昔々、あるところに、小さな村がありました。
その村には「嘘をついてはいけない」という掟がありましたが、不思議なことに、村人たちは誰一人としてその理由を知りませんでした。ただ、「もし嘘をついたら、翌朝には誰もその人のことを覚えていない」とだけ、代々言い伝えられていたのです。
しかし、この村には嘘を愛する一人の男の子がいました。
ウソピオ・ホーラスキー、彼曰くこの村きっての勇者です。
村人たちは彼を見るたびにため息をついた。
「また始まったよ。昨日はドラゴンを三匹倒したって言ってたじゃないか。」 「今日は"月まで階段を作った"らしいぞ。」
ウソピオ・ホーラスキーは胸を張る。
「いやいや、それは昨日の話だ! 今日はそのドラゴンたちにお礼として温泉旅館へ招待されたんだ!」
もちろん誰も信じない。
だが、その日の夕方、村の外れにある山から、三匹のドラゴンが手ぬぐいを首に巻き、湯上がりらしい上機嫌な顔で飛んでくる姿を見た者がいた。
「……え?」
村人たちは顔を見合わせる。
ウソピオの話は九十九回は大嘘だ。
しかし、百回に一回だけ、本当になってしまう。
そして困ったことに、本人ですら、どの嘘が本当になるのかまったく分かっていなかったのである。
当たったときのドヤ顔は誰もががイラッとするくらいはふてぶてしいものでした。もちろんそう思うのはその日だけですが。
翌朝になると、村人たちは昨夜のことなどすっかり忘れ、またいつものように畑を耕し、店を開いていた。
「ウソピオがまた変なこと言ってるよ。」 「昨日も何か言ってた気がするけど……まあ、どうせ嘘だろう。」
そんな反応に、ウソピオは肩をすくめる。
「やれやれ。英雄というものは理解されないものなんだ。」
実はこの村には、もう一つだけ秘密があった。
"嘘が本当になった日だけ、村人はその出来事を翌朝には忘れてしまう。"
だからこそ、ドラゴンが温泉へ行った日も、月まで階段が伸びた日も、誰一人として覚えていない。
覚えているのは、当のウソピオただ一人。
「……ということは。」
彼は初めて、自分の"勇者"という自称が、もしかすると嘘ではないのかもしれないと考え始めた。
もっとも、その考えを村人に話したところで、
「はいはい、また始まった。」
の一言で片付けられてしまうのだった。どんなに真実を語っても、ウソピオが話すと嘘に聞こえる。
それが、この村で一番厄介な"本当の話"だった。
なぜ、人々に忘れさられてしまうのに彼は嘘を愛し続けるのか?
そこにはウソピオがそう思うに至った嘘のようなホントの経験がきっかけになっている。
それは、まだウソピオが七つにも満たない頃のことだった。
彼は村一番の泣き虫で、転んでは泣き、失敗しては泣く、ごく普通の子どもだった。
ある日、森で道に迷った少女が、震えながら彼に尋ねた。
「ねぇ……帰り道、知ってる?」
本当は知らなかった。
それでも幼いウソピオは、少女を安心させたくて、にっこり笑ってこう言った。
「もちろん! この森はぼくの庭だから!」
――人生で初めてついた、大きな嘘だった。
ところが、その瞬間。
木々の間を吹き抜けた風が一斉に同じ方向へ葉を揺らし、鳥たちはまるで案内役のように飛び立ち、小川は夕日にきらめきながら一本の道へと続いていた。
二人はその導きのまま歩き、無事に村へ帰ることができた。
少女は涙ぐみながら笑った。
「ありがとう。本当に、あなたは勇者だった。」
翌朝。
少女は彼の顔を見るなり、不思議そうに首をかしげた。
「……あなた、誰?」
村の掟は、その日も変わらず働いていた。
けれどウソピオは悲しまなかった。
誰かを安心させるための嘘が、本当になることもある。
そして、その人が笑ってくれる瞬間だけは、忘れられる前に確かに存在する。
その日から彼は決めた。
「忘れられるなら、何度でも初めましてをすればいい。」
だから今日も、ウソピオ・ホーラスキーは胸を張って名乗る。
「やあ! ぼくはこの村きっての勇者だ!」
村人は今日も笑う。
「またウソだ。」
その言葉を聞くたび、ウソピオもまた笑う。
「うん。その嘘が、いつか君を助けるかもしれないからね。」
嘘をついたら忘れる掟が、ウソピオのついた嘘のようなホントが忘れるにすり替わってたりするのはご愛嬌
その掟も嘘だったりして