「俺を踏め! エイミイ!」
「うわぁ……」
リンディ・ハラオウンに連れて行かれた別室で、ユウは五体投地で床に寝転がる。
そしてエイミイに踏むことを要求していた。
そこに下心はなく、自主的に罰を求めた結果であった。
「お前のその、だらしなくたるんだ尻を俺の顔に乗せろ! 吐き気を催すぐらい思いっきりやれ! 遠慮はいらん!」
「私の方が気持ち悪くなってきたんだけど……」
「来い、エイミイ!」
「勘弁して」
二人のやり取りを呆れ半分に見ているリンディ。
やるやらないのやり取りが延々と続く。やがてクロノが部屋に入って来て、不毛な会話は打ち切られた。
「何をしているんだ君は?」
「エイミイに踏んでもらうところだ」
「立て」
クロノの語気が強くなる。自分の恋人が妙なプレイに使われそうになっているのだ。怒りを覚えないわけがない。
「勘違いするなクロノ。足で踏ませようと言うんじゃない。尻で踏みつぶしてもらうだけだ。顔を」
「喧嘩を売っているのか?」
「足コキプレイはお前のために残しておくと言ってるんだぞ?」
「表に出ろ」
その場で取っ組み合いを始めた二人にリンディが溜息を吐く。
放っておいたらいつまでたっても本題が進まない。やむなく、手を叩いて静止する。馬乗りでマウントを取っていたクロノがなぜ止めるのかと不服そうな顔になる。
「今はフェイトさんの話を優先しましょう」
渋々と立ち上がるクロノ。
「止めるのが二発遅かったですね」と顔面に二発食らったユウが文句を放った。
「それで、さっきの話だけど。あれは一体どういうことなの?」
「聞いてください。俺の夢は紐になることなんです」
ユウは語る。
楽をして生きたいと。
美人で可愛くて性格がよくて甘やかしてくれる女性に養われたいと。
それは年上でも年下でもよくて、とにかく甘やかしてほしいのだと。
かつてそんな話をして、もちろんそれは半分冗談だったのだと。
「笑えない冗談ね……」
「真に受ける方がおかしいと思うんですよ」
ユウの言い分も分からなくはないが、結果的にこんな状況になっている。これで笑うのは無理だった。
「クロノ、フェイトさんは何と言っているの?」
「紐については理解してました。ただ、世間一般にそれがどういう関係になるのかは理解していなかったみたいです」
紐と言うのが恋人もしくは夫婦、少なくともそれに準ずる関係だと言うのは知らなかったらしい。
フェイトにしてみれば「養えばいい」と言う言葉面で理解が止まっていた。扶養の意味を深く理解していなかったのだ。
「今、向こうでなのは達が説明しています。すぐに理解するでしょう」
「そう。……育て方を間違ったかしら……」
独り言ちるリンディ。今後悔しても仕方がないと気を取り直す。
「それで、あなたはどう考えているの?」
「マイ・ドリーム……」
「真面目に答えなさい」
ユウは居住まいを正す。
「フェイトは卒業したらミッドチルダに移り住むんですよね?」
「そうね」
「つまり、俺は故郷を離れることになる。今すぐ決めろと言われても決められません」
この場の皆がそうであるように、ユウにとっても紐内定の事実は青天の霹靂だった。
直前まで進学を志していたこともあって、餌に飛びつくような真似は出来なかった。
「さすがのユウ君でも戸惑っちゃうかあ」
「覚悟は必要になる」
「まあねえ」
実務的な話をすればそうなるのだろう。
突飛な話であるのだから、考える時間は必要になる。
「でも、クロノと一緒に住むのは心がそそられるよね。毎晩激しくしちゃう」
「気持ち悪いな」
「俺の部屋はクロノの隣がいいな。壁に穴開ければいつでも話せるじゃん」
心の底から嫌そうなクロノ。もちろん、ユウも冗談半分である。半分本気だから性質が悪いのだが。
「言っておくが、フェイトはミッドチルダで一人暮らしの予定だ」
「はあ?」
告げられた言葉が理解できないユウ。
「え、なに? それじゃあ俺はどうやって養われるの?」
「だから、常識的に考えれば二人で暮らすことになるんじゃないのか」
「犯罪だろ」
「犯罪ではないだろ」
フェイトが15歳であるのと同じく、ユウも15歳。同年齢であるなら同棲しても違法にはならない。本人の意識は別として。
「俺は許さんぞ! 15歳で一人暮らしするのにも反対なのに、男と同棲だと? ふざけるのも大概にしろ!」
「それは僕の台詞だが」
「相手の素性は分かっているんだろうな? ろくでもない奴だったら殺すぞ!」
「ああ、変態であることは掴んでいる」
「殺せ!」
「もちろんだ」
再び取っ組み合いが始まる。
先ほどとは違い、ほどほどに手加減されているので、リンディもあえて止めることはしない。
「艦長、どう思います?」
「そうねえ……」
難しい話だとリンディは頭を悩ます。
結局のところ、気持ちの問題なのだ。
リンディとしても、手塩にかけて育てたフェイトが男と同棲すると聞かされて、止めたい気持ちがないでもない。
しかし、いつかはそうなる日は来る。そして、今回の相手はあれである。まあ、同棲ぐらいなら……と思わなくもない。
言動におかしいところは多々あれど、基本的には善性の人間だ。フェイトの事情も全て知っているし、選択肢としてマシな部類ではあるのだろう。
「フェイトさんが彼のことをどう思っているのか次第ね」
「あー、やっぱりそこですか」
「そこでしょうねえ」
好きでもない男との同棲など認めない。将来に禍根が残りそうだし、フェイトの性格からズルズルと行きつくところまで行きそうだ。
まあ、大丈夫だろうとリンディは楽観する。
フェイトに色恋はまだ早い。例えそう言う気持ちがあったとしても、自覚までは至っていない。そんな相手との同棲など、ユウは拒否するだろう。
その程度の信頼はあり、そういうわけであまり深刻には考えていなかった。
「あ、あの……」
唐突なノック音。か細い声が聞こえ、半開きになった扉からフェイトが顔を覗かせる。
「フェイトォォォォ!!!」
「な、なに?」
「俺は許さんぞぉぉぉ!!!」
「え?」
「うるさい。死ね。……こいつのことは気にするな。それで、どうした?」
意味不明に叫ぶユウを黙らせ、クロノがフェイトに問いかける。
「あ、うん」とフェイトは言いづらそうな態度を見せた。口ごもり、視線はあちこちを惑っている。
「その……さっきの話なんだけど……」
「ああ、分かっている。悪いのはこいつだ。今、処す」
「そうじゃなくて」とフェイトが慌てた様子を見せた。それから意を決したような顔になる。リンディが渋面を作った。
「ゆ、ユウ?」
「……」
「私は、別に、いいよ?」
「……」
「ユウとそういう関係になっても、私は、全然、嫌じゃないから……」
「……」
「だから、一緒に住むこと、考えておいて?」
「……」
「また、あとでね?」
顔を真っ赤したフェイトが扉の向こうに引っ込む。
ドアは閉まり、静寂が包み込む。扉の向こうからは冷気が漂っているようだった。
「……え? クロノ君、ユウ君起きてる?」
「……いや、気絶している」
「あっちゃあ……。クロノ君、やっちゃったんじゃない?」
「……僕が悪いのか?」
多分、さっきのはフェイトにとって精一杯の告白だった。
その場の全員が息を飲んでしまうほどの初々しさ。
惜しむらくは、当事者であるユウがクロノの手で気絶させられていたことだった。
リンディが溜息を吐く。
「フェイトさんには私から伝えておきます」
先ほどの言葉は伝わっていなかった。
それは親である自分が言うしかないだろう。
憂鬱な気分のまま全員がユウを見つめる。
……本当に気絶しているんだろうな?
普段の行いから、そこを疑わざるを得なかった。