紐になりたいといったな。あれは冗談だった。   作:紺南

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幸せの理由

 

朝が来て、ベッドの中で目が覚める。

最近、ようやく熟睡できるようになった。

枕が変わると眠れなくなる人がいるとは聞いていたが、自分がそうだとは思わなかった。

買ったばかりのシーツとマット。カーテンからカーペットまで、全て引っ越しを機に買い替えたもので、ここまで環境が変わると無意識に思うところがあったのだろう。

 

フェイト・T・ハラオウン。16歳。

最近、地球からミッドチルダに移住し、幼馴染の高町なのはとルームシェアを始めた。

 

体を起こし、うんっと背筋を伸ばした後、ぼさっとした髪を指で梳く。幼いころから何となく伸ばしていた髪は、今ではふくらはぎに届こうかと言うまでに伸びている。今後、特に切る予定はない。

 

「あふっ」と漏れた欠伸を手で隠す。立ち上がり、カーテンを開けると朝日が差し込んできた。

太陽が近い気がする、と言うのはこのマンションに住み始めて毎朝抱く感想だった。

フェイトが住んでいる物件は、高層階かつ高セキュリティのマンションだった。間取りは3LDK。フェイトとなのは、ユウの三人で暮らすために借りた部屋だった。

 

デバイスを繋げば、冷暖房や浴槽のお湯はりなど、様々な機能が遠隔で操作できる。

鍵のかけ忘れや室内に人がいるかどうかすら、外出中でも確認できる最新設備だ。

フェイトやなのはにとっては非常に重宝する機能なのだが、デバイスを持っていないユウはその存在を知らない。

 

それを思った途端、くすりと微笑みが零れた。

別に意地悪をしているわけじゃないんだけど、と誰に聞かすでもなく呟く。

多分、ユウが知れば、「俺にもデバイスを買ってくれ!」と騒ぐのではないだろうか。あるいは勝手に買うだろうか。機能の低いデバイスであれば安価で手に入る。デバイスがなくても魔法が使えるユウであれば、それで十分だろうし。

 

部屋を出て洗面所へ赴く。途中、キッチンから人の気配がした。ユウが朝食を作っているはずだった。

先に朝の挨拶をと思いかけて、やっぱり顔を洗ってからにしようと思い直す。

好きな相手には可愛く見られたい。寝起きの顔を見られたくないのは当然の心理だった。

 

いつものように顔を洗い、鏡に映る自分の姿を観察した。どこもおかしなところはない。大丈夫。

試しに鏡の自分に笑いかけてみて自信をつける。よし。

 

「おはよう、ユウ」

 

「おはよう、フェイト」

 

テーブルに食器を並べていたユウが振り向く。

にこりと微笑んだその顔に、少しだけ鼓動が早くなる。

 

「今日の朝ごはんはなに?」

 

「今日はパン」

 

「日本食じゃないんだね……」

 

「もう少々お待ちください。今、腕を磨いているところです」

 

地球での生活が長く、日本が故郷と呼べるようになったフェイトにとって、故郷の味は日本食である。

ミッドチルダには意外と地球圏からの移住者がいて、探せば食材は見つかる。あとは料理人の腕次第なのだが、ユウの腕は可もなく不可もなくと言う評価だった。

 

レシピがあれば大体の物を作れはする。しかし味付けは適当で、日によって濃かったり薄かったりした。

ユウは自分のために料理をする性格ではないし、誰かのために作るような環境でもなかった。

正式に紐となった現在、八神はやての家で修行に励んでいる最中である。

 

「私は別に今のままでもいいんだけど……」

 

「いや、人に食べさせるのに半端な腕は良くない。ていうか、なのはに不味いって言われたし」

 

それは偶然濃かった日に食べたからだろう。

なのはは実家が喫茶店を経営しており、最低限の料理技術は習得している。

味にうるさいのは仕方がないかもしれないが、フェイトが思うにユウにだけ厳しい気がする。

「ゆうくんは忘れてることが多すぎる」と言っていたのは意味が分からなかったが。

 

「濃い味付けは健康に悪いからな。免許皆伝するまで待ってくれ」

 

「……うん。じゃあ、待ってるね」

 

内心ではそこまでしなくていいと思いつつ、ユウがそう言うなら仕方がないと自分を納得させる。

 

食パンにジャムを塗りながら、フェイトは思い出す。ユウが「はやてのところに修行に出る」と言い出したその日、たまたま非番だったフェイトも一緒にはやての家に向かった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ゆうくんと料理するのは久しぶりやなあ」

 

「何年ぶりだろうな」

 

「もう七年ぐらいちゃうか。懐かしいわあ」

 

二人がキッチンに立つ姿を、フェイトは椅子に座りながら見ていた。

対面にいたシグナムが二人に伝える。

 

「一度、誕生パーティに二人で料理をしています。それが最後かと」

 

「ああ、あったなあ……。あの時は何作ったんやっけ」

 

「忘れた。つうか誰の誕生日パーティだよ」

 

「主はやてのだ」

 

「主賓が自分のパーティ料理を作っただと……」

 

「今思うと変やな……」

 

驚愕した口ぶりで雑談を交わしつつ、身体はしっかりと動いている。

フライパンや鍋を取り出し、調味料を受け渡す。冷蔵庫から指定された食材を取るのはユウの役目だった。

 

「まあ、もっと昔は自分の誕生日ケーキに自分で蝋燭に火つけて消してたし……」

 

「あんまり悲しいこと言うなよ。今はみんないるじゃないか。みんなお前の誕生日にはケーキ持ち寄って祝うからさ」

 

「ユウ君には期待してるで。次の誕生日には私の背丈以上のケーキ持ってきてや」

 

「いくらするのそれ?」

 

「知らん」

 

フェイトが想像する。

人の背丈以上のケーキ。

思い浮かんだのは結婚式で見られるウエディングケーキ。まさかと思いつつ、それ以外には思いつかない。

 

「そんなもんどうやって切り分けるんだよ。ぐちゃぐちゃになって食欲失せるだろ」

 

「まあ、入刀言うぐらいやし、大変やろうな」

 

やっぱり、ウエディングケーキのことだ。

慌てたフェイトが立ち上がろうとしたところ、シグナムに制される。

 

「落ち着け、テスタロッサ」

 

「落ち着いてられないよ、このままじゃはやてにとられる……!」

 

「お前は初めて聞くのだろうが、こんな会話は日常茶飯事だ」

 

「え……」

 

フェイトが呆気にとられた傍らで、二人の会話は続く。

 

「量も多いだろうな。そうなると主賓が一番多く食べないといけない。楽しみだなあ。お腹ぽんぽこ狸さん」

 

「言っとくけど、一番多く食べるのはユウ君やで?」

 

「いやいや、人の気持ちを無碍にするなんて、そんなのは俺の知ってるはやてじゃない。腹太鼓出来るようになるまで食ってもらうからな」

 

「いややわぁ。嫌がる女の子にそない高カロリーのもの食べさせようとするなんて。ユウ君は鬼畜やね。モテへんどころか友達の一人も出来へんよ? ……あ、元々友達は一人もおらんかったっけ」

 

「お前は女の子じゃなくて狸だからカロリーとかそんなの関係ないよ。いつまでも伸びない身長を伸ばすためにイチかバチかで脂肪を蓄えてみたら? まあ、そこまで努力したところで胸は大きくならないだろうけど」

 

「は?」

 

「あ?」

 

口喧嘩をしつつ、二人は順調に料理を作っている。

 

「ほら、味見」

 

「熱々の小皿を押し付けるのはやめろ」

 

「おっと手が滑ってもうた」

 

「あっつぅ!?」

 

そんな様子を見ていたフェイトがシグナムに聞く。

 

「……これ、いつも通りなの?」

 

「いつもこんな調子だ」

 

互いに悪口を言い合いながら、時に暴力を振るい、そのくせ随所で助け合っている。

昔、この二人は一つ屋根の下で暮らしていた。そのことをフェイトが知ったのは闇の書事件の後で、直後にユウはなのはの家に居候を始めたから印象が薄かった。

 

しかし、少なくともユウとはやては一つ屋根の下で一年以上暮らしていた。

だから、同棲を始めたばかりのフェイトは後れを取っていると言えた。

 

「小狸ちゃん、このスープ美味しいよぉ……この味をぶっかけてくれたお礼に、ぜひ君にも味見してほしいなァ……!!」

 

「いややわぁ、これは煮つけを作るための汁であってスープとちゃうんよ。やっぱりユウ君は味覚馬鹿やなあ」

 

「そんなの関係ねえんだよ……お前も味わえっつってんだ……!!」

 

「おーこわ」

 

ケラケラと笑うはやてと一見怒っているように見えるユウ。

お玉を奪い合って騒ぐ二人を見て、フェイトの心はざわめく。

 

「ふ、二人とも!」

 

「ん?」

 

「え?」

 

お玉と小皿を引っ張り合っていた二人が動きを止める。

 

「わ、わたしも手伝っていいかな……」

 

「別にいいけど……」

 

ユウが不思議そうな顔で了承する。

その隣では、はやてが「あー……」と言う顔をしていた。

 

「えっと……フェイトちゃん?」

 

「……なに?」

 

何を言うべきか迷い。自分の心と相談した結果、はやてはこんなことを言った。

 

「その、まあ……そういうことやから」

 

はっきりとは口にしなかったが、それだけでフェイトには十分伝わった。

諦めるつもりはない。はやてはそう言っていると理解し、実際その通りだった。

 

とりあえず、この場では二人だけの世界は作らせないようにしなければならない。

フェイトは意気込んでキッチンに足を踏み入れ、それを見ていたシグナムは苦笑を浮かべていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

そんなことがあって、フェイトはユウをはやての家に行かせるのは内心反対だった。

しかし、数か月前の卒業旅行で取り交わされた内容に、ユウの意思を尊重すると言う文言と他四人の邪魔は極力しない(努力義務)と言う決まりがあるため、フェイトとしても強く出られないでいた。

 

内心にもやもやとした気持ちを抱えながら、ふとなのはが起きて来ないことに気づく。

 

「あれ? なのはは?」

 

「今日は休みらしいぞ」

 

さっさと朝食を平らげ、テレビのニュース番組を見ていたユウが答える。

 

「あ、そうなんだ……」

 

ずるいなと思った。休みであることよりも、今日一日ユウと一緒にいられることが羨ましかった。

嫉妬が悪意に繋がりそうになり、頭を振って邪念を飛ばす。嫉妬しても仕方がない。なのはが休みの日があれば、自分が休みの日もあるのだ。

 

急いで朝食を食べ終わり、食器を片付ける。

まだ少し時間がある。なのはもいないし、ユウとの日課を済ませようと思った。

 

「ユウ、こっち来て」

 

「……」

 

「ユウ?」

 

「……はい」

 

観念したユウがソファに座る。

フェイトはその手を取って固く握った。

 

「……」

 

「……」

 

手を握り合って見つめ合う。

アルフ曰く、こうすると幸せホルモンが出るのだと言う。

 

確かに、フェイト自身もこうしてユウの目を見ていると頭がぼうっとしてくる。

いつの間にかお互いに顔を近づけ合っていることが多々あった。我に返った途端に恥ずかしくなって手を離してしまうのだが。

 

「ねえ、ユウは今幸せ?」

 

「……」

 

何度となく問いかけられた質問をユウに問い返す。

ユウは答えない。恥ずかしそうにしている。

くすりと笑う。このままもう少し顔を近づけて……。

 

そこで、バルディッシュが時間を知らせる。

ぱっと手を離して確認すると出勤時間を過ぎていた。

 

「……じゃあ、行ってくるね」

 

「……ああ、いってらっしゃい」

 

互いに恥ずかしい思いを隠しながら別れの挨拶を告げる。

鞄を持ち、玄関へと向かう。名残惜しさを感じながらリビングの扉を開く。

なのはが立っていた。

 

「ぁ……」

 

「おはよう、フェイトちゃん」

 

「お、おはよう……」

 

もしかして、直前のあれを見られていただろうか。

それを思うと恥ずかしくなる。

 

「えっと……」

 

「なに?」

 

なのはの視線は平坦だった。いつもはもっと愛嬌があって可愛いのに、ユウが絡むとそう言う顔になる。今もそう言う顔をしていると言うことは、つまりはそう言うことだった。

 

「……私、仕事だから、ユウのことよろしくね」

 

なのはは答えず、僅かに首を傾げた。

それが何を意味しているのかは、あえて考えない。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「いってらっしゃい。気を付けてね」

 

なのはとすれ違い、玄関へ向かう。

背後で扉が閉まる音がした。

 

扉越しに二人の会話が聞こえる。

途端に寂しさが込みあげた。

 

なのはは親友だが、三人で住むのは考え直した方がいいかもしれない。

そう思いながら、フェイトは家を出た。

 

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