週末が明けての月曜日。
朝、ユウが学校に行くとフェイトが登校していた。
既にはやても登校しており、二人で談笑に興じているようだった。
ユウはその光景を見て、入り口で二の足を踏む。
果たして、数日前にあんなことがあった相手に、話しかけるべきなのか。話しかけないべきなのか。
迷いながら自分の席に向かい、肩掛けの鞄を下ろす。
ゆっくりと時間をかけて教科書や筆記用具などを取り出した。
何もすることがなくなったあと、その場で立ちすくむ。
ここで席に座れば、それでもう終わりだろうか。今後、フェイトと話すこともなくなるのだろうか。
少なくとも、あと二ヶ月もすればフェイトは向こうの世界に行ってしまう。
今生の別れではないが、疎遠になることは確かだ。
それを切っ掛けに二度と会うことのない、そんな関係になるのだろうか。
そんなのは絶対に嫌だと心が叫ぶ。
衝動のままフェイトの元へ向かおうと振り向いたところ、すでにフェイトがユウの下へ歩み寄って来ており、二人の視線が絡まり、束の間見つめ合う。
「ユウ……」
「フェイト……」
何から言えばいいのか。何を言えばいいのか。
迷い、分からず、互いの名前を呼んだ。
「あー、二人とも。その、なんや……。色々あったとは思うんやけども……ここは穏便に……私の顔に免じて、な?」
フェイトの側にいたはやてが、二人の間を漂う微妙な空気感を察し、穏便に片付けようと口を挟む。
互いに見つめ合うばかりの二人に、はやての声は届いておらず、その苦労は徒労に終わった。
「ユウ。私……」
口火を切ったのはフェイト。
言うべきことは言わなければならない。アルフの言葉が脳裏によぎる。
「何回でも言ってやればいいんだよ! お前が好きだって!」
それがフェイトに勇気をくれた。
「私、もっとユウのことが知りたい。もっともっと、好きになりたい。だから、お願い。もう一度だけチャンスをください。ユウの受験が終わった後、私に時間をください」
震える手を胸の前で握りしめながら、泣きそうになるのを必死に堪え、フェイトはそれだけを言って、教室の外へ走り出してしまう。
走り去るフェイトの背中を見送りながら、ユウは何も言えずに立ち尽くす。伸ばしかけていた腕が虚しく空を切った。
突然のフェイトの告白に、側にいたはやてすらも呆然とし、頭の中が真っ白になる。
少しずつ大きくなっていく周囲の喧騒に、気づいた時にはすでに手遅れで、慌ててユウに呼びかけた。
「ユウ君! あかん! これ噂になるやつや!」
過去の経験その他から、十分以上の危機感を持った警告に対し、ユウの反応は鈍い。
「噂……? 噂ってあれかな。俺がアリサの子分ですずかに飼われてるとかそういうやつ? 半分ぐらい事実だけど」
「あとフェイトちゃんと付き合ってるとか、なのはちゃんと同棲してるとかそういうやつやな……ってちゃうわ! そんな嘘か真か微妙なやつやなくてガチなやつや!」
「同棲じゃなくて居候ってやつならガチだぞ」
「今さらそんな赤裸々に告白しなくてええねん!」
とにかくこっち来てや、とユウの手を掴んで避難する二人。
追いかけてくるヒソヒソ声は徐々に広がり、やがて学校中に知れ渡ることになる。
曰く、ユウがフェイトを捨てた。
曰く、ユウがフェイトをやり捨てた。
曰く、フェイト、ユウ、はやては三角関係。
曰く、いつもの六人は六角関係。
その噂は教師にまで広がり、後日個別に呼び出されることになる。
◇ ◇ ◇
「とりあえず、ここに隠れとこ」
学校中を逃げ回り、たどり着いたのは封鎖されている屋上の扉の前だった。
封鎖されているおかげでここに人が来ることはほとんどない。来るとしたら二人を探しに来た生徒ぐらいだろう。
「で、どういうことなん?」
はやての質問にユウは答えあぐねる。
先ほど聞いたフェイトの言葉。それの意味するところを考え、こねり、形作る。
「あれかな。色々あったけど友達になりましょうってことかな?」
「絶対そんなんちゃうわ」
ユウの願望混じりの推測は、はやての手で粉々にされた。
ユウ自身も分かっていた。それは楽観的で苦しい解釈だと。
けれどもあまりにあっさりと否定されてしまったため、ユウは苛立ちを抑えきれずにぶつけてしまう。
「……じゃあ何だってんだよ! お前はあれがそれ以外に聞こえたっていうのか!?」
「静かにせえや。逆ギレはかっこ悪いで?」
正論で打たれてうなだれるユウ。
そんなユウのことを、はやては哀れみの目で見ていた。
大して悪くもなさそうな罪で死刑に処されかけている罪人をみる目だ。
「あれはあれやろ。告白やろ」
「耳悪いんじゃないか?」
「もっと好きになりたいって言っとったやん」
「それは親愛の意味ですー。もっと仲良くなりたいって意味なんですー」
「一億歩譲ってそうやったとしても、じゃあチャンスってなんや? なんのことや?」
「知らん」
「あんさんが断った同棲の件以外あるかいアホ!」
「静かにしろはやて! 今俺たちは隠れてるんだぞ!」
ユウの言い様は、はやての堪忍袋を激しく揺すった。早くも我慢の限界に達して掴みかかりに行く。
いつもなら無抵抗に変態プレイに興じるユウも、今回ばかりは抵抗を見せた。そんなことをしている場合ではないと言う理性が働いていた。
「落ち着け。落ち着くんだ」
「もう嫌や。ユウ君の首持って自首する。あとは好きにしいや」
「別に俺だって逃げたくて逃げたわけじゃないぞ! お前が連れてきたんだろ!」
「あのままあそこにいたらどうなるかぐらい分かるやろ!」
「その時はなのはかアリサかすずかに守ってもらうからいいんだよ、役立たず!」
「誰が役立たずや!? もう本当にその首持って自首したるわ!」
魔力まで使った二人の取っ組み合いは拮抗していた。
はやては格闘術が苦手で、ユウとしては本気を出しづらい相手。
まさか本当に魔法を使うわけにもいかないため、互いに決め手に欠ける状況になっていた。
「大丈夫や。私が優しく介錯したる。だから力抜き? な?」
「そっちこそ力抜けよ。久しぶりにベッドまで優しく運んでやるから」
「意外やわ。ユウ君そないななりで狼さんやったんやなあ。その割には随分とか弱い力やわあ。番犬にもなられへんなあ」
「生憎俺は子守唄が苦手だからな。代わりに南無妙法蓮華経を唱えてやるよ。狸の悪霊が成仏するまで唱え続けてやる」
互いに手を組み合う形での力比べ。中々決着がつかないため、にらみ合いが続く。
「大体、今さら俺を連れて行ったところで噂はもう止まらないぞ。どうするつもりだ?」
「私には関係あらへんもん。元々はユウ君とフェイトちゃんのお話やから」
「そうしたいなら最初から首を突っ込むべきじゃなかったな」
数々の噂に揉まれ、噂に関しては一家言持つユウが断言する。
「今頃お前も渦中の一人として噂に組み込まれてるに決まってる」
「ふーん。ちなみにどないな噂やと思う?」
「俺とフェイトとお前の三角関係とかそんなもん」
「そないな噂、昔からあるで」
予想外の回答にユウが怯んだ。
「え……?」
「三角関係どころか四角関係、五角関係、六角関係まである」
「はい……?」
「この年の女の子は耳年増やからなあ。ユウ君と付き合ってるのは誰か、何人と付き合ってるのかってみんな聞いてくるんよ」
「えぇ……?」
ユウの力が段々と弱くなっていく。
どうやらこの話題は弱点らしい。
「そもそも、女の子五人と男の子一人のグループなんて、格好の話の種やん。みんな噂してるで」
弱点にクリティカルヒットし続けたらしく、ユウの身体はガタガタと震え出した。
「そ、それで……も、もちろん否定してくれたんだよな? 俺たちはそんな関係じゃないって言ってくれたんだよな? な?」
ユウの必死の形相に、はやては嗜虐心が刺激される。
日頃のお返しも兼ね、にやりと笑って、こう言った。
「内緒って答えておいたで」
ユウの身体から力が抜ける。
はやてがユウを押し倒す形になり、勝ったと思ったのも束の間、ユウの慟哭が響き渡る。
「うわあぁっ!!! 誰か、誰かぁっ!! 俺を殺してくれぇっ!!」
「ちょっ!?」
「シグナム! ヴィータ! シャマル! ザッフィー! 俺を殺せぇっ!! 殺してくれぇっ!!」
慌てて、はやてはユウの口を塞いだ。
モゴモゴと意味のなさない声になったと同時に、全身で暴れ始める。
やむなく、はやてもその全身を使って制圧することを余儀なくされた。
しばらく、無言の制圧劇が繰り広げられ、ようやくユウが大人しくなった頃には、はやてはすっかり汗をかいていた。
「なんなんもう……」
疲労困憊でその場に寝転ぶ。
ユウは死体のような青白い無表情で虚空を見つめていた。
「……シグナムに伝えてくれ」
「えぇ?」
「俺の首は河川敷に晒してくれと」
処される覚悟は出来たらしい。
はやてはため息を吐いた。
「あっつ……」
パタパタと手を内輪にして仰ぐ。
丁度その時、ホームルームのチャイムが鳴り響き、はやては「あーあ……」と声を漏らした。
「どないする、ユウ君? ホームルーム始まってもうたで」
「肉は鳥に食わせ、血は河に流し、この身は大自然の糧となり……」
「もうええわ。はよ戻ってこい」
ばしっと一発叩き、ユウの目を覚まさせる。
「……え、なに?」
「ホームルーム始まってもうたわ」
「おお、そうか」
立ち上がったユウは、迷いない足取りでその場を立ち去ろうとする。
「どこ行くん?」
「教室」
「噂の的やで」
「なんか、もう、どうでもいいかなって」
一周回って開き直ったらしい。
それでも、六角関係の噂はユウに大きなダメージを与えていたらしく、その足取りは覚束ない。
はやては自分の姿を見下ろす。
すっかり汗をかき、整えた髪は乱れている。
こんな格好で教室に戻ったら、ユウの悪評に一擲投じることになる。それははやての本意ではない。
「なあユウ君。もういっそ学校サボらへん?」
「お前は俺に死ねと言っているのか?」
「どうせ戻ってもろくに勉強できへんよ。それにお互い連絡されて困る家族もおらんわけやし」
「シャマルがいるじゃん」
「大丈夫。私、主やから」
半分本気で半分冗談だった。
如何に主と言えど、本気で怒ったシャマルは怖い。
だから、事前に一報入れておけば多少は怒りも和らぐだろうと言う打算があった。
「久しぶりに散歩に付き合ってくれへん?」
にこっと笑って誘うはやて。
ユウは少し考えて頷いた。勉強会とはやてとの散歩。どちらをとるかと言われれば、散歩をとる。
それぐらいの付き合いの良さは持ち合わせているつもりだった。