正義は六週間後に届く   作:何もない一般人

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ゲヘナ倉庫

 ゲヘナ行きロットの追跡番号は、境界地区の共同倉庫で止まっていた。荷受人は三か月前に設立された会社で、登記住所は私書箱だった。倉庫の賃貸料だけが、二か月分まとめて現金で払われていた。

 

 第三小隊はアルタイから戻って十六時間後、再び装具を着けた。

 

 その十六時間のうち、四時間は事情報告、三時間は装備返納と除染、二時間は医療検査に使われた。睡眠は各自二時間に満たなかった。ノエの右手には吸着マットを敷いた際の薬品焼けがあり、透明な被膜材で覆われていた。ミナの耳にはヘリのローター音が残り、静かな部屋でも低い振動が聞こえた。

 

 シキの事後報告は公安局長預かりになっていた。承認でも否認でもない。法務確認が終わるまで処分を留保するという状態だった。本来なら、その間の出動権限は部長判断で制限できた。部長は制限しなかった。MFIの出荷済みロットが残っていると報告を受けていたからだった。

 

 カンナからは所在を一時間ごとに報告するよう命令が出ていた。第三小隊の事務担当が、待機室端末から《休養》《装備整備》と送った。端末は待機室にあった。四人はそこにいなかった。所在報告は、端末の所在を報告する形式になっていた。

 

「ゲヘナ風紀委員会へ通報すべきです」ミナが言った。

 

「通報すれば、証拠の出所を聞かれる」シキは答えた。

 

「聞かれて困る出所です」

 

「通報から令状まで、最短で何時間だ」

 

「分かりません」

 

「相手も分かっていない。だから、こちらは待てない」

 

 リンはゲヘナ側へ非公式に照会できる連絡先を二人知っていた。一人は海上密輸の合同捜査で会った風紀委員、もう一人は救難訓練の通信担当だった。どちらに連絡しても、用件は記録される。

 

「匿名情報として流す方法はあります」リンが言った。「位置と時刻だけ。私たちは入らない」

 

「風紀委員会が令状を取る間に移動されたら、追跡できない」シキが答えた。

 

「私たちが入れば、風紀委員会はMFIより私たちを追う可能性があります」

 

「その前に回収する」

 

 リンはそれ以上言わなかった。端末から二人の連絡先を削除はしなかった。

 

 この時点で、第三小隊は兵器の移動を止めるために動いていた。同時に、前夜の越境を知られないためにも動いていた。二つの理由は作戦書の中で区別されなかった。

 

---

 

 倉庫は古い鋳造工場を間仕切りした建物だった。屋根の北半分がゲヘナ自治区、荷捌き場が無所属地帯にかかっていた。境界線は床に引かれていない。

 

 午前四時六分、ノエが裏口のシリンダー錠を抜いた。内部に警備員はいなかった。シャッター脇の事務室に寝袋と紙コップがあり、コーヒーはまだ乾いていなかった。

 

 寝袋は二つあった。片方には体温が残っていた。リンが裏路地の小型機を旋回させると、東へ走る熱源が一つ映った。追えば倉庫の監視が空く。シキは追跡を命じなかった。

 

 事務室の卓上に、風紀委員会の巡回予定を書き写した紙があった。巡回の間隔は正確だった。内部から漏れたものか、数週間観察して作ったものかは分からない。どちらにしても、次の巡回まで十九分しかなかった。

 

 コンテナは六個。そのうち一個が開封され、中には携行型噴霧器が二十四本、緩衝材に分けて収められていた。一本は長さ二十八センチ。安全栓を抜き、レバーを固定すれば、内容物を十八分で全量散布する構造だった。

 

 作業台に、散布時間と推定人数の対応表があった。

 

 午前七時十分、七時二十五分、七時四十分。地名は英数字のコード。風向、道路幅、平均歩行速度、通行量。通学時間帯の人数は、過去四週間の監視映像から数えられていた。曜日ごとの差も補正されていた。

 

 対象人数の欄には、平均値だけでなく上下限が書かれていた。雨天時はアーケードへ人が集中する。定期試験日は一斉登校になる。休日は散布効率が落ちる。表の作成者は、殺傷する相手を個人として見ていなかった。交通量として数えていた。

 

 別紙には散布者の離脱経路があった。噴霧器を設置し、安全栓を抜いてから有効濃度に達するまで三分二十秒。設置者は二分以内に風上へ退避する。防護マスクの型番と廃棄方法も指定されていた。使う者だけは守る設計だった。

 

 ノエは表を撮影した。口を開いたが、声は出さなかった。二度目に息を吸ってから言った。

 

「全部持ち出す。一本も残せない」

 

「先に記録」ミナが言った。「位置を動かす前に全景。封印番号。噴霧器は個別番号」

 

 手順は遅かった。二十四本の撮影に九分かかった。

 

 九本目を袋へ入れたところで、倉庫外の投光器が点いた。窓の汚れが白く浮いた。

 

 ノエは作業台の照明を消した。外からの光がシャッターの穴を通り、床に直径数ミリの白い点を作った。点の数で、投光器が少なくとも四基あると分かった。

 

 風紀委員会の車両はエンジンを切っていた。発電機、装具の擦れる音、短い無線交信だけが聞こえた。包囲側は急いでいなかった。建物から出る経路を全部押さえていると判断していた。

 

『ゲヘナ風紀委員会。建物内の者は作業を中止し、武器を床へ置け』

 

 声は若かった。拡声器の出力が高すぎて、語尾が外壁に反射した。

 

『所属、責任者、立入根拠を提示せよ。三分待つ』

 

 リンの小型機は、南正面に十二、東側路地に六人を捉えた。射線は重なり、車両の後方に救護要員がいた。風紀委員会は逮捕だけでなく、逮捕後を準備していた。

 

「交戦しない」シキが言った。「噴霧器と帳面を持つ。未開封コンテナは置く」

 

「置けば押収されます」リンが言った。

 

「それでいい。少なくとも流通は止まる」

 

 北側の排煙口は、人一人が装具を外せば通れる幅だった。ノエが格子のボルトを切った。切断音は投光器用発電機の騒音に紛れた。

 

『一分経過。立入根拠を提示せよ。正当な理由があるなら、手続きに移す』

 

 ミナは最後に作業台を見た。証拠袋を二つ抱え、排煙口へ入った。

 

 三分後、風紀委員会が正面から入った。第三小隊は北の資材置場を抜け、無所属地帯に停めた車両へ乗った。発砲はなかった。風紀委員会が回収した未開封コンテナには、第三小隊の手袋痕と採取跡が残った。

 

 排煙口を通る際、証拠袋の一つが切断した格子へ引っかかった。外袋が四センチ裂けた。内袋は無事だった。ノエは修復しようとしたが、シキが先へ進ませた。現場で粘着テープを貼れば、その繊維と糊も証拠に残る。

 

 車両へ着くまでに、ミナは二度振り返った。追跡はなかった。風紀委員会は倉庫の中身を確保することを優先した。第三小隊が逃げ切れたのは、相手が無能だったからではない。相手が噴霧器を放置しなかったからだった。

 

 車内では誰も覆面を外さなかった。公共カメラの範囲を抜けるまで十一分かかる。リンは小型機の記録を消去せず、暗号化して保存した。消せばゲヘナ側の配置を隠せるが、未開封コンテナを風紀委員会が確保した事実まで証明できなくなる。

 

「追ってこないな」ノエが言った。

 

「追う理由がない。向こうは箱を押さえた」ミナが答えた。

 

「俺たちも押さえられる」

 

「同時にはできなかった」

 

 ノエは裂けた証拠袋を膝で押さえた。袋の内側には散布計画が入っていた。風紀委員会の手元に残ったのはMFIの実物。第三小隊が持ち去ったのは、それをどこで使う予定だったかという情報だった。証拠は、二つの管轄へ分断された。

 

 途中で車を乗り換えた。最初の車は無所属地帯の月極駐車場へ残し、翌日、別の処理班が回収する予定だった。鍵は右後輪の上へ磁石で付けた。回収担当には、なぜ車内を化学除染するのか知らせなかった。

 

 午前五時二十二分、空崎ヒナ名義の照会がヴァルキューレへ送られた。文面は七行だった。

 

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