犯人の護送はユウを追いかけやって来た管理局員に引き継がれた。
急遽駆けつけた部隊長にこれでもかと叱責を受けたティアナとスバルは意気消沈し、ユウが聞き取りを受けている間、少し離れた場所で待機を命じられた。
「いやあ、怒られちゃったねえ」
「……ごめん。私のせいで」
努めて明るく接するスバルに対し、ティアナは沈み込んで謝罪する。
犯人の男は元管理局員だった。
二人に明かされた情報はそれだけで、それ以上のことは知る必要はないと教えられなかった。
一体何をしているのだろうと、ティアナは自分が情けなくなる。
こんなはずじゃなかったと後悔した。兄が叶えられなかった夢を継ぐ。そのために管理局員になったはずなのに。
士官学校の入学試験に落ちた時から、歯車が狂い始めた気がした。
訓練校を首席で卒業し、管理局員となった今でも、その挫折から立ち直れていない。
所詮、自分はこんなものなのかもしれない。執務官なんて夢のまた夢。叶わない夢を追いかけている愚か者。
そんな風に自分を卑下する。弱気になっていることを自覚しつつ、立ち上がる気力は湧いてこない。
「よっす」
座り込むティアナの元に、ユウが歩み寄って来る。
ティアナが何かを言う前に、隣にいたスバルが大声で感謝の言葉を述べる。
「ユウさん。ありがとうございました!」
「ああ。いや、礼はいらない」
「いえ助けられたので、お礼ぐらい言わせてください」
「本当にいらない。マジでいらない。タダでもいらない」
「……どうしていらないんですか?」
「なんかヤダ」
一言でスバルを困らせたユウは、ティアナの前でしゃがみこんで視線を合わせた。
「当然、元気なんてあるはずないな」
「……申し訳ありませんでした」
「謝罪はいらない」
ティアナは目を伏せる。許されないことをした自覚がある。
「ティアナ・ランスター。話をしようか。真面目な話だ」
「……なんでしょうか」
「堅苦しい言葉遣いもいらない。俺は管理局員じゃないし、今さら敬語なんて使われても気分が悪い」
ティアナは少し考えて頷く。
拒否できるわけがない。ユウはティアナにとっては恩人で、迷惑をかけた人物だった。
「俺は君を叱ったり、説教をするつもりはない。そんな資格はないし偉ぶるつもりもない。だから、これから言うのはただのお願いだ」
「お願い……」
「自分を大切にしてくれ」
何を言われるのかと、戦々恐々としていたティアナは、予想外の言葉に顔を上げる。しゃがみこんでいたユウと目が合い、視界の隅でスバルが驚いた顔をしている。
「手柄が欲しかったのか、何か理由があったのかは知らない。どちらにせよ、それは別に悪いことじゃない。ただ、自分を蔑ろにするのは悪いことだ」
「それは……」
「君が君を大事にしないことで傷つく人は必ずいる」
ユウがスバルを呼んでその場にしゃがませた。三人の視線が交わる。
「手段を選べなんて言うつもりはない。正義を全うしろなんて言えた義理じゃない。だから、これはお願いだ」
ユウは微笑みを浮かべてティアナを見ている。
ティアナは初めてその顔を見た気がした。暖かい笑顔だった。
「自分を大切にして、友達を大切にして、他人を大切にしてほしい。それが出来れば、君は立派で良い人になれる」
頭を撫でられる。大人が子供をあやすような手つきで、死んでしまった兄のことを思い出した。
自然と零れてきた涙を見せたくなくて、顔を俯かせる。
言う必要もないのに、勝手に口が動いていた。
「……私、執務官になりたいんです」
「それなら猶更、良い人になりなさい。そうすれば何にでもなれる。俺が保証する。君の夢は叶うよ」
身体を抱きしめられる。安心させるように、ポンポンと背中を叩かれる。
親を亡くし、兄を亡くして以来、久方ぶりに感じた自分への愛情だった。
「スバル」
「はい」
「君は頭が良くて、人のことを考えられる優しい子だ。だから、大切な人が踏み外しそうになった時、それを止める勇気を持ってほしい」
「勇気……」
「殴って止めていいよ」
「な、殴って……?」
「俺のことをそうやって止めてくれた友達がいた。今も凄く感謝してる。きっと、それはとても立派なことなんだ」
ユウはスバルのことも抱きしめる。
それは瞬きにも満たないほんの一瞬のことで、スバルが反応する前にユウは離れていた。
「さあ、ティアナ。立って」
「ちょっと、待って……。もう少し……」
「どうした? どっか痛めた?」
「違う。その、目が……」
泣いているのを知られたくなかった。なけなしのプライドがそうさせたが、ユウはティアナの顔を覗き込み、その目をよくよく観察した。
「ちょっ……」
「なんだ泣いてたのか」
「はあ!?」
怒りが湧いてくる。デリカシーがないにもほどがあった。
瞬間的に沸騰しかけた怒りは、続いた言葉に矛先を失った。
「悔しくて泣けたなら、また立てる。悪いことじゃないさ。みっともないかもしれないけど」
悔しくて泣いたわけじゃない。反論は言葉にならず消えていく。泣いてしまった本当の理由を告げられるほど、ティアナは大人ではなかった。
「さあ、立って。行こう。もう迎えも来るから」
「迎え?」
「身元を保証してくれる人呼んだんだ」
ユウはニカッと少年のような笑顔を浮かべた。
「今度は俺が謝る番」
◇ ◇ ◇
「本っ当に、このドアホがご迷惑をおかけしました!」
ユウが連絡を取って一時間足らず。
やって来たのは八神はやて二等陸佐。
ティアナとスバルにとっては遥か上の階級で、部隊長ですら及ばない。
そんな人間が頭を下げているこの状況は、誰の手にも余る異常事態と言えた。
「壊した物は全て弁償します! 何を壊しました? 手錠と檻ですか? すぐさま弁償して……檻? ……ほんまに何しとるんや、このドアホウ!」
はやての横で土下座をし続けるユウは、黙して語らずただその姿勢だけで謝罪の意を示していた。
ティアナは複雑な気持ちでその様子を見ていた。先程元気づけてくれた男の情けない姿。一方で、手錠はともかく檻を壊したのは自分たちのためであった。
「もう二度とこんなことさせません! 責任もって連れて帰ります! だからどうか穏便に! ……ユウ君もなんか言いや! 私がこんなに頭下げてるのに黙りこくって!」
「よろしくお願いします!」
「何がや! 言葉のチョイス間違っとんねん!」
コントを始めた二人に困惑する部隊長。
大事にはしないと言う確約がされるまで、八神はやての平謝りは続いた。
◇ ◇ ◇
やって来たタクシーにユウが蹴り入れられているのを、ティアナは少し離れたところから見ていた。
「痛い痛い! はやての蹴りが痛い!」
「うっさいわ。はよ入れ」
「どうせ蹴るならもっと激しくしてくれ!」
「股間でええか?」
「股間はダメぇ!!」
やっぱりコントだなと思う。
注目は浴びているが近づく者はいない。
そこに自分から近づいていくのは相当な勇気がいった。
幸いなことに、はやては近づくティアナに気が付き、タクシーの扉を閉めてティアナに歩み寄っていく。
「えっと……ティアナちゃんやっけ?」
「は、はい。ティア・ランスター二等陸士です」
訓練校を出たばかりのティアナにとって、佐官は雲の上の存在だった。
返事をする声も緊張で上擦っている。それを察してか、はやては気安げに笑いかけた。
「そない畏まらんでええよ。今はこっちが加害者なんやから。ユウ君にセクハラされたんやろ? ほんまにすんまへん。ユウ君のことはあとでとっちめておくさかい」
「い、いえ。確かにセクハラまがいのこともされましたが、恩人でもあるので、然程気にしていません」
「そう? それならよかったわ」
ニコニコと人好きのする笑みを浮かべているはやてに、ティアナは勇気を振り絞って訊ねることにした。
「八神二佐。お聞きしてもよろしいでしょうか。ユウ……さんのことですが」
「ユウ君がどないしたん?」
「その、本人曰く、自分は女の紐だと……」
「ああ……」
最初、はやては困った顔をしたが、すぐに諦観の混じった笑顔を作った。
それでティアナは察してしまった。
「……本当なんですか? あの人は八神二佐の紐なんですか?」
「まあ、そうやね。私だけじゃなくて他に何人かいるけど」
ティアナは動揺した。一人じゃなく複数人。その確認が取れてしまった。
ティアナから見て、八神はやては立派な女性に見えた。自分より三つしか違わないのに、二等陸佐まで登りつめている。間違いなく将来の幹部だった。そんな人が紐を飼っている。もっとましな男はたくさんいるだろうと思わずにはいられない。
「私たちの関係は複雑やから、理解されようとは思うてへん。ティアナちゃんも他言無用にしてくれたら嬉しいんやけど」
「はい。もちろん人には言いません」
「ありがとうな」
その言葉の後、はやては笑顔のままじっとティアナを見ていた。
ティアナはなぜそんなに見られているのか分からず、身体を固くする。
「ティアナちゃん。ユウ君に惚れたりしてへんよね?」
「え?」
聞かれた意味が分からず、ティアナは問い返す。
「ほれた、ですか?」
「……ううん。私の考えすぎやったみたい。気にせんといて」
はやては踵を返し、タクシーの扉を開ける。
「同じ管理局員同士、縁があったら会うこともあるかもしれへん。その時はよろしゅうな」
「はい。八神二佐もお元気で」
タクシーが出発するのも見送る。
ティアナは息を吐いて緊張の糸を切る。
聞きたいことは聞けた。
紐と言うのは本当だったらしい。それもあんなに大物だとは思わなかった。
あんな男に引っかかった八神はやてを可哀そうに思いながら、ティアナは引き返す。
報告書や始末書など、自分が起こした不始末の責任を取らなくてはいけなかった。
◇ ◇ ◇
「で、ユウ君はこないところで何しとったん?」
「鬼ごっこ」
自動運転で指定した行き先に向かっていてる車内は、ユウとはやて以外に人は乗っていない。
聞かれた質問に端的に答えたユウは、頬杖を突きながら窓の外を眺めている。
「なんや鬼ごっこって。誰としとったん?」
「40近いおっさんと二人でやってたよ」
「ふーん。楽しかった?」
「それなりに」
ユウの言わんとしていることを察したはやては、デバイスを取り出しながら会話を続ける。
「誰にも連絡せんと遊びほうけて。みんな心配しとったんやで?」
「申し訳ねえ」
「心の片隅にも思ってなさそうな言い方やな」
デバイスを開き、管理局のデータベースにアクセスしたはやては、ユウが関わった事件の犯人について確認する。
元AAAランク魔導士。
任務中の事故により部下を全て失っている。その際に自身も大怪我を負い管理局を辞職していた。
特記事項として、レアスキルを持っているらしいが、詳細については書かれていない。
はやてはデバイスをしまって溜め息を吐く。
この事件に関わったそれぞれの顔を思い出した。
ティアナ・ランスターとスバル・ナカジマ。その両方の名前に覚えがあった。
近く設立される予定の部隊への引き抜き候補。そのリストに名前が乗っていた。
単純に、訓練校を首席で卒業しているから候補に挙がっているだけで、最終的な判断は教導役の高町なのはが行う予定だ。これから、たっぷりと時間をかけて絞り込んでいくだろう。
言いたいことはある。聞きたいことはたくさんある。
それを全て飲み込んで、はやてはおちゃらけた態度で接した。
「久しぶりに会った私に何か言うことがあるやろ?」
「はやてはいつ見ても可愛いなあ」
「窓の外を見ながら言われても全く響かへん。せめて私を見ながら言えや」
ユウの頬を突きながら、半ば脅すように言う。
「大切にしてくれへんなら、今度は私が泣くで?」
「いつ誰が泣いた?」
「ティアナちゃん。泣かせたやろ。何したん? また結婚申し込まれたりしないやろうな。変態ロリコン」
「やめろ、やめろ……」
トラウマを刺激されたユウが頭を抱える。
変態はともかくロリコンは聞き捨てならなかった。
その悪名だけは払拭しなければと、ユウは変態性に磨きをかけた。単純に初対面の印象を最悪にすれば、告白されることもなくなると考えていた。
「あれは勝手に泣いただけだ」
語るその口ぶりは冷ややかで、はやては何があったのかと尋ねる。
「転移で逃げれないようにしてほしかっただけなのに、手柄欲しさに突っ込んで、泣く羽目になってた」
「辛口やな」
「事実を列挙したら辛口になっちゃうんだよね」
未だに、ユウははやてと視線を合わせない。
その視線を自分に向かせたくて、はやては皆の話題を振った。
「みんな心配してたのは本当のことやから、とっとと顔見せに行ってや。特になのはちゃんのとこ」
「受験に仕事にで大忙しの皆さんの手を煩わせて申し訳ない」
「そう思うなら家で大人しくしとってほしい」
「無理」
ようやく、ユウがはやてを見た。
外の景色は馴染みのある場所が流れていく。
「これ、どこ行ってるの?」
「なのはちゃんの家」
「休みだっけ?」
「仕事のはずやけど、連絡するわ。多分帰って来るやろ」
「仕事の邪魔したくないから、連絡しないでいいよ。休みの日に会いに行く。それまでフラフラしてるから」
「あかん言うてるやろ」
少しだけ、苛立ちが表に出た。
ユウは気にした素振りもなく、言葉を続ける。
「お前らが頑張れば頑張るほど、助かる人が増えるんだから、それを邪魔したくないんだよ。俺も出来ることをやっておくから……」
勢いよく窓に手を突き、ユウに詰め寄った。
「人の話聞けや」
「……はやてがお怒りだあ」
「実はずっと怒ってたで。気づかなかったん?」
「気づかなかった」
「昔のユウ君なら気づいたやろうなあ」
ユウは口を閉じてはやてを見ている。
その顔に焦りや動揺はない。
「危ないことするな言うてるんや。分かるやろ?」
「分かってるさ。危ないことはしない」
「嘘ばっかつきよってからに」
「お前たちに言われる筋合いがないんだよ。危ないことばっかりしてるじゃないか」
「私たちはそれが仕事や。ユウ君は民間人」
「人助けに公も民もない。困ってる人がいるなら、助けないと」
「そんなに人助けがしたいなら管理局に入れや。私が入れたる」
「なのはが怒るだろうな」
「せやね。でも、関係ないわ。私はなのはちゃんの子分とちゃうし」
ユウは笑う。はやては笑わない。笑えない。
「それで、お前の部下になるかフェイトの補佐になれって?」
「譲歩してそれや。それ以外は認めへん」
「効率が悪いから、管理局員はいいかな」
効率。
その言葉に、はやては苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「ユウ君が一人でどれだけ頑張ったって、焼け石に水や。分かるやろ? この世界は広すぎるんや」
「だからって、今この瞬間に不幸になってる人を見過ごしていい理由はない」
「そのために管理局はあるんよ」
「俺もそれを少し手伝うだけさ。局員じゃなくても、出来ることは多い」
少しで済むなら、こんな話はしていない。
「とにかく、誰かのところに行ってもらうからな。最悪地球に送り込むで」
「はやてとは一緒にいられないのか?」
「……私は仕事があるんよ」
「やっぱり、みんな忙しいんじゃないか。俺のことは気にしないでいいよ。好きにやってるから」
好きにやらせて、その先に何が待っているのか。
ミッドチルダに来て二年。すでにみんなが理解していた。
そうならないように手を尽くさねばならなかった。
「……私たちはみんなユウ君のことが好きや」
ユウの顔に罪悪感が浮かぶ。
「それを今言うのは卑怯だと思う」
「卑怯で結構。なりふり構ってられへん。ユウ君のせいや」
なのははユウを管理局員にさせまいとし、アリサは出来る限り地球に留めおこうとしている。
はやても自分に出来ることをした。その効果は極わずかではあったが、少なくともユウはまだここにいる。
「幸せになってほしいんやろ? なら、よそ見せんと私たちのことちゃんと見ててや。目を離したら、その隙に不幸になってるかもしれへんよ?」
ユウは溜め息を吐いた。
仕方ないなと言わんばかり。
その口を黙らせるために、はやてはユウにキスをする。
「……今日は仕事休むわ。家行こ」
「いや、仕事しろよ」
「考えてみればユウ君を独り占めできる絶好の機会やん。逃す手はあらへん」
タクシーの行き先を変更し、職場に連絡を入れる。
幸い、シャマルがそこにいてくれたおかげで、話はスムーズに進んだ。
「さ、家行くで」
「……」
不満そうなユウを無視し、はやては自分の家へと向かう。
はやては思う。
ユウはまだ選べていない。
けれども、今となっては選んでほしくないと思う。
今のユウなら、きっと世界を選ぶだろうから。