紐になりたいといったな。あれは冗談だった。   作:紺南

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「だから、それは誤解だって」

 

「誤解なんかじゃないよ! ユウっていっつもそう! 一人で抱え込んで、何も言ってくれない!」

 

「そんなことないって」

 

「そんなことある!」

 

「ない」

 

「嘘つき!」

 

「嘘なんかついてない」

 

「嘘つき!!」

 

部屋の中に二人分の声が響く。

ひょんなことから言い争いになった二人。

どちらが悪いということはなく、積もり積もったものが爆発した結果だった。

 

時刻は夜。壁は厚く、隣人に声は届きにくい。

しかしそれにも限度がある。

 

「少し落ち着こう。飲み物でも……」

 

「もっと私を頼ってよ……。言いたいことがあるなら言って。したいことがあるなら言ってよ。私、なんでもしてあげるよ? ユウの頼みなら」

 

一瞬、少年が言葉を失う。

何を言っているんだと言う気持ちになる。

そんな話してたっけ? つか、言い方エロくね?

 

「いや、そういうのは特にないから。もっと自分を大事にするべきだと思う。なんか重いし……。いや、体重の話じゃなくて。まあ体重も重そうだけどさ」

 

「は?」

 

どこまでも献身的な女性を前に、余計な言葉は状況を悪化させるだけだと、少年は慎重に言葉を選び、けれど言うべきことは言わなくてはならなかった。結果、火に油を注ぐことになった。

 

エスカレートしていく言い争い。

その最中に考える。同居を始めて三カ月。やはりこの決断は失敗だったかと。

 

生まれ故郷である地球を離れ、遠くミッドチルダに移り住むことを決めたのは、少なくとも少年にとっては一大決心だった。

 

期待と不安に満ちた新生活。子どもから大人へと変わり行く狭間。

小学生の頃からの知り合いとは言え、この年ごろの男女が同居を始めるのはいささか早すぎたのかもしれない。

なにせ二人は恋人ではなかった。幼馴染でしかない。これから恋人になる予定すらなかった。少なくとも、そのような会話は交わしていない。そんな二人である。

 

「フェイト、俺は……」

 

「もういい、私寝るから!」 

 

ぷりぷりと私怒ってますと言う態度で背を向けるフェイト。

ドアを開け、中に消える瞬間、怒りに満ちた表情で振り返り、言葉が足される。

 

「……おやすみ! また明日!」

 

バタンとドアの閉まる音。おやすみ、と少年はつぶやく。

脱力しソファに腰掛けた。ふうとため息をつく。

 

しばらくの間、少年――ユウは考え込んでいた。

ユウにとっても、フェイトと喧嘩をするのは初めての経験だった。

高町なのはと蹴り合ったり、八神はやてと罵り合うことはあったが、フェイトとそういうことをしたことはなかった。

どこかでそういうことをしておくべきだった。それをしないまま今に至り、些細なことで喧嘩をしてしまった。

なぜ、同居など始めてしまったのだろう。

 

ユウは過去を振り返る。

あれは三年近く前、まだ中学生の頃だった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「将来は紐になりたい」

 

なんでそんなことを言ったのか。ユウはあまり覚えていない。

多分どこかおかしくなっていたのだろう。受験を有利にするための資格の勉強。それに普段の勉強が重なって、ストレスが溜まりに溜まっていたのだ。

 

「紐になりたいの?」

 

ただひたすらに疑問だという顔のフェイトが首を傾げる。

馬鹿じゃないのと言う顔のアリサと微笑みを浮かべるすずか。

同じく言葉の意味を理解していなさそうななのはと、理解しているために苦笑を浮かべているはやて。

合わせて六人。小学生の頃からの幼馴染だった。

 

「紐だよ紐! わかんねえか? 紐!!」

 

「わ、わからない……ごめんなさい」

 

「フェイトを理不尽に謝らせたわね」

 

「こう言うのをパワハラ言うんやろうなあ」

 

アリサとはやてがその理不尽さを説く傍らで、しょんぼりと元気をなくしたフェイトの頭をすずかが撫でていた。

理不尽の塊に対して、なのはが冷たい視線を突き刺しながら尋ねる。

 

「で、紐って何?」

 

「クズニートのこと」

 

は?と言う顔になるなのは。

ユウは言葉を継ぎ足す。

 

「親の脛を齧って生きてる引きこもりニートがいるだろ? それと同じだよ」

 

「ちょっと違うんじゃないかな」

 

多分に悪意に満ちた表現を聞き、「それは言い過ぎだよ」とすずかが訂正をいれた。

そんなものになりたいのかと、心の底から侮蔑した目でユウを見ていたなのはが「え?」という顔をする。

 

「専業主夫のことだよね。炊事洗濯をするの」

 

「そうとも言う」

 

「そうとしか言わないと思う」

 

ふーん、という顔のなのは。

馬鹿にしたような口調でアリサが口を開く。

 

「なんでそんなものになりたいのよ」

 

「楽になりてえ」

 

顔を両手で覆い、天井を見上げるその姿には、中学一年生とは思えないほどの疲労感が漂っていた。

 

「毎日勉強勉強で嫌になっとるんやろ? わかるわぁ」

 

「てめえに俺の気持ちがわかるかぁ!!」

 

「なんやこいつ。うっさ」

 

狸に同情されるのは我慢ならねえと声を大にしてのたまうユウ。

狸扱いされた本人は「売られた喧嘩は買う」とユウの首を絞め始めた。

抵抗するユウに対し、いっそのこと落としにかかるはやて。

そんな二人のやり取りを丸っと無視して、フェイトがユウに尋ねた。

 

「ユウは紐になりたいの?」

 

「なりたいのぉ……!」

 

「でも、大学には行くんだよね?」

 

「うん……!」

 

「大学に行って紐になるの?」

 

「大学に行けばぁ、頭良くて収入の多い女の子がたくさんいそうだからぁ……!」

 

「屑」

 

アリサが一言で斬って捨てたのに対し、ユウはなんとでも言うがよいと開き直ってみせた。

実際のところは冗談半分で、紐になるつもりなどサラサラない。

適当な放言は息抜きのためであって、息抜きが出来たのなら、来週予定している英検の勉強を再開する。

 

「中一で2級を取らされる羽目になるとは」

 

「再来年は受験生なんだから、今のうちに取っておきなさいよ」

 

「頑張ってね、ユウくん」

 

金持ち二人の応援に適当に応えて問題を解き進める。

一次試験を合格出来れば、二次試験は問題ないだろうというお墨付きはもらっている。ユウとしても、付きっきりで教えてくれるこの二人には感謝しかなかった。

 

「ねえユウ。私ね、執務官の試験を受けるつもりなんだけど」

 

「うんうん」

 

知ってる知ってると、ユウは問題集の片手間に答えた。

執務官と言うのは合格率数%の超難関資格らしく、それに13歳で挑もうと言うフェイトのことを、ユウは心の底から尊敬していた。かく言う自分は英検2級である。見習いたいなあとうそぶきながら、本人は勉強を進めている。

 

「執務官ってね。結構、お給料もらえるらしいの」

 

「ふーん。そうなんだ」

 

「うん。だからね。もし私がユウを養えるぐらい稼げるようになったら、私のところで紐になってもいいよ」

 

ユウがペンを落とすのと同時に、場の空気が凍りついた。

チラリとユウがフェイトに視線を向ければ、本人は至って真面目な顔でユウを見返している。

 

ユウは居住まいを正し、襟を整える。そして断言する。

 

「もしも紐になる許可をいただけるなら、不肖、わたくしユウは、取るものもとりあえず、フェイトの家に住み着くことをここに宣言する。例えクロノにゴキブリ扱いされたとしても出ていかんからな。シロアリのごとく柱にしがみついてやる」

 

「……シロアリって確かゴキブリの仲間だったよね」

 

「え、そうなの?」

 

「そうね。すずかの言う通りよ」

 

「アリって名前についてるのに実際はゴキブリなんか。不思議やなあ」

 

四人がそんなことを言っている傍らで、フェイトは握りこぶしを作って意気込みを語った。

 

「私、頑張るからね」

 

「うん。まあ、ほどほどにね。なんかすごい難しいらしいから」

 

意気込みを見せるフェイトに対し、ユウはあえて否定はしなかった。

合格率数%の難関資格である。何か一つでもモチベーションに繋がってくれればと思っていた。

 

それから二年後。二度試験に落ちたフェイトが三度目にして合格し、祝いの場で言い放った言葉が次である。

 

「ユウ! これでユウのこと紐にできるよ! これからは私が養うからね!」

 

フェイトの養母であるリンディ・ハラオウンに連行されながら、ユウは考える。

 

あれ? これってひょっとして告白されてる?

 

まさかそんなわけ、と思いながら心の片隅でモテ期を疑う。

扉の閉まる直後、最後に見たフェイトはクロノに問い詰められて不思議そうな顔をしていた。

 

あ、あれ下心とかそういうのないわ。

 

あっぶねーと内心を安堵で満たしつつ、リンディの尋問を受けるユウだった。

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