紐になりたいといったな。あれは冗談だった。   作:紺南

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住所不定無職が来る

 

「俺を騙したなあ!!」

 

留置所の檻の向こうで、変態が吠え散らかしている。

ティアナはニヤリとした笑みを抑えきれず、檻の向こうに話しかけた。

 

「人聞きの悪いこと言わないでください。私は話を聞くって言っただけです。そっちが勝手に話し始めたんでしょう?」

 

「いや、俺は聞いたぞ! 内容次第だけど、嘘じゃなかったら考えるって。考えた結果がこれだとでも言うつもりか!」

 

「察しがよくて助かります。あんたみたいな変態はね、檻の中に閉じ込めておくのが社会のためなのよ! これに懲りたら就職しろ! 住所不定無職!」

 

「言いやがったなてめえ! 俺だって好き好んで住所不定無職してるわけじゃねえんだぞ!」

 

「どんな理由があれば住所不定無職で紐になるのよ! どうせ自業自得なんでしょ!」

 

「くそっ! 言い返せない!」

 

檻の中から吠える変態。

最早成す術がなくなり、ティアナへの抗議以外に手段を持たない。そのティアナは聞く耳を持たないので、何の意味もなかった。

 

「スバル様! スバル様!」

 

「あ。あたしですか」

 

「助けてください! ティアナとか言う性根の腐った局員に騙されたんです! 私は無実です!」

 

「無実ではないですね」

 

セクハラの被害者へと救いを求める加害者。

一応話は聞いてくれると見て、変態は一縷の望みをかける。

 

「反省してます。本当に反省してます。薄々やりすぎてるかなって思ってました。でも止められなかったんです。止めるつもりもありませんでした。これは罪ですか?」

 

「罪です」

 

にべもなく、被害者は断罪する。

 

「どうすれば、許してもらえますか?」

 

「とりあえず、あたしのことをスバル様って呼ぶのをやめてもらえると助かるんですが」

 

「スバル!」

 

「……どうしよう。ちょっと楽しくなってきちゃった」

 

「ちょっと、あんた大丈夫?」

 

「大丈夫大丈夫」

 

新しい扉を開きかけている友人を心配するティアナ。

その目の前で、変態はなおも許しを請うている。

 

「どうすればよかったんだ……俺は一体どうすればスバルに踏んでもらえたんだ……。何を間違ってしまったと言うんだ……!」

 

「うーん。全部かな」

 

「全部!?」

 

「そもそも、あたし貴方のお名前も知らないし」

 

「……ちょっと待ってね。あれ? 最初に名乗らなかったっけ? 共有されてないのかな?」

 

寄生虫のインパクトが強すぎて、記憶から吹っ飛んでいたと弁解するスバル。そもそも本名かも分からないしと擁護したティアナ。

そうなんだと納得した変態は、気を取り直してコントの続きを始めた。

 

「もう一度自己紹介から始めれば、僕たちは友達になれますか……?」

 

「ごめんなさい」

 

「振られたぁ!!」

 

変態の慟哭が檻の中に響き渡る。

聞くに耐えないそれから逃げるように外に出た二人は、早足で移動しながら会話を交わした。

 

「そんなに悪い人じゃなさそうだったね」

 

「ストックホルム症候群って知ってる? あんた今それにかかってるわよ」

 

「ふざけてるだけだと思うけどなあ」

 

「それはそれで性質が悪いでしょ」

 

変態が推定変態に変わったところで何も意味などない。

 

「とにかく、まずはここに行ってみましょう」

 

変態から聞き出した座標は、廃墟区画の一角。

地下に部屋があり、周囲はサーチャーで常時監視されているらしい。

部隊を動かして捕まえて欲しいと言う話だったが、真偽不明の情報であるため、まずは確かめなくてはいけない。

 

普通ならば、上官に報告してから確認と言う流れになるのだが、ティアナは報告せずに現地に向かった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「本当にサーチャーだらけじゃない……」

 

数えただけでも10個。それも、言われなければ気付かなかった程度には隠ぺいしてあった。

 

やましいことがあるとしか思えない。

情報の信憑性が俄然と増している。

ティアナは慎重にサーチャーの位置を探り、死角を見つけ出した。

建物内に侵入したティアナとスバルは、報告を後回しにして先に進んでいく。

情報では地下を拠点としているはずだった。

 

灯りのない階段の下に扉が一つ。

音を立てないようにゆっくりと中を覗けば、小さな灯りを背に、人影が一つ。それはティアナを見ていた。

 

「入りなさい」

 

自分に向けられた言葉。

理解した後、瞬時に判断しなければいけなかった。

撤退か突入か。

撤退は選択肢に上らない。

 

「武器を捨てなさい!」

 

「管理局員か」

 

先頭で突入したティアナに続き、スバルも周囲を確認しながら部屋に入る。教本通りの動きだった。

 

「動かないで!」

 

「動かないさ」

 

デバイスを突きつけて警告する。

右手に杖を突く男性。それほど年老いているようには見えない。30代後半から40代に見えた。

 

「手に持っているものを捨てなさい!」

 

「それは困る。脚が不自由でね」

 

その顔にはいくつもの傷跡が残っていた。

足を引きずる姿を見て、ティアナの気勢が削がれていく。

 

「ここで何をしているの?」

 

「意味のない質問だ。核心を突きたまえ」

 

「……あなたが、あの爆弾魔法を作ったの?」

 

「……それが質問なら、答えはYESだ」

 

自白を取った。デバイスに記録が残っている。

初めて犯人を捕まえた。興奮がせり上がってくる。平静でいられない。

 

「ああ。では、次は私の質問にしよう」

 

おもむろに、杖が自分に向けられる。

なにを、と思った時には遅かった。小さな魔力光が、杖の先で輝いていた。

 

「っ!?」

 

視認できないほどの速度で発射された魔力弾が、ティアナの手からデバイスを弾き飛ばす。

 

「ティア!?」

 

驚き、身体が硬直したスバルに向け、今度はよりはっきりと魔力光が輝いた。

 

「んぐぅ!?」

 

「スバル!?」

 

壁に叩きつけられたスバルの身体にバインドが巻かれていく。

何重にも巻き付かれて磔になったスバルが、バインドを引き千切ろうともがくも、びくともしない。

 

「こんなのぉ!」

 

「怪力だなお嬢さん。しかし無駄だよ。見て分かった」

 

しつこいほどにバインドで縛られたスバルは、ついに口にもバインドを巻かれ、一言も発することが出来なくなった。

 

「質問だ。君たちはどうしてここに来たのか」

 

「……あんたを捕まえに来たに決まってるでしょ」

 

ティアナは周囲を確認しながら答える。

背後には階段。逃げようと思えば出来るかもしれない。しかし、スバルを残しては行けない。

 

「誰に教えられてここに来た?」

 

「誰って……」

 

「答えないなら、こうする」

 

スバルを縛るバインドが、その身体を引き絞り始めた。苦悶の声を聞き、ティアナが悲鳴に近い声を上げる。

 

「やめなさい!」

 

「質問に答えればやめよう」

 

「民間協力者よ!」

 

「名前は?」

 

「知らないわ!」

 

「そうか」

 

スバルの身体がメキメキと音を立てている。

協力者の名前は明かせない。明かしてはいけない。

しかし、友人の命を天秤に乗せられて、天秤は傾いていく。

 

「ユウ!」

 

気づけばその名前を口にしていた。

室内に反響し、苦悶の声が止む。

 

「やはり彼が……しかし、なぜここが……どうして自分で来ない……」

 

バインドが緩んだことに胸をなで下ろしたティアナの目の前で、男はぶつぶつと呟いている。

 

「……こんなことをしてただで済むと思っているの? 外には仲間が待機してるのよ」

 

「その嘘には乗らない。外には誰もいない。見ているから分かる」

 

「サーチャーの場所なら把握してるわ」

 

「君が見つけたサーチャーは半分だけだ」

 

ティアナは愕然とした。

 

「人は見たいものを見る癖がある。君は隠されていたサーチャーを見つけたはいいが、その奥に隠されていたものは見落とした」

 

「なにを……」

 

「君たちがここに来るのをずっと見ていた。殺すのも逃げるのも好きに出来たが、わざわざ新人が送り込まれた理由が知りたくて、話をすることにした」

 

「私たちは新人じゃない」

 

「何度も言っているだろう。見れば分かる。君たちは訓練校を出たばかりの未熟な若者だ」

 

杖を突き、部屋を移動する男は考え事をしていた。

ティアナは自分のデバイスの位置を確認し、それを取り戻そうと画策したが、少し身体を動かしただけで、男はティアナに目を向けた。

 

「まあ、いい。とにかく、彼が来る前に逃げるとしよう」

 

「……逃がさない」

 

「威勢よく見せるのは基本だが、この状況では負け犬の遠吠えにしかならない。デバイスを破壊し、君たちには暫く眠ってもらう。殺しはしない。本意ではない」

 

杖先が光り輝いている。

自分に向けられるそれを、親の敵のように睨んだ。それしか出来ることがない。デバイスを持たない今、何をしても無駄だと悟っていた。

 

光がティアナに襲いかかる直前、男の表情が歪み、杖先から光が消えた。

 

「……驚いたな」

 

ティアナがその意味を理解する前に、背後で足音が聞こえた。振り向くとユウが立っていた。

 

「よう」

 

気安げに手を上げながらティアナに歩み寄ったユウは、壁に張り付けられたスバルを一瞥する。

 

「んー……。ちょっと遅かったな」

 

「なんで……」

 

「部隊を動かせって言ったのに、二人で勝手に行くから、檻壊して出て来た」

 

わきわきと手を動かしてみせたユウは、ちらりと杖の男を横目に見て、素っ気なく言い放つ。

 

「降参か戦うか。選んでくれ」

 

からりと杖が転がった。

ティアナが視線を向けると、男は杖を手放して両手を頭の上に挙げていた。

 

「降参する」

 

スバルにかけられていたバインドも解かれている。一度地面に落ちたスバルが、フラフラとよろめきながら立ち上がろうとしていた。

急転直下。わけが分からず、ティアナは呆然とする他ない。

 

「何をしている。早くデバイスを拾い、私を拘束しろ」

 

「あんたにそんなこと言われる筋合いは……!」

 

「なら好きにしろ。今更、私に何を言う資格もない」

 

感情のままに反論したところで、結局は男の言う通りにするしかなかった。

自分のデバイスを拾った後、杖を拾い上げ、男を拘束する。

 

「応援も来ているようだ。……君を追ってきているようだが?」

 

「檻を壊してそのまま追わせてきた」

 

「なるほど?」

 

男とユウの会話を聞きながら、次にすべきことを考えて状況を確認する。

スバルがユウに気づいて驚いている。階上から複数の足音が聞こえた。

この状況で、次に何をすべきか分からない。

ティアナは己の不甲斐なさを思い知り、唇を噛んだ。

 

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