フェイトとの話し合いを強引に切り上げたあと、ユウは謝罪行脚に出かけた。
アリア、すずか、はやて、なのはの順に赴き、告白を断って、ミッドチルダに移住する考えを語った。
アリサは「あっそ」と不機嫌そうに答え、すずかは微笑んだ。はやては困惑し、なのはは淡白だった。
「ゆうくんの好きにすればいいよ」
覚悟していた暴力は振るわれず、なのは同様に「あんたの好きにしなさい」と物分かりの良い姿を見せたアリサ。
その内心に腸が煮えくり返るような思いを秘めながら、おくびにも出さなかった。
ユウは何も言えずにその場を後にし、家に帰って床に就いた。どこかで何かを間違ったのではないか。その思いが胸中を駆け巡っていた。
もっと良い方法があって、それを見逃したのではないかと考える。
眠れず、時間ばかりが過ぎ、夜明け頃にようやく眠って、なのはに叩き起こされた。
「ゆうくん起きて」
ばちんと頬を打たれる。
目を開けた時、目の前には馬乗りなったなのはがいて、覆いかぶさった姿勢でじっとのぞきこんでいた。
「起きた?」
「……」
「ゆうくん?」
「……もっと殴って」
「……」
ばちんばちんと両頬を打たれる。
「くうっ……!!」と余韻に浸るユウ。呆れたと言わんばかりに立ち上がり、時計を確認したなのはは、「早く支度して」とユウを急かす。
「……支度って何? 学校?」
「リンディさんに呼ばれたの」
ユウの眠気が覚めていく。
「フェイトちゃんのことで話がしたいんだって」
見下ろすなのはの表情は、無表情の中に有無を言わさない威圧感があった。
「心当たりある?」
ユウは答えられない。
昨晩のフェイトとの会話は誰にも話していない。話す空気ではなかったし、話したところで何がどうなるわけでもなかった。
昨日の今日でのリンディからの呼び出しと言うことは、昨晩の件以外には考えられない。
毛布を頭まで被って身を隠す。聞かなかったことにしたかった。出来るなら、全てをなかったことにしたい。
その思いで二度寝を強行したが、なのはのつま先がユウの腹部を貫いたため、叶わぬ願いとなってしまった。
◇ ◇ ◇
二人がハラオウン家に着いた時、迎えたのはアルフで、玄関からでも聞こえる言い争いが繰り広げられていた。
「どうして分かってくれないの!? 私はユウが好きなの! 好きな相手と一緒にいたいだけ! それはダメなことなの!?」
「ダメです! 好き合ってるならともかく、一方的に好きな相手との同棲は認めません!」
「どうしてそんな意地悪言うの!?」
「意地悪じゃありません。あなたがなんと言おうと、ダメなものはダメです」
言い争いを聞いたなのはの視線がユウの横顔に突き刺さっている。逃げようとしたその襟首を掴み、なのはは部屋の奥へと進んで行く。
「おはようございます」
「なのは……? ユウ!」
なのはの登場に困惑した一方、ユウの存在を認識した途端、フェイトの顔が明るくなる。
明らかに振られた人間のものではない態度を目の当たりにして、「なにをした?」と問いかける視線。「告白は断ったんじゃなかったのか」と言う無言の問いかけ。
ユウはその場から逃げ出したくて仕方がなかったが、なのはの握力がそれを許さない。
「リンディさん、ゆうくんを連れてきました」
「ありがとう……」
疲れ切った様子のリンディは椅子に腰かけて緑茶を啜った。
溜め息を一つ。それで気を取り直し、ユウへと問いかける。
「さて……。フェイトがあなたと同棲すると言っています。間違いありませんか?」
「間違いです」
リンディの視線がフェイトへと向く。その瞳にははっきりと困惑の色があった。
「フェイト?」
「義母さんが認めようと認めまいと、私はユウと一緒に暮らしたい。その気持ちは変わらないから」
リンディの視線がユウへと戻る。
ユウは必死に首を横に振った。リンディは頭痛を覚えて額に手を当てた。
「……一つだけ確認させてちょうだい」
「なに?」
「同棲したいと貴方は言うけど、本人に了承はとったの?」
「……」
沈黙。
それは何よりも雄弁に語っている。
「……そもそもの話、振られたと聞いたのだけど?」
「……」
「自分を振った相手と同棲できるって、なぜ思えるの?」
「……」
フェイトは黙っている。
何かを必死に考えているようだった。
チラリとユウを見て、リンディを別室へと誘った。
取り残された二人。
帰ってもいいだろうと踵を返そうとしたユウを、なのははソファへ引き倒す。
「酷い!」と被害者を演じてみたものの、眉一つ動かないなのはを見て、ユウは居住まいを正した。
「お茶だよ」
「ありがとう」
二人が別室で話し合う中、ユウとなのははアルフの淹れた緑茶を飲む。
砂糖は入っておらず、緑茶特有の渋みが口内に広がる。
バリボリと煎餅を齧るアルフ。
その横でじっと何かを考えるなのは。纏っている雰囲気から、決して機嫌が良くないことを察した。
ユウも考える。やっぱり逃げた方がいいだろうかと。
やがて、扉が開いてリンディが姿を現す。哀れむような目でユウを見つめた後、こう告げた。
「……やっぱり認められないわ」
ユウは吠えた。勝利の遠吠えだった。
即座にフェイトが抗議する。しかし覆らない。
「義母さん!」
「……ダメよ」
苦渋の決断だと言わんばかりに苦しい表情のリンディ。
先程までのように断固拒絶と言う態度ではない。そこにフェイトは勝機を見出した。
「聞いて、義母さん」
フェイトはリンディに詰め寄り、自らの思いを吐露する。それは一方的な感情をぶつけるものではなく、相手を説得しようという意思から出たものだった。
「多分、ユウなら押せばいけると思うの」
「おい」
あまりの物言いに、流石に口を出さざるを得ない。
「そうねえ……」と揺れるリンディの姿に、ユウはショックを受けた。
「もう一つあるの。ユウから目を離したら危険なの」
「……どういう意味?」
「私が告白する前、ちょっとユウから目を離した隙に四人に告白されてた。だから、もし次に目を離したら、その時はもう結婚してるかもしれない」
「してるわけねえだろ」
本人による身の潔白の主張。
本来なら耳を傾けるべきその言葉も、今のフェイトにとっては余計な言葉でしかなく、邪魔をするなと睨みつける。
「大事な話をしてるんだから、ユウは黙ってて」
「えぇ……」
当事者のはずなのに、抗弁一つ許してくれない。
ひょっとして、俺には関係ない話をしてるのかなと現実逃避をしてしまう。
フェイトの説得を受け、段々とリンディの気勢は削がれていく。それでも、あと一歩が足りない。
「もう少し様子を見て」とか「ゆっくり時間をかけて」などと言っている。
「様子は十分見たし、時間をかけたら誰かにとられる」と言うフェイトの主張を受けても、悩みこそすれど、頷くことはなかった。
「あの、いいでしょうか」
再び平行線に陥った二人の会話に、なのはが手を挙げて割って入る。
「リンディさんは、ゆうくんとフェイトちゃんが一緒に住むのは認められないってことでいいんですよね?」
「……ええ、そうね」
「分かりました。それなら、ゆうくんは私が引き取ります」
「え?」
その場の全員の声が重なった。
「ゆうくんとは私が住むから、フェイトちゃんは遊びに来ればいいよ。たまにお泊りだって出来るだろうし。リンディさんもそれぐらいなら許してくれると思うから」
「まあ、それぐらいなら……」
リンディが同意する。
これで問題は解決したと言わんばかりのなのはだったが、すでに問題はそこにはなかった。
「な、なのは? 一つ聞きたいんだけど……」
「なに?」
「なのはもユウに告白したんだよね?」
「そうだね」
「振られたんだよね?」
「そうだね」
「それで二人で一緒に住むって言うのは、どういう気持ちで……」
言わんとするところを察したなのはが「ああ」と呟く。
にこりと愛嬌のある笑顔を浮かべ、フェイトに告げた。
「もしそうなっちゃったら、ごめんね。フェイトちゃん」
フェイトは息を呑んだ。
昨晩、ユウは全員を振った。けれども、まだ決着はついていない。そのことにようやく思い至った。
見つめ合う二人。
リンディが溜息を吐く。
傍らで、傍観者の立場を強制されたユウがアルフと話をしていた。
「なあ、アルフ。どうして俺は誰かと一緒に住まないといけないんだ?」
「あんたの今までの行いの結果かな」
「俺、そんなに悪いことしてないよ……」
「良い悪いじゃあないんだよ」
当事者のくせに全く持ってその意識がない。と言うよりは、強制的にその位置に置かれているため、その発言自体に意味がない。
この場で唯一の大人であるリンディが、大人としての責任感を持ち、気力を振り絞ってなのはに訊ねる。
「なのはさん、ご両親の許可は取ってあるの?」
「はい。フェイトちゃんと違って、私の両親は応援してくれているので許可はあります。何も問題ありません」
その言葉がフェイトに突き刺さる。
「聞いたでしょ!? 私の言ったとおりになってる! このままじゃとられるよ!」
「そうみたいね……女の敵だなんて、大袈裟だと思っていたけど、全然大袈裟じゃなかったのね……」
その呟きがユウに突き刺さる。
「俺、女の敵なのか……?」
「今更だね」
とにかくみんなで話をしましょうとリンディが提案し、なのはが高町家に連絡する。
その間、リンディとフェイトの視線に晒され続けたユウは、「この視線で興奮できるようになれば……」と現実逃避に努め、アルフは煎餅を齧った。
◇ ◇ ◇
高町家、翠屋での話し合いが終わり、気力の尽きたユウがなのはのベッドに倒れ込む。話し合いは阿鼻叫喚だった。
高町夫妻はユウとなのはが同棲することに賛成し、「いい加減責任を取ってほしい」とユウに一切身に覚えのない責任を負わせようとしていた。
なのはが「一緒のお布団で寝たし、お風呂にも入ったから」と追従してしまい、手が付けられなくなった。
小学生の頃の話を持ち出されても困るというのがユウの主張だったが、相変わらず誰も話を聞いてくれず、一周回って同情したアルフに慰められる始末。
長時間の話し合いの末、なのはとユウが同棲することは確定したが、フェイトをどうするかはリンディの判断に委ねられた。
持ち帰り検討すると言うリンディの背中はすっかりくたびれていた。
どうしてこんなことになったのかと自問自答を繰り返すユウの傍らで、なのはがスマートフォンをいじっている。「うわ……」と声が漏れていた。
「……うわって言いたいのは俺の方だが」
「ゆうくんは自業自得でしょ」
自業自得でなぜ幼馴染の女の子と同棲することになるのか。ユウとしては納得できかねる状況だった。
「はあ……」
溜め息を吐くなのは。
その態度から面倒ごとの臭いを嗅ぎつけたユウが起き上がる。
「どうした。何かあったのか」
「卒業旅行のこと」
「卒業旅行?」
はてなと首を傾げる。
「五人で卒業旅行に行こうって話」
「五人?」
「ゆうくん以外の五人」
「俺だけ仲間外れですか?」
「昨日振った人たちと旅行に行きたいの? 変わってるね、ゆうくん」
そう言えばそうだったとユウは再び突っ伏した。
もう今までのような友達付き合いも無理なのだろうかと思って悲しくなる。
不貞寝を決め込んだユウの頭を撫でながら、スマートフォンをいじっていたなのはは、返信が終わってぽいっとベッドに投げ捨てた。ユウに被さるように横になる。
「私もあんまり行きたくないなあ……」
「卒業したら離れ離れだろ。折角なんだから、楽しんでくればいいじゃないか」
「楽しめると思ってるの?」
「……え、楽しめないの?」
不思議そうなユウに、なのはは溜息を吐いた。
「別の日にオールストン・シーに行くから、ゆうくんはそれで我慢してね」
「なんでオールストン・シー?」
「だってゆうくん行きたかったんでしょ? フェイトちゃん言ってたよ」
そう言えばそんな話もしたなとユウは思い出す。
別に行きたかったわけじゃないけどと思いながら仰向けになった。
腹の上になのはの頭を置きながら話をする。
「……本当に一緒に暮らすのか?」
「暮らすよ」
「なんとかならんか」
「なるわけないでしょ」
どすっとユウの腹が殴られる。
「ちょっと前まで一緒に住んでたんだから、今更じゃない?」
「俺は悠々自適で優雅な一人暮らしが良い」
「無職のくせに」
「くっ……」
痛いところを突かれてユウは呻く。
「仕事なんて探せばいいだろ。管理局でもどこでも、引く手あまたのはずだ」
「そんな甘い考えじゃホームレスになっちゃうかも」
ミッドチルダの就職状況は知らないが、そんなに厳しいのだろうか。
だとするなら一時的に誰かの世話になるのもやぶさかではない。
「ゆうくんが仕事に就けるまで、私が面倒見てあげる。もし見つからなくても、家事をするなら置いてあげる」
「俺は紐にはならない。一か月も経たずに出ていくことになるだろう」
「へえ。頑張ってね」
嘲笑っているような気がした。
ほとんど何も知らない世界に移住しようと言うのだから、相応の覚悟は必要だが、そんな対応をされると不安は増す。
「……いざと言う時はコネとかあり?」
「私たちにそんなの求められても困る」
15歳の少女にコネなどあるはずがない。地球の常識としてはその通りだった。もしコネを頼るなら、クロノかリンディになるだろう。
「いざとなればユーノのところで使ってもらうか……」
「あの仕事は頭良くないと出来ないと思うけど」
「そうだった。俺は馬鹿だった」
実際問題、無限書庫は猫の手を借りたいほど忙しく、アルフに務まるのであればユウにも務まる可能性はあるが、なのははあえてそこには触れなかった。
「ミッドチルダには色々なお仕事があるから、向こうに移ってからゆっくり探せばいいよ。地球で探すよりは見つかりやすいと思うから」
「そうか……」
頭の片隅で考えていた、地球で探した後に移住すればいいのではないかと言う考えも否定される。もし地球で探すのであれば、クロノのコネを使って管理局員一択になっただろうから、それを思えば選択の幅が広がったと言える。
「ゆうくんはこだわりなんてないんだろうから、家は勝手に探しておくからね。準備だけしておいて」
「ああ」
どうしてこんなことになったのだろう。
今日一日で何度となく考えた。
どこかで何かを間違っている。そんな気がしてならないが、しかしどこを間違ったのか分からない。
引き返すなら今だと言う気もするが、引き返したところでどこへ行けばいいか分からない。
なのはと一緒に暮らすのも、嫌なわけじゃないし、言う通り居候していたこともあるのだから、一時的と思えば悪い話ではない。
そう思って、ユウは現状を受け入れることにした。仕事なんてすぐに見つかるさ。そう思いながら。