正義は六週間後に届く 作:何もない一般人
映像解析は四十八時間で終わった。
元データは七十二ギガバイトあった。ボディカメラは広角で、画面の端が歪んでいた。解析班はレンズ補正を行い、補正前後の映像を別々に保存した。加工映像だけでは証拠にならない。作業者二人が同じ箇所を独立に確認し、意見が一致しない特徴は報告から外した。
左手首の三秒は、最初の確認では重要視されなかった。装備担当が静止画を見て、留め具の成型跡に気づいた。製造ロットによって裏側のリブ形状が違う。問題の型は特別行動部へ四十六組納入され、うち十一組が第三小隊の保管庫にあった。
歩幅、隊列間隔、射撃後の確認動作、無線機を押す指の位置。分析官は映像を一秒ごとに区切った。ヘルメット団の過去映像二百十三件と比較した結果、動作特性の一致率は一割未満。特別行動部の訓練映像とは八割を超えた。
装備台帳から手袋の配備先を絞ると、候補は三小隊になった。うち一小隊は当日、百二十キロ離れた人質事件に出動していた。残る二小隊のうち、第三小隊だけが車両の走行記録を提出していなかった。
先生は解析室で報告を聞いた。面談依頼は前日、第三小隊へ届いていた。返信はなかった。
解析官は容疑部隊名を画面に出す前に、立会人全員へ守秘義務を確認した。退出者は端末を置き、紙のメモを裁断箱へ入れた。先生の手元には何も残らなかった。映像の中で護衛が左眼を押さえる動作だけが残った。
先生はその日のうちに、面談依頼を召喚へ切り替えるよう進言した。今度は緊急指定が認められた。認められる根拠が揃った時点では、非公式の電話で止められたかもしれない時間は、すでに二日過ぎていた。
尾刃カンナは同日午後、公安局各部の責任者を招集した。
会議室で再生された映像は無音だった。閃光の白飛びが収まり、覆面の隊員が倒れた護衛を跨いだ。担架を使わず、処理班を歩かせている。負傷させた護衛の止血はしていない。三十八秒の作戦に、その時間は組み込まれていなかった。
カンナは映像を三回見た。一回目は全体、二回目は装備照合、三回目は負傷者の動きだけを見た。三回目の途中、左眼を押さえた護衛の映像で一時停止を求めた。
「この生徒の経過は」
「角膜裂傷です。手術は終了。視力の回復は未定」
「家族への連絡は」
「生活安全局が行っています」
カンナは再生を続けさせた。謝罪はしなかった。容疑が固まる前に組織の責任を認めれば、捜査へ影響する。言えることと、言うべきことが一致しなかった。
「……第三小隊で、ほぼ間違いない」カンナは言った。「アルタイへの出動報告は、本官も受けている。だが、ゲヘナについては何もない。その次が、この護送襲撃だ」
部長の一人が、MFIの存在を理由に情状を求めた。
「情状については、処分を決める段階で本官が責任を持って検討する。だが、捜査を始めない理由にはできない」
カンナの声は普段と変わらなかった。机の下で握った右手の爪だけが、手袋の革へ四つの窪みを作っていた。
特別行動部はSRT解散後の能力空白を埋めるために作られた。能力だけを移し、統制の失敗は移さないという設計だった。その設計が正しくなかった可能性を、カンナは会議資料の末尾に記した。
捜査開始は全会一致で決まった。
会議後、カンナは第三小隊の出動権限を停止し、武器庫の認証を無効化した。処理には十二分かかった。無線機の鍵更新は次の定時同期まで反映されない。車両庫は紙の予備鍵を使えば開けられる。即時停止という命令にも、実際に止まるまでの時間差があった。
第三小隊の待機室へ向かった監察員は、廊下で施錠された扉を見つけた。中から音はしなかった。令状が届くまで、扉を壊せなかった。
サキとハルは別々の部屋で事情を聞かれた。二人とも圏内倉庫の正規作戦には参加した。アルタイ以降は知らないと答えた。
「何も疑わなかったのか」監察員がサキに聞いた。
「除染室から四人で戻ってきた。何かあったとは思いました」
「なぜ報告しなかった」
「何を報告するんですか。髪が濡れていたことですか」
ハルには、待機室に残された装具の数を聞いた。彼女は覚えていなかった。実際には、入室した瞬間に数えていた。特別行動部では、ラックの空きを見れば出動人数が分かる。知らないと答えたことで、ハルは初めて事実を隠した。
両名の端末は押収された。違法作戦への関与を示す通信はなかった。何も知らされなかったことが、二人を守った。