フェイトが学校に行くのを見送った後、アルフは暇を持て余していた。
元来、アルフは考えることが苦手である。どちらかと言うと身体を動かすことが得意で、戦闘に向いているとも言えるが、この地球で戦闘など早々起きない。
フェイトが命じれば、向き不向きに関わらず何でもするが、フェイトがアルフに対して何かを命じることなど滅多にない。大抵はお願いになり、それだってお遣いが精々だった。
現状、アルフに仕事はない。趣味もない。家事手伝いはリンディが終わらせている。唯一の楽しみは食べることだけだった。
朝食を食べ、フェイトを見送ったあとに昼食を食べ、フェイトを迎えて夕飯を食す。
生活習慣は全くそんな感じで、夕方にフェイトが帰ってくるまで、番犬よろしく寝ているぐらいしかすることがない。
ある意味で優雅な生活である。
別に寝ていることは悪いことではない、とアルフは思う。
活動しない分、消費魔力を抑えられるし、お腹だって空かない。
悪いことなんて何もない。ただ、少し世間体が悪いだけで。
そう思うなら寝ていればいいという話になるが、そんな生活も数日続けば飽きてしまう。
毎晩のように開催される作戦会議も、いい加減話すことすらなくなって、思い出話に花が咲く始末。なんなら、ユウへの惚気や愚痴などを聞かされる羽目になった。
このままではいけないと思う。進展しない作戦会議も、自堕落のあまり飼い犬に成り下がっている自分自身も。
だから行く。アルフは忠実な下僕であるから、フェイトのためなら火の中だろうと水の中だろうと行く。
「オラァ! 女の敵ぃ!」
「何事か」
女の敵ことユウの家に、アルフは単身乗り込んだ。
◇ ◇ ◇
ユウが学校に行っていないことを、アルフはフェイトに聞かされて知っていた。
「明日はユウに会えるかな……」と毎晩聞かされているので、当然知っている。
どことなくしょんぼりして帰ってくるフェイトを毎日見ているのだから、一言言いたくもなる。
「あんた何やってんのさ! 学校は!?」
「突然現れたと思ったら教師と同じことを言うのは、一体どういう了見なのか」
「フェイトが毎日寂しがってるんだぞ!」
「そういう了見ね。理解した」
勉強机にペンを放り出したユウは、その場で伸びをした。
今日も今日とて学校に向かう様子のないユウに、アルフの怒りは募っていく。
「勉強なんてしなくていいから学校に行けよ!」
「学校は勉強するためにあるんだぜ」
「知らないよ! フェイトに会えって言ってんの!」
ユウは苦笑した。
相変わらずのワイルドっぷり。理屈よりも感情を優先するところは何も変わっていない。
しばらく地球を離れていたはずのアルフがなぜここにいるのか。
まずはそこから聞いてみようと、飼い犬との意思疎通を図る。
「無限書庫の仕事はどうした?」
「……ユーノに言って休み貰ってきたのさ。誰かさんがフェイトを泣かしたから」
「ユーノ元気?」
「毎日忙しくて目を回してるよ」
「充実してるようで何よりだ」
この前行ったときには会えなかったんだよなあ、とうそぶくユウを、アルフはじとっとした目で見つめる。
「なんか……誤魔化そうとしてない?」
「そんなことないよぉ」
疑いの眼差しでじっーと見つめるアルフに対し、ユウは「ほら、見てこの真摯な瞳」とにっこり笑いかける。
アルフはそれを一目見て、嘘をついていると判断した。
「またあたしを騙そうとしたね……!」
「おかしいな。今日の俺はまだ何もしてないはずだが」
「問答無用!」
「よし。かかってこい」
朝から喧嘩を始める一人と一匹。
ほどほどの殴り合いは、魔力が使われ始めた時点でユウがギブアップ。それでも何発か殴られて、ユウは地に伏せる。
「あたしの勝ちだ……!」
「負けちゃったぁ」
勝ったことへの達成感に浸る使い魔。
敗者のくせに、どことなく喜びを滲ませる変態。
それぞれがその余韻を十分に味わった後、やれやれと言わんばかりに起き上がったユウは、肩を回しながら「今何時?」と聞く。
「んーと、あたしが出た時には10時過ぎてたような……」
「モーニングは終わってるな。昼にはちょっと早いけど……まあ、ブランチだ」
意味のわからないことを言うユウに対し、アルフは眉間にしわを寄せながら吠える。
「学校行ってフェイトに会え!」
「まあまあ。その辺の話は食事でもしながら」
「……食事?」
上着を羽織りながらユウは言った。
「翠屋行こうぜ」
ピクピクと反応する犬耳に、ユウは笑いをこらえきれなかった。
◇ ◇ ◇
とてとてと歩く少女。もとい使い魔。あるいは狼。
初めて二人が出会った時には、20歳そこそこの姿をしていたその使い魔も、今や10歳そこらの少女である。
これが魔法の神秘かとユウは一人頷く。
魔法で耳や尻尾は見えなくなっているので、並んで歩いたところでジロジロ見られることもない。見渡せばどこにでもいるような、ごく普通の少女だった。
「何食べるか考えておけよ」
「こう見えて朝ごはんは食べてきたからねえ。悩んじゃうよ」
翠屋はシュークリームが美味しいと評判の喫茶店。軽食もあるが、朝食は済ませたと言うならデザートだろうとユウは当たりをつける。
腹八分目などと言って、サンドイッチを頼む可能性も捨てきれないが。
見るからにワクワクしているアルフと二人、ユウは翠屋へとたどり着く。
ドアを開けると鈴の音が響いた。
「いらっしゃいませ」と迎えたのは高町桃子。高町なのはの母親である。
桃子はなのはによく似たその顔を驚きで染める。
視線の先にはユウ。そしてアルフ。
「こんにちは」とユウの挨拶にも反応できていなかった。
「……ユウ君? そちらの女の子は……?」
恐る恐ると桃子が尋ねる。
その様子に、不穏なものを感じながらユウは答える。
「アルフです。以前お会いしたことはあると思いますが、見ての通り、小さくなっています」
「アルフ、さん? ……え?」
記憶の中の女性と目の前の少女が結びつかず、桃子は目を丸くする。
「なのはのお母さんだね。久し振り! ここは相変わらずいい匂いがするねえ。……ユウ、やっぱりあたしはシュークリームが食べたいな」
「あいよ」
二人が席に着きメニューを開く。
俺もシュークリームでいいかなと注文を決めて桃子を見る。
「桃子さん?」
「あ、ええ……。注文ね……」
シュークリームを二つ注文し、コーヒーも頼む。
注文後、ユウは桃子に雑談を振った。
「アルフが小さくなってて驚きましたか?」
「そうね……。アルフさんが幼くなってたのもそうだけど、ユウ君がまた新しい女の子を連れてきたと思ってびっくりしちゃった」
アルフの視線がユウに突き刺さる。
ユウは作り笑いでその場をしのぐことにした。
「ははっ。そんなそんな。新しい女の子と言われても。そんなことありましたっけ?」
「覚えてない? ユウ君が中学生になった頃、毎週のように違う女の子とお店に来てたんだけど……」
ユウは思い出す。
それは恋愛相談をたくさん受けていた時期のことだった。
文字通り毎週のように恋愛相談を受けたので、手っ取り早く翠屋で話を聞いていたのだった。
最終的になのはやアリサに頼ることになったのだが、それももう2年以上前である。ここ最近は相談なんて受けていない。
未だにそんなことを言われるのかと内心慄きながら、「ははは」と作り笑いを続けた。
「何か誤解してませんか? あれは知り合い未満の女の子たちですよ。その後一回も会ってませんし」
「そうね……男の子だし、よそ見したくなっちゃうのは分かるけど、なのはのこと悲しませないでね?」
「ははは。悲しませるだなんて、そんなこと……」
「ええ。なのはが信じるのなら、私もユウ君を信じるわ。だって、二人は付き合ってるのだから」
直後、桃子は他の客に呼ばれてその場を離れる。
ユウは一瞬真顔になり、百面相を披露した後、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「……事情を聞いてくれないか」
「じっくり聞こうじゃないか」
犬歯を剥き出しに、アルフは唸る。
「なのはに告白されたんだ……。でも、返事はしなくて……フェイトのこともあるし、一旦保留して……その後すぐここに来たんだけど、何故か全員知ってたんだ……」
「意味が分からないんだけど」
「桃子さんも、士郎さんも、恭也さんも、美由希さんも、みんななのはが俺に告白したって知ってたんだよ! 一言一句余さず知ってたよ! おかげで俺はなのはの恋人だ! 誤解だって言っても聞きやしねえ! 特に女ども! あいつら人の話聞かねえんだよ!」
「なんだい。影で見られてたのかい」
「わかんねえ……」
誰もいなかったはずだけどなあ、とユウは嘆く。
なのはが告白した公園はそれほど大きくはなく、人の隠れるスペースもない。聞き耳を立てている人間がいれば気付いただろう。
実際のところ、なのはが通話状態の電話をポケットに忍ばせていたせいなのだが、ユウはそれに気付かなかった。
なんでこうなったんだあ、と嘆くユウ。それを女の敵だと言わんばかりに睨むアルフ。
一触即発の雰囲気が漂う中、シュークリームとコーヒーが二人のテーブルに置かれた。
「どうしたんだい、そんなに頭を抱えて」
「士郎さん……」
なのはの父親であり、翠屋の店主の士郎。
彼は高町家で唯一ユウに理解を示す人物だった。
「士郎さんは信じてくれますよね。俺はなのはと付き合ってないって」
「ああ、信じるよ。君はまだなのはと付き合っていない」
「士郎さん……」
大人の色気を感じる穏やかな笑み。
人を安心させるフェロモンでも出ているのか、ユウはときめき、アルフは「まだ付き合っていない」に反応していた。
「今となっては落ち着いているけど、私も昔は色々な女の子と付き合いがあってね。恭也のように一筋とはいかなかった。だから、ユウ君の気持ちも分かるよ」
ユウは真剣に士郎の話を聞いていた。こいつヤリチンだったのかと心の中で思っていた。
「けれども、最後は心に決めた女性を選んだ。ユウ君も、私と同じように最後には選んでくれると信じているよ」
「士郎さん……」
「何かあったらいつでも相談に来なさい。私に出来ることなら協力するから」
ウインクをして去っていく士郎。
その背から感じられる大人の包容力。
ヤリチンと一緒にはされたくないなと思いながら、ユウはアルフに向き直る。
「分かってくれたか?」
「そうだね。女の敵は誰なのかっていうのがはっきり分かったね」
士郎さんのことだなとユウも同意する。
「俺は今、誰とも会うつもりはない。だって高町家でこんな感じなんだから、これ以上厄介事を増やしたくない。受験が終わるまで待ってほしい。出来れば、告白の件も自然消滅しないかなって思ってる」
「本当に女の敵になっちまったみたいだね。あたしは悲しいよ」
「俺も悲しい。どうしてこんな目に遭うんだろう……」
「とりあえず一発いっとくよ」
「Come on!!」
腹を殴打されたユウはその場に倒れる。
ふんと鼻を鳴らすアルフ。ざわめく店内。
桃子が駆け寄り、士郎が苦笑している。
「どんな形でもいいから、せめてフェイトの味方でいてほしいよ」
「そのつもりだ」
その返事だけは揺るぎなく、力強い信念が感じられた。
それがアルフにとっては気に入らなくて、顔をしかめて犬歯をむき出しにした。
◇ ◇ ◇
受験が終わった。
ユウは大勢の学生と一緒に帰路に着く。
本来なら、この後にアリサとすずかと共に反省会を開く予定だったが、「大事な用があるんでしょ」と反省会はキャンセルになった。
フェイトが指定した待ち合わせ場所は海鳴臨海公園。
受験が終わったらここに来てほしいと伝えられ、何時間でも待つからとも告げられていた。
ユウはメールで今から行くと送り、受験が終わったその足で公園へと向かった。
日もすっかり暮れた頃に公園に着いたユウは、ここも久し振りだなと思う。
記憶に残る光景は日中で天気が良く、海がよく見えた。
今は暗闇の向こうから波の音が聞こえ、一定間隔に置かれている街灯が道を照らすばかり。
女の子が出歩くには、いささか暗くて危ない気がする。
しかし、今回はアルフもついて来ているようだから、ユウにとっては辛うじて許容範囲だった。
ユウの視線の先で、二人の少女が街灯の下に立っていた。
二人とも海に背を向け、ユウを見つめている。
暗い中でもその金髪だけは輝いて見えた。
強い意志を宿した赤い瞳がユウを貫いていた。
歩み寄るユウに気付き、ふわりと花の咲くような笑みを浮かべ、フェイトは口を開いた。
「来てくれてありがとう。……受験、どうだった?」
「ああ。正直、よく分からない。手応えもあったような、なかったような……」
そうなんだとフェイトは呟く。
もし落ちていたら、その時はチャンスがあるだろうか。
そんなことを考えてしまう自分が嫌いになりそうだった。
自分を戒めながら、本題に移る。
「もう分かってると思うけど、私、今からユウに告白しようと思うんだ」
「……ああ」
「ユウにとっては五回目……になるのかな? あれ? 前にもされてたっけ?」
「真面目な雰囲気のところ申し訳ないが、その話はやめよう」
五回目だろうが十回目だろうがそんなことは関係ない。
相談に乗った女の子に、当てつけに告白されたとか、今はどうでもよかった。
「う、うん……とにかく、みんなの中だと私が最後になるんだけど……」
「ああ」
「正直、思うところもあったりなかったり……」
「俺に文句を言われても困るんだが」
「ユウに文句は……うん……」
何かを言いたそうな様子を見せつつ、今は言うべきではないと思い直す。
背中からアルフに突かれたこともあり、フェイトは気を取り直して脱線しかけていた本題へと戻る。
「なんだか、改めて言うのもおかしな気がするけど、きちんと答えてほしいから、言うね?」
フェイトは一度深く息を吸った。
緊張で鼓動が激しい。
弱気な自分が顔を見せそうになるのを必死で抑えて、意を決して言葉を紡ぐ。
「私は、ユウが好き」
一度口を衝いて出てしまえば、その後は考えずとも言葉が続いた。気持ちが言葉を紡いでいく。
「始めて会ったときから私のことを心配してくれて、母さんを助けようと必死になってくれて、誰かのために一生懸命になれる貴方のことが好き。ちょっと変態さんで、たまに酷いなって思う時もあるけど、でも、ユウと一緒にいるとドキドキする。頭を撫でられると安心するし、手を繋いだら離したくないって思う。ずっとずっと、一緒にいたいって思う。……私と、付き合ってください」
思いの丈が言葉に乗って出た。
フェイトにとって、恐らく二度はないだろうと言う告白だった。
告白を聞いた後、ほんの僅かな逡巡を経て、ユウの口が開く。その様子を、フェイトはじっと見つめていた。
「ありがとう……でも、ごめん」
その言葉を聞いた瞬間、フェイトは一度目を閉じた。
直視し難い現実への防衛本能だったのかもしれない。
一瞬にも満たない暗闇の中、ユウの言葉を聞いた。
「俺はフェイトとは付き合えない」
再び、フェイトは目を開けた。