ミッドチルダ中央区画、首都クラナガン。
待ち合わせは街中のカフェテリアだった。
初めてこの世界に訪れたユウは、少しばかしの観光の後、約束の時間に遅れないよう、早めにカフェに入る。
あらかじめ渡されていた地図兼翻訳用のデバイスを片手にメニュー表と睨めっこ。書かれている文字が英語に酷似していることに気づいた後は無用の長物と化していた。
待ち人が来るまで、紅茶を飲みながら町並みを眺めた。
行き交う人々は人間と変わらない。技術的には地球よりも発展している箇所が散見される。
地図上には廃墟と称された区画が存在し、近づかないようにとデバイスから注意を受けた。
なんともなんとも、と口の中で呟く。
約束の時間が過ぎても待ち人はやってこない。忙しい奴だからなと一人納得しながら待ちぼうけを食っていた。
たまにやって来る女性店員にお代わりを聞かれ、お勧めを訊ねてコーヒーを勧められる。一口飲んでみて、翠屋の方が美味いと思う。
「待たせたかな」
穏やかな時間の中、待ち人来る。クロノ・ハラオウン。
「10分ぐらい」
「そうか。まあ、君を待たせるぐらいは構わないだろう」
「エイミイに踏ませようとしたこと、まだ怒ってるのか?」
「今怒ってるのはフェイトのことだよ」
フェイトを泣かせたことに間違いはない。だから返す言葉はない。
「ここはお前のお気に入りの店か?」
「いや、僕も初めてきた」
「そうか。一つ覚えておくといい。店員がしょっちゅう話しかけてくる」
「君はこの町に来るのは初めてだろう。仲良くなって色々聞けばいい」
「もう聞いたよ。思いのほか治安が悪そうだな」
「君の国が異常なだけさ」
寄って来た店員に、クロノはコーヒーを頼む。
椅子に腰かけ、机に腕を置く。ユウの顔を見ながら尋ねた。
「ミッドチルダはどうだった?」
「星間移動が簡単に出来るのは楽でいいな」
「管理世界はみんな繋がっている。管理外世界はこうもいかないが」
「確かに、移動が面倒くさかった」
地球からミッドチルダに向かう手続き。
ユウはもっと簡単に行くと思っていたが、思いのほか煩雑な手続きが必要だった。
代わりにやってくれたなのはにグチグチと言われたぐらいで、もし今後地球とミッドチルダを行き来するのなら、嘱託魔導士の資格ぐらいは取らないといけないほどに。
「今更、君がミッドチルダに来るとは思わなかったよ。どういう心境の変化だ?」
「ミッドチルダなんかどうでもいい。俺はお前に会いに来たんだ」
「話をするぐらいなら通信で済んだだろう」
「会いたかった。クロノ」
「吐き気がしてきたな」
たった今届いたコーヒーに砂糖とミルクを入れ、一口飲む。その顔が険しいのは吐き気をこらえているからだった。
「それで、話とは?」
「月が綺麗ですね」
「ああ、ここは昼でも衛星が見える。他の管理世界には地球みたいに一つしかない世界もあるがね」
二人が見上げた空には、大きな星が二つ浮かんでいる。地球では絶対に見ることのできない景色。ここが地球の外であると言う証明だった。
「こう見えて僕は忙しいんだ。早く本題に入ってくれないか」
「偉そうな態度だな。嫌がらせに三時間ぐらい粘ってもいいんだぞ」
「わかった。僕はこれで失礼する。支払いは済ませておくよ」
「本題に入ろう。恋愛相談だ」
立ち上がりかけたクロノが腰を落ち着かせた。
恋愛相談?と怪訝そうにする。
「そのためにわざわざこんなところまで来たのか?」
「何か問題でも?」
「いや、通信で済んだだろうと思ってね」
「相談するのに通信越しなんて、そんなマナー違反はしないよ」
「他に相談する相手はたくさんいるだろう」
「いない。男の意見が欲しかったんだ。でも俺、男友達いないから」
「……知り合いは?」
「いない。いや、いるけども、当事者の親兄弟しかいない」
「……君、友達いないのか?」
「いない」
特に悲しくもなさそうな顔でユウは頷く。
クロノはいっそ哀れに思ったが、努めて顔に出さないように努力した。
「恋愛相談か……なぜ僕に?」
「エイミイと付き合ってるじゃないか」
「それはその通りだが……」
「結婚を考えていると聞いたぞ」
「誰に聞いた?」
「結婚式には呼んでね。スピーチするよ。ラブレターを朗読するから」
「君への招待状は破り捨てておくよ」
ユウが手を挙げ店員を呼ぶ。
チーズケーキを二つ頼んだ。
「ユーノも考えたと言うか、あとはユーノしかいないんだが、あいつに恋人がいるとは聞いていないから、消去法でクロノしか残らなかった」
「ユーノは……確かに無限書庫の仕事で忙しくしているが……」
「管理局は出会いがないのか? はやてもなのはもフェイトすら浮ついた話がなかったぞ」
「君がそれを言っていいのか? 第一、そんなことはない。僕もエイミイとは管理局で出会っている」
特殊事例ではないのかと疑うユウを切って捨て、話を進める。
「フェイトのことは振ったと聞いたが」
「申し訳ないことをした。泣かせてしまった」
「僕が口を出すべきではないとは思うが、大切な義妹なんだ。その義兄に対して恋愛相談とは、何がどうしてそうなったんだ?」
「フェイトに告白予約をされてね」
「は?」
カップを口につけようとしていたクロノが、口をポカンと開けて固まる。
「なのはとはやてとすずかとアリサにも告白されてしまったんだ」
「は?」
「正直困ってる。選べと言われても選べない」
「なに?」
「穏便に決着をつける方法が知りたいんだ」
「決着とはどういう意味で言っているんだ?」
「ぶっちゃけて言うと、全部なかったことにしたい」
「墓石を予約した方がいいな」
少なく見積もっても刺されるだろうとクロノは断言する。
殴られるのは許容範囲だが、刺されるのは趣味じゃないとユウは言う。
「五人全員に告白されたのか……」
「なんとかならないかな……」
「この件は僕の手に余る。悪いが力になれない。失礼させてもらうよ」
「待てよクロノ。一緒に考えようぜ。俺を見捨てるなよ」
「君の恋路は、首を突っ込めば蹴られるどころかスターライトブレイカーなんだ。君は知らないだろうがね」
「なのはがそんなことを……?」
「もちろん冗談さ」
届いたチーズケーキに舌鼓を打つ間、二人は一言も喋らずに思考を巡らせていた。
やがて、ケーキを完食したクロノがフォークを置いて口を開く。
「色々考えたが、君は誰が好きなんだ?」
「みんな好きだよ……」
「恋愛の話だよ」
「クロノかな」
「このコーヒーをかけていいかい?」
「わからないんだ……」
カップを置き、ユウの言葉に耳を傾ける。
「好きってどういう気持ちなんだろうって、ずっと考えてる。独占欲が含まれるとも言われたけど、しっくりこない」
「まあ、間違ってはいない。……確かに、言葉にするのは難しいな」
ふむとクロノは頷く。
「そうだな。僕の考えを言ってもいいが、君にとっては辛い話かもしれない。それでもいいだろうか?」
「俺を喜ばせてくれると言うのか?」
「言葉攻めまで許容範囲になったとは知らなかったな」
クロノはコーヒーのお代わりを頼んだ。ユウの分も含めて二杯。長い話になるだろうと思った。
「辛かったら言ってくれ。君を傷つけたいわけじゃない」
「ゲロを吐くぐらいなら許容範囲だ」
「吐くときはトイレで頼むよ」
コーヒーが届くのを待ち、話を続ける。
「率直に言わせてもらう。君には親がいないだろう?」
「その通りだが」
「普通、子供は親から愛情を注がれて育つ。しかし、君には親がいない。だから愛情と言うものを知らないんだろう。愛情の受け取り方も、愛情の表現方法も知らない。おかしなほど近い距離感も、普通はやらないような接し方もそのせいだ」
「まるで人を欠陥品のように言う。喉にせりあがって来たぞ」
「似たようなものだと思ってるよ」
届いたコーヒーをブラックのまま呷る。苦味が口の中に広がった。
「君を聖人君子だと言う人間がいる。我欲がなく、他人のために命を投げ捨てられるからね。広義に当て嵌めるならその通りだろう。だが、僕の実感としてはロボットに近い」
クロノがユウと出会って六年。
哀れだと思ったことは多くある。フェイトのために命を捨てようとして、はやてのために全てを投げ出そうとしていた。
自分自身が不幸だから、他人の不幸が我慢できないのだろう。自分を幸福にしようと言う意識がないから、他人ばかりを幸せにしようとするのだろう。もっとも不幸なのは、ユウ本人に自分が不幸であると言う自覚がないことだ。
「けれど、この六年で君は多少変わってきている。六年前に今のような変態的な言動はなかったし、もっと無感情だった。自覚はあるか?」
「それは……つまり、クロノと出会ってから変わったと言うことか?」
「ああ、まさしくそういうところだ。真面目な話をしているんだぞ。いい加減にしろ」
「デスティニー……」
「話を続けよう」
ユウは心のないロボットとは違う。
人の不幸を悲しみ、それを変えようとして心を痛める。そこに間違いなく心はあるのだから、いずれ愛だって知ることが出来るだろう。
「だから、君はもっと悩めばいいと思う。悩んで悩んで、人として当たり前の答えにたどり着くまで悩めばいい。まだ15歳だ。時間はたっぷりある」
「爺くさいことを言うようになったな」
「こう見えて、身を固める決意をした男だからね。君の先達であることに間違いはないよ」
「……今の話で一つだけ気になるところがある」
「なんだい?」
「お前は俺が変わったと言うが、もし変わっていなかったらどうする?」
それを尋ねるユウの表情に変化はない。
これまで何度も見た、ロボットのような無表情だった。
「変わったのは見た目だけで、内心は一切変化してなかったら、お前の推測は一切役に立たない」
「そんなことか」
クロノはまだ半分ほど残っているカップにミルクを入れる。ブラックは苦い。今しがた苦い話をしたばかりで、これ以上の苦味はいらなかった。
「何年付き合ってると思っているんだ? 君の内心ぐらいわかる。君は変わっているよ。僕が保証する」
「クロノ、愛してる」
「愛してる人がいるんだ。やめてくれ」
「I love you」
「やめろと言ったんだ。殺すぞ」
「『I LOVE YOU』」
「デバイスに言わせるのもやめろ。返せ」
ユウから奪い取ったデバイスを懐にしまう。
「それで、俺はどうすればいいって?」
「……君は今、愛が何なのか知らない。少なくとも自覚していない。もし僕なら、そんな状況で至る結論は一つしかない」
クロノはそれを明言しなかった。
あとは自分で考えろとコーヒーを飲む。
ユウは頬杖をついて空を見上げる。二つの星が世界を見下ろしていた。
「……エイミイとの馴れ初めを聞かせてくれよ」
「結婚式で少し語る予定だ。ネタバレはよくない」
「ラブレターの準備をしないとな」
「招待状を破るか、ラブレターを破るか、二つに一つだ。選べ」
難しい選択だとうそぶくユウのことをクロノは眺めた。
難しいなどとは言っているが、実際のところそんなことは思っておらず、別のことを考えているのだろう。
クロノの本音として、ユウの恋路に興味は尽きない。年の近い同性の知り合いだ。近くに可愛い女の子が複数いることもあって、近況に関してはこまめに確認していた。その女の子の中に義妹がいるとなればなおさらだった。
それにしても、厄介なことになったと感じる。
六年前ははやてと付き合うと思っていた。闇の書事件の顛末を考えれば、誰もがそう思うだろう。しかしそうはならず、今や宙ぶらりんで揺れている。
クロノは思う。
もし、はやてが不幸なままだったら、きっと二人はくっついていただろうと。
闇の書が夜天の書に代わり、ヴォルケンリッターと言う家族を得た結果、ユウは離れた。
事件が解決したからと言って、同居を解消する理由はなかったはずだ。二人はそれ以前から家族同然に暮らしていたのだから。
それなのに同居を解消したということは、多分そう言うことなのだろう。
厄介な性格だと思う。加えて、15歳は悩み多き年頃だ。
ユウのそれは少し特殊かもしれないが、だからと言って匙を投げるほどではないし、投げたいとも思わない。
長い付き合いの友人のために、少しばかり身を粉にすることに躊躇いはなかった。
「話は終わりでいいだろう。これ以上僕から言うことはない。この後の予定は?」
「ん……。観光するかすぐ帰るか。どっちかにしようかと思ってる」
「そうか。実はこの後予定が空いている。良ければ少し案内しよう」
「お、それは助かる。たった今、案内用のデバイスを没収されたばかりなんだ」
「デバイスの悪用は犯罪だからね。仕方ないことさ」
二人は立ち上がり、会計を済ませた。
当然のようにクロノが全額を払ったが、年齢と肩書きを考えれば当然のことである。しかし、これまでの経緯を考えれば、思うところはある。
「もしフェイトの紐になったとしても、頼りすぎないようにしてくれよ」
「紐になる予定はない。安心しろ」
「ならいいが」
果たしてどうなるか。
クロノは未来を想像して苦笑を浮かべる。
フェイトはああ見えて意外と頑固だ。きっと、なるようになるのだろう。
それが誰にとって都合のいい未来かまでは分からないが。