辺境ギルドの裏手にある小さな広場で、青年剣士一党は出発前の準備をしていた。
鉢巻きを締め直す青年剣士。
胴着姿でストレッチをする女武闘家。
杖を抱え、呪文の詠唱を小声で確認する女魔法使い。
白い法衣の裾を整えながら、女神官が祈りを捧げている。
イザボー・ヴァルンは、少し離れた場所から彼らを眺めていた。
――戦力評価。出発前に済ませておくべきだ。
彼女は軍人としての癖で、一党の装備と所作を観察し始める。
まず、女魔法使い。
学院式のローブは質が良く、裾には簡易的な防御術式が織り込まれている。
腰には小さな革袋がいくつも下がり、魔術用の素材が詰められているようだった。
何より目を引くのは、紅玉の宝珠が先端に嵌め込まれた彼女の杖だ。
学院の卒業生に授与される魔法杖――通称“紅玉の杖”。
真言呪文の発動を補助する正式な呪文発動体で、魔力の伝導効率も高い。
学院のころの話では、彼女の実家は確か商家だったはずだ。 中小ながら王都でもそこそこにな通った商会で弟と共に賢者の学院に入学しているとかだったはず。
イザボーは女魔法使いの顔に目を向ける。
レンズの縁に、微細な術式が刻まれているのが見えた。
「貴方のメガネ、ひょっとしてそれも呪文の発動体なのかしら」
「さすが! よく気が付いたわね。 装備をそろえた時に資金に十分余裕があったから衝動買いしてしまったの。 でもすごくいい買い物だったわ」
――紅玉の杖。飛び級して卒業した学院の卒業生で商家の娘。
少なくとも、支度金は十分にあったはずだ。
なるほど彼女の目利きの良さは親譲りという事だ。
この分だと素手で行使するイザボーの呪文と比較してより洗練された高度な呪文が発動できるだろう。
イザボーは女魔法使いに声をかける。
「術は、日にいくつ行使できる? どんな呪文を習得しているの」
女魔法使いは、少し誇らしげに胸を張った。
「全部で3回ね。習得している呪文は、火矢と加速よ。
紅玉の杖とこの眼鏡があるから、どの術も完成度の高い術式がすごく安定するの。」
――強力な攻撃術とかけた相手を強化する付与魔法。
新人としては上出来だ。だが、複数の怪物に攻撃できる手段を持たない以上。
ゴブリンの群れ相手には、決定打としては心許ない。
女魔法使いの口ぶりからは、自分の才幹への自信と、
ゴブリンへの侮りがはっきりと滲んでいた。
「ゴブリン程度なら、術一発で十分よ」
イザボーは内心で小さくため息をついた。
――知力は高い。だが、先入観が強い。
想定外の事態に弱いタイプだ。
次に、女神官。
彼女は胸の前で両手を組み、静かに祈りを捧げていた。
イザボーは近づき、声をかける。
「君の奇跡は、日にいくつ行使できる? 奇跡とはどんなものだろうか」
女神官は少し緊張しながらも、丁寧に答えた。
「行使できる奇跡は、小癒と静寂、それから聖なる光……。
ただ、まだ慣れていなくて……日に三回だけです。」
装備は簡素だが、最低限のものは揃っている。
法衣は安物だが清潔で、腰には小さな錫杖。
盾は持っていない。
――日に3回。 発動回数の多さから、女魔法使いもそうだが女神官も呪文の才覚に秀でている。
新人としては将来有望なのだろう。
だが、前衛の負傷が重い場合、彼女一人では足りなくなる可能性が高い。
この一党は薬の類を用意しているのだろうか……。
頭目である青年剣士に確認しよう。
女神官は不安そうに続けた。
「ゴブリンは……危険だと聞いています。 油断してはいけないと、神殿でも……」
その慎重な見解は、他の三人とは明らかに温度差があった。
だが、彼女は自己主張が弱く、青年剣士と女魔法使いの楽観的な空気に押されているようだった。
青年剣士は、長剣を抜いて軽く素振りをしていた。
刃はよく研がれており、手入れは行き届いている。
胸甲は新品に近く、革の草摺も質が良い。
靴も軍用に近い作りで、足回りはしっかりしている。
――長剣、胸甲。
新人にしては高額な装備だ。
村の若者にしては、かなり無理をして揃えたのだろう。
イザボーは青年剣士に声をかける。
「その剣術、どこで習った?」
青年剣士は少し得意げに笑った。
「村の大人たちに教わったんだ。
昔、村の近くに出たゴブリンを追い払ったって話があってさ。
皆を守るために、俺も剣を握ったんだ。」
――義侠心あり。
だが、師事は非体系的。
自己流の鍛錬のみ。
決断と無謀、勇気と蛮勇の区別はついていない。
「話が変わるけど、この一党は薬の用意はしているのかしら」
「いや? お金が無いから俺は持ってないけど。 神官ちゃんがいるからケガしてもだいじょうぶだろ」
青年剣士は続ける。
「ゴブリンなんて、村の大人たちでも追い払えたんだ。
俺たち五人なら、楽勝だろ?」
その言葉に、女魔法使いが同意するように頷いた。
「そうよ。
新人とはいえ、私たちは白磁級なんだから。
雑魚相手に負けるわけないわ。」
女武闘家は、そんな二人の会話を聞きながら、
少しだけ眉をひそめていた。
彼女の装備は、ほぼ丸腰と言っていい。
胴着と脚絆、手には簡素な篭手。
――武器は持たないのか。
武闘家としては珍しくないが、前衛としては負担が大きい。
「貴女、武器は?」
イザボーは女武闘家に声をかける。
「持ってないよ、必要ないからねぇ。 家の流派には」
手をひらひらとさせけらけらと笑う。
「それは知らなかった。 武闘家も皆、得物を持つのだとばかり思っていたから」
「王都の流行はそうなんだねぇ。 家の武術は昔気質の古風な奴だからさぁ」
「君は、どこで鍛えた?」
女武闘家は、少し照れくさそうに笑った。
「師範をしていたお父さんに。 正式に師事して、武闘を教わったんだ。
皆を守るために、力を使えってね。」
――正式な師事あり。
技術は一党の中で最も安定している。
装備は貧弱だが、動きは一党の戦士の中で一番洗練されている。
丸腰に対する不安は杞憂だろう。
イザボーは視線を長剣の素振りをする青年剣士の胸甲に移し、
女武闘家に尋ねる。
「彼の装備、かなり高価に見えるのだけど……」
女武闘家は苦笑した。
「……少し、私のお金貸してるんだ。
彼、皆を守りたいって言って、無理して装備を揃えたから。
私の方は、拳があれば何とかなるしね。」
――仲間への配慮あり。
状況全体を見ている。
だが、金銭面では青年剣士に譲っている。
結果として、前衛の防御は青年剣士に偏り、
彼が倒れた場合のリスクが高い。
イザボーは一党全体を見渡した。
女魔法使い――攻撃魔法と強化魔法をそれぞれ一種類、合わせて三回分。眼鏡と紅玉の杖。才幹あり。 だが攻撃呪文は単体攻撃しか習得しておらず、何よりもゴブリンへの侮りと慢心が最も強い。
女神官――小癒、静寂、聖光、合わせて三回分。慎重な見解。
だが、自己主張が弱く、周りに流されがち。何より自衛の手段がない。
青年剣士――長剣と胸甲。恵まれた装備と義侠心あり。
だが、思慮と経験が不足し、決断と無謀の区別がついていない。
女武闘家――正式な師事による武闘家。冷静で仲間思い。
だが、装備は貧弱で、前衛としての負担が大きい。
そして――
女神官以外、三人ともゴブリンを「雑魚」として侮っている。
イザボーは静かに息を吐いた。
――戦力は、白磁級としては平均以上。 おそらく実力には相当恵まれた一党だ。
だが、認識が致命的に甘い。
このままでは、統計通り「新人一党の三割壊滅」に組み込まれる。
女神官が、おずおずと口を開いた。
「あの……本当に、ゴブリン退治に行くんですよね……?
洞窟の中は、危険だと聞いています。大丈夫でしょうか……」
青年剣士は笑って、女神官の肩を軽く叩いた。
「大丈夫だって。
俺たちには戦士が3人もいるし、優秀な魔法使いもいる。
それに、君の奇跡もあるだろ?」
女魔法使いも、軽く笑って言う。
「そうよ。
ゴブリンなんて、怪物というよりは、ただの雑魚よ。
私の術で焼き払ってあげるわ。」
女武闘家は、少しだけため息をついた。
「……油断はしない方がいいと思うけどね。 皆を守るために戦うんだから、慎重であるに越したことはないよ。私が片っ端からぶっ飛ばしてやるから心配しなさんな」
イザボーは、その言葉にわずかに頷いた。
――女武闘家。
この一党の中で、唯一「全体」を見ている。
青年剣士が、長剣を鞘に収めて言った。
「よし、行こう。
村の近くに巣を作られたら、皆が困る。
俺たちが追い払ってやるんだ。」
イザボーは一歩前に出て、静かに告げた。
「了解した。 私は後衛に回る。 一か所に前衛が多すぎても動きづらいからな。」
女魔法使いは嬉しそうに笑った。
「心強いわ、魔法剣士さん。」
女神官は不安そうな表情のまま、しかし小さく頷いた。
女武闘家は、イザボーを一瞥し、短く言った。
「頼りにしてるよ。」
イザボーは内心で、静かに結論を下した。
――この一党は、戦える。
だが、ゴブリンを侮る限り、死ぬ。
それでも、彼らと共に行くことを選んだのは――
彼らの運命を、統計の数字から外すためだった。
「行こう。」
イザボーはそう言って、一党の後ろに続いた。
ゴブリン巣穴へ向かう道は、まだ穏やかだった。
だが、その先に待つものは、彼女だけが知っていた。