エリオ・モンディアルは困っていた。
目の前でメニューを眺めている男性。数えるほどしか会ったことがなく、親しいなどとは口が裂けても言えない。
そんな相手と、エリオは一対一で食事をすることになっていた。
「何にする?」
「じゃあ、このセットを」
指さしたそのメニューには人気ナンバーワンと書かれていた。
「他は?」
「いえ、これだけで」
「少ないな」
「そんなことないと思いますけど……」
セットメニューはメインの他にポテトとドリンクがついている。
エリオにとっては十分な量だったが、男に言わせれば少ないらしい。成長期の子供はもっと食えと無責任に言い放つ。
「金の心配ならいらないぞ。フェイトにたくさん持たされたから」
「そういうわけじゃ……」
二人が相談する様子をカウンターの向こうで店員が見ている。
昼時で店内をそれなりに混雑していた。相談している間も人が行き来している。ミッドチルダでは珍しいハンバーガー店だった。
「別の物が食べたいって言うなら店を変えるが」
「特に食べたいものもありませんよ」
「それならそれでいいが、仮にフェイトにそう言ったとしたらどうなるか分かるか?」
「……どうなるんですか?」
「滅茶苦茶困る。なんでもいいが一番迷惑なんだ。事前に考えておいた方がいい」
待ち合わせで顔を合わせて早々、特に話すこともなくて気まずくなった二人は、時間も時間だし昼にしようと言う話になった。
何が食べたいと聞かれたエリオは何でもいいと答え、男もどうでもいいと言う態度で辺りを見回した。
その視線の先に、最近できたばかりのハンバーガー店があった。
出来上がったセットを受け取った二人は席に座る。
しげしげとハンバーガーを眺める男は、何を考えているのか分からない表情で呟く。
「ハンバーガーはどこで食べても変わらないんだな」
「はあ……」
「店の内装も変わらないし、地球に帰って来たみたい」
「地球ですか……」
高町なのはと八神はやての故郷。
エリオはその二人と面識があるし、フェイトは保護者である。
「ユウさんも地球の生まれなんですか?」
「そうだね」
ポテトを摘まむユウはそれだけ答えて黙った。
発展しない会話にエリオは気まずい思いをする。
「あげる」
「あ、どうも」
ほとんど残っているポテトを貰ったエリオは軽く頭を下げて礼を言う。
先に食べ終わったユウが対面の席でぼうっと周囲を見回していた。随分と食べるのが早い。エリオはまだ半分も食べ進んでいなかった。
頬杖を突きながら周囲の人間を見ているユウに対し、相変わらず掴みどころのない人だと、エリオは初対面の時を思い出す。
エリオ・モンディアルはクローンだった。
死んでしまった息子を蘇らせるために両親が四方八方に手を回した結果生まれた存在。
そのことを、エリオは親から引き離された時に知った。研究機関での一年間の人体実験を経て、フェイトに保護され、今は管理局の訓練校に通っている。
近く卒業する予定だった。そうすれば、正式に管理局員となる。
初めてユウとエリオが会ったのは、フェイトに紹介されたのが切っ掛けだった。
最初に会った時、エリオはユウのことを警戒していた。一言二言会話した後はほとんど会話らしい会話もなく、フェイトとエリオが話すだけで終わった。
それから何度かフェイトと一緒に会っていたがやはり会話はなく、今日もフェイトを含めた三人で会う予定だった。
そのフェイトが仕事で来れなくなり、ユウが一人で来ることになってしまった。
フェイトが緊急の連絡を受けた際に目の前にいて、その場でお金をたくさんもらって来たと言う。
正直、エリオはユウのことをあまりよく思っていない。何を考えているのか分からないし、纏う雰囲気が普通とは少し違う。
最初はフェイトの恋人なのかと思った。けれども、どうやら違うらしい。
ただ、フェイト本人からはとても大切な人と聞かされている。フェイトの大切な人なら邪険にも出来ない。しかし仲良くしようと話しかけても会話は続かない。どうにも扱いに困る相手だった。
「で、この後どうする? どっか遊んできてって言われたんだけど」
「遊びですか……」
「自慢じゃないけど、俺は遊んだことないからどこで何をすればいいか分からない。エリオに任せる」
「僕も遊んだことはないので、任せると言われても困ります」
「どこか行きたいところぐらいあるだろ。ないって言われても困るから、踏ん張って捻り出せ。うんこみたいに」
「僕今食事中です」
「失礼。おならみたいに」
「食事中ですって」
ハンバーガーを食べながら呆れる。
別に、そこまで潔癖でないからいいけれどと内心で思う。
とりあえず、エリオは頑張って話題を広げることにした。
「ユウさんは地球ではどんな遊びをしていたんですか?」
「友達いなかったから、分かんない」
「……遊んだことないんですか?」
「そもそも、遊びって何だろう」
「……フェイトさんとどこか行ったりとかしなかったんですか?」
「あー……」
ユウは考えている。どうやら会話を続ける気はあるらしい。
「遊園地、水族館、海、山、温泉……」
「たくさん行ってるじゃないですか」
「一番連れて行かれたのはショッピングだな」
「何買ったんです?」
「俺は買わないよ。みんなが和気あいあいしてるのを後ろで眺めてるの」
「みんなって言うのは?」
「フェイト、なのは、はやて、すずか、アリサ、エイミイ、美由希さん、ゴリラ……」
一つを除いて、出てきた名前は女性だけだった。
エリオはまずそこに引っかかったが、それを指摘するのも失礼な気がして別のことを尋ねる。
「楽しいんですかそれ」
「みんなは楽しんでたな」
「ユウさんは?」
「まあまあ楽しかったよ。みんな楽しそうにしてたから」
変わった人だなとエリオは思う。
それが本心かどうかは分からないが、話題に上った女性がいないのに嘘を吐く意味もない。
「で、エリオぐらいの年頃はどこに遊びに行くんだ?」
「さあ……僕は普通じゃないですし、普段は訓練校にいるので分かりません」
「かわいそうな奴」
カチンと来た。
エリオは言い返す。
「そういうユウさんだって何も知らないんでしょ? 同じじゃないですか」
「同じじゃないよ。俺の方がもっとかわいそうだから」
そう言う風に開き直られるとは思わなかった。エリオは矛先の行き場に迷う。
ストローを吸って飲み物を飲んだユウは、別の話題を切り出す。
「まだ人は苦手なのか?」
ズケズケと聞いてくるなと、エリオは少し不愉快に思う。
その辺りのことはフェイトだって気軽に聞いて来ないのに。
「……良くはなってます。訓練校にも入れましたし」
「そうか。もしまだ苦手ならアドバイスしてやろうかと思ったけど、フェイトはいい仕事をしてるな」
人体実験の影響で人間不信に陥っていたエリオは、フェイトの献身的なサポートを受けて、以前ほどの不信感はなくなっていた。それでも、心の奥底にはまだ燻っているものがある。
「フェイトさんにはお世話になってます。早くこの恩を返したくて……」
「お前が幸せになることが一番の恩返しだろう。わざわざ管理局に入る必要もなかった」
「そっちの才能がありましたから。早く独り立ちしたかったですし」
「子供は遊んで過ごすべきって言うのが、地球の、日本の常識だったが、ここではそうもいかないらしい。10歳が命のやり取りをしているのを見るとぞっとするよ」
「良い場所なんですね」
「それは知らん」
聞く限り良い場所にしか思えなかったが、肯定されなかったと言うことは、出身者にしか分からない事情もあるのだろうとエリオは思った。
「別に管理局員になるのは良いが、フェイトを悲しませないでほしい。お前が傷つけばあいつは悲しむ」
「分かってます」
エリオは力強く頷いた。それを見て、ユウは寂し気に笑った。なぜそんな風に笑うのか。エリオには分からなかった。
「さあ、この後の予定だが、フェイトは夜までに仕事を終わらせるつもりらしい。夕飯は一緒に食べようって言ってた」
「門限があるんですが……」
「破れ」
あまりに率直な物言いに、エリオの頬は引きつる。
「む、無理です」
「フェイトを悲しませないとたった今誓ったばかりだ」
「それとこれとは話が違うでしょう!?」
「同じだ。フェイトを悲しませない。それ以上でも以下でもない」
本当に門限を破らせるつもりのユウに、エリオは必死になって説得を試みる。
「主席卒業を狙ってるんです! 希望配属で少しは融通が効くでしょうし、フェイトさんも喜んでくれるでしょうし!」
「卒業後の配属ならはやてが新設する部隊になる予定だ。隊長はフェイトだから、特に問題もない。むしろ別の希望を出す方が悲しむぞ」
「新設部隊……? なんですかそれ?」
「聞かなかったことにしろ」
口が滑ったのかわざと伝えたのか。表情からはそれすら読み取れない。
「それでもルールを破るのは……」
「訓練校なら怒られるだけだ。ルールを破る練習に丁度いいだろう」
「練習って……」
「いざと言う時、ルールを破って誰かを助けられるならその方が良い。もちろん、他には何も犠牲にしないことが前提だが」
何を言っているんだと言う気持ちでユウを見つめる。
ユウは空になったコップを振って氷の音を聞いていた。
「ルールのために人があるんじゃない。人のためにルールがあるんだ。ルールを守って人が守れないなら、それはルールが間違っている。フェイトを悲しませるようなルールなどいらん。破って捨てろ」
「言いたいことは分かりますけど、それは暴論でしょう」
「固い人間になるなと言っているんだ。ルールに固執するな。ルールは扱え。管理局員ならそうしろ。現場に出るなら猶更だ」
ユウの言葉を真剣に考える。
訓練校では聞いたことのない考え方だが、一理あるような気がした。
「それと門限のことはフェイトには言うなよ。あいつが知ったら、とてつもなく残念そうな顔で仕方ないねって送り出されるからな。フェイトには言わず、黙って破れ。そういう男がモテるんだ」
「モテるんですか」
「モテるらしい」
本当かと思ったが、真剣に語るユウの顔を見ると嘘には思えない。
クローンだろうとなんだろうと、モテると聞いて心惹かれない者は男ではない。
「じゃあ、フェイトが来るまでの暇つぶしに買い物に行くぞ。財布の中身を全部渡してきたから、豪遊出来るはずだ。車ぐらいなら買えるかもしれない」
「買えるわけないでしょ。それに全部使っちゃっていいんですか?」
「知らん。でも、俺に大金を持たせると碌なことにならないって教え込んでおきたい。そうすれば俺の財布に金をこっそり入れなくなるかもしれない」
「……フェイトさんにお小遣いもらってるんですか?」
「いらないって言ってるんだけどなあ」
本気で二人の関係が分からなくなってきたエリオは、聞いていいものなのか真剣に悩む。
「それと、夕方までにフェイトから連絡がなかったら、あいつの執務室に突入して拉致するからな。その時は手伝えよ」
「それはやっていいことなんでしょうか」
「良いか悪いかで語るな。まずは出来る出来ないを語って、最後はするしないを決めろ。良し悪しは終わってからの反省会に回せ」
「……フェイトさんの執務室って本局にあるんですよね? 僕たちでも入れるんですか?」
「最近、転移を覚えたから行けるよ」
「入って良いのかを聞いているんですが」
「言う必要があるのか? 常識で考えろ。一般人が入れるわけないだろ」
これはやばいやつだとエリオは察する。
「ぼ、僕なら許可が出るかもしれません。フェイトさんは保護者で、クローンって言う事情がありますから! 受付で聞いてみましょう! 無理だったら諦めて待ちましょう! 門限は破ります! 最悪朝帰りでも構いません!」
ユウは何も言わなかった。
トレーを片付けて店を出ていこうとするのに慌てて着いて行く。
「ちょっと? ねえ? しませんよね、そんなこと?」
「前に行った時は受付とかなかったぞ。ていうか別次元だし。行った瞬間に侵入者だろ。覚悟決めろよ」
「そんな覚悟決めたくない! お願いします! 下手したら訓練校だって卒業できないじゃないですか!? それは困ります!」
「まあ、いざとなったらコネがあるから」
「それ本当の最終手段でしょう!? それすら通用しない可能性があるじゃないですか!?」
「普通、10歳の子供に責任負わせようとはしないだろ。いざとなったら全部被るから」
「本当でしょうね!? ユウさんに強制されたって言いますよ!?」
「投獄されたとしても余裕で脱獄できるから別にいいよ」
「なんなのこの人……」
ドン引きするエリオ。
ユウの表情は変わらない。冗談なのか本気なのかもわからない。
「で、何を買えば豪遊になるんだ? この街で一番高いものって何だ?」
「知りませんよ。自分で考えてください」
「やっぱ家かな……」
「買えるわけないでしょ」
歩き始めたユウに着いて行く。
本当に大丈夫なんだろうかと、その背中を見ながら考えた。
全然大丈夫じゃなかったとエリオが思い知るのは数時間後のことだった。