無冠転生〜もう一人のグレイラットも本気出す〜   作:omugut

6 / 6
第四話「師匠」

兄が床で倒れていたあの日から、俺は少しだけ自分が子供であることを忘れるようになった。

正確に言えば、子供のままでいられなくなった。

 

それまでの俺は、目に映るものをただ面白がっていた。

 

窓の外を飛ぶ鳥。

風に揺れる木々。

父さん──父様が振るう剣。

本に描かれた、まだ見たことのない国々。

 

知らないものに出会うたび、胸が躍った。

知りたい。

触れてみたい。

外へ出たい。

 

それだけでよかった。

 

けれど、ルディが倒れた姿を見てからは違う。

 

人は突然、動かなくなるかもしれない。

いつも隣にいる兄でさえ、目を離した間にいなくなってしまうかもしれない。

 

そう思うと、何も考えずにはしゃいでいることが、少しだけ難しくなった。

 

俺は三歳だった。

三歳だったけど、忘れかけていた記憶に引っ張られたのかもしれない。

ただ、俺は実際に三歳で、三歳なりに考えた。

 

自分に何ができるのか。

どうすれば、大切な人が倒れた時に助けられるのか。

 

答えは分からなかった。

やはり三歳はただの三歳に過ぎないからだろう。

 

ただ、今より強くなりたいと思った。

 

 

「父様、今日も外で剣を振る?」

 

朝食を終えた父様へ聞くと、父様は嬉しそうに顔を上げた。

 

「おう。今日も仕事へ行く前に少しな」

 

「見てもいい?」

 

「もちろんだ!何なら今日から教えてやっても──」

 

「まだ早いでしょう」

 

母様が即座に遮った。

 

「いや、木剣ぐらいなら」

 

「三歳ですよ」

 

「三歳だからこそだ。剣は早いうちに触れた方が──」

 

「あなたが三歳の時に剣を握っていたの?」

 

「……握っていた気がする」

 

「気がするだけでしょう」

 

父様は黙った。

母様は強い。

 

「見るだけにする」

 

俺が言うと、母様は微笑んだ。

 

「それなら構いません。けれど、邪魔をしては駄目よ」

 

「うん」

 

食事を終えると、父様は庭へ出た。

俺も後を追う。

 

扉を開けた瞬間、朝の風が顔へ当たった。

 

土と草の匂い。

屋根の上で鳴く鳥。

遠くから聞こえる家畜の声。

 

外には、家の中にはないものがたくさんあった。

 

俺は大きく息を吸った。

胸の中まで広くなる気がした。

 

「そんなに外が好きか?」

 

「好き」

 

「そうかそうか」

 

父様はなぜか得意そうに頷いた。

 

「やっぱり男の子は外で身体を動かさないとな!」

 

「ルディは?」

 

「ルディは……まあ、本が好きだからな」

 

父様が家の窓へ目を向ける。

窓の内側には、魔術教本を抱えたルディの姿があった。

 

俺たちを見ているわけではない。

本から顔を上げようともせず、自分の部屋へ向かって歩いていく。

 

「ルディも誘う?」

 

「いや。無理に連れ出す必要はないだろ」

 

父様はそう言った。

俺も頷いた。

 

以前は何度も誘った。

 

一緒に鳥を見よう。

庭へ行こう。

父様の剣を見よう。

 

けれどルディは、そのたびに嫌そうな顔をした。

外が好きではないらしい。

 

理由は分からない。

だから最近は、無理に誘わないようにしていた。

 

ルディはルディ。

俺は俺。

 

いつか自分から来たくなった時に、来ればいい。

 

「よし。少し離れていろ」

 

「うん」

 

父様が木剣を構える。

先ほどまで笑っていた顔が、急に真剣になった。

 

足を開く。

腰を落とす。

呼吸を整える。

 

そして、一気に踏み込んだ。

びゅん、と風を切る音。

剣先が空気を裂く。

 

初めて見た頃は、ただ速いとしか思わなかった。

今は少し違う。

 

剣は腕だけで振っているのではない。

足で地面を押す。

腰を回す。

肩を動かす。

最後に腕がついてくる。

……身体全部を使って振っている。

 

俺は父様の真似をして足を開いた。

 

「お?」

 

木剣は持っていない。

それでも腰を落とし、両手を握る。

父様の動きを思い出して、一歩踏み出す。

 

「えいっ」

 

腕を振る。

当然、父様のような音は出ない。

 

身体が前へ傾き、転びそうになる。

 

「おっと」

 

父様が俺の肩を支えた。

 

「見よう見まねにしては悪くないぞ」

 

「ほんと?」

 

「ああ。ただし、まずは転ばない身体を作らないとな」

 

「どうすればいい?」

 

「走る。跳ぶ。転ぶ。起きる。それを繰り返す」

 

「剣は?」

 

「それからだ」

 

父様は俺の頭を乱暴に撫でた。

 

「剣は腕だけで振るもんじゃない。身体と心が出来ていなけりゃ、剣に振り回される」

 

俺は父様の言葉を覚えた。

その日から、少しずつ庭で身体を動かすようになった。

 

最初はただ走った。

庭の端から端まで。

すぐに息が切れた。

足がもつれて転んだ。

膝を擦りむき、泣いた。

母様に治してもらった。

 

次の日も走った。

転んだ。

また起きた。

 

父様が置いた木の棒を跳び越えたり、片足で立ったり、低い柵の上を歩いたりもした。

遊びと訓練の違いなど、俺にはまだよく分からなかった。

 

ただ、身体を動かすことは楽しかった。

昨日できなかったことが、今日は少しだけできる。

 

前より長く走れる。

前より高く跳べる。

転びそうになっても、足を出して踏ん張れる。

目に見えて変わっていくのが嬉しかった。

 

父様が剣を振る日は、その傍らで真似をした。

父様が仕事でいない日は、一人で庭を走った。

 

その間、ルディが部屋で何をしているのか、俺は知らなかった。

 

 

ルディは相変わらず、本を持ち歩いていた。

 

食事の時には置く。

母様や父様の前では、魔術教本以外の普通の物語や地理の本を開いている。

魔術教本は、自分の部屋でしか読まない。

 

以前は何度か不思議に思った。

けれど、倒れた日以来、魔術のことを聞くのはやめた。

 

ルディは約束した。

もう倒れないように気をつける、と。

俺は、それを信じることにした。

 

「ルディ、外行かない?」

 

「行かないです」

 

「今日は暖かいよ」

 

「部屋も暖かいですよ」

 

「父様が変な動きしてる」

 

「いつものことじゃないですか」

 

「新しいやつ」

 

「変な動きくらいどこでもできますよ」

 

ルディは本から顔を上げない。

興味がとことんないのだろう。

 

「そっか」

 

俺は部屋を出る。

扉を閉める直前、何かが水へ落ちる小さな音を聞いた気がした。

けれど庭から父様に呼ばれ、すぐに忘れた。

 

別の日。

ルディの部屋の前を通ると、床を拭く音がした。

 

「何してるの?」

 

「水をこぼしました」

 

「手伝う?」

 

「大丈夫です」

 

「そう?」

 

「はい」

 

扉は開かなかった。

また別の日には、リーリャが空になった桶を持って廊下を歩いていた。

 

「それ、ルディの?」

 

「はい。お部屋で水を使われたようです」

 

「何に使ったの?」

 

「さあ」

 

リーリャは何か知っているような顔をした。

だが、何も言わなかった。

もし俺が以前のように家の中で過ごしていれば、もっと早く気づいただろう。

 

濡れた床。

減った水。

部屋から聞こえる小さな音。

疲れた様子で眠る兄。

 

それらを繋げれば、ルディがまだ魔術を使っていることは分かったはずだ。

けれど、その頃の俺は毎日のように外へ出ていた。

 

父様の剣。

庭を走ること。

木へ登ること。

空を飛ぶ鳥。

地面を這う虫。

 

家の外にあるものへ夢中だった。

家の中で起きていることに、珍しく気づかなかった。

 

俺が身体を使うほど。

ルディは魔力を使っていた。

 

俺が転んでは起きている頃。

ルディは魔力を使い果たす寸前まで水を生み出し、眠っていた。

 

俺が昨日より長く走れるようになった頃。

ルディは昨日より多くの魔術を使えるようになっていた。

 

同じ家に生まれた双子は、同じ時間を、別々の方法で自分の力へ変えていた。

 

 

ある日の午後。

俺は庭にいた。

 

父様は仕事へ出ていたが、朝に教えてもらった足運びを一人で繰り返していた。

 

右足を前へ。

左足を引きつける。

身体を傾けすぎない。

腕を振る。

 

「いち、に。いち、に」

 

まだ剣はない。

細い木の枝を拾おうとしたら、母様に危ないと言われた。

だから両手を空にしたまま振る。

 

「いち、に──」

 

どん、と大きな音がした。

地面が揺れたように感じた。

 

驚いて顔を上げる。

 

家の二階。

ルディの部屋がある辺りから、水が噴き出していた。

 

「え?」

 

壁に穴が開いている。

壊れた木片が庭へ落ちる。

穴の縁から、大量の水が流れ出した。

 

「ルディ!」

 

考えるより先に身体が動いた。

 

庭を走り、家へ飛び込む。

階段を駆け上がる。

以前なら一段ずつ慎重に上がっていた階段を、今は手すりへ掴まりながら急いで進めた。

 

「ルディ!」

 

廊下へ出る。

父様も玄関から駆け込んできたらしく、俺の後ろから階段を上ってきた。

 

「何事だ!」

 

二人でルディの部屋へ飛び込む。

 

壁には、人が通れそうなほどの穴が開いていた。

床は水浸し。

木片と本が散らばっている。

 

その中心で、ルディが呆然と座っていた。

 

「ルディ、大丈夫?」

 

俺はすぐに駆け寄る。

 

「え?あ、はい……大丈夫です」

 

「倒れてない?」

 

「今回は倒れてない」

 

今回は。

その一言で、全部が繋がった。

 

濡れた床。

桶。

閉じた扉。

眠そうな顔。

 

「……ずっと魔術やってたの?」

 

ルディの目が逸れた。

 

「ええ、まあ」

 

「約束したのに」

 

「倒れないように気をつけるとは約束しました」

 

「魔術をやめるとは言ってない?」

 

「そういうことです」

 

少し腹が立った。

ずるい。

 

でも確かに、そういう約束だった。

ルディは嘘をついたわけではない。

大事なことを言わなかっただけだ。

 

父様が穴を見て固まっている。

 

「なんだ、これは……」

 

剣へ手を掛け、周囲を見回す。

 

「魔物か?いや、こんな所まで入ってくるはずが……ルディ、本当に怪我はないか?」

 

「はい」

 

壊した本人を叱るより、先に心配する。

父様らしい。

 

「あらあら」

 

母様とリーリャも入ってきた。

母様は壁。

水浸しの床。

魔術教本。

ルディ。

 

順番に視線を動かした。

そしてルディの前へしゃがみ込む。

 

「ルディ」

 

「はい」

 

「もしかして、この本に書いてある内容を読んだの?」

 

「……はい。ごめんなさい、母様」

 

ルディは素直に謝った。

少し意外だった。

 

俺には散々、漏らした、倒れないように気をつけると言い張ったのに。

 

「いや、待て」

 

父様が魔術教本を拾う。

 

「このページ、中級の水魔術じゃないか」

 

「中級?」

 

俺も本を覗き込む。

知らない詠唱が書かれている。

 

「ルディが、これを使ったの?」

 

「そうみたいね」

 

母様の顔が、みるみる明るくなった。

 

「あなた、聞いた?」

 

「ああ。聞いたが……」

 

「三歳で中級魔術よ!」

 

母様は立ち上がり、両手を合わせた。

 

「やっぱりルディは天才だったのね!」

 

「母様、壁」

 

「壁なんて直せばいいわ!」

 

「いや、直すのは俺なんだが」

 

父様が呟いた。

 

「今すぐ家庭教師を雇いましょう!将来はきっと凄い魔術師になるわ!」

 

「ちょっと待て」

 

「何?」

 

「男の子には剣を教えるという話だっただろう」

 

「三歳で中級魔術を使える子に、魔術を諦めさせるつもり?」

 

「諦めろとは言ってない!だが、剣も必要だ」

 

「魔術の才能を優先すべきよ」

 

「剣の才能だってあるかもしれないだろ!」

 

二人が言い争いを始める。

 

ルディは困った顔をしていた。

リーリャは何事もなかったように床を拭き始めた。

 

俺は壁の穴とルディを交互に見る。

 

「ルディ」

 

「何ですか」

 

「すごいね」

 

「……そうですか?」

 

「うん。壁、壊れてる」

 

「威力を間違えました」

 

「倒れなかった」

 

「まあ、そこは成長しました」

 

少し得意そうだった。

 

俺は胸を撫で下ろす。

 

秘密にされていたことには腹が立つ。

でも、ルディがまた倒れなかったことの方が嬉しかった。

 

「ゼディウス様は午後に旦那様から剣を学んでいるので、ルーデウス様も午前は魔術、午後は剣ということにされてはいかがでしょう」

 

床を拭きながら、リーリャが言った。

 

父様と母様が同時に振り返る。

 

「それだ!」

 

「それがいいわ!」

 

夫婦喧嘩はすぐに終わった。

 

「俺も魔術やるの?」

 

聞くと、母様は少し考えた。

 

「ゼディも興味があるの?」

 

「分からない。まだ使ったことないから」

 

ルディを見る。

ルディは僅かに気まずそうな顔をした。

以前、教えると約束したことを覚えているのだろう。

 

「先生が来たら、一緒に習ってみる?」

 

母様が聞いた。

 

「うん」

 

答えてから、父様を見る。

 

「剣もやっていい?」

 

「もちろんだ!」

 

父様は俺の肩を抱き、満面の笑みを浮かべた。

 

「午前は魔術!午後は剣!俺の息子なら両方やってみろ!」

 

「あなた、無理をさせては駄目よ」

 

「分かってる!」

 

本当に分かっているかは怪しかった。

 

 

家庭教師は、思ったより早く見つかった。

この辺りは辺境で、魔術師の数も少ないらしい。

 

父様と母様は、もっと時間がかかると思っていた。

けれど募集を出して間もなく、一人の魔術師が応じた。

 

なんと、明日から住み込みで教えてくれるという。

 

「きっと、冒険者を引退したお爺さんだ」

 

父様は言った。

 

「長い髭を生やして、大きな杖を持っているに違いない」

 

「優しい方だといいわね」

 

母様は言った。

 

「子供へ教えた経験があると安心なのだけれど」

 

俺は『世界を歩く』に載っていた魔術師の挿絵を思い出した。

 

長い衣。

尖った帽子。

手には杖。

後ろには大きな炎。

 

魔術を教える先生。

どんな人なのだろう。

 

多分、俺もそわそわしていたが、ルディはそれよりもさらにそわそわしていた。

自分の方が知っていることを見せたいのか。

それとも、知らない魔術を教わるのが楽しみなのか。

……おそらく両方だ。

 

約束の日。

家の前へ、一人の少女が立っていた。

 

「ロキシー・ミグルディアです。よろしくお願いします」

 

小さな身体。

青い髪。

茶色いローブ。

背丈より少し短い杖。

 

俺は思わず父様を見上げた。

 

髭はない。

老人でもない。

水色の髪は空や海のようで、俺が憧れてきた外に近い綺麗な色だった。

 

父様も口を開けたまま固まっていた。

 

「ええと……君が、家庭教師の?」

 

「はい」

 

「随分と……その……」

 

「小さいんですね」

 

おそらく、この場の全員が少しでも思ったであろうことを、ルディははっきりと言い放った

 

……やや、というか、だいぶ、失礼ではないだろうか

俺は俺で、ルディの意外とノリノリな発言に、幼いながらに肝を冷やしていた

 

「あなたに言われたくありません」

 

落ち着いた声だった。

少し不機嫌そうにも聞こえる。

 

現在までの印象には、ジト目で少し無愛想なところがあげられるだろう……。

……優しい先生だったらいいのだけれど。

 

これまで父様も母様もリーリャも、兄のルディに関してもなんだかんだ優しく、グレイラット家はあたたかい環境だったので、家族以外の人間との初接触に俺はやや不安を覚えていた。

 

「それで、わたしが教える生徒はどちらに?」

 

「あ、それはこの子達よ!」

 

言われて母様はノリノリでウインクしながら俺たちをロキシーさんに紹介する。

ルディは妙に愛想よく笑った。

 

俺が普段見たことのない顔だった。

……ルディは父様に似て、女の子が好きだから、きっと可愛いロキシーさんが既に気に入っているのだろう。

 

時に、なんだかんだチョロいというか手が速そうな兄を羨ましく感じる部分がある。

 

「この子がルーデウスで、後ろの子が双子の弟のゼディウスです」

 

母様に背を押され、俺は一歩前へ出る。

 

「ゼディウス・グレイラットです。よろしくお願いします」

 

「聞いていた話では、生徒は一人だったと思いますが」

 

「ゼディも興味があるようなので、基礎だけでも一緒に教えていただけないかしら」

 

ロキシーさんは、俺とルディを見比べた。

少し考える。

 

「授業についてこられるのでしたら構いません。ただし、二人の進み方が同じになるとは限りません」

 

「分かりました」

 

母様が答える。

俺も頷いた。

 

ルディは何も言わなかった。

歓迎しているのか、嫌なのか。

 

表情からは分からなかった。

 

 

最初の授業は、庭で行われた。

壁の穴は父様が板で塞いだ。

家の中で魔術を使えばどうなるかなんて、塞がれた穴のおかげで全員が知っていたし、ロキシーさんは現役で魔術師なのだから知っているに決まっている。

 

「まずは……2人の実力を確認しましょう。どれだけ魔法が使えるか確認します」

 

ロキシーさんが杖を構える。

 

少し離れた場所には、練習用の丸太が立てられていた。

 

「初級水魔術、ウォーターボールをやります」

 

俺が憧れる空や海に似た水色の髪を持つロキシーさんの選んだ魔術は水だった。

偶然なのか、得意だからなのか、なんにせよなぜか少しだけ嬉しくなった。

 

詠唱と共に、水の塊が生まれる。

 

「まずはお手本です。汝の求める所に大いなる水の加護あらん、清涼なるせせらぎの流れを今ここに、ウォーターボール」

 

ロキシーさんの手元に水の塊が浮かび、勢いよく射出された。

水弾は庭の木へ当たり、大きな音を立てる。

木が折れて、水が周囲へ飛び散った。

 

「すごい……」

 

思わず声が出た。

 

水が空中へ浮かぶ。

飛ぶ。

硬い木を壊す。

 

本で読んで理解したつもりになっていた魔術が、目の前で起きている。

胸が高鳴った。

 

「どうですか?」

 

すごかった。すごかったのだが……。

 

「あー……その木は……」

 

「その木は、母様が大切に育てていた木なので、怒られるかもしれないです」

 

歯切れの悪い気まずそうな俺に加え、ルディも気まずそうに伝える。

父様が剣の稽古中に間違えて折った時なんかは本当に凄まじかった。

うちはリーリャもなかなかに強いが、母様も強い。

母は強し、ってやつだろうか。

 

……リーリャにはまだ子供はいないけど、まあ俺たちの育ての親みたいなものだし似たようなものかな。

俺は母様やリーリャが過去に父様にお怒りになってた場面を思い出してみては、なおのこと顔を歪めてしまった。

 

「え!?そうなんですか!?」

 

2人揃ってバツの悪そうな顔をしているからか、流石に本当にまずいと状況を理解して慌てるロキシーさんは少し可愛い。俺は子供ながらにそう感じた。

 

……血筋かなあ……。

 

そうこう考えていると、ロキシーさんが今度は折れてしまった庭木をうんしょと立ち上げ、それらに向かって治癒魔術をかけ始めた。

昔、母様がルディに使ってたみたいに。

 

「うぐぐ……神なる力は芳醇なる糧、力失いしかの者に再び立ち上がる力を与えん、ヒーリング」

 

ロキシーさんが詠唱をすれば、折れた庭木はみるみる元通り……どころか、元よりもさらに成長した気がする……。

 

治癒魔術は人間以外にも使えることがわかった。

 

それに、やはり詠唱は全世界共通なのだろう。

母様が昔に唱えてた内容と全く同じだ。

 

「ふう」

 

ロキシーさんはおそらく、万事解決、となったことで一息ついた。

その様子も少し可愛らしいように感じる。

 

「先生は回復魔術も使えるのですね!」

 

ルディは新しい魔術に嬉々として反応した。

 

「え?ええ……。中級までは問題なく使えます」

 

「すごい!すごいです!なあ、ゼディ!」

 

珍しく俺にまて話を振ってくる。本当に嬉しいのだろう。

 

「うん、すごいと思う。……俺も、治癒魔術使えるようになりたいです」

 

「きちんと訓練すればこのぐらいは誰にでも出来ますよ」

 

ロキシーさんはどこか嬉しそう。

褒められなれてないのかな。

 

「それでは2人とも、やってみてください。まずはルディから」

 

「はい」

 

ルディが右手を前へ出す。

 

「えっと、なんて言うんでしたっけ?」

 

「汝の求める所に大いなる水の加護あらん、清涼なるせせらぎの流れを今ここに、です」

 

……なんで聞いたんだろう?

毎日のように言っているはずでは。

ふと、そう思った。

 

思ったのも束の間。

ルディは途中まで詠唱を口にした。

ただ、その時少し風が吹いて、ロキシーさんの服が靡いた。

 

それに乗じてかはわからないが、ルディは魔術を放ちながら変な姿勢になる。

 

……なにやってんだと言わんばかりの姿勢。

ただ、そんなことよりも気になることの方が多い。

 

水弾は勢いよく飛び、また庭木へぶつかった。

ばきり、と木が割れる。

 

水弾はロキシーさんよりも小さいものの、勢いが凄まじく易々と木をへし折った

 

「……」

 

ロキシーさんが目を細めた。

 

「詠唱を省略しましたね」

 

「はい」

 

「普段から?」

 

「いつもは……無しで」

 

「無し!?」

「無し!?」

 

俺までびっくり。

ロキシーさんもびっくり。

 

「……そう。いつもは無し。なるほどね。疲れは感じていますか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「そう。水弾の大きさ、威力共に申し分ないです」

 

「ありがとうございます!」

 

2人はそのやりとりが楽しそうだった。

特にルディは魔術を共有できることが嬉しいのだろう。

 

ロキシーさんも。

最初は子供を見る目だった。

今は魔術師を見るような目になっている。

 

「…………これは鍛えがいがありそうだわ」

 

ロキシーさんがこそこそ喜んでる。

嬉しいのだろう。教師にとって、要領の良い生徒というのは好かれるものだ。

 

……なんでそんなことを知っているのかはわからないが、ふとそう感じた。

 

「それではもう一度……」

 

「ああぁー!」

 

母様だ。

母様の悲痛な叫び声とともに、母様が手にしていたであろう、差し入れ用の飲み物はこぼれ落ちた。

 

しまった!

母様が大切にしていた庭木ということをすっかりルディの無詠唱魔術宣言のおかげで忘れていた。

 

俺は母様の悲しい声を聞いて誰よりも先に体が動いた。

 

「んん……神なる力は芳醇なる糧、力失いしかの者に再び立ち上がる力を与えん、ヒーリング」

 

ロキシーさんですら重そうだった木を、三歳児の俺が支えるのは少し無茶だったかもしれないが、支えてそう詠唱した。

 

すると──。

 

ポンッ!

 

と言わんばかりの音と共に、木は元に戻り、ロキシーさんの時のように花が満開に咲く。

 

「まあー!!!!!」

 

母様が俺の方に走ってきて俺を抱きしめる。

 

「ゼディ、ありがとうねー!それに、治癒魔術が使えるなんて、流石私の息子よ!」

 

すごく、喜んでいる。

 

「か、母様、苦しいです」

 

いつも何かすれば喜んでくれるが今日は過去1、2を争えるだろう。

 

「ロキシーさん、うちの木を今後は実験台に使わないでくださいね!」

 

「は、はい!すみません……」

 

唐突にロキシーさんにプリプリ怒り出す。

コロコロ変わる感情にたまに圧倒される。まあ、そんなわんぱくで元気な部分が母様の良いところなのだろうけれど。

 

「早速失敗してしまいました……」

 

めっちゃへこむじゃん。

めっちゃへこむのだ。

 

「先生……」

 

「ロキシーさん……」

 

「ハハッ、明日には解雇ですかね…………」

 

へこんでるなあ……こういう時、どう言えば良いのか幼い俺にはまだわからない。

そう考えていると、ルディがロキシーさんの肩をぽん、と叩いた。

 

「先生は今、失敗したんじゃありません」

 

「ル、ルディ……?」

 

「経験を積んだんです」

 

ロキシーさんはハッとルディを見た。

 

「そ、そうですね。ありがとうございます」

 

「はい。では授業の続きをお願いします」

 

……こういう時、ルディは三歳らしからぬ言葉や対処法をよく知っているように感じる。

俺もルディができるんだからできないと、とよく思ったものだ。

俺にはまだ、できることが少ない。

 

ルディは既に先生をあっと驚かせている。

秘密で練習していたのだから、当然だ。

 

頭では分かっている。

それでも、同じ日に生まれた兄が遠くにいるように感じた。

 

「次に、ゼディ」

 

「はい」

 

「先ほどの治癒魔術、お見事でした。対人ではないにせよ、初級治癒魔術と呼んでも遜色ないレベルでした」

 

「……あ、ありがとうございます!」

 

少しだけ、自信に繋がる。

 

「では、次は攻撃魔術。先ほどと同じく水の初級魔術、ウォーターボールにしましょう。……もしかすると、ゼディも無詠唱なのかもしれませんが、まずは詠唱から始めます」

 

「俺は無詠唱も魔術も使ったことないですよ……」

 

少し憂鬱そうに言うが、ロキシーさんはそんなことより別の意味で驚く。

 

「無詠唱も魔術も無し!?……それで治癒魔術を使ったのなら凄まじいですよ……。怠さや気分が悪いなどは無いですか?」

 

ルディはそのロキシーさんの反応にどこか少し浮かない顔だ。

 

「無いです。続き、やりたいです」

 

俺はありのまま、続けたいと感じたので伝えた。

治癒魔術は使えたが、攻撃魔術が使えないと魔術を行使できると言い切るのは難しいだろう。

ルディは中級魔術が使えるのだからこんなことでは喜んでられない。

 

ロキシーさんは、ルディの時と同じ言葉をゆっくり教えてくれる。

俺は一度聞き。

 

もう一度復唱した。

言葉自体は難しくない。

意味もおおよそ分かる。

 

「右手を前へ。治癒魔術を使った時と同じ感覚で、身体の内側にある力を、手へ集めるつもりで」

 

「身体の内側……」

 

「初めは感覚が分からなくても構いません。詠唱が補助してくれます」

 

俺は右手を前へ出す。

息を吸う。

言葉を唱える。

 

「汝の求める所に、大いなる水の加護あらん。清涼なるせせらぎの流れを今ここに──ウォーターボール」

 

身体の中で、何かが動いた。

先ほどは反射的にやっていたからあまり感覚を意識していなかったのだ。

 

血とは違う。

熱とも違う。

胸の奥から腕へ、小さな流れが走る。

 

手のひらの前へ水が集まった。

 

「出た!」

 

拳より小さな水の玉。

形は少し歪んでいる。

表面が揺れている。

 

「そのまま保って。次に、前へ飛ぶところを想像してください」

 

「前へ……」

 

庭木の代わりに用意された丸太を見る。

水の玉が飛ぶ姿を考える。

だが、水は大きくなっただけだった。

 

「大きさを変えるのではなく、押し出す感覚です」

 

「押し出す……」

 

もう一度。

水弾が震える。

少しだけ前へ動き、すぐに形を崩して、足元へ落ちた。

 

ばしゃり。

靴が濡れる。

 

「……失敗した」

 

「初めてなら十分です」

 

ロキシーさんは淡々と言った。

 

「一度目で水を生成できただけでも、適性はあります」

 

ルディの一度目は、もっと大きなものを作ったのだろうか。

横を見ると、ルディがこちらを見ていた。

 

笑ってはいない。

馬鹿にもしていない。

ただ、少し安心したような顔だった。

 

「もう一回やっていい?」

 

「魔力の消耗は感じますか?」

 

「少し、腕が重い」

 

「でしたら、あと一度だけです」

 

再び詠唱する。

 

今度は先ほどより形が整った。

飛ばす。

水弾はゆっくりと前へ進み、丸太へ届く前に落ちた。

 

「惜しいですね」

 

ロキシーさんが言った。

 

「水の生成は悪くありません。ただ、形を保つことと、動かすことを同時に行うのが苦手なようです」

 

「才能がない?」

 

「一度や二度で才能の有無は決まりません」

 

ロキシーさんは少し厳しい顔をした。

 

「努力する前から、勝手に自分の限界を決めてはいけません」

 

「はい」

 

その言葉は、不思議と胸に残った。

俺はこのロキシーさんの言葉を覚えた。

 

……ロキシー先生、これからはそう呼ぼうと思う。

 

 

授業の最後。

ロキシー先生はいくつかの初級魔術を見せてくれた。

 

土の塊。

小さな風。

そして、火。

 

「これは初級火魔術のファイアーボールです」

 

先生の手のひらに、小さな炎が生まれる。

水とは違う。

揺れながらも、落ちない。

 

赤、明るい。

生き物のように形を変えている。

 

その瞬間。

胸の奥に、何かが走った。

水魔術を見た時にも感動した。

 

けれど、火は違った。

どう動いているのかが、分かるような気がした。

 

火は丸くなくてもいい。

揺れていい。

形を保とうとしなくても、中心さえあれば燃え続ける。

 

「……きれい」

 

自然と手を伸ばした。

 

「触ってはいけません」

 

ロキシー先生が杖で俺の手を止める。

 

「火傷しますよ」

 

「はい」

 

それでも目を逸らせなかった。

 

「ゼディウスは火が好きなのですか?」

 

「分からない。でも、水より分かる気がする」

 

「分かる?」

 

「水は、形をちゃんと作らないと崩れる。でも火は、揺れてても火だから」

 

ロキシー先生が僅かに目を見開いた。

 

「……初めて見て、その違いに気づきましたか」

 

「変?」

 

「いいえ」

 

先生は火を消した。

 

「今日はもう魔力を使っています。試すのは明日にしましょう」

 

「今は駄目?」

 

「駄目です」

 

「少しだけ」

 

「倒れたいのですか?」

 

ルディの方を見る。

ルディが気まずそうに目を逸らした。

 

「倒れたくない」

 

「ならば今日は終わりです」

 

「はい」

 

俺は先生の言うことに素直に頷いた。

 

 

翌日。

 

最初に水魔術を練習した。

昨日よりは長く形を保てた。

射出もできた。

 

けれど遅い。

丸太へ当たった時には、水を掛けた程度の威力しかなかった。

 

「悪くありません」

 

ロキシー先生は言った。

 

「初めてから二日目としては、十分に早いです」

 

「ルディは?」

 

「比べないことです」

 

「でも」

 

「ルディは、既に長い間一人で練習しています。始めた時期が違う者を比べても意味はありません」

 

「……はい」

 

先生は俺の顔を見た後、杖を構えた。

 

「では、昨日興味を示していた火を試しましょう」

 

「うん」

 

「返事は、はい」

 

「はい」

 

初級火魔術の詠唱を教わる。

 

俺は言葉を覚え、右手を前へ出した。

水の時と同じように、身体の内側へ意識を向ける。

だが、感じ方は少し違った。

 

水では、身体の中にあるものを集め、外へ押し出す感覚だった。

火では、胸の奥に小さな火種を作る。

 

そこへ息を吹き込む。

温める。

燃やす。

 

その方が自然だった。

 

「ファイアーボール」

 

手のひらの先へ、炎が灯った。

 

昨日の水弾より大きい。

形は不安定だが、消えない。

俺が驚いても。

呼吸をしても。

炎はそこにあり続けた。

 

「……え?」

 

ロキシー先生が声を漏らした。

 

「飛ばしてみてください」

 

「はい」

 

丸太を見る。

 

火を前へ。

そう考えた瞬間、炎が手を離れた。

水弾のように落ちることなく、真っ直ぐ飛ぶ。

 

丸太へぶつかり、ぼっ、と表面を燃やした。

 

「できた!」

 

「すぐ消してください!」

 

先生が慌てて水魔術を使う。

丸太の火が消える。

白い煙が上がった。

 

「火事になるところでした」

 

「ごめんなさい」

 

「いえ。屋外ですから問題ありません。ですが……」

 

ロキシー先生は焦げた丸太を見た。

次に俺を見る。

 

「初回で、生成から射出まで成功しましたね」

 

「水より簡単だった」

 

「簡単、ですか」

 

先生は難しい顔になった。

 

「もう一度使えますか?」

 

「はい」

 

「今度は、もっと小さく。熱も弱くするつもりで」

 

詠唱する。

先ほどより小さな炎が生まれた。

指先ほどの火。

 

「そのまま維持してください」

 

炎を見つめる。

揺れる。

けれど消えない。

 

怖くない。

熱いのに、手元にある間は自分を傷つけないという感覚があった。

 

「消してください」

 

握るように意識する。

炎が消えた。

 

「……なるほど」

 

ロキシー先生が呟く。

 

「水より、火の方が明らかに感覚を掴むのが早いですね」

 

「じゃあ、火をいっぱい教えて」

 

「駄目です」

 

「どうして?」

 

「わたしは水魔術を得意としています。火も上級まで教えられますが、安全に扱うには基礎が必要です」

 

「上級まで?」

 

「はい。それ以上は、専門の術師へ習うべきでしょう」

 

上級。

 

魔術教本に載っている、最も高い段階。

それより上にも、聖級、王級、帝級、神級がある。

ロキシー先生は水なら聖級を使えると聞いた。

 

けれど火は上級まで。

 

少し残念だった。

同時に、もっと先があることが嬉しかった。

 

「上級まで覚えたら、その先は別の人に習えばいい?」

 

「簡単に言いますね」

 

「駄目?」

 

「いいえ」

 

先生は小さく笑った。

 

「上級まで到達してから考えましょう」

 

「はい」

 

本当は、その先も先生に教えてもらいたかった、なんて。

 

 

その日から、午前はロキシー先生から魔術を教わり、午後は父様から、剣の使い方を教わるようになった。

ルディも同じだった。

 

ただし、ルディは魔術では俺より遥かに先にいる。

 

水。

土。

風。

火。

 

どれを使っても器用だった。

 

特に水魔術は、ロキシー先生が驚くほど早く覚えていった。

俺は水では少し遅れる。

 

形を作る。

保つ。

飛ばす。

 

複数のことを同時に行う時、どうしても僅かに乱れた。

それでも覚える速度そのものは速いと言われた。

一度失敗したことは、次には直せる。

先生が見せた動きも、説明も、頭へすぐに入る。

 

そして火だけは、最初から不思議なほど馴染んだ。

 

熱を上げる。

形を変える。

細く伸ばす。

複数へ分ける。

 

ロキシー先生が一度見せれば、完全ではなくともすぐに真似ができた。

 

「ゼディウスは火へ適性があるようですね」

 

ある日の授業で、先生が言った。

 

「水も決して苦手ではありません。普通の子供と比べれば、十分すぎるほど優秀です」

 

「ルディと比べたら?」

 

「比べないように言ったでしょう」

 

「でも、双子だから気になる」

 

「水に関してはルディの方が上です」

 

先生ははっきり答えた。

少し胸が痛んだ。

けれど、不思議と嫌ではなかった。

 

ルディが先に始めたから。

ルディが毎日、一人で練習していたから。

その分だけ先にいる。

 

当然だ。

 

「ただし」

 

先生が続ける。

 

「火の扱いは、ゼディウスの方が自然です」

 

「ほんと?」

 

「はい。適性の差というものはあります。だからといって、どちらが優れた魔術師になるかは今の段階では分かりません」

 

先生は俺とルディを交互に見る。

 

「一つの系統だけで、魔術師の価値は決まりません。それに、二人はまだ三歳です」

 

「俺はゼディより先に始めていますから」

 

ルディが言った。

 

「今の差は、その分でしょう」

 

意外だった。

もっと得意そうにすると思っていた。

 

「ルディ、教えてくれる?」

 

「何を?」

 

「水の飛ばし方」

 

ルディは黙った。

以前の約束を思い出したのだろう。

 

少しだけ気まずそうな顔になる。

 

「……いいですよ」

 

「ほんと?」

 

「ただし、僕のやり方がゼディに合うとは限りません」

 

「それでもいい」

 

「分かりました」

 

ルディは俺の隣へ立った。

 

「ゼディは水を作った後、形を保つことへ意識を向けすぎています」

 

「崩れるから」

 

「崩れないようにするのではなく、崩れるより先に飛ばせばいいんです」

 

「そんなのでいいの?」

 

「最初は。飛ばしながら形を整えることもできます」

 

ルディが小さな水弾を作る。

球ではない。

少し歪んだ水の塊。

それを射出する。

 

飛んでいる間に形が整い、丸太へ当たった。

 

「最初から全部を完璧にしようとしなくていいんですよ」

 

「そっか」

 

俺も真似をする。

歪んだ水を作る。

すぐに押し出す。

 

水弾は形を変えながら飛び、丸太へぶつかった。

 

「当たった!」

 

「ええ」

 

ルディが少しだけ笑った。

 

「できましたね」

 

「ありがとう、ルディ」

 

「……別に。兄ですから」

 

胸を張る。

その言い方が少しおかしくて、俺は笑った。

 

「何ですか」

 

「ルディ、兄みたい」

 

「兄ですよ!」

 

「知ってる」

 

ロキシー先生が小さく息を吐いた。

 

「仲が良いのか悪いのか、よく分かりませんね」

 

「仲いいよ」

 

俺が答える。

 

ルディは何も言わなかった。

けれど、否定もしなかった。

 

 

ルディは家の中で、一人で魔術を始めた。

俺は家の外で、一人で身体を動かし始めた。

互いに何をしているのか知らないまま。

 

別の場所で。

別の力を育てていた。

 

ルディは俺より多くの魔力を持つようになった。

この時点で既に、俺より何歩も先を進んでいた。

 

俺はルディより長く走り、転ばずに身体を動かし、父様の剣を目で追うことができるようになった。

 

まだ差は小さい。

比べなければ分からない程度。

 

それでも、その小さな積み重ねが、後に俺たちを、違う形の戦士へ育てることになる。

 

魔術なら、ルディ。

剣なら、ゼディ。

 

そんな単純な話ではない。

 

ルディも剣を学ぶ。

俺も魔術を学ぶ。

 

互いに相手の領域へ足を踏み入れながら、それでも、根の部分では違っていた。

 

ルディは魔術を、理解し、組み立て、操った。

俺は魔術を、感じ、掴み、身体の一部として放った。

 

特に火は。

まるで、ずっと昔から知っていたもののように。

俺の中へ馴染んだ。

 

この時のロキシー先生は、まだ知らない。

 

自分が上級までしか教えられなかった火魔術を。

俺が遠い未来に、王級、帝級と修めていくことを。

 

さらにその先。

神級と呼ばれる領域へ、手を伸ばすことを。

 

もちろん、俺も知らなかった。

 

その頃の俺に分かっていたのは、兄が水を得意としていて、自分は火が好きらしい、ということだけ。

 

それからもう一つ。

 

ルディがようやく、ほんの少しだけ、俺へ自分の魔術を教えてくれたこと。

そのことが、魔術を成功させた時と同じくらい嬉しかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

封印された魔剣士(作者:最強主人公2)(原作:無職転生)

あらすじ▼剣か、魔法か。▼誰もがどちらか一つを極める世界で、一人の少年はその常識を覆そうとしていた。▼その名は――レオン。▼七歳で全てを失った少年は、やがて世界中に名を轟かせる最強の魔剣士となる。▼しかし、その存在はあまりにも強すぎた。▼英雄となったその日、レオンは歴史の裏側へと姿を消す。▼これは、世界から消された最強の魔剣士が紡ぐ、もう一つの英雄譚。▼


総合評価:184/評価:8.4/連載:7話/更新日時:2026年07月13日(月) 22:56 小説情報

玉葱騎士、六面世界に立つ(作者:プラザ合意)(原作:無職転生)

▼何もかも忘れ、志半ばで倒れた騎士。▼彼は何の因果か、異世界で再び剣を取る。▼たとえ記憶を失っても、たとえ壊れてしまっても。▼それでも彼は、誰かを守ろうとした。▼※ダークソウルと無職転生のクロスオーバーがないので自分で書きました。玉葱と言っているものの、主人公はジークマイヤーさんでもジークバルトさんでもジークリンデさんでもないです、すみません。


総合評価:1788/評価:8.6/連載:34話/更新日時:2026年07月09日(木) 20:01 小説情報

貴殿転生 元の知識で本気出す(作者:肉と米と愛)(原作:無職転生)

無職転生の世界に転生した男子高校生がパウロの弟ピレモンの息子として生きていくお話▼ほぼワンピースの知識しか使いません▼初めて小説書くので抜けている部分があったら教えてほしいです▼結構都合いい展開ありますのでそこは寛大な心で許してください▼あとアニメと原作が混合しています ▼感想でモチベーション爆上がりするので、是非お願いします▼以前の名前は既存の題名の作品が…


総合評価:805/評価:7.32/連載:83話/更新日時:2026年07月14日(火) 00:37 小説情報

ようこそ死んだはずの俺が行く教室へ(作者:ホムンクルス至上主義者)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

振り返れば75点くらいの人生を送っていた男▼忘年会帰り酒に酔い頭を打つという死に方で人生の幕を閉めた▼と思ったらようこそ実力至上主義の教室への世界の松雄栄一郎に転生していた▼原作知識ほぼなし、知力体力そこそこ、松雄バフ大ありの一般中年男性が行くようこそ実力至上主義の教室へ


総合評価:2254/評価:7.97/連載:9話/更新日時:2026年06月12日(金) 21:29 小説情報

オシャメとサメ(作者:なかりょた)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

チェンソーマンのビームの能力とビームの見た目をもってゼンゼロの世界に飛ばされたオリ主がヴィクトリア家政に所属してあれこれする話です。なお無自覚に周りを曇らせている模様▼


総合評価:1000/評価:8.44/連載:4話/更新日時:2026年05月19日(火) 21:26 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>