「目標が接近中」
端的に告げられた念話に対し、返答はしなかった。この状況では、不用意な魔法の行使は避けるべきだと考えた。
街角で友人を待っている体を装って、周囲に目を向ける。
大勢の人間が行き来している広場。中心に分かりやすいオブジェが設置されており、今日が休日ということも相まって、人の往来は多い。
その中で事前に聞いていた特徴の男を探す。
つばの付いた帽子の男。猫背で背は低い。人を威圧するような瞳孔。
見回して発見する。帽子を被った男が、紙袋を片手にこちらに向けて歩いてきていた。
その後ろから、同僚が小走りで駆けて来ている。
「ごめん、ティア、待ったあ?」
「あんたねえ。約束の時間どんだけ過ぎてると思ってるの?」
「あはは。寝坊しちゃって」
他愛のない友人の会話。それを意識して口を動かす。
「どうせまた夜更かししたんでしょ」
「撮り溜めてたドラマ一気見してたら朝だったんだよねえ」
「……は? あんた今日寝てないの?」
「大丈夫! 体力には自信があるから!」
呆れて物も言えない。
そんな態度を装いながら、視界の端で目標を捉え続ける。
オブジェの近くに腰かけた男は、デバイスを取り出して何か操作を行っていた。
手にしているのが安価な汎用デバイスということもあって、傍目には暇を潰しているか、人を待っているようにも見える。
やがて、男はおもむろに立ち上がり、この場を立ち去ろうとする。紙袋を残したままで。
ティアナは同僚と目を合わせた。
同僚は去っていく男を追いかけ、ティアナは残された紙袋の中身を確認しようとする。
通りすがりの一般人が、紙袋を拾って男を追いかけていくのを見て、頬が引きつった。
「忘れ物でーす」
「え、あ……」
そんな様子を見て、ティアナは舌を鳴らしたくなった。
「民間人が目標に接触。……確保しますか?」
「落ち着け」
上からの指示は冷静だった。
一先ず距離を取れと言われ、ティアナも同僚もその場を離れようとする。
「これ、中身なんですか?」
「は、いや、ちょ、ま……」
「ん……なにこれ。魔力の塊?」
そんな会話が聞こえてしまい、ティアナは即座に確保に移った。
デバイスを男に突きつけ、常套句を放つ。
「時空管理局よ! 武器を捨てて投降しなさい!」
民間人がすぐ近くにいる手前、投降を呼びかけてからの武力行使にならざるを得ない。
犯人にしても管理局にしても、全てがご破算となった現状、それで片がつくのではないかと言う甘い考えがティアナの頭にあった。
「クソがよぉ!!」
鈍いと思われた犯人が咄嗟にデバイスを取り出し、自らの命を顧みず、爆弾を起動させようとするとは、ティアナは思いもしなかった。
犯人の行動を、ティアナはスローモーションで見ていた。撃つべきだと本能が訴えていたが指は動かない。
死の予感を感じ、何も出来ないまま、ごめんと誰かに謝った。
その目前で、バキンと音がし、民間人が持っていたエネルギー体が粉々に砕け散る。
「危ないな」
爆発は起こらなかった。
「……え?」
無意識に漏れた声。
念話で上官が何か言っていたが、何を言っているのか分からなかった。
「で、あんた何?」
「……」
「テロリストってことでいいのかな」
我に返った男がデバイスを振るう。
咄嗟にティアナが魔力弾を放った。
弾は男の眉間に命中し、男は倒れ、民間人は拍手する。
「ぶらぼーぶらぼー」
ティアナは息を切らし、デバイスを持つ手は震えている。呆然とその民間人を見つめていた。
◇ ◇ ◇
住所不定無職。
逮捕に協力した民間人はそんな人間だった。
協力したと口では言いつつ、余計なことをしやがってと言うのが部隊の共通認識だったが、それはおくびにも出さない。
「紐ってことね……」
「紐?」
ティアナの呟きにスバルが反応した。
「女にぶら下がらないと生きられなかいから紐って言うのよ。同じ意味合いで寄生虫とも言うわね」
「寄生虫……」
ティアナ・ランスターは同僚のスバル・ナカジマに言い聞かす。
あんな男に引っかかっちゃ駄目よと。
寄生虫の生態を面白がった局員が詳しく聞いたところによると、知り合いの女友達の家を転々としているとのことだった。
やるなあと感心する男性局員とゴミを見る目で見る女性局員とで反応は二分された。
ティアナはもちろんゴミを見る目だった。
こんなのに引っかかる女の気がしれないと思った。
住所不定に加え、身分を証明するものも持っていなかったため、便宜上は不審者として扱われた。
誰か身元を保証出来る知り合いはいないのかと言う話になり、住所不定無職は土下座した。
どうか許してくださいと。
つまり、連絡を取ろうと思えば取れるけど、出来れば取りたくないとのことだった。
これはまた面白い話が聞けそうだとウキウキと質問しようとした男性局員を退席させて、ティアナとスバルが取り調べることになる。
大半の女性局員は話もしたくないと拒否したため、新人の二人にお鉢が回ってきたのだ。
「誰でもいいんです。誰かいないんですか?」
「いやあ。みんな忙しいからなあ」
「このままだとずっとここにいることになりますよ? それは嫌でしょう?」
「そもそも、俺は何も悪いことしてないと思うけど」
痛いところを突いてくるなとティアナは思う。
住所不定無職の言う通り、この男は何も悪いことはしておらず、あくまでも事情を聞きたいと言うことで来てもらっている。
身分がはっきりしているのであれば、何事もなく解放できただろう。
しかし、住所不定無職に加えて身分を証明することもできない。
その時点で不審者となり、知り合いの家を転々としているなど、嘘か真か分からないことを言う始末。
それならば身分を保証出来る人間に迎えに来て欲しいと言うのは、管理局側の我が儘になるのだが、それすら出来ないと言う人間をすんなり解放するのもはばかられた。
「寄生虫……間違えた。住所不定無職さん。誰か迷惑のかからないお知り合いはいないんですか?」
「自慢じゃないけど友達いないんだよね。そんでお前今なんて言った?」
ティアナがスバルの頭を叩く。
間違いなく失言だった。余計なことを教えてしまったと後悔する。
「な、なんでもありません! こいつバカなんです!」
「いいや。確かに聞いたぞ。俺のことを寄生虫って呼んだな」
「そ、それは……」
聞き間違いで済ませられる空気じゃない。
謝ってしまうのが手っ取り早いが、そうすると、じゃあ早く解放しろと言う話になってしまう。
一度下手に出るとつけ上がられる。上官には誰か適当な人間に迎えに来させろと言われている手前、住所不定無職の要求を呑んでしまうような状況は望ましくなかった。
「た、大変申し訳ありません。この子にあなたを悪く言うつもりはなくて、本当にバカなだけで……」
「君が謝る必要はないよ。で、俺のことを寄生虫って呼んだそこの人。お名前は?」
「スバル・ナカジマです……」
顔を真っ青にしたスバルが答える。
ティアナは半ば以上諦めていた。これはもはやどうしようもない。上官からの叱責程度で済めば御の字だった。
「スバルさん。貴方にお願いがあるのです」
「は、はい……」
「俺、いや、私を罵っていただけませんか?」
ティアナは口をあんぐりと開けた。
スバルは何を言われたのか理解できていなかった。
「恥ずかしい話で恐縮ですが、私は今、言葉責めで興奮出来るように努力している最中なのです。一向に兆しが見えず苦悩していたのですが、今のスバルさんの悪意のない悪口には感じるところがありました。なのでぜひ、もう一度お願いします」
ティアナは口を挟むことが出来なかった。
何を言っているのか理解できない。したくない。
「き、寄生虫……」
「ワンモアプリーズ」
「寄生虫……」
「リピートアフターミー」
「え……? い、いえす……?」
「気持ち悪い豚」
「……」
「気持ち悪い豚」
「ぶ、豚さん……」
「違う。気持ち悪い豚と言え」
「き、気持ち悪い豚……」
「もっと悪意を込めろぉ!!」
「ひっ!?」
「お前の本気はそんなもんじゃないだろぉ! 本気でやれぇ!」
「き、気持ち悪い豚ぁ!!」
「もっと、もっとだぁ!!」
「気持ち悪いぃっ!!」
「YES! YES!」
「豚ぁっ!!」
「エクスタシー!!」
咄嗟に、ティアナはその変態に手錠をかけた。
「お?」
「貴方の言動は公序良俗に反しており、公然わいせつ罪に問われる可能性があります。異論はありませんね?」
「あります」
変態は留置所に入れられた。
気持ちはわかるけどやりすぎだ、とティアナは上官に怒られることになった。