フェイトと遊園地に遊びに行った次の日、ユウは学校に登校し、ホームルームの後に教師に呼び出され説教を受けた。
当事者の片方であるフェイトは体調不良で休むと言う。説教の途中でそのことを知ったユウは、最早フェイトのことしか頭になく、教師の説教は右から左へ全て素通りしてしまった。
午前の授業を終え、教師がいなくなった途端に昼休みの喧騒がそこかしこで響く。
いつものように机を移動させ、昼食の準備をしている途中、幼馴染たちはなのはが帰り支度をしていることに気がついた。
「なのはちゃん、どうしたん? 早退するん?」
「フェイトちゃんの様子を見に行ってくるよ」
「……授業は? 怒られるで?」
「ゆうくんに頼まれちゃったから、ゆうくんのせいにしようかな」
はやてがユウの顔を見る。ユウはそんなこと頼んでないと首を振った。
「ユウ君は否定しとるで」
「え? 昨日の夜に二人でお話した時に言ったよ? フェイトちゃんのこと気にかけておくって」
「……それ、俺が頼んだことになるのか? お前が自発的にやってくれるって話じゃなかったのか?」
「そんなのどっちでもいいと思うけど……。でも、そういうこと言うんだったら、フェイトちゃんのこと気にかけてあげないかも」
「なのは様! 何卒フェイトのことをお頼み申す! 脚舐めさせてください!」
「フェイトちゃんのことは頼まれたけど、脚は舐めさせない」
うまく言っておいてね、とユウに念を押し、なのははフェイトの家に向かった。
残った四人は机をくっつけ、ユウはたった今なのはから頼まれたことを相談する。
「何をどう上手く言えば教師の目を欺けるんだ?」
「知らないわよ、そんなの」
無理難題に出会ってしまったと頭を抱えるユウを見ながら食事を進める面々。
少しの間を置いて、勇気を捻り出したはやてが尋ねる。
「で、フェイトちゃんと何があったん?」
今朝からずっと気になっていたこと。
聞いてもいいのかと迷っていたこと。
何となく聞きづらくて今まで聞きそびれていたが、事情を把握しているらしきなのはの態度を見て、それならばと聞くことにした。
「紐の件断った」
「ほーん……」
淡々と告げたユウは意識して感情を排しているようだった。
それだけでおおよその事情は察することが出来る。
「……保健室に行ってることにすればいいのか……?」
「ああいうのって、養護教諭から担任に連絡入るんじゃないかしら」
「どうなんだろうね」
もう少し聞きたそうなはやてを他所に、アリサとすずかにその話題を深堀しようと言う気はない。話題はなのはのサボりをどう取り繕うかに集中している。
「それじゃあなのはの行き先がなくなるじゃないか。……はっ!? いっそ行方不明にすれば……?」
「家に連絡行くわよ」
「警察にも行くんじゃないかな」
曲がりなりにも友人の体調不良を心配する気配のない三人を見て、はやては苛立ち始める。
「……フェイトちゃん大丈夫やろうか」
聞こえよがしに呟いた言葉に、ユウは黙り込み、アリサとすずかは弁当を食べている。
そんな態度をとるならと、はやては腹をくくった。
「なあ? ユウ君? フェイトちゃんは大丈夫なんやろうか?」
「……なのはが行ってくれたから、多分大丈夫……」
「大丈夫なんやろうか!? フェイトちゃんは!?」
「やめろ! それ以上言うな! 俺にどうしろって言うんだ!?」
「おどれが昨日何をしたか白状せんかい!!」
「今言っただろ!」
「もっと詳しく!」
「フェイトの名誉にかけて断る!」
腕でばってんを作ったユウに対し、はやてが席を立って掴みかかる。
「狸が! 狸が襲ってくる! ぽんぽこ狸さんが! ……あ、はやてだこれ」
「そんなに殴られたかったんか……いくらでも殴ったるわ!」
「きゃー」と喜色しか感じられない悲鳴と共にマウントが取られた。
ぽこぽこと言う音が聞こえてきそうな殴打の連打。再び上げられた悲鳴からは、やはり喜びが感じられる。
「観念して白状せえや!」
「殴れ! もっと殴れ! 足腰立たなくなるまで殴れ!」
「あぁ!? どうや、どうや、どうや!?」
「もっとお!!!」
アリサとすずかは席を立った。
クラスの視線は二人に集中している。クラスどころか廊下からも見られている現状、この場に留まるのは得策ではない。
「ここがええんか!? ここがええんか!?」
「もっと殴ってぇ!!!!」
二人のプレイは廊下にまで木霊している。
とりあえず、トイレに逃げ込むことにした。
◇ ◇ ◇
トイレから出た二人が手を洗う。蛇口を捻りながらすずかが話しかける。
「今日の勉強会、私の家でいいよね?」
「別にいいわよ」
石鹸を泡立てながらアリサは答えた。
今更、あの勉強部屋に閉じ込める意味も薄い。鞭の役目は終えたと言える。ならば飴を与えるべきだった。
「あいつ、猫が好きみたいだし」
「猫は可愛いから」
同意するすずかは石鹸を洗い流していた。
アリサがハンカチで手を拭きながら言う。
「猫と話してるあんたのことも気に入ってたわよ」
「うん。喜んでくれたみたいで本当によかった……結構、恥ずかしかったんだよ?」
「そう? ノリノリに見えたけど」
「一人の時はあんな感じでお話しすることもあるからね」
だからってあれはやりすぎだとアリサは思った。
一々語尾ににゃーをつければ可愛くなるとでも思っているのだろうか。すずかがやれば何でも可愛くなるだけなのに。
「あんまりやりすぎると引かれるわよ」
「でもユウ君、私に足舐めさせてください、って言ってくれないし」
「ああ見えて、言う相手は選んでるのよ」
「言ってくれれば舐めさせてあげるのに……」
だから言わないのだろうとアリサは思った。
あの変態的な言動は勉強のストレスや、あるいは他の何かを紛らわすために行っているのであって、実際は舐めるつもりなどサラサラないのだろう。
かつて「紐になりたい」と言ったのも、似たような理由だったはずだ。
それがこんなところまで尾を引くことになるとはと、アリサは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「フェイトちゃんは、多分大丈夫だよ」
「……なに? 急に」
「顔に出てるよ」
アリサは溜息を吐いた。
長い付き合いのこの友人には、自分の考えなどお見通しだ。特にアリサは顔に出やすい性格だから、一際分かりやすいのだろう。
「フェイトちゃんは強い子だから、大丈夫だと思うな」
「そうね。魔法が使えるものね」
「うーん……」
そうじゃないんだけどなあ、とすずかは言葉を濁した。
わかってるとアリサは内心で思う。今のはただの皮肉。そして嫉妬だ。
「問題は、ユウ君がどう断ったのかだと思うよ」
「あの馬鹿のことなんて、今更考えるまでもないでしょ」
「うん。多分、『先』かな」
すずかの考えはアリサと一致した。もう一度溜息を吐く。
「私だったら殴るわね」
「私も……いや、うーん……」
すずかは言葉に詰まった。
殴るのはやりすぎと思ったのか、もっと過激な方法を考えているのか。殴った所で喜ぶだけだと言うのもある。
「フェイトちゃん素直だしなあ……どうなると思う?」
「さあ。知らないわ」
「友達のことなのに……」
アリサは肩をすくめた。
友達だからって何でもかんでも面倒を見るのはアリサの流儀ではない。アリサは鞭担当なのだ。
「それよりなのはよ。あいつ、何考えてるの?」
「なのはちゃんもよく分からないよね。わざわざ学校を抜け出してお見舞いに行く意味あるのかな?」
放課後に見舞いに行くとなれば、恐らくはやても同行した。それを嫌がったのだろうか。
あるいは、ただ単純にフェイトのことを心配したのかもしれない。少なくとも学校を休む程度には落ち込んでいるのは間違いないから。
「はやてちゃんはいつも通り。なのはちゃんも動かない。……やっぱり、フェイトちゃんだなあ……」
すずかの呟きにアリサは答えない。廊下の先を睨んでいる。
先ほどまで木霊していた変態の奇声は聞こえない。しかし名残りはある。クラスの前にいる人の数がそれを物語っていた。
「なんてことをしてしまったんや、私は……」
「一打一打に気持ちの籠った素晴らしい殴打だった。惜しむらくは筋力がないことだな。……なぜ魔力を使わなかった?」
「……なあ、見てわからん? 私今落ちこんどるんやけど?」
「クロノを見習うといい。あいつはガチで殺しに来る」
「人の話を聞かん子やなあ……」
はあとため息を吐いたはやてが周囲を見渡す。幾多の視線が二人を見ていた。
「こんな衆人環境で男の子に馬乗りになってもうた……私、もうお嫁に行けへんとちゃうか……」
「お前が不幸になるのは見過ごせない。良い男を探し出すから、好みのタイプを教えてくれ。みんなと協力する」
「死ね」
「え?」
プレイ後の反省会に合流したすずかとアリサ。
席に座り、食事を再開する。
「結局、なのはは保健室で寝込んでるって言っておくのが一番いいのか?」
話は元に戻ったらしい。
アリサとすずかは何も答えず、はやては落ち込んでいる。
「とりあえず、昼ご飯を食べなさい」
話はそれからだとアリサは冷たく言い放った。