住所不定無職の変態を留置所にぶち込んだ後、ティアナとスバルは本来の業務に戻った。
広場で捕まえた男は大した魔力量を持たず、碌な魔法を使えない。にも関わらず、所持していた高魔力体は、推定でAランク以上の魔法であるとされた。
どのように作成したのかと問う管理局に対し、犯人は答える。買ったと。
その販売元を抑えることが、二人の所属する部隊に課された任務であった。
販売されていたのは廃墟区画の一角。
部隊が乗り込んだ時にはもぬけの殻だった。
場所を移して販売を続けているに違いない。
部隊長は言う。犯人はただの小物だと。危険物を売りさばきながら、決して表に出ず、逃げ隠れする臆病者に過ぎないと。捕まえるのは時間の問題だと。
ティアナもおおむね同意する。
ただ唯一懸念しているのは、高ランク魔道士である可能性が高いと言うことだった。
Aランク相当の魔法を自らの手が離れたあとでも維持し続ける技能。ほとんど魔法を扱えない者でも起動できると言う特異性。
どう考えてもAランクでは収まらない。
AA〜AAA程度の技能なのではないかと考えていた。
実際にそうだとしたら、それを捕まえるのはお手柄と言える。
ティアナはパトロールに出ると言う名目で廃墟区画に赴いていた。隣に、同僚のスバルを引き連れながら。
「さ、行くわよ」
「うん」
廃墟区画は決して安全とは言えない。
よくある例として、逃亡中の次元犯罪者が隠れていることがある。
そう言った連中はなりふり構わないことが多いから、鉢合わせたら即戦闘である。
熟練の魔道士ならともかく、新人のティアナとスバルには荷が重いと言わざるを得ない。
それが分かっていて、ティアナは廃墟区画に訪れた。ただ手柄が欲しいがために。
人の気配がない道を二人が進んでいく。
緊張に手に汗を握り、周囲を警戒しながら進んでいく。
内心で分かっていた。こんなことをしても何の意味もないのだと。
それでも目先の手柄に飛び込んだのは、欲があったから。死んでしまった兄の夢を継ぐ。そのために、ティアナは管理局員になったのだから。
緊張がピークに達した時、遠くから聞こえた声にティアナの身体が飛び跳ねた。
「おーい」
「っ!?」
二人が同時にその方向を見る。
デバイスを装着しようとし、正体を目にして愕然とした。
「おーい」
「な……」
言葉が出なかった。
いないはずの人間がそこにいる。
「おーい」
ついさっき留置所にぶち込んだはずの変態が、土煙をあげながら二人に向かって走ってきていた。
「おーい」
「に、逃げるわよ!」
「うん!」
二人は即座に逃走を選択する。その間も、距離は確実に縮まっていた。
「おーい」
「ちょっ、ティア!? あの人凄く速い!?」
「振り向いちゃダメ! とにかく走って!」
「おーい、待ってよお」
「声かけられたぁ……!?」
「泣くな! 黙って走っ……っ!?」
気がついた時には、すぐ横に気配があった。
おそるおそる横を向き、それと目があってしまう。
「また会ったね」
「いやああああぁぁぁ!?」
反射的に魔法を連発してしまったのは、致し方ないことだったと、ティアナは後になって回想する。
◇ ◇ ◇
「どうして、ここにいるんですか?」
「檻が普通に開いたから、好きに出入りしていいよってことなのかなって」
「そんなわけないじゃないですか!?」
留置所の檻が普通に開いたと言う変態に、ティアナは頭を抱えたくなった。
「とにかく、あなたの身柄を拘束します。また魔法を撃たれたくなければ、抵抗はしないでください」
「素晴らしい二択をありがとう。確認させてもらいたいんだが、バインドで縛って頂けると言うことでよろしいか?」
「いや、手錠で」
「手錠は経験済みだ。バインドにしろ」
何言ってんだと思いながら手錠をかける。
一瞬で鎖を引きちぎられた。
「んな!?」
「バインド以外は認めない。俺を縛るならバインドにしろ」
「撃ちますよ!?」
「よろしい。撃ちたまえ」
話の通じない変態と話しているせいで、ティアナは頭が痛くなってきた。
「ただし、撃つからには本気で撃ちたまえ。生半可な魔法は通用しない。全力で俺を喜ばせろ」
「……バインドで拘束します」
「それもまたよし。しかし、その場合はプレイに合意したとみなす。よろしいですね?」
「よろしくないです」
撃って倒したとしても、何事もなかったのように立ち上がるのを知っていた。
手錠は引きちぎられる。バインドはどうだか分からないが、合意などと言われて試す気にはならない。全ての術が封じられていた。
慄く他ない。無敵だった。
言葉をなくした二人に対し、旧来の友人であるかのような態度で、変態は話題を振った。
「で、二人はこんなところで何してんの?」
「……捜査中です。一般人には関係ありません。遠くに行ってもらえますか?」
「スバル様を追いかけて来たのに、行けるわけなかろう」
スバル様?
ティアナは聞き間違いかと思った。
「あの……今、スバルのことを何て呼びました?」
「スバル様」
聞き間違いじゃなかった。
最早口を開く気力すらなくなったティアナに変わり、当事者であるスバルが応対する。
「あたし、スバル様って呼ばれるほど偉くありませんよ?」
「君はただそこにいるだけで尊い。生まれに関わらず、育ちに関わらず、生きている者は皆尊い。だからそう卑下するな。自信を持て、スバル様」
「ん……。うーんと……」
良いことを言っている。言っているのだが、それを言っている人物が邪悪だった。
「じゃあ、えっと……紐さんは……」
「豚と呼んでくれないのかい?」
「……豚さんは、みんなのことを様って呼ぶんですか?」
「いや、スバル様だけ」
「なんで?」
「俺の夢は、スバル様に罵られながら踏まれることなんだ。そんな人に敬称をつけないなんてありえない」
「普通にさんでいいんじゃ……」
「それだと興奮しないだろ!」
やっぱりこいつは捕まえよう。
ティアナは背後に回り、銃型のデバイスで狙いを付ける。
「初めて会う人に興奮するのは人としておかしいと思います」
「いや。出会った回数は関係ない。ただ自分の心に従うことが大切なんだ。でも君の言うことも分かる。俺のことを知ってもらうために、ゆっくりお話しでもどうですか? 無職だから公園のベンチで缶ジュースを飲みながらになるけど」
「ごめんなさい。無理です」
「分かった……。でも俺は諦めないから!」
諦めさせてやる。
その決意を胸に魔力弾を撃ち込んだ。オレンジ色の魔力弾が後頭部に命中し、変態は倒れる。
一瞬遅れて、全く別の方向から飛んできた魔力弾が、直前まで変態の頭があった場所を通り過ぎていった。
戸惑いは一瞬。はっとして魔力弾が来た方向に目を向ける。
廃墟になった建物。三階の一室。一瞬だけ人影が見えた気がした。
「スバル!」
「え、あ、でも、この人は?」
「私が見てるから、行きなさい!」
スバルがデバイスを装着する。
右腕にガントレットを着け、脚にはローラーブレードを装着した。
「ウィングロード!」
何もない空に魔法で道を作り出す。
それに乗って、魔力弾の発射元と思われる部屋に突撃した。
「やはり……」
スバルがデバイスを装着した瞬間に起き上がっていた変態は、スバルの姿を見て震えていた。
「やはり俺の直感は間違っていなかったぁ!!」
ウィングロードを疾走して行くスバルを追いかけた変態は、途中でスバルを追い越し、勢い余って部屋に突入した。
「はあ!?」
そんな二人のあとをティアナも追いかける。
ウィングロードを駆け登り、部屋に到着した時には、大の字で寝転ぶ変態と、それを前に困惑するスバル以外には誰もいなかった。
「お願いします! そのローラーブレードで! 私の身体を! ゴリゴリと! 踏んでください!」
「凄く痛いと思いますけど」
「それがいいんじゃないか!」
「それがいいんだ……」
ティアナはため息を吐く。
馬鹿に構っている暇はない。完全に呑まれていた先程までとは違い、自然と気持ちは切り替わっていた。
「器物破損と公務執行妨害で逮捕します」
手錠を壊したことと、捜査中の管理局員を妨害した罪。
その二つで目の前の変態を捕まえることにする。邪魔者を排除するのが最優先だった。
起き上がった変態の上半身をバインドで縛る。
「中々やるな」なんて論評は聞こえない。「クロノにはまだ及ばない」なんて感想は知ったことではない。
「真面目な話をしようか。ティアナ・ランスター」
連行の途中、突然口調の変わった変態に、ティアナは虚を突かれた。
「あの爆弾魔法の製造元を知っている」
「は?」
「場所を教えてあげるから、俺を捕まえるのは勘弁してください」
ティアナは少し考えて、話だけでも聞くことにした。