冒険者よ小鬼を知れ   作:狂胡椒

1 / 1
王国軍関係の設定は独自設定なので軽く流してクレメンス


プロローグ:王国軍参謀本部・着任前

王都の中心部にある王国軍参謀本部は、魔神王との戦争が始まって以来、昼夜を問わず灯りが消えることがなかった。

石造りの巨大な建物は、まるで戦場の砦のように重々しく、近づくだけで胸の奥が引き締まる。

門をくぐれば、兵士たちが慌ただしく行き交い、伝令が駆け、書類を抱えた参謀官が廊下を早足で進む。

その空気は、王都の華やかさとは無縁だった。

 

兵站、補給、徴兵、戦死者記録、村落消失報告――

膨大な書類が積み上がり、参謀たちの机は常に埋まっている。

魔神王との戦争は、前線だけでなく、後方の参謀本部にも確実に疲労を蓄積させていた。

 

イザボー・ヴァルン、3等従騎士。

士官学校を優秀な成績で卒業し、賢者の学院で魔術と精霊術の学位を取得した若き士官は、参謀本部の一室に呼び出されていた。

 

部屋の中央には、黒い革表紙の分厚い冊子が置かれている。

表紙には赤字で「極秘」と記されていた。

その存在感は、ただの資料ではないことを示していた。

 

イザボーは姿勢を正し、参謀長レオン・ヴァルター侯爵を見つめた。

レオンは魔神王との戦争を長年支えてきた実務家であり、軍政・兵站の権威でもある。

その眼差しは鋭く、戦場を知る者の重みがあった。

 

「……これが、今回の任務に関わる資料でありますか?」

 

「そうだ。まずは読め。お前の任務は、この資料を理解しなければ始まらん。」

 

イザボーは冊子を開いた。

そこには、冒険者ギルドの依頼達成率、辺境村落の消失記録、人口動態、巣穴発生率――

膨大な統計が並んでいた。

 

ページをめくるたび、イザボーの眉がわずかに動く。

数字の羅列は冷たく、しかし残酷な現実を突きつけてくる。

 

「……新人冒険者一党が一組結成するごとに、ゴブリン巣穴が一つ発生……?

いやそんなまさか。」

 

「そうだ。」

レオンは静かに答えた。

 

「過去十年間の辺境地域の記録を参謀本部が独自に集計した結果だ。

ギルドは統計を取らん。死者数も依頼失敗も、ただの“記録”として流している。

だが軍は違う。戦争をしている以上、数字を見なければならん。」

 

イザボーはページをめくる。

 

新人冒険者のゴブリン退治依頼達成率:38%

壊滅率:30%

生存者のうち廃業:15%

犯罪者化:10%

村落消失の83%がゴブリン巣穴近隣で発生

ゴブリン繁殖速度は人族の4~5倍

 

数字は淡々としているが、その裏にある死者の数は膨大だ。

イザボーは胸の奥が冷たくなるのを感じた。

 

「……これは、災害です。」

思わず声が漏れた。

 

レオンは頷く。

 

「そうだ。ゴブリンは“弱い魔物”ではない。

人間の人口増加に比例して増える、災害性生物だ。

だがギルドはそれを理解していない。

新人が死ぬのは自己責任だと考えている。」

 

イザボーは冊子を閉じ、深く息を吸った。

数字の冷たさが、逆に現実の重さを際立たせる。

 

「閣下……このままでは、辺境が崩壊します。」

 

「だからお前を送る。」

レオンは机に肘をつき、イザボーを見据えた。

 

「軍は魔神王との戦争で手いっぱいだ。

辺境の治安維持に兵力を割く余裕はない。

だが、冒険者ギルドは国営組織でありながら、冒険者を教育しない。

新人が死ぬ。村が滅ぶ。ゴブリンが増える。

この負の連鎖を断ち切るには、軍式の戦術を……最低でも戦闘のイロハを理解した者が必要だ。」

 

イザボーは背筋を伸ばした。

その言葉は、彼女の胸に深く響いた。

 

「……私が、その役目を果たすのでありますか。」

 

「そうだ。」

レオンは淡々と言った。

 

「お前は魔法剣士として優秀だ。

魔術と精霊術の学位を持ち、戦士としても基礎ができている。

そして何より――お前は民を守ることに迷いがない。」

 

イザボーは胸の奥が熱くなるのを感じた。

士官学校で学んだ軍人としての使命感。

賢者の学院で学んだ知識。

そして、幼い頃に見た“守られる側の民”の姿。

 

戦場で泣き叫ぶ子供。

家を失い、途方に暮れる老人。

怪物に襲われ、助けを求める声。

そのすべてが、イザボーの原点だった。

 

「……微力ながら、尽力いたします。」

 

レオンは頷き、資料の別ページを開いた。

 

「だが、覚えておけ。

これは軍の総意ではない。

我々参謀本部・実務派の判断だ。

国王閥はギルドへの介入を嫌う。

ギルドも軍を警戒している。

お前は政治の狭間に立つことになる。」

 

イザボーは一瞬だけ沈黙した。

政治――その言葉は、彼女にとって遠いものだった。

 

「……私は政治には疎いですが、民衆を守るためならば、どのような任務でも遂行いたします。」

 

レオンはわずかに微笑んだ。

 

「それでいい。お前は政治を知らなくていい。

ただし、利用されることは覚悟しておけ。」

 

イザボーは敬礼した。

 

「承知しました。」

 

そのとき、部屋の隅で控えていた若手参謀エルネスト・ハーシェルが口を開いた。

 

「イザボー……気をつけろ。

ギルドは軍を歓迎しない。

お前がどれほど真面目でも、向こうは警戒する。」

 

イザボーは彼に向き直り、静かに頷いた。

 

「心得ています。

ですが、私は辺境の民衆を救いたい。

それが結果的に新人冒険者を守ることになるのなら、迷いはありません。」

 

エルネストは苦笑した。

 

「……変わらないな、お前は。」

 

レオンが立ち上がり、イザボーに命令書を手渡した。

 

「3等従騎士イザボー・ヴァルン。

王国軍参謀本部の命により、辺境ギルド支部へ出向を命ずる。

任務は新人冒険者の生存率向上、およびゴブリン巣穴の殲滅支援。

軍式戦術の導入と、現場の実態調査を兼ねる。」

 

イザボーは命令書を受け取り、深く敬礼した。

 

「――はっ。必ずや、任務を遂行してみせます。」

 

参謀本部の重い扉を出ると、王都の空は曇っていた。

遠くで鐘の音が鳴り、戦場へ向かう兵士たちの行進が聞こえる。

その音は、イザボーにとって日常であり、同時に戦争の現実を突きつけるものだった。

 

イザボーは胸に手を当て、静かに呟いた。

 

「……辺境の民を守る。

新人冒険者を救う。

ゴブリンの脅威を断つ。

それが、私に与えられた使命。」

 

風が吹き、赤いリボンが揺れた。

その揺れは、彼女の決意を象徴するようだった。

 

イザボーは歩き出した。

軍とギルド、政治と現場、統計と現実――

その狭間へ向かうために。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。