3月になり、卒業式を迎えた。
ユウたちの通う学校は一般的な学校とは違い、エスカレーター式の一貫校で内部進学する生徒が大半のため、卒業式だからと言ってそれほど格式ばったものではない。
なのはたちのように卒業を機に別の場所へ引っ越したり、アリサたちのように別の学校に進学する人間以外には、さほど重要なイベントとは言えなかった。
それでも、中学校の制服に袖を通す最後の日であるため、式には大勢の父兄が参列していた。
式が終わり、教室で別れの挨拶を済ませ、校門の付近でたむろするたくさんの生徒とその父兄。
その中に紛れたユウは自らの使命を果たすために孤軍奮闘していた。
「はい、こっち見てー!」
パシャリとシャッターが切られる。
レンズの先には金髪が映える少女アリサ。両親と楽しく喋っていたところ、突然に現れたユウにカメラを向けられた。
どこから調達したのか、プロが使うような重厚なカメラを手に持ち、ユウはパシャパシャとシャッター音を鳴らす。
「勝手に撮らないでくれる?」
「はいわかりましたー。……あ、すずか、こっち見て!」
アリサの言葉を受け流し、すぐ近くにいたすずかにカメラを向ける。
呼びかけられたすずかは突然のシャッター音に目を丸くしていた。
「ふむ……。可愛いは可愛いけど、俺が撮りたいのはこんな写真じゃない。並べ、二人とも」
「撮るなって言ったのが聞こえなかったのかしら?」
「俺様が撮ってやるから並べって言ったのが聞こえなかったのか?」
「いい度胸じゃない……久しぶりに殴ってやるから、動くんじゃないわよ……!」
「みんな見てるよ、アリサちゃん」
他人の視線と言う社会性を人質に取られ、アリサは舌打ちする。
腕を組み、カメラを睨むアリサと困り顔のすずか。そんな写真を撮りたいわけじゃないとユウは注文する。
「おい、笑えよアリサ」
「今の私にはとても難しい注文だわ……だってむかつく顔が目の前にいるんだもの」
「え……すずかのこと言ってる?」
「あんたのことよ!」
怒鳴った瞬間、パシャリとシャッター。フラッシュ付き。
それで堪忍袋の緒が切れたアリサがユウを追いかける。
「待ちなさい。優しくしてあげるから、待ちなさい」
「笑顔のアリサが撮れねえ……ここは退散して作戦を練り直す。さらば!」
逃げるユウは珍しく本気で、あっという間に人ごみの中に消えていった。
「……なに、あいつ」
「ユウ君、今日はどうしたんだろうね。一段とおかしい……わけでもないか」
振り返ればいつも通りだったかもしれない。
ここ数か月が大人しかっただけで。
「すずかならあいつ捕まえられるでしょ? 捕まえて私の足元に転がしてくれない?」
「今追いかけっこはさすがに……」
すぐ近くにいる両親を横目に見てすずかは遠慮した。
同様に、アリサも自分の両親をちらと見やる。もしも今、本気でユウを追いかけたらまだまだ子供だと思われるだろう。中学生を卒業したその日に子供っぽいところを見せるのは、年頃の少女として憚られる。ユウの息の根は次の機会に止めればいいのだ。具体的には一時間後ぐらいに。
近すぎる未来に処刑される運命を背負ったユウは、逃げた先ではやてにカメラを向けていた。
「おう、写真撮るぞ」
「可愛く撮ってくれるんやろうな」
「はやては元々可愛いから、どう撮っても可愛くなるよ」
薄っすらと頬を赤くしたはやてを写真に収める。
「なし! 今のなし! 消して!」
「我ながら可愛く撮れたなあ」
「うがぁ!!」
カメラを奪おうと襲い掛かるはやてを避け、ユウはヴォルケンリッターに話しかけた。
「集合しろ騎士ども」
「はあ?」
「はやてを中心に写真撮るから」
シャマルがはやてを宥めつつ、中心へ誘う。
シャマルとヴィータが囲み、人間状態のザフィーラが端に立った。
「お前は入らないのか?」
「セルフシャッターのやり方が分かんねえんだ」
セルフの仕方が分からずとも、ピントを合わせることは出来る。
この日のために練習した成果が遺憾なく発揮された。
「ほら、いつまでも恥ずかしがってないで笑って狸ちゃん。その可愛い可愛いお顔を見せてちょうだい?」
「あとで殺す。絶対殺す。連れて帰って殺す……」
「おお、全然可愛くない……。誰かその呪詛吐いてる可愛い女の子を笑顔にしてやれ。呪いがまき散らされる前に」
「それで呪われるのは貴様だけだからな。私たちには関係がない」
「つうか死ね」
「シャマルさん。医療従事者として、死ね死ね言うこいつらに一言お願いします」
「ユウ君は何回痛い目見れば気が済むんですか?」
どうやら誰もはやてを笑顔にしようとする気はないらしい。その不甲斐ない姿にユウは溜息を吐いた。
「はやて! お前の可愛い笑顔を俺に見せてくれ!」
「殺しても、ええやろうか」
「殴って良いから笑ってくれぇ!!!」
ユウを一発ぶん殴った後、すっきりと笑顔になったはやては、にこやかな顔で写真に納まった。
「じゃ、俺まだ撮らないといけない奴らいるから」
「はよ行け。しばらく見せんな、その顔を」
出禁を食らったユウはフェイトを探す。
いくら国際色豊かと言えど、金髪は数が少なく見つけやすい。アリサを素通りした視線がフェイトを捉えた。
「おーい」
「あ、ユウ」
フェイトの周りにいたのは、リンディとクロノ、エイミイ、アルフの四人。
フェイト含めて、地球人が一人もいないその空間は明らかに周囲から浮いていた。漂う空気感が違うのは、育った星が異なるからだろうか。
「ご成婚おめでとうございます」
「ありがとう、ユウ君。……なんだか恥ずかしいね」
正式に結婚を決めたエイミイに、まずは祝福を述べる。
9歳の頃から知っている彼女の結婚に、ユウは感慨深いものを覚えざるを得なかった。
「あのエイミイもついに結婚か……結局踏んでくれなかったね。俺はいつまでも待ってるから」
「抑えて、クロノ君。警察来ちゃうから」
「警察が来ないように上手くやるさ。大丈夫。僕は魔導士だ」
完全犯罪を計画するクロノの肩に、ユウが手を置いて囁く。
「足コキも、尻コキも、全てお前のものだ。誇れ」
「殺す」
殴り倒された後に頭を蹴り飛ばされたユウは、即座にその場に立ち上がってカメラを構える。
「さ、撮りますよー」
「私、ユウ君のこと本気で気持ち悪くなって来たかも」
「今さらかい? 僕はずっと前からそうだったよ」
「……フェイト。何度も聞くけど、本当に彼でいいのね? 後悔しない?」
「あ、うん……普段はもっと真面目だし優しいんだよ。良い人だから……」
「これで目を覚まさないんだから、恋は盲目って本当なんだねえ」
揃って顔を引き攣らせるハラオウン家を並べ、ユウはシャッターを押す。
三枚ほど撮って、カメラから目を離した。カメラの中のフェイトも、目の前にいるフェイトも、笑顔でそこにいる。
「なあ、フェイト」
「なに?」
「今、幸せ?」
「……うん。幸せだよ」
フェイトの笑顔を見て、ユウも満足そうに微笑んだ。
「さ、次行かなくちゃ」
「あ、ユウ、あとで翠屋だからね!」
「分かってる」
背中にかけられた声に答え、早足で次へ向かう。
残った一組。高町家の場所は最初から分かっていた。
「写真撮りに来たぞー」
「あ! ユウちゃんだ!」
誰よりも早く反応したのは、なのはの姉の高町美由希。
美由希は「わーい」とユウに抱き着こうして、身構えたユウと手押し相撲の様相を呈した。
「や、やるねユウちゃん……。結構力強くなったんじゃないの?」
「俺を昔の俺と一緒にしないでいただきたい。猫かわいがりされて嬉しかったのは幼年期まで。豚のように踏んでくれると言うなら、この手を離しましょう」
「うわあ……」
ドン引きして手を離す美由希。他愛無いと鼻を鳴らし、次を迎え撃つ。
「やあ、ユウ君」
「どうも、恭也さん」
なのはの兄の高町恭也。父の士郎とよく似たイケメンで、性格は真面目で一途だった。間違ってもヤリチンの部類ではない。
その隣には恋人の月村忍がいて、ユウのことを底意地の悪そうな笑みで見ていた。
「なのはと結婚するって聞いたよ。おめでとう」
「しませんが」
開口一番の爆弾に、さしものユウも肝を冷やす。
「母さんと忍がそう言ってたんだが……」
「そもそも恋人でもありませんが」
「……じゃあ、同棲するって話も嘘なのか?」
「それは本当です」
「……何が何やら」
理解の及ばない世界を目の当たりにして、恭也は頭を振る。その横で腹を抱えて笑う忍。
「いやあ、君の恋路は本当に面白いねえ」
「人の人生を肴にして飲んでそうな言い方ですね」
「うん。すずかに毎日聞きながら飲んでる。お酒が進むのよねー」
性格悪いなと思いながら、ユウは忍に以前貰ったものを返そうとする。合格祈願のお守りだった。
「ん? なにこれ?」
「ちょっと前に頂いたお守りです。折角頂いたのに無駄になってしまったので、お返ししようかと」
「無駄ってことはないでしょ。ご利益はあったんだから」
「それは分かりませんよ。受験票どっか行っちゃったんで」
「君が知らなくても、すずかは知ってるのよ」
「私いらないから、君が持ってなさい」と突き返す。ユウはそれをポケットに入れ、なのはの元に歩み寄った。
「卒業おめでとう」
「ゆうくんに言われても嬉しくないかな」
そりゃあそうだと同意する。
祝った本人も一緒に卒業したのだから、祝われたところで何も嬉しいことなどなかった。
「では写真を撮らせていただこう」
「もう撮ったよ」
「俺が撮りたいの」
撮らせてくれないとやだやだと駄々をこね、高町家+αを並べる。
「なんか余計なのが一人混じってるな……」
「あら? 幽霊でもいるのかしら?」
「おめえだよ」
「将来は義姉になるんだから、機嫌は取っておいた方が身のためよ」
「ならねえし。……恭也さん、こんな性悪捨てたほうがいいですよ」
「忍以上の女性はいないぞ?」
「惚気やがってよぉ……」
とりあえず、シャッターを押す。
何枚か撮ってみて、「やっぱり一人余計だな」と言う思いを強くした。
「はい、あざっしたー」
「こらこらどこ行くつもり。私の写真写りを確認させなさいよ」
「いつも通りお綺麗ですよ」
「ありがとう。でも君の言葉は信用できないから。私だけ見切れてるとも限らないでしょ?」
「真ん中にいたくせに何言ってんだ」
忍にカメラを奪われ、中身を確認される。
卒業式と言う人生に一度きりの記念写真。それに悪戯を施すと言う発想はなく、ただ普通に撮った写真がメモリに並んでいた。
「なんだ。普通か」
「ご不満そうですね。なんなら今から見切りましょうか。恭也さんの隣に他の女性を置いたフォトモンタージュはどうですか? 相手はノエルさんなんかでいかがです?」
「はいはい。やりたきゃやればいいでしょ。それより、あなたも並びなさい」
「並ぶ?」
首を傾げたユウのことをなのはが呼ぶ。
「ゆうくん、こっち来て」
「……あ、いや、俺はいいです」
なのはを中心に整列している高町家を見て、その意図を察したユウは遠慮する。
カメラを取り返そうと試みるも、忍の腕力に歯が立たない。
「ゴリラがぁ……!」
「その悪口は覚えておくわよ」
そうこうする内に士郎に肩を掴まれ、桃子に腕を引っ張られた。
待っていたなのはの隣に並ばされる。それでもなお逃げようとし、なのはに腕を組まれてそれも出来なくなった。
「なんだこれは……一体どういう状況なんだ……!!」
「写真一枚撮るだけで大げさすぎでしょ、君」
忍がシャッターを押す。
二枚続けて撮った所で、いつもの茶化しが入った。
「はい、真ん中の二人はもっとくっついて。写らないから」
「写らないわけないだろ。真ん中だぞ」
「あー、写らない写らない。なのはちゃんが見切れちゃう。あー見切れちゃう」
「調子に乗るなよゴリラァ……!!」
「次言ったら私もすずかに協力するからね。この意味分かる?」
その意味はよく分からなかったが、何か嫌な予感がしたので、ユウはなのはの肩を抱いた。
「これで文句は?」
「最高!」
きゃっきゃっとはしゃぎながら撮り続ける忍に、いよいよ我慢の限界が訪れたユウは、一瞬だけ魔力を使用してカメラを取り返す。
「あら?」
「ゴリラから取り返したぞぉ!!」
「はい。人生の墓場へごあんなーい」
嫌な予感を通り越し、死の予感を覚えたユウはその場から離脱する。
「消さないでね!」となのはの念押しを聞き、写真を削除する選択肢はなくなった。
◇ ◇ ◇
空に浮かんだユウは上から生徒たちを見下ろす。
どこを見てもみんな笑顔で、どこにも不幸そうな顔はない。
その様子を見ていたら自分まで幸せな気分になり、胸がいっぱいになった。
写真を撮りたい気分になったが、生憎と盗撮は趣味ではない。
仕方なく、ただ見るだけにする。
小学校に入学してから今日までの九年間、大勢のクラスメイトがいた。
そのほとんどとは話したこともなく、陰口を叩かれた記憶も多いが、それでも不幸になってくれとは思わない。
大半の人間とは今日限りで二度と会うことはないだろう。
街中ですれ違っても、恐らく気づくことはない。
それでも、幸せになってほしいと願う。
少しでも多くの幸運が、この場の皆に訪れてほしい。
それだけを願い、ユウはその場を後にした。
家に帰り、写真を皆に共有しなくてはいけない。
引っ越しの準備もある。移住まであまり日数はない。
ユウはミッドチルダに移住する。
仕事を探し、魔法の世界に浸かるだろう。
ただ一つの不満は、一人暮らしではないこと。
一か月後には同じ屋根の下で暮らしている。
フェイトとなのはの二人と一緒に。
次が最終話です