながらも、どこか嬉しそうに微笑んでいる。

 

誰も気にしていない。

 

けれど私は違った。

 

ゼディウス様の目、あの目はおもちゃを見つめる赤ちゃんの目ではない。

 

“理解しようとしている目”だった。

 

もちろん、まだ赤ちゃんだ。

 

何も分かるはずがない。

 

それでも、私は何となく思ってしまう。

 

この子はきっと、とても賢い子になる。

 

 

夜。

 

二人を寝かしつける。

 

ルーデウス様は天井を見つめていた。

ゼディウス様は眠そうに目を擦っている。

 

やがて、私の指をぎゅっと握った。

 

「……」

 

見下ろす。

安心しきった顔で眠り始める。

その寝顔は、本当に可愛らしかった。

 

悪魔憑き。

そんな言葉は、この子には似合わない。

 

けれど、普通とも少し違う。

 

赤ちゃんらしい笑顔。

赤ちゃんらしい泣き顔。

赤ちゃんらしい甘え方。

そのどれもが本物なのに……。

 

時折だけ、年齢に似合わないほど澄んだ瞳で、この世界を見つめている。

 

外の景色を。

 

風を。

 

鳥を。

 

剣を。

 

人を。

 

まるで、すべてを知りたいと願っているかのように。

私はそんな瞳を見たことがなかった。

 

少しだけ不思議で。

少しだけ怖くて。

そして──少しだけ、楽しみだった。

 

双子なのに、こんなにも違う。

片方は、得体の知れない子。

もう片方は、不思議な子。

 

この二人がどんな風に育っていくのか。

その未来を、私はまだ知らない。

 

それからというもの。

 

私は双子を見比べることが多くなった。

 

もちろん、お世話を怠るわけではない。

 

ただ、どうしても気になってしまうのだ。

 

双子なのに、ここまで違うものなのか、と。

 

 

「ゼディウス坊ちゃん、こちらへ」

 

私が両手を広げる。

 

「きゃっ!」

 

ゼディウス様は笑顔でこちらへ向かってくる。

 

途中で転ぶ。

 

「うぇ……」

 

泣くか。

 

そう思った。

 

しかし。

 

ゼディウス様は一瞬だけ唇を尖らせると、また立ち上がろうとした。

 

「頑張りますね」

 

思わず笑みがこぼれる。

 

支えてあげると、嬉しそうに私の指へしがみついた。

 

甘え上手な子だった。

抱っこをすれば肩へ頭を預ける。

眠くなれば服を掴む。

寂しければ泣く。

ご機嫌なら誰にでも笑う。

 

赤ちゃんらしい。

本当に赤ちゃんらしい。

 

だからこそ、時折見せる”違い”が際立って見えた。

 

 

昼過ぎ。

 

奥様が洗濯をしている。

 

私は食器を片付けていた。

 

双子は部屋の真ん中で遊んでいる。

 

「……?」

 

気付くと、ゼディウス様がこちらを見ていた。

じっと。

何かを待つように。

 

「どうしました?」

 

声を掛ける。

 

すると、床へ転がっていた木の積み木を見て、また私を見る。

もう一度積み木を見る。

 

「……」

 

私は積み木を拾い、ゼディウス様へ渡した。

 

「はい」

 

「きゃ!」

 

嬉しそうに受け取る。

そのまま遊び始めた。

 

「……偶然でしょうか」

 

口に出してから苦笑する。

赤ちゃん相手に何を考えているのだろう。

偶然に決まっている。

 

そう思った。

 

だが、数日後も、その次の日も、同じことが続いた。

 

欲しい物がある時。

泣く前に、まず見る。

 

欲しい物。

そして私。

 

その視線だけで伝えようとする。

伝わらなければ、そこで初めて声を上げる。

 

不思議だった。

 

普通の赤ちゃんは先に泣く。

 

ゼディウス様は違う。

まず考える。

それから行動する。

そんな印象を受けた。

 

 

一方で。

 

「……」

 

ルーデウス様は今日も本棚だった。

 

「ルーデウス坊ちゃま」

 

呼んでも気味の悪い笑みを浮かべてしか微笑まない。

 

本へ。

 

本へ。

 

届かないのに、何度も腕を伸ばしている。

 

「はい」

 

抱き上げる。

 

すると暴れる。

 

目だけは本棚から離れない。

 

私は内心ため息をついた。

 

(またですか)

 

ゼディウス様なら。

 

届かないと分かれば諦める。

 

あるいは別の方法を探す。

 

ルーデウス様は違う。

 

一直線だった。

 

本棚と、後おそらく私の胸へ……。

その執着が、どうにも恐ろしく感じる。

 

 

ある日。

 

旦那様が庭で木剣を振っていた。

 

窓は開いている。

風が部屋へ流れ込む。

 

「ぱぁ!」

 

ゼディウス様が歓声を上げた。

嬉しそうに窓へ這っていく。

外で木剣を振る旦那様を、目を輝かせながら見ていた。

 

振る。

 

止まる。

 

また振る。

 

その一つ一つを見逃すまいとしているようだった。

 

「旦那様が好きなのですね」

 

そう思っていた。

 

ところが──。

 

旦那様が木剣を置いて家へ戻ると、ゼディウス様は、急に興味を失った。

 

「……?」

 

旦那様ではない。

剣でもない。

 

“振っている動き”を見ていたのだ。

 

そう気付いた瞬間、背筋がぞくりとした。

 

赤ちゃんが。

 

そんな見方をするだろうか。

 

 

その夜、私は二人を寝かせながら考えていた。

 

ルーデウス様は恐ろしい。

正直に言えば、今でも少し怖い。

 

あの年齢に似つかわしくない笑みも。

視線も。

考え込むような仕草も。

 

何もかもが異質だった。

 

けれど、ゼディウス様は違う。

 

この子はちゃんと笑う。

ちゃんと泣く。

ちゃんと甘える。

赤ちゃんとして育っている。

 

それでも、何かが違う。

 

賢い。

 

それだけでは説明できない。

 

知恵がある。

 

それとも違う。

 

もっと……。

 

世界を知ろうとしている。

そんな目をしている。

 

私はまだ若い。

たくさんの子供を育てた経験があるわけでもない。

 

だから、この感覚が正しいのかは分からない。

 

ただ一つだけ言えることがある。

 

私は、この子を怖いとは思わなかった。

 

むしろ、この不思議な子がどんな大人になるのか。

少しだけ見届けてみたい。

そう思ってしまった。

 

眠るゼディウス様とルーデウス様の髪を、そっと撫でる。

 

「おやすみなさい、ゼディウス坊ちゃま、ルーデウス坊ちゃま」

 

小さな寝息だけが返ってきた。

その穏やかな寝顔を見ながら、私は静かに部屋の灯りを落とした。

 

 

それから数日後のことだった。

 

今日もまた、奥様は村へ買い物へ向かわれ、旦那様は剣術の仕事へ出掛けられた。

 

グレイラット家では珍しくない昼下がり。

 

お二人が家を空けるこの時間は、自然と私が双子のお世話を任されることになる。

 

「少し待っていてくださいね」

 

二人を居間で遊ばせながら、私は洗濯物を畳み始めた。

本当に少しだけ。

ほんの数分、手元へ意識を向けただけだった。

 

ふと気付く。

 

「……?」

 

静かだった。

静かすぎる。

 

双子が遊んでいるとは思えないほど、部屋がしんとしている。

嫌な予感が胸をよぎった。

 

「ルーデウス坊ちゃま?」

 

居間を見渡す。

 

予想どおり、ルーデウス様は本棚の前だった。

今日も棚へ手を伸ばし、届かない本をじっと見つめている。

 

「またですか」

 

思わず苦笑しながら抱き上げる。

すると、いつものように身体をよじって抵抗し、本棚から目だけは決して逸らそうとしない。

 

私は小さく息をついた。

 

そして、もう一人へ視線を向ける。

 

「……ゼディウス坊ちゃま?」

 

姿が見えない。

胸がどくりと鳴った。

 

「ゼディウス坊ちゃま!」

 

廊下を見る。

 

台所を見る。

 

どこにもいない。

まさか外へ──

 

そう思った、その時だった。

 

「きゃっ」

 

小さな笑い声。

窓際から聞こえた。

 

駆け寄ると、ゼディウス様は窓の下にちょこんと座り込み、閉じられた窓の向こうを夢中で眺めていた。

 

その傍らには、少しだけ位置の変わった食卓の椅子。

どうやら、小さな身体で懸命に押したらしい。

 

「……もう」

 

思わず頬が緩む。

抱き上げると、ゼディウス様は嬉しそうに笑い、窓の外へ向かって小さな手を伸ばした。

 

やはり、この子は外が好きなのだ。

青い空も。

揺れる木々も。

吹き抜ける風も。

何もかもが珍しくて仕方ないのだろう。

 

「もう少し大きくなったら、ご家族でお外へ行きましょうね」

 

言葉が分かるはずもない。

それでもゼディウス様は、まるで意味を理解したかのように満面の笑みを浮かべた。

 

……本当に、不思議な子だった。

 

それでも、不思議と会話が成立しているような気さえした。

 

……ルーデウス様とは違う。

 

ルーデウス様も普通ではない。

あの年齢とは思えない目。

考え込むような表情。

赤ん坊らしくない笑み。

時折、本当に恐ろしくなる。

 

けれど──

 

ゼディウス様は違う。

この子も普通ではない。

時折、大人のように考え、年齢に似合わないほど物事を理解しているように見える。

 

それでも、怖くはない。

 

むしろ、安心する。

 

この子は、人が好きなのだ。

抱き上げれば嬉しそうに笑う。

褒められれば照れたように笑う。

転べば泣く。

寂しければ甘える。

 

ちゃんと子供で、ちゃんと赤ちゃんで。

その上で、ほんの少しだけ賢い。

 

私はゼディウス様を見つめ、小さく息を吐いた。

 

「本当に、不思議な子ですね」

 

理解はできないだろう。

けれど、この子なら大丈夫。

根拠などない。

ただ、そう思えた。

 

 

 

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