正義は六週間後に届く   作:何もない一般人

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エピローグ —— 六週間後

 事件から六週間後、百花繚乱紛争調停委員会はアルタイ地区施設への越境捜索を許可した。

 

 捜索隊が現地へ入ったとき、混合槽、凍結乾燥機、粒径選別器は撤去されていた。床のアンカーボルトは切断され、排水溝は酸性洗浄されていた。白い残留物は検出限界を下回った。

 

 撤去には大型車両が最低三台必要だった。山道の料金所記録には該当車両がなかった。別の林道を使ったか、記録が改変されたか、設備を分解して小型車で運んだ可能性が検討された。どの可能性にも、それを裏づける映像はなかった。

 

 建物の電力契約は捜索許可が出る二日前に解約されていた。申請者は登記上の管理会社。署名は電子証明付きで、手続きに不備はなかった。管理会社の代表者は半年前に死亡していた。

 

 事務室に椅子が七脚残っていた。負傷した警備員の血液が床材の継ぎ目から採取された。第三小隊の発砲と侵入を裏づける証拠にはなった。MFIの製造を裏づける証拠にはならなかった。

 

 ゲヘナで正規押収された未開封コンテナにより、MFIの実在は公表された。散布計画は情報源を明示できず、概要だけが危険評価書へ転記された。通学路の警戒は強化されたが、対象地点がどこだったのかは確認できなかった。

 

 公表資料ではMFIを《神秘場結合阻害性物質》と記載し、製造主体と散布計画については《捜査中》とした。第三小隊の越境との関係は書かれなかった。記者会見で質問され、カンナは個別事件の捜査中であるため回答できないと述べた。

 

 会見後、倉庫へ最初の紙を持ち込んだ情報提供者を探した。店は閉まっていた。看板が外され、賃貸契約も解約されていた。室内に争った跡はなく、管理会社には旅行に出ると連絡していた。二週間という期限を守り、その後も戻らなかった。

 

 越境審査制度の改定案は審議入りした。標準六週間を四週間へ短縮する案、生命への差し迫った危険がある場合に二十四時間の暫定許可を出す案、各自治区の常駐連絡官を置く案。予算、自治権、人員配置をめぐって合意はなかった。次回審議は翌月へ延期された。

 

 暫定許可案には、誤認による越境が起きた場合の責任主体が記載されていなかった。申請した部隊、許可した委員、受け入れた自治区のどこが補償するかで議論が止まった。常駐連絡官案には二十四時間勤務の人員が必要だった。必要人数を積算すると、全自治区で百名を超えた。予算部門は翌年度以降の検討事項とした。

 

 事件前と同じ六週間という標準期間は、改定審議中も有効だった。次の申請が一件提出され、同じ書式で受理された。

 

 第三小隊と処理班は矯正局にいた。ミナの反対は記録に残っていなかった。記録にない反対は、処分上、存在しない。サキとハルは職務停止ののち原隊へ戻された。リンの海警局復帰申請は、指揮系統逸脱を理由に保留された。

 

 シキは取調べで、アルタイ以降の命令はすべて自分が出したと供述した。処理班は命令に従っただけだと繰り返した。指揮官の命令が明白に違法な場合、部下にも拒否義務がある。責任を一人へ集める供述は、他の者の責任を消さなかった。

 

 予備的な罪名は、越境協定違反、住居侵入、証拠隠匿、護送妨害、傷害、銃器不正使用、監禁、危険物による脅迫。アルタイでMFIを止めた行為は、緊急避難として評価される余地があった。ゲヘナは判断が分かれた。バス襲撃と庁舎占拠について、緊急避難を認める意見はなかった。

 

 弁護側は一連の行為を分断せず、MFI流通阻止のための継続行為として評価するよう求めた。捜査側は、目的が同じでも、各時点で選べた手段は別だったと主張した。どこからが犯罪だったかではなく、どの犯罪がどの時点で完成したかが争点になった。

 

 公判前整理には数か月かかる見込みだった。矯正局の居室は二人部屋で、シキとミナは別棟に分けられた。共犯者同士の口裏合わせを防ぐためだった。ノエは単独室、リンは海警局監察の都合で一時拘禁区画に置かれた。同じ事件で拘束されても、四人が顔を合わせることはなかった。

 

 ミナはバス襲撃への反対を供述した。シキも反対があったことを認めた。録音も議事メモもなく、作戦への参加という客観的事実だけが残っていた。調書には《被疑者らの供述は一致するが、裏づけ資料なし》と記載された。

 

 リンには海警局の監察官が面会した。無許可飛行、虚偽の整備票、燃料規程違反、指揮系統からの離脱。一つずつ確認され、リンはすべて認めた。最後に上官から届いた《生存だけ返答せよ》というメッセージについて聞かれた。リンは端末の電源を切ったため、その時点では読んでいないと答えた。それは事実ではなかった。

 

 ノエは取調べで、必要な質問にだけ答えた。軽口は一度も言わなかった。

 

 矯正局の担当官は、ノエが黙秘しているとは記録しなかった。質問には答えていた。天気、食事、体調について余計な言葉を加えなくなっただけだった。取調べ最終日の所見欄には《応答適切。情動平板》と書かれた。

 

 護送バスで左眼を負傷した護衛は、二回目の手術後、光を判別できるまで回復した。細かい文字を読む視力は戻っていない。公安局から見舞金を支払う案は、責任を認めたと解釈される可能性があるため保留された。生活安全局の共済制度が先に治療費を立て替えた。

 

 庁舎の五階は三週間閉鎖された。空調ダクトと床材は交換され、机と椅子は廃棄された。職員が戻ったあと、中央事務区画の机配置は占拠前と同じに復元された。自動販売機だけは新しい型になった。

 

 先生はMFI鑑定書の式を自分の端末へ写した。結合係数、冗長化、エラー訂正、MYSクラスタ。意味は理解できた。自分がどこで学んだのかだけが分からなかった。

 

 曝露翌日の血液検査では、先生の神秘場結合に統計上有意な変化はなかった。右前腕に直径三ミリの発赤が残り、四日で消えた。医療記録には《MFI非感受性を示唆。ただし単一事例》と書かれた。次の曝露でも安全だという保証にはならなかった。

 

 先生は矯正局への面会を申請した。捜査中の関係者であるため、最初の申請は却下された。二回目は教育顧問として申請し、法務審査へ回された。回答予定は三週間後だった。

 

 アルタイ捜索報告の末尾には、施設撤去の推定完了日が記されていた。

 

 第三小隊が公安局庁舎を占拠した日の、四日後だった。

 

 工場を撤去した者は、六週間を待たなかった。

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