アルフがフェイトの元に戻ったのは夕刻のことだった。
ガラガラとキャリーケースを引き摺る少女。本来であればもっと大人の姿なのに、フェイトの消耗を抑えるために子供の姿になっているアルフは、玄関の前でやっと着いたと一息吐く。
「ただいまー! 帰ったよー!」
「あ、アルフだ」
夕飯にカレーを食べていたフェイトがスプーンを放り投げて玄関へ向かう。
「おかえり、アルフ」
「ただいま、フェイト。いやー、やっぱり地球は遠いね」
「ごめんね。迷惑かけちゃって」
「迷惑なんかじゃないよ! フェイトのためなら野を超え山を越えさ! 次元の一つ二つ飛び越えてくるよ!」
久しぶりの再会を喜び合う二人。
部屋の奥から漂う匂いにアルフが鼻を鳴らす。
「お、この匂いはカレーだね」
「うん。ちゃんとアルフの分もあるからね」
キャリーケースを運んでリビングに赴く。
リンディがアルフの分の皿を用意しているところだった。
「アルフさん、おかえりなさい。大変だったでしょう? 今日はゆっくり休んでね」
「ただいま、リンディ。これぐらいへっちゃらさ」
挨拶もそこそこに、早速カレーを食べようとアルフがスプーンに手を伸ばそうとしたところで、フェイトが注意をする。
「アルフ、先に手洗ってきて」
「……あたしは使い魔だし、早々病気にかかることなんか……」
「アルフ?」
フェイトの威圧感に耐えかね、アルフは洗面所へ向かった。
二人のやり取りを見ていたリンディはくすりと笑い、それに気づいたフェイトは少し照れくさそうにする。
急いで手を洗ってきたアルフが小走りに戻って来た。
「さあ、みんなで食べましょうか」
それぞれがそれぞれの席に着き、食事が進む。
家族団欒。笑いの絶えない食事風景だった。
◇ ◇ ◇
「さあ、作戦会議の時間だよ」
「うん」
食事を終え、入浴を済ませ、あとは寝るだけと言う時間になり、二人は膝を突き合わせて話をする。
議題はフェイトの告白についてである。
「ユウにはちゃんと言えたんだよね」
「一応、約束は取り付けたけど……」
その時のことを思い出し、恥ずかしさがぶり返す。
教室の真ん中で、人の目を気にせずに告げてしまった。
そのあと、教室どころか学校中で大騒ぎになり、ついに教師に呼び出される始末。
渦中のユウははやてと一緒に姿をくらまし、次の日にはアリサとなのはまで学校を休んだ。
結果、前日に引き続き質問攻めに遭うフェイト。新しくターゲットになったはやて。
そんな二人を助けようとすずかが頑張ってくれたものの、力不足感は否めず、どれだけ否定したところで否定しきれない部分が多々あり、噂はどんどん誇張されていく。そうして、ユウは女の敵になっていた。
以前から男子生徒には不倶戴天の敵扱いされていたらしく、もはや学校にユウの居場所はない。元々なかったかもしれないが。
「はあ……」
「何かあったのかい?」
「色々あったんだよ……」
打つ手なく、ひたすら耐えるしかなかった状況も、アリサが登校したことで沈静化する。
興味本位で寄って来るクラスメイトや傷心の隙を突こうとやってくる男子たち。そう言った生徒が代わる代わるやって来て、我慢の限界に達したアリサは静かに恫喝した。
「いい加減、鬱陶しいのよ。あんたたちに何の関係があるの? 死にたいの? ぶん殴るわよ」
不機嫌さを露わに机を蹴っ飛ばして威圧するものだから、気の小さい生徒は泣いていた。
その後、教師にまで呼び出されたこともあり、アリサは終始イライラを募らせていた。ユウがいれば喜んで発散に付き合ったのだろうが、当の本人は学校を休み続けている。フェイトとしては勉強に専念するつもりなのだろうかと思ったが、どうやら違う理由らしい。
「ゆうくん、ミッドチルダに行ったよ」
「え……どうして?」
「さあ?」
昼休みに弁当を食べながらなのはが告げた。
ユウは管理局員でも嘱託魔導士でもないため、通常は管理世界に渡航することは出来ないのだが、必要な手続きは全てなのはが代行したらしい。
「なんか行きたかったんだって」
「……そうなんだ」
もぐもぐと咀嚼しながらなのはは言う。
一般人を渡航させるための雑多な手続き。率直に言えば面倒極まりないのだが、わざわざそれをしておきながら、目的を知らないなんてありえるのだろうか。
フェイトは疑問に思うが、なのはは平然とした顔で弁当を食べ進めている。フェイトの疑念に気づいた素振りすらない。
「あの馬鹿……」
「まあまあ、アリサちゃん抑えて。ユウ君も何か理由があって行ったんやろうから……な? そうやろ、なのはちゃん?」
「おすすめの観光地は聞かれたかな」
「あかん。もう擁護できひん」
不機嫌なアリサを更に不機嫌にさせる。この場にいないにも関わらず、その手腕は流石と言えた。きっと殴ってほしくて仕方がないのだろう。
溜め息を吐き、それはともかくと気を取り直したアリサがなのはを見る。半分以上睨んでいるように見えたのは、その不機嫌さが原因だった。
「あんた、朝からあいつと一緒だったんでしょ? 言ったの?」
「言ったよ」
核心を突く問いかけに、その場の空気が固まる。
フェイト騒動の翌日、なのはは学校を休んだ。ユウの携帯から送られてきたメールから、ユウと一緒にいたことはこの場の全員が知っている。
その後連絡が取れず、すずかが昼休みに、フェイトとはやてが放課後にユウの家に赴いたが二人はいなかった。
聞くところによると、翠屋にいたらしい。
「アリサちゃんも言ったんでしょ?」
「言ったわね」
「じゃあ、これで全員だね」
なんの話をしているのかと、フェイト、はやて、すずかの三人が疑問を抱く。
アリサが頬杖をつきながら、目だけで三人を見渡して告げた。
「なのはがユウに告白したらしいわ」
「アリサちゃんも告白したんだって」
え?と三人の声が重なる。
三人が呆然とする中、衝撃の暴露が続く。
「はやてもしたんでしょ?」
「すずかちゃんもだよね?」
「ちょ、ま、なんで知っとるん!?」
「私はまだしてないよ!?」
肯定一つ。否定が一つ。
アリサとなのはがあれ?と言う顔をした。
「あいつが言ってたんだけど……」
「もしかして、すずかちゃんは勘違い?」
二人が顔を見合わせる。
そんな中、あの夜のことを思い出したすずかが顔を真っ赤に染め、机の上で頭を抱えた。
「もしかして……ユウ君、わかってたの……?」
「なんだか面白そうじゃない。話してみなさいよ」
Sっ気を発揮するアリサに導かれ、すずかはか細い声で言った。
「……月が綺麗ですねとは言ったけど……」
「おぉ……」
はやてが唸る。
やるなと感心していた。奥ゆかしさ溢れる愛の告白だった。
「でも、彼、普段本読まないから知ってるとは思わなくて、だから言ったのに……」
「まあ、ユウ君なら知っとってもおかしくはないなあ」
夏目漱石の有名なエピソードがある。
I love youをなんと訳すかというもので、彼は月が綺麗ですねと答えた。
それをすずかは知っていて、ユウが知っているとは思わなくて、受験を控えたユウに告白は出来なくて。
せめてもの自己満足だったのに、まさか伝わっているとは思わなかった。
恐らく、直前に会話した死んでもいいも正しく伝わっていたのだろう。
今の今まで、そうとは知らずに過ごしていただけに反動は大きい。すずかは耳まで赤くなっていた。
流石やなあとはやてが褒めちぎる。すずかは顔を上げられない。
その内、私だけ恥ずかしい思いをするなんて、と反骨心が湧き上がってきた。
「……私だけ言うのはズルいよ! アリサちゃんも告白したんでしょ? なんて言ったの?」
「あんたが好き」
「私も世界で一番貴方が好きって言ったよ」
反骨心の矛先はアリサに水を向けられた。
アリサは平然と答え、なのはもそれに便乗する。
全く動じる様子のない二人を捨て置き、次なる獲物にロックオンする。
「はやてちゃんは……?」
「え、いや、それは、なんや……まあ、普通に……」
「普通って何?」
答えなければいけないのだろうか。
はやては口ごもり、すずかは逃がそうとしない。普段は藍色の瞳が、なぜか今ばかりは赤く輝いて見えた。
「その……好みのタイプを聞かれたから、ユウ君が好みのタイプって教えてあげたんや。あとは流れで……」
「へえ……」
隣の芝生は青く見える。
他人の告白劇を聞くとロマンティックに思えた。
いいなあ、なんて思ってしまい、溜め息まで吐いてしまう。
もう少し上手に出来なかったのだろうかと後悔する。
各々がそんなことを考えている中、唯一状況に乗り遅れていたフェイトが我に返る。そして聞く。
「……みんな、ユウに告白したの?」
その問いに四人が頷く。
誰も彼も当然のこととばかりにフェイトを見ていた。
その視線が信じられず、呆然としながら言った。
「私、まだ告白してないんだけど……」
四人が一斉に目を逸らす。
受験のことを考え、終わってからにしようと配慮した結果、見事に抜け駆けされていた。
「ぇ……」
四人の裏切りを目の当たりにして言葉が出ない。
たった二日、ユウから目を離した間にこんなことになっていた。
「ズルい……」
すでに起きたことを取り返すことは出来ず、ぼそりと呟くので精一杯。
友情の儚さを思い知った出来事だった。