辺境ギルドの広間は、昼下がりの陽光が差し込み、冒険者たちのざわめきで満ちていた。
ギルド長との面談を終えたばかりのイザボー・ヴァルンは、依頼掲示板の前で静かに周囲を観察していた。
ここで小鬼討伐の依頼を受ける冒険者を見つける。 もしくは自分が主体となって新米冒険者を集め一党を作らねばならない。
さて……どうしたものかと思案していた。
そんな折――
依頼掲示板の前で立ち止まるイザボーの耳に、周囲の冒険者たちの声が自然と入ってきた。
「昨日の新人一党、また戻らなかったらしいぞ」
「またかよ……最近多くねえか?」
「ゴブリンなんて雑魚だろ? 油断したんじゃねえのか」
「いや、雑魚って言うけどよ……巣穴の発生が妙に多いんだよな。
辺境の治安、悪くなってるって噂だぜ」
「ギルド長も頭抱えてるらしいぞ。新人が育たねえって」
イザボーは何気ないふりをしながら、その会話を聞き流した。
だが、軍人としての耳は勝手に情報を拾い、整理し始める。
――新人一党の壊滅。
――巣穴の増加。
――辺境の治安悪化。
どれも軍参謀本部の資料と符合する。 やはり現場レベルでもその実感があるようだ。
「……やはり、この辺境は危険度が高い」
イザボーは静かに息を吐いた。
脳裏に、王都の参謀本部で見た極秘資料がよみがえる。
「巣穴の発生率は、辺境で急増している」
「新人一党の壊滅率は三割。
そのうち生存者の多くは廃業する」
「村落消失の八割は、小鬼巣穴の近隣で発生」
「軍は、ゴブリンを災害性生物として再分類しようとしている」
紙面に並んだ数字は、どれも冷徹だった。
だが、その数字の裏には、確かに“死んだ人間”がいた。
イザボーは拳を握る。
軍は危険を理解している。ギルドも現場では危険を感じているはずだ。
だが、制度としては「新人の通過儀礼」として扱っている。その甘さが死者を増やしている。
その認識の差が、死者を増やしている。
「……だから私が来たのだ」
イザボーは心の中で呟いた。
掲示板から少し離れ、ギルドの内部を見渡す。
木製の訓練用人形は、打撃で割れたまま放置されている。
訓練場は狭く、模擬戦をするには不十分だ。
冒険者たちの装備は自己流で、統一規格がない。
「このギルドは王都より装備が粗い。 訓練場は整備されていないな……新人の育成には不向きだ」
イザボーは冒険者たちの武具に目を向ける。
刃こぼれした中古の剣。
革が破れた胸当て。
柄の緩んだ槍。
軍なら即座に修理か交換だ。
だが、冒険者は自己責任で装備を整えるしかない。
「軍なら初歩訓練だけで、新人の生存率は倍になるだろうが……」
イザボーは静かにため息をついた。
イザボーは自分の装備に視線を落とす。
腰の細剣は軍式の軽量剣。
刺突用の剣であり刃は薄いが、十分な切れ味である。
軍式の軽鎧は動きやすく、耐久性も高い。
「私は魔法剣士だが、軍式の戦い方に慣れている。 攻撃は呪文で先制しつつ剣で討ち取る」
冒険者の戦い方とは違う。
だが、だからこそ補完できる部分がある。
「接近戦のできる術師として後衛に回るのが最適だろう。 奇襲に弱い後衛を補う役目にもなる。」
イザボーは静かに結論を出した。
そのとき――
「……え? あなた、もしかして……」
背後から、聞き覚えのある声がした。
イザボーはゆっくり振り返る。
茶色のローブ、学院式の紅玉杖、眼鏡。
肩までの赤髪。
そして、自尊心の強さが滲む瞳。
女魔法使いだった。
イザボーはわずかに目を見開いた。
「……学院の講義で、一緒だった魔術師か。 確か飛び級でクラスに編入していたな」
女魔法使いはぱっと表情を明るくした。
「やっぱり……! あなた、あの時の魔法剣士さんよね? まさか辺境で再会するなんて……!」
イザボーは軽く頷く。
「久しぶり。 貴女が冒険者になっているとは思わなかった。」
女魔法使いは少し誇らしげに胸を張った。
「私、学院を卒業したあと、王都の魔術師ギルドにインターンしに行ったんだけど肌に合わなくて……。 でも、才能を示す機会が欲しくて、冒険者になったの。
杖も学院から授かった正式なものよ。」
イザボーはその杖を見て、懐かしさを覚えた。
学院時代、彼女は魔術理論の授業でよく質問していた。
自尊心が強く、努力家で、少し不器用な少女だった。
女魔法使いが、少し遠慮がちに、しかし期待を込めて言う。
「ねえ……
もしよかったら、私たちの一党に加わらない?
今日、初めての依頼に行く予定なの。
小鬼退治だけど……」
女魔法使いは後ろを振り返る。
そこには――
鉢巻きをした若者、青年剣士。
髪を束ねた胴着姿の少女、女武闘家。
そして、白い法衣を着た新人の女神官。
青年剣士一党が揃っていた。
青年剣士は、まだ若いが目に強い意志を宿している。
腰の長剣は使い込まれているが手入れが行き届いており、
「皆を守りたい」という義侠心が滲んでいた。
青年剣士が近づいてくる。
「魔法使い、その人は……知り合いか?」
女魔法使いは嬉しそうに頷いた。
「学院で一緒だったの。 この人、魔法剣士さんなのよ。 魔術も精霊術も使えて、細い剣も扱えるの」
青年剣士は驚いたように目を見開いた。
「魔法剣士……? それも学院出身……? すごいじゃないか。白磁級なのにそんな人が来るなんて……!」
イザボーは軽く首を振る。
「私はまだ登録したばかりだ。冒険者としての経験はほぼない。」
青年剣士は笑った。
「経験なんて、これから積めばいいさ。 俺たちもまだ新人だし、同じ白磁級だ」
その言葉は、イザボーにとって少し意外だった。
軍では階級や経験が絶対だが、冒険者は違う。
“同じ冒険者、まして同じ等級なら仲間”という空気がある。
――釣書が無きゃ仲間になれぬ訳もなし……という事だろう。
女武闘家が一歩前に出る。
彼女は冷静で、仲間への配慮を忘れない少女だった。
「魔法使いが信頼できるって言うなら、私は歓迎するよ。
戦力が増えるのはありがたいしね。」
女神官は少し緊張しながらも、丁寧に頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします……魔法剣士さん。」
イザボーは静かに頷いた。
イザボーの胸がわずかにざわめく。
小鬼――
軍参謀本部の資料で見た、あの統計が脳裏をよぎる。
青年剣士が言葉を添える。
「俺たち、まだ新米でさ。 魔法使いが“信頼できる人がいる”って言うなら、ぜひ力を貸してほしい。」
イザボーは少しだけ考えた。
軍人としての任務は、手始めに彼らの一党に参加する事で遂行できるだろう。
そして――
女魔法使いとの再会は、偶然ではなく“必然”のように思えた。
青年剣士一党に誘われた瞬間、イザボーの胸に重い感情が生まれた。
軍参謀本部は、新人一党の壊滅率を問題視している。
その対策として、軍人をギルドに出向させるという異例の措置を取った。
「この一党は、統計上もっとも危険な条件を満たしている」
見た所、前衛の装備は不均衡。
後衛の認識は甘い。
薬品の準備も不十分。
そして、ゴブリンを侮っている。
――このままでは死ぬ。
イザボーは女魔法使いを見た。
学院時代、彼女は努力家で、少し不器用で、
それでも自分の才幹を信じていた少女だった。
「女魔法使いとの再会は偶然ではない。
啓示かもしれない」
イザボーは静かに息を吸った。
「彼らを救うことが、私の任務の第一歩だ」
イザボーは心の中で静かに結論を出した。
イザボーは静かに頷いた。
「……分かった。 私でよければ、一緒に行こう。」
女魔法使いはぱっと顔を輝かせた。
「本当に!? よかった……!」
青年剣士も笑顔になる。
「魔法剣士さん、よろしく頼む。」
女武闘家も頷いた。
「頼りにしてるよ。」
女神官は胸の前で手を組み、安堵したように微笑んだ。
イザボーは軽く礼をした。
「よろしく」
こうして――
本来なら全滅するはずだった青年剣士一党の運命は、
イザボーとの再会によって静かに変わり始めた。